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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第3章

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第11話 俺がいる

 快晴の空の下、始まりました。

 言魂祭が。

 首都全体に流れているのではないかと思うほど、賑やかな音楽。

 街からは楽しそうな笑い声が聞こえ、明るい雰囲気がここまで届いています。

 目の前の校舎も飾り付けされ、今日は一般の人たちにも公開されています。

 人の数も熱気もいつもとは比較にならず、圧倒されそうになりました。

 凄いですね……。

 同じ場所のはずなのに、異次元に連れて来られた気分です。

 衝撃のあまり呆然と校舎を見上げていると、隣から冷静な声が聞こえました。


「行くか」


 言わなくてもわかるかもしれませんけど、一色くんです。

 平常心を失っていたわたしですが、彼の泰然とした姿を見て落ち着きました。

 ただ、返事に関しては中途半端なものです。


「えぇと、どこに行くんですか?」

「これと言っては決めていない。 順番に、見て回れば良いんじゃないか?」

「それは、つまり……一緒にお祭りを楽しもうと言うことですか?」


 一色くんの言葉を受けたわたしは、俯き気味になり、上目遣いで尋ねました。

 対する一色くんは平然としていましたけど、はっきりと答えてくれました。


「どうせ、今はやることがないからな。 時間を無駄にするくらいなら、少しは楽しめば良い」

「あ……。 そ、そうですね。 折角ですから楽しみましょう」

「言っておくが、警戒は怠るな」

「わ、わかっています。 じゃあ、まずは……校舎の中を見て回りましょう。 皆さんがどんな出し物をしているのか、気になります」

「良いだろう。 行くぞ」

「はい……!」


 少しばかり、勢い込んでしまいました。

 わたしにとっては初めてのことですし……い、一色くんと一緒なのも、多少はプラスに働いているかもしれないです。

 ほ、ほら、お友だちと遊ぶのって、楽しいですし。

 思わず頬がほころんだわたしは、校舎に向かって一歩を踏み出し――


「きゃ……!」


 溢れ返った人の1人にぶつかって、バランスを崩しました。

 さ、最初の1歩でこれだなんて……。

 自分の不甲斐なさと運の悪さを嘆きつつ、地面にぶつかる衝撃に備えようとしましたが――そのときは訪れませんでした。


「警戒を怠るなと言ったはずだが?」


 力強く、それでいて優しく、わたしを抱き止めてくれた一色くん。

 至近距離で見た彼の顔は相変わらず整っており、引き締まった肉体は芸術品のようです。

 冷たい言動を取ることも多いですが、感じる体温は温かく……じゃなくて……!


「す、すみません……!」


 全力で彼の腕から逃れるべく、離れようとしましたが、それは許されませんでした。

 ど、どう言うつもりですか……!?

 混乱に陥ったわたしが口をパクパクさせていると、一色くんが目で背後を示しました。

 恐る恐る振り返ると、今まさに少年少女のグループが、通り過ぎようとしています。

 な、なるほどです……。

 あのままでは、またぶつかるところだったんですね……。

 事情は理解しましたが、心臓は激しく脈打ったままです。

 いろいろと限界になったわたしは、目を回しそうになっていましたが――


「もう大丈夫だ」


 わたしを立たせた一色くんが、そっと離れました。

 ホッとしたような、残念なような……いや、ホッとするところでしょう……!?

 自分で自分を窘めていると、呆れ果てた様子の一色くんが口を開きました。


「お前は本当に、戦闘中とそれ以外の落差が激しいな」

「う……ごめんなさい……」

「謝って欲しい訳じゃない。 ただ、日頃から周囲を警戒する癖を、付けるべきだ。 詳細は不明だが、お前は『十魔天』から『核』として狙われているんだぞ? その自覚を持て」

「はい……」


 一色くんに窘められて、泣きそうになりました。

 そうでした。

 わたしは何故か、魔族に狙われているんですよね……。

 目的はわかりませんけど、もっと気を付けないといけません……。

 いっそのこと、今日はどこかに隠れている方が良いのでは……?

 そんな風に、わたしが考えていると――手を握られました。

 へ……!?

 突然のことに体をビクリと震わせたわたしは、その手の持ち主である一色くんを見上げます。

 すると彼は、何でもないように言ってのけました。


「警戒する必要はあるが、今は俺がいる。 過度に緊張する必要はない」

「一色くん……」

「楽しみにしていたんだろう? だったら、節度を守って楽しめ」

「……はい、有難うございます」


 口調はつっけんどんでしたけど、優しさに満ちた一色くんの言葉。

 下を向いた顔が赤くなり、胸が高鳴るのを感じました。

 いきなりは反則です……。

 文句を言いたくなりましたが、心は軽くなっていました。

 意識を切り替えたわたしは深呼吸を繰り返し、一色くんの手を軽く握り返しながら告げたのです。


「では、改めて行きましょうか。 一色くんも、気になるものがあれば言って下さいね」


 自然と微笑を浮かべたわたしに、一色くんは小さく頷きました。

 それを確認したわたしは、手を繋いだまま校舎に入って行きました。

 周囲から視線を感じましたけど……平気です。

 これははぐれないようにする為の措置であって、やましいことなど何もないのですから――


「ズルい」


 絶対零度の声音が耳朶を打ち、ピタリと立ち止まりました。

 ゆっくりと振り向いた先に立っていたのは、白河さん。

 無表情のように見えますが、どう見ても怒っており、言魂を発動しそうな勢いです。

 凄まじい迫力に、頬が痙攣するのを感じました。

 一方の一色くんは、我関せずと言ったように、そっぽを向いています。

 いえ、それはなくないですか……!?

 どうしたものかと考えたわたしは、ひとまず弁解を試みました。


「え、えぇと、これは人が多いからであって……」

「ズルい」

「ほ、ほら、はぐれると困りますし……」

「ズルい」

「で、ですから、他意はないと言いますか……」

「ズルい」


 駄目です、聞く耳持ってくれません。

 いよいよ困り果てたわたしは、逃げ出そうとすらしましたが、その前に事態が動きました。


「もう、白河ちゃん。 勝手に行かないでよ。 探したんだよ?」

「早乙女の言う通りだ。 白河、勝手な行動は慎め」


 白河さんの背後からやって来たのは、早乙女さんと桐生さん。

 よ、良かったです。

 これでなんとか、切り抜けられるかもしれません。

 内心でわたしは安堵していましたけど、そうは問屋が卸してくれなかったです。


「あれ? 無明ちゃん奇遇だね……って、そう言うことかぁ」

「無明、貴様……学院内で堂々と不純異性交遊とは、大した度胸だな」


 早乙女さんは何やら納得したように苦笑し、桐生さんは侮蔑塗れの眼差しを突き刺して来ました。

 白河さんは、尚も激怒しています。

 こ、これは、更にややこしいことに……!?

 状況不利を悟ったわたしは、焦って言い返しました。


「ち、違うんです……! 白河さんにも言いましたけど、これははぐれないようにする為に、仕方なく……!」

「ふ~ん。 それにしては、満更でもないみたいだけど?」

「そ、そのようなことは……。 必要に駆られてのことでして……」

「だったら、今すぐ手を離したら良い。 今すぐ」

「し、白河さん、怖いですよ……?」

「ふん、見ていられんな。 何にせよ、このことは四季様に報告させてもらう」

「そ、それはやめて下さい、桐生さん……! なんとなく、ろくなことにならない気がするので……!」


 ニヤニヤした早乙女さんと、圧力が途轍もない白河さん、断罪しようとする桐生さん。

 だ、駄目です……!

 わたしの手には負えません……!

 ますます追い詰められたわたしは、泣き出しそうになっていましたが――


「早乙女、白河、桐生、お前たちの役目は何だ?」

「一色……。 決まっているだろう、学院の秩序を守ることだ」

「なるほど。 では聞くが、この状況はそれを果たせているのか、桐生? 周りを良く見てみろ」

「何だと……?」


 そこで、わたしや早乙女さんたちは気付きました。

 近くにいた生徒や来客たちが、困惑していることに。

 考えてみれば、当然です。

 ヒノモトでもトップクラスの『参言衆』は、嫌でも目立ちますから。

 そのことを思い出したのか、早乙女さんは頬をポリポリと掻いて、白河さんは頬を膨らませ、桐生さんは眉根を寄せています。

 これはひょっとして……?

 胸中でビクビクしながら様子を窺っていると、舌打ちした桐生さんが踵を返して言い放ちました。


「早乙女、白河、行くぞ」

「面白くなって来たのに残念だけど……まぁ、しょうがないね。 ほら、白河ちゃんも」

「むぅ……。 無明夜宵、今日は預けておく。 でも、一色透真は渡さない」


 大人しく去って行く、天羽陣営の『参言衆』。

 白河さんは、最後まで不満そうでしたけど……。

 と、取り敢えず助かりましたね……。

 周囲の人たちも、落ち着きを取り戻していますし。

 なんとか嵐が過ぎ去ったことに、軽く息をついていると、一色くんが声を掛けて来ました。


「それで、どこから回る?」

「……今の出来事があって、一言目がそれですか?」

「何か問題があるか? 特に引っ張ることでもないだろう」

「そうかもしれませんけど……。 わかりました、行きましょう」


 思い切り脱力したわたしは、これ以上の問答が無駄だと察しました。

 しかし、彼の言う通りな部分もあります。

 いつまでも引き摺っていないで、お祭りを楽しまなければなりません。

 頭を切り替えたわたしは、本格的に校舎を見て回り始めました。

 ……一色くんと、手を繋いだまま。

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