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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第3章

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第8話 永遠のお礼

 放課後わたしは、昨日に引き続いて街に来ていました。

 ……遊び惚けている訳じゃないですよ?

 今日もれっきとした、お使いです。

 言魂祭の準備が始まって、放課後は皆さん何かと忙しくしています。

 それは特務組も例外ではなく、むしろ学院の代表としての役割があるようでした。

 一方のわたしは、配属されたばかりの新入生と言うこともあり、これと言った仕事がありません。

 その結果として、こう言った雑用を任されることが多いんです。

 文句なんてありませんし、むしろ自分も参加者なんだと思えて嬉しいですね。

 ただ、隣を歩く少年はそうじゃないようでした。


「……」


 いつにも増して仏頂面の一色くん。

 彼は橘先生から荷物持ちとして、わたしに同行するよう命じられています。

 口に出しては言いませんでしたが、どこからどう見ても面倒臭がっていますね……。

 わたしとしても申し訳ないですけど、今回は荷物が多いので、本音を言えば助かりました。

 それに、一色くんとの……い、いえ、誰かとのお出掛けは、やはり胸が躍ります。

 僅かに頬に朱が帯びるのを感じつつ、微笑んでしまいました。

 そうしてわたしたちは、雑踏を練り歩いて目当てのものを買って回ります。

 事前にメモを受け取っていたこともあって、順調そのものですね。

 一色くんも、なんだかんだで協力的ですし、しっかり手伝ってくれていました。

 誤解され易いですけど、性根は優しい人だと改めて感じます。

 この優しさを、もっと多くの人たちに知って欲しい気持ちと、わたしだけの秘密にしたい気持ち……両方があります。

 ……あ……べ、別にわたしが一色くんを独占したいとか、そう言う話じゃないですよ……!?

 他の人たちと仲良くなるのは良いことですし、歓迎するべきことです。

 ただ……その……仲良くなり過ぎて、わたしの相手をしてくれなくなったら困ると言いますか……。

 特務組が全員揃って、可愛い人も増えましたし……。

 こ、これはあくまでも、訓練相手や同居人としての立場であって、それ以上の感情は――


「面白い百面相だな」


 冷ややかな声が耳に入って来て、ハッとしました。

 大急ぎで振り向いた先に立っていたのは、両手に荷物を持って、呆れた眼差しを送って来る一色くん。

 い、いつから見られていたんでしょう……!?

 変なこと口走っていませんよね……!?

 わたしが口をパクパクさせていると、小さく嘆息した一色くんが、視線を進行方向に向けながらポツリと呟きました。


「お前が何を考えているか知らないが、俺は今の立場を変えるつもりはない」

「そ、それって……?」

「深い意味はない。 とにかく、行くぞ。 あまりのんびりしてたら、帰りが遅くなる」

「わ、わかりました」


 そう言ったわたしは、歩き出した一色くんを焦って追い掛けました。

 今の言葉は、何が言いたかったんでしょう……?

 良くわかりませんが、不思議と心が落ち着きました。

 ホッと息をついたわたしは、軽くなった足取りで通りを歩いていましたが、またしても立ち止まりました。

 一色くんが怪訝そうにしているのを感じながら、ある考えが脳裏を過ります。

 たまには、良いですよね……?

 自分に自分で確認を取ったわたしは、一色くんに断りを入れました。


「すみません、少しだけここで待っていてくれますか?」

「どこに行くんだ?」

「そこのお店です。 買いたいものがありまして」

「なら、俺も――」

「い、いえ、これは個人的な買い物ですし、すぐに済みますから……!」

「……わかった」


 付いて来ようとした一色くんを、両手で押し留めました。

 彼は疑問を持ったようですが、ひとまず言うことを聞いてくれています。

 い、今のうちに済ませてしまいましょう。

 踵を返したわたしは急ぎ足で店に向かい、素早く目当てのものを買って戻って来ました。

 そしてそれを……一色くんに、差し出したのです。

 彼は珍しく驚いた反応を示していて、思わず苦笑しそうになりました。

 ですが、なんとか我慢したわたしは、何でもないように装って言い放ちます。


「い、一色くんには普段からお世話になっているので、お礼です。 気に入ってもらえるかは、わかりませんけど……」

「……心当たりはないが」

「一色くんにはなくても、わたしにはあるんです。 い、良いから受け取ってくれませんか……?」


 段々不安になって来たわたしは、縋るようにして一色くんを見つめました。

 わたしが両手で差し出しているのは、2重に巻いた組紐で作られた、黒いブレスレット。

 ヒノモトが二ホンだった頃からあるものらしく、一色くんに似合いそうだと思いまして……。

 多少お値段は張りましたが、ガイゼル討伐や黒咲領への派遣の報酬を頂いたので、今のわたしにとっては大した痛手ではないです。

 だからと言って、無駄遣いをするつもりもありません。

 母上から、金銭感覚の大切さは、口酸っぱく教えて頂きましたしね。

 ……などと現実逃避気味に考えていましたが、尚も一色くんは黙って佇んでいます。

 うぅ……やっぱり気に入らなかったんでしょうか……?

 わたし、こう言うセンスないのかもです……。

 涙目になったわたしが俯いて、落ち込みそうになっていると――


「着けてくれるか?」

「え……?」

「見ての通り、両手が開いてない。 だから、代わりに着けて欲しい」

「あ……そ、そうですよね。 す、少し待って下さい」


 一色くんが、両手に荷物を持っていることを失念していました。

 恥ずかしいです……。

 羞恥から顔を赤くしつつ、微かに震える手で彼の手首に組紐を巻きました。

 うん……良いと思います。

 少なくとも、似合っていないなんてことはないと言い切れます。

 わたしが満足していると、手首を繁々と見つめた一色くんがこちらに向かって、平坦な声を発しました。


「有難う。 この礼は、何かの形でさせてもらう」

「い、いえ。 これはわたしから一色くんへの、お返しなので」

「それに対して、更に返しても良いだろう? 心配しなくても、高価なものは買わない」

「……絶対ですよ?」

「勿論だ」


 澄まし顔で宣言する一色くん。

 逆に信用なりませんが……これ以上の言及は、藪を突いて蛇を出しかねません。

 諦めたわたしは溜息をついて、少し困ったような笑みで気持ちを伝えました。


「わかりました。 それでしたら、楽しみにしています。 その代わり、わたしもまたお返ししますよ?」

「それでは、永遠に終わらないぞ?」

「い、良いんです。 そう言ったやり取りも……お、お友だち同士だからこそと言うことで」


 目が泳ぎ、両手の人差し指をツンツンと突き合わせながら、強引に纏めました。

 お友だちと言うときに、僅かな抵抗があった気がしますが……気のせいですよね。

 そんなわたしを一色くんは無言で見据えていましたが、平然と口を開きます。


「お前がそれで構わないなら、俺が拒否する理由はない」

「あ、有難うございます」

「礼を言われることじゃないと思うがな。 それより、そろそろ行こう。 いい加減、この野次馬連中が鬱陶しくなって来た」

「野次馬……?」


 そこでわたしは、思い出しました。

 ここは街の往来であり、周囲には他にも大勢の人々がいることを。

 そして、彼らがわたしたちに注目して、何事かを囁き合っていることを。

 非難すると言うよりは、ニヤニヤしていたり、生暖かく見守っている感じもしますが、何の慰めにもなりません。

 一瞬にして顔が真っ赤になるのを自覚したわたしは、小声で叫ぶと言う無駄に器用な真似をしていました。


「い、行きましょう……! 今すぐ……!」

「だから、そう言っている」


 逃げるように……いえ、はっきりと逃げ出したわたしのあとを、一色くんが大人しく付いて来ました。

 か、顔から火が出るほど恥ずかしいです……。

 わ、わたしは単にお礼をしていただけなので、何もやましいことはありませんけど。

 などと自分に言い聞かせつつ、大股でズンズンと歩いていると、背後から一色くんが声を掛けて来ました。


「無明、止まれ」

「……! は、はい。 どうしましたか?」

「少し小腹が空いたから、団子を食べて行かないか?」

「お団子……」


 隣まで来た一色くんの視線を追うと、そこには桜葉さんのお団子屋さんがありました。

 確かに、いろいろあって疲れましたし、ちょうど良いかもしれません。

 そう結論付けたわたしは、快く了承しました。


「良いですね、そうしましょう」

「良し。 俺が出すから、好きなものを頼め。 礼の一部だ」

「一部、ですか……」

「そうだ」

「……わかりました。 ご馳走になります」


 わたしとしては、これだけでも充分なお返しなんですけど。

 しかし、一色くんが翻意するつもりがないことは、聞かなくてもわかりました。

 諦めたわたしは苦笑して、一色くんと並んでお団子屋さんへ。

 すると、いつも通り店先で掃除をしていた桜葉さんは、満面の笑みで出迎えてくれました。


「いらっしゃいませ、一色さん、無明さん! お団子のご注文ですか?」

「あぁ、俺は豆大福を頼む。 無明はどうする?」

「では……今日は、おはぎをお願いします」

「豆大福とおはぎですね! かしこまりました、少々お待ち下さい!」


 元気良く返事した桜葉さんが、店内へと入って行きました。

 それを見送ったわたしは、一色くんとともに長椅子に腰掛けます。

 近過ぎず、遠過ぎず。

 絶妙な距離を保ちました。

 彼はどう思っているかわかりませんけど……ま、まだ、これ以上は厳しいです。

 まだ……。

 下を向いてモジモジしながら、チラリと横目で一色くんを見ると、街の人々を無表情で眺めていました。

 何を考えているんでしょうね。

 彼の気持ちがわかれば、いろいろと苦労せずに済みそう……いえ、それはそれで怖いです……。

 とりとめのないことに思いを馳せていると、さほど待つことなく桜葉さんが帰って来ました。


「お待たせしました! どうぞ、召し上がって下さい!」

「頂こう」

「い、頂きます」


 お団子を受け取ったわたしと一色くんは、すぐに食べ始めました。

 相変わらず、ここのお団子は美味しいですね。

 疲れた体に、安らぎを与えてくれます。

 幸せな気持ちが溢れ、自然と笑みがこぼれました。

 そうして口を動かし続けていると、桜葉さんがこちらを窺っていることに気付きました。

 不思議に思ったわたしは、一旦食べるのをやめて問い掛けました。


「あの、何かありましたか?」

「いえいえ! 無明さんは、本当に美味しそうに食べてくれるので、嬉しいんですよ!」

「そ、そうですか? 自分では、良くわかりませんが……」

「ふふ、そこも無明さんの魅力なんでしょうね! ……トーマ様の寵愛を一身に受けていることは、看過出来ないけれど」

「え? 何か言いましたか?」

「何でもありませんよ! ごゆっくりして下さい!」

「は、はい……」


 桜葉さんから、一瞬強烈なプレッシャーを感じた気がしましたが……気のせいですよね?

 一色くんは、平然と食べ続けていますし。

 やっぱり、何もなかったんでしょう。

 納得したわたしは再びおはぎを食べ始め、舌鼓を打ちました。

 だからこそ、気付かなかったのかもしれません。

 一色くんと桜葉さんが同時に何かに反応し、アイコンタクトを取ったことに。

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