第13話 ネズミ
千石さんに示された道を、一色くんと2人で歩き続けます。
道中にも様々な出店があり、見ているだけでも楽しくなりました。
彼がどう感じているかは判然としませんが、少なくとも機嫌は悪くなさそうです。
綿菓子を頬張る子どもたちや、焼きそばを食べている少年たちなど、やはり今は食事を摂っている人が多いですね。
良い匂いもしていて、お腹が減って来ました。
恥ずかしいので、鳴らないで下さい……。
内心で小さなお願いをしていると、やがて目当ての出店が見えて来ました。
外観は他と大差ありませんが、たこ焼きを作る手際が素晴らしいです。
目で追うのが大変なほどの素早さで、これだけでもお金が取れるのではないかと思うほど。
まさしく、職人芸ですね。
感心したわたしは、店主の手元から顔に視線をずらしました――が――
「おや、夜宵さんではないですか」
「何? 無明だと……熱ッ!?」
そこにいたのは、『肆言姫』の2人。
こちらを見たまま、凄まじい速度でたこ焼きを焼いている夢愛さんと、熱々のたこ焼きを頬張って涙目になっている天羽さんです。
このときになって、わたしは悟りました。
(はめましたね……!?)
千石さんたちの、悪戯っぽい笑顔の意味を。
胸中で絶叫したわたしは、反射的に繋いだ手を離そうとしましたが、全てが遅過ぎました。
「……夜宵さん、それはどう言う了見でしょうか?」
「え、えぇと……ですから、これには訳が……」
「言い訳は結構です。 大方、はぐれない為……とでも言うつもりでしょう?」
「う……」
「あまりにも安直な理由ですね。 減点です」
「すみません……」
夢愛さんにピシャリと遮られたわたしは、縮こまってしまいました。
尚、彼女は手を止めておらず、天羽さんはハフハフ言っています。
そうして、何とも言い難い気まずい空気が流れるかに思われましたが、その前に夢愛さんが言葉を滑り込ませました。
「そう言えば、まだきちんと挨拶していませんでした。 一色さん……と言いましたね。 改めまして、わたしは黒咲夢愛です。 よろしくお願いします」
「一色透真だ。 よろしく頼む」
「ふむ……。 確かに、底知れない強さと、存在感があります。 外見も優れていると、言わざるを得ませんし。 夜宵さんが惹かれるのも、無理はないのかもしれません」
「ゆ、夢愛さん……!?」
ツラツラと語られた夢愛さんの言葉を聞いて、絶叫しそうになりました。
わ、わたしが一色くんに惹かれているだなんて、そんなこと……な、ないとは言い切れませんけど、そうだと断言も出来ないと言いますか……。
と、とにかく、この話題は良くありません……!
思考を放棄したわたしは、夢愛さんを止めに入ろうとしましたが、先に口を開いたのは天羽さんでした。
「ごくん……待て、黒咲! 貴様は一色を、無明の相手として認めると言うのか!?」
「そうではありません。 ただ、頭ごなしに否定する訳にも行かないと思っています。 最終的には、夜宵さんの気持ちが大事ですから」
「そ、それはそうだが……」
「勿論、簡単に譲るつもりはありませんよ。 それに、いくらスペックが高くても、一色さんに夜宵さんを想う気持ちがなければ、到底見過ごせません」
そこで言葉を切った夢愛さんが、一色くんを冷ややかに見つめました。
それは天羽さんも同様で、厳しい目で彼を凝視しています。
ど、どうしてこんなことに……!
わたしはただ、お祭りを楽しみたかっただけなんですけど……!?
どうするべきかわからなくなったわたしは、意識を手放す寸前でしたが――
「お前たちが何を期待しているか知らないが、望んでいる答えは返せないと思うぞ」
キッパリとした一色くんの言葉を聞いて、瞠目しました。
そうですよね……。
彼はわたしのことなんて、意識していないんです。
今、手を繋いでいるのだって、本当にはぐれないようにする為なんでしょう。
わかっていたことのはずなのに、どうしてこんなに悲しいのでしょうか。
涙がこぼれないように必死に我慢しているわたしに対して、天羽さんと夢愛さんも厳しい視線を一色くんに突き刺していました。
ところが、彼の言葉には続きがあったのです。
「ただ、俺は無明を守る。 それだけは約束する」
「……ッ! い、一色くん……」
「言っておくが、甘やかすつもりはない。 お前はまだまだ、強くなる必要がある。 俺が手を貸すのは、それでも足りないときだけだ」
「……充分です」
一色くんの真意を聞いて、胸が熱くなりました。
彼の抱いている感情がどう言った類のものか不明ですけど……わたしを大事にしてくれていることに、嘘はなさそうです。
胸に手を当てたわたしは薄く微笑み、天羽さんたちに言い放ちました。
「心配してくれて、有難うございます。 ですが、わたしは大丈夫です」
「……致し方ありませんね。 ひとまず、今は見守りましょう。 四季さんも、それで良いですか?」
「良いとは言えん。 ……が、これ以上は無明にとって迷惑になる。 ここは大人しく引き下がろう」
「あ、有難うございま――」
「ただし! 一色、覚えておけ! まだ、勝負は付いていない! お前に至らぬ点があれば、容赦なく攻めさせてもらうぞ! では、失礼する!」
そう言い残した天羽さんは、たこ焼きを片手にズンズンと歩み去りました。
いったい、何を競っているんでしょう……?
戸惑ったわたしが一色くんを見ると、彼もなんとなく呆れているように感じました。
何とも言い難い空気がこの場を支配していましたが、夢愛さんはどこまでもマイペースです。
「ところで、お2人は買ってくれるのですか?」
「あ……そ、そうでした。 では、2人前お願い出来ますか?」
「有難うございます。 代金は一色さんが支払うのですね?」
「え? いえ、別々で……」
「そうですよね、一色さん?」
有無を言わせぬ口調の夢愛さん。
落ち着いて見えますが、良く観察すると天羽さんと同等に、感情が高ぶっていることに気付きました。
こ、これは、下手に刺激しない方が良さそうですけど……。
困り果てたわたしが一色くんを見ると、彼は淡々と言い放ちました。
「最初から、そのつもりだ。 何なら、多めに出しても良いが?」
「……結構です。 適正な価格を超える支払いは、わたしの流儀に反しますので」
「そうか。 では、頼む」
「……少し待っていて下さい」
欠片も揺るがない一色くんを前にして、夢愛さんは若干悔しそうにしていました。
あの夢愛さんが、こうまで感情的になるなんて、珍しいですね……。
それでも手は抜いておらず、素晴らしい手際でたこ焼きを焼いてくれました。
何度見ても、お見事です。
一色くんもどことなく興味深そうにしており、夢愛さんの手元をジッと見つめていました。
そうして完成した、たこ焼きを受け取ったわたしは、夢愛さんにお礼を言いました。
「有難うございました。 では、わたしたちはそろそろ行きますね」
「はい。 ただ、人気の少ないところは避けて下さい」
「人気の少ないところ? どうしてですか?」
本気で意味が分からなかったわたしは、コテンと首を横に倒しましたが――
「一色さんも、年頃の男性です。 不埒なことを考える可能性は、ゼロではありません」
「へ……!? そ、そんな、まさか……! い、一色くんに限って、そのようなことは……」
「夜宵さん、貴女はもっと自分の魅力を自覚するべきです。 わたしが調べた限りでも、学院の生徒で貴女を狙っている者は少なくありません」
「そ、そうなんですか……?」
などと言いつつ、実感はまるでありませんでした。
何故なら、わたしは『無字姫』。
本来であれば、人々に忌み嫌われる存在です。
最近は当たりが優しくなって来たと感じていましたが……ね、狙われているだなんて……。
どう反応するべきか悩んでいると、夢愛さんが言葉を付け足しました。
「安心して下さい。 そう言った者とは『話し合い』をして、夜宵さんに迷惑を掛けないと約束させたので」
「えぇと……有難うございます……?」
瞳に暗い光を灯した夢愛さんの言葉に、わたしは中途半端なお礼を言うことしか出来ません。
ますます困ったわたしですが、そこに一色くんが口を挟みました。
「行くぞ、無明。 たこ焼きが冷める」
「あ……そ、そうですね。 どうせなら、美味しく食べたいです。 と言うことで、失礼しますね」
「……はい。 お買い上げ、有難うございました」
夢愛さんはまだ何か言いたそうでしたが、大人しく引き下がってくれました。
それを確認したわたしは軽く会釈して、一色くんとともに空いているスペースを探します。
しばし歩くと、飲食ブースが見付かり、運良く2人分の席を確保出来ました。
急造の机にたこ焼きを置いて、同じく間に合わせの椅子に座ったわたしたちは、早速とばかりにたこ焼きを食べ始めます。
『頂きます』
一色くんと声が重なったことに驚いて、少し笑ってしまいました。
彼は特に反応しませんでしたけど。
相変わらずですね……。
苦笑に変化したわたしですが、気を取り直してたこ焼きを口に含みます。
まだ熱かったですけど、食べられないほどでもありません。
それ以上に、とても美味しかったです。
夢愛さんがお客さんの為に、一生懸命作っているのだと思うと、微笑ましくなりました。
一色くんの様子を窺うと、表情に変化はありませんでしたが、非常に満足していることがわかります。
この辺りは、毎日食事を提供しているからこそ、察することが出来たんでしょう。
そうしてわたしたちが、無言で食べ続けていた、そのとき――
「誰かに告白されたら、受けるのか?」
「……ッ!? けほ! こほ!」
「大丈夫か? 水でも飲んで、落ち着け」
喉を詰まらせたわたしに、水の入ったボトルを差し出す一色くん。
いえ、誰のせいだと思っているんですか……!
恨めしく思いながらも涙目で受け取り、水を口に含みました。
体はなんとか落ち着きましたけど、感情はそうは行きません。
だ、誰かに告白されたら受けるかどうかなんて、どうして聞いて来たんでしょう……?
訳がわからず混乱したわたしは、答えに窮していましたが、素直に胸の内を明かしました。
「わ、わかりません。 そのような経験ありませんし。 ただ……たぶん、お断りすると思います。 今は、そんな余裕ありませんから」
ツンツンと爪楊枝でたこ焼きを突きつつ、小さな声で告げました。
これは事実ですが、本心なのでしょうか……?
自分で自分に疑問を投げ掛けていると、一色くんは最後のたこ焼きを咀嚼してから、口を開きました。
「勿体ない気もするが、お前がそれで良いなら、俺が口出しするべきことじゃないな」
「そ、そう言う一色くんは、そうなんですか? 白河さんには、恋愛するつもりはないと言っていましたけど……」
「言葉通りだ。 今も恋愛をするつもりはない。 他に優先することがあるからな」
「優先すること……? それは何ですか?」
無意識のうちに前のめりになっていたわたしは、真剣な面持ちで問い掛けました。
それを受けた一色くんは、数秒こちらを見つめてから、顔を背けてポツリと言葉を紡ぎました。
「内緒だ」
「……またそれですか」
「お前だって、隠し事の1つや2つあるだろう?」
「それは、そうですけど……」
「なら、この話はここまでだ」
「話を切り出したのは、一色くんですが……」
釈然としません。
あまりにも消化不良ですけど、これ以上何を聞いても答えてくれなさそうです。
諦めたわたしは嘆息して、たこ焼きを食べました。
その後、飲み物で喉を潤したわたしたちは、移動しようとしましたが、またしても声を掛けて来る人がいました。
「あら? 一色さん、無明さん、奇遇ですね!」
「え? あ、桜葉さん、こんにちは」
「こんにちは! こんなところで2人きりだなんて、デートですか?」
「ち、違います……! ……たぶん」
「あはは、無明さんは可愛いですね! そうだ! 今は休憩中なんですけど、あとでうちの団子屋にも来てくれませんか? サービスしますよ!」
「は、はい、考えておきます」
ニコニコと笑う、桜葉さん。
それ自体は出会った当初と変わらないんですけど、最近はなんとなくわたしを見る目が変わっているような……?
具体的には、観察されたり品定めされている感じがするんですけど……きっと気のせいですね。
わたしが自分で自分に言い聞かせていると、桜葉さんは一色くんに向き直って声を発しました。
「一色さんも、お待ちしていますね!」
「あぁ。 あとで買いに行く」
「有難うございます! じゃあ、わたしも何か食べて来ますね!」
そう言って頭を下げた桜葉さんは、花のような笑みを咲かせたまま立ち去りました――が――
「ネズミ」
「4匹」
「動き」
「なし」
一色くんと擦れ違いざまに、謎のやり取りをしていました。
何だったんでしょう……?
頭上に疑問符を浮かべたわたしは、内心で小首を傾げていました。
しかし、彼は一切説明することなく、何事もなかったかのように言い放ったのです。
「そろそろ、武闘大会の時間だな。 観に行くか?」
「……はい」
明らかに誤魔化されたように感じましたが、わたしとしてはそう答えるしかないです。
一色くんが差し出して来た手を、躊躇いがちに握り、同時に足を踏み出しました。
「あれが『核』か。 確かに、普通の言魂士ではないな」
「そうね、ケプラー。 でも、それ以上に気を付けるべきは……」
「一色透真だろ、フェルマー? にしても、奴がトーマなのは確定のはずだが、魔力を察知し難いのはなんでだ?」
「パウリ、それはちょっと違うんじゃない? 察知し難いって言うか、探ろうって意識そのものを消されてる感じよ」
「俺も、タウンズの言う通りだと思う。 恐らくは、言魂の力だ。 詳しいことはわからんがな」
夜宵と透真をギリギリ視認出来る距離を取って、見解を述べるケプラーたち。
揃って箸巻きを食べている姿は、普通の友人グループにしか見えない。
言魂祭を利用した彼らは、校舎の造りを調べたり、生徒たちの実力を測るなど、情報収集を行っていた。
今のところ大きな成果はないものの、夜宵や透真、『肆言姫』に『参言衆』を近くで見られたのは、決して無意味ではないと考えている。
そして彼らが次に向かう場所は、既に決まっていた。
「んじゃまぁ、俺らも行くか」
「えぇ、パウリ。 他はどうでも良いけれど、九条陣営と神代陣営の『参言衆』の実力を、見られるかもしれないわね」
「まぁ、あいつらが本気を出すかはわかんないけどね」
「そのときはそのときだ、タウンズ。 どちらにせよ、『核』とトーマも観に行くようだしな。 行くぞ」
箸巻きを食べ切ったケプラーは、箸を圧し折ってゴミ箱に捨てた。
そうしていよいよ、言魂祭のメインイベントでもある、武闘大会が始まろうとしていた。




