第12話 無敵感
それからわたしと一色くんは、校舎の1階から順番に各組の出し物を見て回りました。
飲食店が比較的多いですけど、手芸屋さんや絵画などの展示場、少し変わったものだと手品などもありました。
共通しているのは、ほとんどの出し物に言魂が活用されていることです。
普段は戦闘用として使っている学院の生徒たちが、工夫を凝らしていました。
一見するとただのお遊びですけど、こう言った発想力の転換は、意外と馬鹿に出来ません。
今回の経験が、戦闘に活きる可能性も充分にあるのです。
そして、外からやって来た一般のお客さんたちは、生徒たちのハイレベルな言魂を見て、喜んでいました。
子どもたちは無邪気にはしゃぎ、大人も大いに感心しています。
それらの反応は生徒たちに自信を与え、張り切っているように見えましたね。
そんな彼らをわたしは苦笑交じりに眺めていましたが、思う存分に楽しませてもらっています。
一色くんと一緒に、金魚すくいや射的などでも遊びました。
彼の有能さはこんな場合でも働くようで、見事な腕前でしたね。
わたしでは、逆立ちしても敵いません。
ですが……凄く楽しいです。
彼は無表情なのでわかりませんけど、少なくともわたしはウキウキしていました。
誰かと同じ時間を共有して、戦いのことを忘れて遊び尽くす。
これほど幸福なことが、他にあるでしょうか。
母上との生活に不満なんてありませんでしたが、山奥にいたままでは絶対に味わえませんでしたね。
改めて今の環境を有難く感じながら、こっそりと一色くんの顔を窺いました。
彼の感情が動くことは稀ですけど、握った手はとても温かく、心が落ち着きます。
……と言いますか、今のわたしたちって、周りからはどう見えているんでしょうか?
も、もしかして……こ、恋人とか……?
だ、だとしたら見当違いなんですけど、自分から否定するのもちょっと違うような……。
そもそも、これってやはりデートなのでは――
「顔に何か付いているか?」
「へ……!?」
「この距離で見られて、気付かない訳がないだろう」
「そ、それは、その……」
「言いたいことがあるなら言え」
首を巡らせて、わたしに視線を固定する一色くん。
非難している訳じゃないですけど、逃げることは良しとしていません。
ど、どうしましょう……?
ここではっきり、「これってデートですよね?」なんて……聞ける訳がないじゃないですか……!
挙動不審になったわたしは盛大に視線を泳がせ、とあるものを視界に収めました。
あれです……!
咄嗟に結論を下したわたしは、前方の教室をビシッと指差して、言い放ちました。
「あ、あそこに入りたいなと思いまして……! い、一色くんはどうですか……!?」
「……俺は構わないが、本当に良いのか?」
「はい……! むしろ、お願いします……!」
「……わかった」
どことなく釈然としていない様子で、一色くんが教室へと足を踏み出しました。
な、なんとかなりましたね……。
安堵したわたしは息をついて、あとを追い掛けました――が――
「ひっひっひ……。 ようこそ、呪いの迷宮へ……」
「え……?」
「精々、楽しんでおくれ……。 まぁ、無事に出て来れるかは知らんがのう……」
目深に被ったフードと付け髭で、老人を装っている生徒が、不吉なことを言い出しました。
こ、これはもしや、お化け屋敷と言うものでは……?
眼前には教室の入口がありますが、中は真っ暗で、迷路のように入り組んでいるようです。
教室の規模を考えると、さほど大仕掛けには出来ないはずですが……。
それでも怖くなったわたしは、無意識に一色くんの手を強く握っていました。
しかし彼は、何も言うことなく2人分の料金を払って、サッサと中へと入ります。
ま、待って下さい……!?
まだ、心の準備が……!
などと口に出すことも出来ず、強制連行されました。
うぅ……暗いです……怖いです……。
魔物や魔族の方が、遥かにマシです……。
だって、お化けって得体が知れないんですよ……。
刀だって効かない気がしますし……。
呪われたらどうしましょう……?
いくつもの不安が脳裏を過り、ビクビクしてしまいました。
そうして、いくつかの角を曲がった、そのとき――
「ガァッ!」
「ひ……!?」
お化け――の格好をした生徒――が飛び出して来ました……!
すぐに退散してくれましたけど、口から心臓が飛び出るかと思いましたね……。
ひとまずの脅威が去ったと判断したわたしが、深く嘆息していると、至近距離から呆れた声が聞こえて来ました。
「流石に、動き難いんだが」
「へ……?」
一色くんの言葉を受けて我に返ったわたしは、気付きました。
自分が、彼に抱き着いていることに。
一瞬だけ時が止まり、次いでやって来たのは猛烈な羞恥心。
「~~~ッ!」
声にならない悲鳴を上げたわたしは、思い切り一色くんから離れました。
ですが、そこは危険地帯だったのです。
「ひゃ……!?」
首筋に、ピチャリと。
ヌルヌルした柔らかいものが当たり、またしてもわたしは一色くんに跳び付いてしまいました。
あぁ、もう、何をしているんですか……!
今度は意識があったのですぐに離れて、背後を振り返ります。
そこにあったのは、天井から吊るされたこんにゃく。
これが正体ですか……。
こんにゃく自体は好きですけど、今は憎き敵としか思えません。
それはそれとして……。
「す、すみません、一色くん……。 お見苦しい姿をお見せしました……」
自らの醜態を反省したわたしは、彼に向かってペコリと頭を下げました。
本当に、情けないですね……。
この程度のことで、取り乱すなんて……。
もしかしたら、一色くんに見限られたかもしれません……。
そんな想像をしたわたしは、下を向いて涙目になっていましたが――手を握られました。
驚いて顔を振り上げると、いつもと何も変わらない一色くんがいました。
いまいち何を考えているのかわからず、内心で戸惑っていると、彼は平坦な口調で言葉を紡いだのです。
「行くぞ」
「……怒っていないんですか?」
「怒る? 何故だ?」
「ですから……わたしが、お化け屋敷を過度に怖がっているからです……」
「誰にでも苦手なものはある。 気にする必要はない。 まぁ、苦手なくせに自分から入ったのは、どうかと思うがな」
「う……すみません……」
「責めている訳じゃない。 良いから、もう行くぞ。 お前も、早く出たいだろう?」
「……はい、そうですね」
話している間に平静を取り戻したわたしは、一色くんの手を握り直しました。
彼にどう言う意図があったのか謎ですけど、わたしの心は穏やかになっています。
思わず苦笑を浮かべていると、またしても思わぬ言葉が聞こえて来ました。
「言っておくが、俺の刀は実体がないものにも有効だ」
「え……? それって……」
「つまり、仮にお化けが出ても対処出来る。 だから、怯える必要はない。 わかったか?」
「……はい、わかりました」
「良し。 では、行こう」
そう言って歩き出した一色くんと、同じペースでわたしも足を動かします。
何と言いますか……いつまで経っても、不器用ですね……。
ただ、そんな彼の心遣いが……とても嬉しいです。
自然と微笑を漏らしたわたしは、その後のお化け屋敷を余裕でクリアしました。
一色くんが傍にいると言うだけで、これほどまでに安心感を得られるとは……。
頼り切るのはいけませんけど、改めて彼の凄さを実感しましたね。
いえ、それだけじゃありません。
頼りになるとか、凄いとかだけではない、何かがある気がします。
この感情が何なのか、わたしにはまだわかりませんけど……決して嫌なものではありません。
繋いでいる手とは反対の手を胸に当てて、少しばかり速くなった鼓動を感じました。
若干フワフワしていますが、気は抜いていませんよ?
ますます気分が良くなったわたしは、気負いなく口を開きました。
「一色くん、今度は校舎の外に行ってみませんか? いろんな出店があるようですし」
「あぁ、良いだろう」
小さく頷いた一色くんを見て、笑みを深めました。
そして、彼の手を引いて歩き出します。
生徒や来客者たちから、様々な視線を向けられましたけど、特に気になりません。
なんとなく、今は無敵感がありました。
鼻歌すら歌いそうになりつつ、やがて校舎を出たわたしは、そのまま出店の方へと向かいます。
やはりと言うべきか、食べ物を扱っているところが多いですね。
校舎内では遊び系を主に回っていましたけど、そろそろ良い時間ですし、何か食べましょうか。
そう考えたわたしは、一色くんに意見を聞こうとしましたが、その前に馴染みのある声が聞こえて来ました。
「おいそこ、敷地内から出てるぜ。 ちゃんとルールは守れよ」
「こら! そんな並び方させたら、通行の邪魔になっちゃうでしょ? 繁盛してるのは良いことだけど、管理はしっかりね!」
「この売り文句……適正かしら? 産地やブランドを偽装するのは、厳罰対象よ?」
反射的に目を向けると、不知火さんと九重さん、千石さんが、出店のチェックをしていました。
これだけの数を調べるのは、骨が折れそうですね……。
好き勝手に遊んでいることを、なんとなく申し訳なくなっていると、こちらに気付いた3人が歩み寄って来ました。
「後輩ちゃん! 初めての言魂祭はどう? 楽しんでる?」
「野暮なことを聞くなよ、結衣。 どう見ても楽しんでんじゃねぇか」
「そうね、誠。 腹が立つほど楽しんでいるわ」
「え? ……あ~、なるほどねぇ」
頭の後ろで手を組んで、苦行気味な九重さん。
腕を組んで何やら頷いている、生暖かい眼差しの不知火さん。
優雅に佇みながら視線を鋭くさせ、どことなく不穏な空気の千石さん。
彼女たちの視線は、例外なくわたしと一色くんが繋いだ手に注がれていました。
さ、流石に恥ずかしいですけど、ここで取り乱したら負けな気がします。
……何に対してかはわかりませんが。
とにかく、なんとか話を変えましょう。
そう考えたわたしは1つ咳払いして、なるべくフレンドリーに答えました。
「コホン……お疲れ様です、皆さん。 お陰様で、とても楽しいですよ」
「そう言ってもらえると、苦労が報われているようで嬉しいわ。 もっとも、まさかそこまで見せ付けられるとは、思っていなかったけれど」
「そ、そんなつもりはありませんよ、千石さん。 こ、これには深い事情があって……」
「皆まで言うな、無明。 俺はわかってるぜ。 一色がどんな奴かまだ良く知らねぇが、幸せになれよ」
「し、幸せ……!? で、ですから、これはそう言うのでは……!」
「でも、どう見ても『そう言う』関係だよね。 後輩ちゃん可愛いし、後輩くん格好良いし、お似合いじゃない?」
「お、お似合い……本当ですか……?」
な、何を聞いているんですか、わたしは……!
顔から火が出るほど恥ずかしくなりましたが、不知火さんたちは揃って首肯しています。
どうやら、嘘ではなさそうですね……。
チラリと一色くんの横顔を見やると、微塵も反応を示していません。
むぅ……なんか悔しいです。
微妙に不服に思ったわたしが頬を膨らませていると、千石さんが何かを思い付いたように口を開きました。
「そう言えば、昼食は食べたの? そろそろお昼でしょう?」
「あ……いえ、まだです。 これから相談しようかなと思っていました」
「だったら、お勧めの出店を紹介してあげるわ。 たこ焼きなんだけど、凄く美味しいのよ。 この道を真っ直ぐ行ったら右手に見えて来るから、行ってみたらどうかしら?」
「たこ焼きですか、良いですね。 一色くんは、どうですか?」
「俺は何でも構わない」
「じゃあ、折角ですしそこにしましょうか。 千石さん、有難うございます。 不知火さんと九重さんも、またお会いしましょう」
3人に一礼したわたしは、言われた方に足を向かわせました。
一色くんも抵抗することなく付いて来ていましたが、何故だか背後を窺っています。
不思議に思ったわたしが目線を追い掛けると、不知火さんたちが悪戯っぽく笑っていました。
何なんでしょう……?
疑問を抱いたわたしは小首を傾げつつ、そのまま歩み進めるのでした。




