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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第3章

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第10話 勘違い

 あっと言う間に準備期間が過ぎ去り、言魂祭の前日になりました。

 この期間、生徒たちは言うまでもなく、街の人々も凄く楽しそうでした。

 まるで、魔族たちとの戦いなどない、平和な世界のようです。

 本心では、激しくなりつつある魔族の侵攻に、不安を抱えているかもしれません。

 それでも、このときばかりは全力で楽しもう……そんな風に感じました。

 わたしも出来る限りのお手伝いをしましたけど、精々が雑用程度です。

 願わくば来年は、本格的に参加してみたいですね。

 もっとも、言魂祭そのものは、当事者として満喫するつもりですけど。

 などと考えているわたしですが、今は放課後の学院長室にいます。

 一色くんと、『肆言姫』である天羽さんに一葉ちゃん、光凜さん、夢愛さんの姿もあります。

 橘先生は見当たらず、揃って学院長と相対していました。

 学院長の表情は真剣で、お祭りの前とは思えないほどです。

 呼び出しを受けたときも思いましたが、何かあったんでしょうか……?

 緊張したわたしは胸の前で手をギュッと握りましたが、他の人たちは平然としていました。


「それで学院長、お話と言うのは何でしょうか?」


 口火を切ったのは、落ち着き払った天羽さん。

 背筋を伸ばして体の前で両手を重ね、優雅に佇んでいます。

 彼女は本当に、頼もしいですね。


「お腹空いたから、早く済ませて欲しいんだけど」


 しかめっ面で、お腹を撫でている一葉ちゃん。

 今更ですけど……学院長に対して無礼ではないんでしょうか……?


「わたしも用事があるので、長居はしたくありませんね」


 丁寧な口調ながら、物怖じしていない光凜さん。

 髪をかき上げる仕草が、絵になるなと思いました。

 相変わらず、自分をしっかり持っている人です。


「同じく予定が詰まっているので、話があるなら早急にして下さい」


 手に持った懐中時計で、時間を確認している夢愛さん。

 黒咲領にいた頃から、スケジュール管理は完璧でしたもんね……。


「サッサと帰らせろ」


 腕を組んで、居丈高に命じる一色くん。

 いえ、流石にその言い方はないでしょう……。

 天羽さん以外の全員が急かしており、面倒に思っているのが伝わって来ました。

 わたしとしても厄介事は困りますけど、大事な話かもしれませんし、ちゃんと聞きましょう。

 居住まいを正したわたしが学院長を見ると、一瞬だけ苦笑を漏らした彼は、表情を引き締めて口を開きました。


「敢えて改めて言うが、明日は言魂祭だ。 年に1度の行事で、首都が最も盛り上がる日だとも言える」


 学院長の言葉を、全員が黙って受け止めました。

 本人が語ったように、既知の情報ではありましたけど、誰も横やりを入れません。

 この辺りは、文句を言いつつも話を聞くべきだと、意識している証に思えます。

 そのことに満足したのか、学院長は1つ頷いてから続きの言葉を連ねました。


「しかしそれは同時に、敵が首都に潜入し易くなることも意味する。 前回の魔族のようにな」


 ここで、天羽さんと一葉ちゃん、光凜さんの表情が強張りました。

 恐らく、実際に体験したからでしょう。

 学院長もそのことには気付いたはずですが、触れることなく話を進めました。


「改良した儂の【聡明叡智】に反応がないと言うことは、ほぼ間違いなく結界の類が仕掛けられていることはない。 ただし、魔力を抑制した魔族が潜んでいる可能性は捨て切れん」


 執務机に着いたまま学院長が、わたしたちを順番に眺めます。

 鋭い眼光が瞳に宿っていますが、怖くは感じませんでした。

 他の人たちも同じようで、真っ向から見つめ返しています。

 それを確認した学院長は、はっきりと告げました。


「何かが起きるかもしれん。 何も起きんかもしれん。 だが、常に動けるように備えておけ。 自分の身の回りは勿論、いざと言うときは人々を守るのだ」


 学院長の要求は、はっきり言って当たり前のことでした。

 常に動けるように準備して、人々を守るだなんて、この場にいる誰もが普段から心掛けているでしょう。

 それにもかかわらず釘を刺したと言うことは、何かしら予兆を察知したのでしょうか?

 ですが、【聡明叡智】に反応はなかったようですし……。

 いずれにせよ、わたしの答えは決まっています。


「お任せ下さい。 全身全霊を持って、役目を果たします」


 胸に右手を添えながら首肯したわたしは、自身の誓いを立てました。

 幾度となくヒノモトを守った母上と同じように……とは行かないかもしれませんけど、出来ることを精一杯頑張ります。

 人知れず闘志を燃やしたわたしは、明日に思いを馳せていましたが――


「気負い過ぎだ。 1人で戦おうとするなと、いつも言っているだろう」

「あ……。 す、すみません……」


 こちらを見ようともしないまま放たれた、一色くんの鋭い指摘を受けて、途端に縮こまりました。

 すると、天羽さんたちも次々に言葉を投げ掛けて来たのです。


「案ずるな、無明。 わたしが守ってやる。 大船に乗った気でいろ」

「四季さん、抜け駆けは感心しませんね。 夜宵さん、かつての連携を思い出して下さい」

「夢愛さんも同類じゃない。 夜宵さん、わたしが傍にいるから安心してね」

「あーッ! もう! 皆してズルいわよ! 夜宵ちゃんは、あたしのものなんだから!」


 急激に混沌とする、学院長室。

 え、えぇと……どうしましょう……?

 皆さんの気持ちは嬉しいんですけど、反応に困ると言いますか……。

 咄嗟に学院長に目を向けましたが、愉快そうに口髭を撫でてニヤニヤしているのみ。

 なんて薄情なんですか……。

 いよいよもって、どうするべきかわからなくなったわたしが、必死に頭を回転させていると――


「無明のことは、俺に任せてもらおうか」


 恥ずかし気の欠片もない、一色くんの淡々とした声が耳朶を打ち、裂けんばかりに目を見開きました。

 き、聞き間違いですよね……?

 信じられない思いなのはわたしだけじゃないらしく、天羽さんたちも驚いた顔付きで彼を凝視しています。

 ですが、一色くんは全く動揺することなく、つらつらと言葉を並べ立てました。


「天羽、お前たちは当日、学院の見回りを担当しているだろう? 無明の面倒を見ている暇はないはずだ」

「そ、それは……」

「黒咲、お前も似たようなものだ。 出店の管理を一手に担っている、黒咲陣営の代表が、1人に構っていられるはずがない」

「……」

「神代、九条、お前たちは武闘大会に専念しなくて良いのか? 実際に戦うのは『参言衆』だが、やることは多いだろう」

「……腹立たしいけど、間違ってはいないわね」

「む~!」


 一色くんに論破された『肆言姫』の皆さんは、言い返せませんでした。

 凄いですね……。

 他人事のように考えていたわたしですが、すぐに現実に引き戻されました。


「以上のことを踏まえて、明日は俺が無明と行動をともにする。 異論はないな?」

「ち、ちょっと待ってよ! それって、デートするってこと!?」


 へ……!?

 な、何を言っているんですか、一葉ちゃん……!

 そ、そんな訳ないじゃないですか……!


「どう表現するかは任せる」


 任せる……!?

 否定しないんですか……!?

 そんなことを言われたら、勘違いして……って、わたしは何を考えているんですか……!

 完全にパニックに陥ったわたしは、目がグルグルして来ましたけど、またしても強制的に現実に復帰させられます。


「落ち着け。 行動をともにするのは、その方が都合が良いからだ。 単独だと各個撃破の恐れがあるからな。 場合によっては二手に分かれる必要も出て来るかもしれないが、基本は一緒にいた方が良いだろう」

「あ……。 な、なるほどです。 確かに、そうかもしれませんね」

「わかったなら、この話は終わりだ。 お前たちも、いい加減に納得しろ」


 一色くんに呼び掛けられた天羽さんたちは、不満を露わにしつつも黙り込みました。

 ひとまず、落ち着きましたね……。

 わたしとしては、どう受け止めるべきか迷うところですが……。

 いろいろと複雑な思いを抱いていると、学院長が咳払いをしてから声を発しました。


「ゴホン。 話は纏まったな? では、無明と一色は帰って良いぞ。 『肆言姫』は、最後の打ち合わせがあるから、もう少し残るように」

「失礼する。 行くぞ、無明」

「え……あ、はい……」


 学院長の許しが出るや否や、踵を返した一色くん。

 わたしは一拍遅れましたが、急いで追い掛けました。

 その際、天羽さんたちに会釈しましたけど、皆さん不満そうでしたね……。

 申し訳ないと思いながら、学院長室をあとにしました。

 外に出て一色くんに追い付き、彼の背後を少し離れて歩きます。

 なんとなく、いたたまれなくて……。

 先ほどのやり取りを思い出したわたしは、モジモジと俯いてしまいましたが、一色くんはどこまでも一色くんでした。


「無明」

「は、はい」

「今日の夕飯は何だ?」

「へ……?」

「夕飯だ」

「え、えぇと……。 すみません、まだ考えていません……」

「と言うことは、材料もまだ買っていないのか?」

「は、はい。 帰りに購買に寄ろうと思っていたので」

「わかった、行こう」

「え……? 付いて来てくれるんですか……?」

「俺も、少し買い足しておくものがあるからな。 それに、荷物持ちくらいはする」

「あ、有難うございます……」


 一色くんの申し出を受けて、ますます恥ずかしくなりました。

 これくらい、そろそろ慣れても良いと思うんですけどね……。

 ですが、彼の場合は普段の態度が態度なので、不意打ちの優しさに驚くんです。

 なんか、卑怯じゃないですか……?

 的外れな文句を胸に仕舞ったわたしは、微かに速くなった鼓動を鎮めるように胸に手を当て――


「え……?」


 一瞬、本当に一瞬、刹那の時間。

 一色くんの中に、あるものを感じました。

 あれは……魔力……?

 い……いえいえ、そんな訳がありません。

 一色くんが魔力を持っているだなんて、勘違いにもほどがあります。

 寝惚けているんでしょうか……?

 思わず頬を手で抓ってみました。

 痛いです……。

 夢ではないようですけど……いったい、何と間違ったんでしょう?

 しきりに首を捻っていると、振り返った一色くんが声を投げて来ました。


「どうした?」

「い、いえ、何でもありません。 さぁ、早く購買に行きましょう。 美味しいご飯を作りますね」

「……あぁ、頼んだ」


 一色くんを追い抜いて前を歩き出すと、彼は怪訝そうにしていました。

 それとなく気配を窺ってみましたが、いつも通りです。

 やっぱり、考え過ぎですね。

 そう結論付けたわたしですが……僅かな引っ掛かりは残っています。

 正体不明の不安を感じたわたしは、誤魔化すように足を動かし続けました。

 その後は何も起こることなく翌日となり、言魂祭が始まります。

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