第8話 永遠のお礼
放課後わたしは、昨日に引き続いて街に来ていました。
……遊び惚けている訳じゃないですよ?
今日もれっきとした、お使いです。
言魂祭の準備が始まって、放課後は皆さん何かと忙しくしています。
それは特務組も例外ではなく、むしろ学院の代表としての役割があるようでした。
一方のわたしは、配属されたばかりの新入生と言うこともあり、これと言った仕事がありません。
その結果として、こう言った雑用を任されることが多いんです。
文句なんてありませんし、むしろ自分も参加者なんだと思えて嬉しいですね。
ただ、隣を歩く少年はそうじゃないようでした。
「……」
いつにも増して仏頂面の一色くん。
彼は橘先生から荷物持ちとして、わたしに同行するよう命じられています。
口に出しては言いませんでしたが、どこからどう見ても面倒臭がっていますね……。
わたしとしても申し訳ないですけど、今回は荷物が多いので、本音を言えば助かりました。
それに、一色くんとの……い、いえ、誰かとのお出掛けは、やはり胸が躍ります。
僅かに頬に朱が帯びるのを感じつつ、微笑んでしまいました。
そうしてわたしたちは、雑踏を練り歩いて目当てのものを買って回ります。
事前にメモを受け取っていたこともあって、順調そのものですね。
一色くんも、なんだかんだで協力的ですし、しっかり手伝ってくれていました。
誤解され易いですけど、性根は優しい人だと改めて感じます。
この優しさを、もっと多くの人たちに知って欲しい気持ちと、わたしだけの秘密にしたい気持ち……両方があります。
……あ……べ、別にわたしが一色くんを独占したいとか、そう言う話じゃないですよ……!?
他の人たちと仲良くなるのは良いことですし、歓迎するべきことです。
ただ……その……仲良くなり過ぎて、わたしの相手をしてくれなくなったら困ると言いますか……。
特務組が全員揃って、可愛い人も増えましたし……。
こ、これはあくまでも、訓練相手や同居人としての立場であって、それ以上の感情は――
「面白い百面相だな」
冷ややかな声が耳に入って来て、ハッとしました。
大急ぎで振り向いた先に立っていたのは、両手に荷物を持って、呆れた眼差しを送って来る一色くん。
い、いつから見られていたんでしょう……!?
変なこと口走っていませんよね……!?
わたしが口をパクパクさせていると、小さく嘆息した一色くんが、視線を進行方向に向けながらポツリと呟きました。
「お前が何を考えているか知らないが、俺は今の立場を変えるつもりはない」
「そ、それって……?」
「深い意味はない。 とにかく、行くぞ。 あまりのんびりしてたら、帰りが遅くなる」
「わ、わかりました」
そう言ったわたしは、歩き出した一色くんを焦って追い掛けました。
今の言葉は、何が言いたかったんでしょう……?
良くわかりませんが、不思議と心が落ち着きました。
ホッと息をついたわたしは、軽くなった足取りで通りを歩いていましたが、またしても立ち止まりました。
一色くんが怪訝そうにしているのを感じながら、ある考えが脳裏を過ります。
たまには、良いですよね……?
自分に自分で確認を取ったわたしは、一色くんに断りを入れました。
「すみません、少しだけここで待っていてくれますか?」
「どこに行くんだ?」
「そこのお店です。 買いたいものがありまして」
「なら、俺も――」
「い、いえ、これは個人的な買い物ですし、すぐに済みますから……!」
「……わかった」
付いて来ようとした一色くんを、両手で押し留めました。
彼は疑問を持ったようですが、ひとまず言うことを聞いてくれています。
い、今のうちに済ませてしまいましょう。
踵を返したわたしは急ぎ足で店に向かい、素早く目当てのものを買って戻って来ました。
そしてそれを……一色くんに、差し出したのです。
彼は珍しく驚いた反応を示していて、思わず苦笑しそうになりました。
ですが、なんとか我慢したわたしは、何でもないように装って言い放ちます。
「い、一色くんには普段からお世話になっているので、お礼です。 気に入ってもらえるかは、わかりませんけど……」
「……心当たりはないが」
「一色くんにはなくても、わたしにはあるんです。 い、良いから受け取ってくれませんか……?」
段々不安になって来たわたしは、縋るようにして一色くんを見つめました。
わたしが両手で差し出しているのは、2重に巻いた組紐で作られた、黒いブレスレット。
ヒノモトが二ホンだった頃からあるものらしく、一色くんに似合いそうだと思いまして……。
多少お値段は張りましたが、ガイゼル討伐や黒咲領への派遣の報酬を頂いたので、今のわたしにとっては大した痛手ではないです。
だからと言って、無駄遣いをするつもりもありません。
母上から、金銭感覚の大切さは、口酸っぱく教えて頂きましたしね。
……などと現実逃避気味に考えていましたが、尚も一色くんは黙って佇んでいます。
うぅ……やっぱり気に入らなかったんでしょうか……?
わたし、こう言うセンスないのかもです……。
涙目になったわたしが俯いて、落ち込みそうになっていると――
「着けてくれるか?」
「え……?」
「見ての通り、両手が開いてない。 だから、代わりに着けて欲しい」
「あ……そ、そうですよね。 す、少し待って下さい」
一色くんが、両手に荷物を持っていることを失念していました。
恥ずかしいです……。
羞恥から顔を赤くしつつ、微かに震える手で彼の手首に組紐を巻きました。
うん……良いと思います。
少なくとも、似合っていないなんてことはないと言い切れます。
わたしが満足していると、手首を繁々と見つめた一色くんがこちらに向かって、平坦な声を発しました。
「有難う。 この礼は、何かの形でさせてもらう」
「い、いえ。 これはわたしから一色くんへの、お返しなので」
「それに対して、更に返しても良いだろう? 心配しなくても、高価なものは買わない」
「……絶対ですよ?」
「勿論だ」
澄まし顔で宣言する一色くん。
逆に信用なりませんが……これ以上の言及は、藪を突いて蛇を出しかねません。
諦めたわたしは溜息をついて、少し困ったような笑みで気持ちを伝えました。
「わかりました。 それでしたら、楽しみにしています。 その代わり、わたしもまたお返ししますよ?」
「それでは、永遠に終わらないぞ?」
「い、良いんです。 そう言ったやり取りも……お、お友だち同士だからこそと言うことで」
目が泳ぎ、両手の人差し指をツンツンと突き合わせながら、強引に纏めました。
お友だちと言うときに、僅かな抵抗があった気がしますが……気のせいですよね。
そんなわたしを一色くんは無言で見据えていましたが、平然と口を開きます。
「お前がそれで構わないなら、俺が拒否する理由はない」
「あ、有難うございます」
「礼を言われることじゃないと思うがな。 それより、そろそろ行こう。 いい加減、この野次馬連中が鬱陶しくなって来た」
「野次馬……?」
そこでわたしは、思い出しました。
ここは街の往来であり、周囲には他にも大勢の人々がいることを。
そして、彼らがわたしたちに注目して、何事かを囁き合っていることを。
非難すると言うよりは、ニヤニヤしていたり、生暖かく見守っている感じもしますが、何の慰めにもなりません。
一瞬にして顔が真っ赤になるのを自覚したわたしは、小声で叫ぶと言う無駄に器用な真似をしていました。
「い、行きましょう……! 今すぐ……!」
「だから、そう言っている」
逃げるように……いえ、はっきりと逃げ出したわたしのあとを、一色くんが大人しく付いて来ました。
か、顔から火が出るほど恥ずかしいです……。
わ、わたしは単にお礼をしていただけなので、何もやましいことはありませんけど。
などと自分に言い聞かせつつ、大股でズンズンと歩いていると、背後から一色くんが声を掛けて来ました。
「無明、止まれ」
「……! は、はい。 どうしましたか?」
「少し小腹が空いたから、団子を食べて行かないか?」
「お団子……」
隣まで来た一色くんの視線を追うと、そこには桜葉さんのお団子屋さんがありました。
確かに、いろいろあって疲れましたし、ちょうど良いかもしれません。
そう結論付けたわたしは、快く了承しました。
「良いですね、そうしましょう」
「良し。 俺が出すから、好きなものを頼め。 礼の一部だ」
「一部、ですか……」
「そうだ」
「……わかりました。 ご馳走になります」
わたしとしては、これだけでも充分なお返しなんですけど。
しかし、一色くんが翻意するつもりがないことは、聞かなくてもわかりました。
諦めたわたしは苦笑して、一色くんと並んでお団子屋さんへ。
すると、いつも通り店先で掃除をしていた桜葉さんは、満面の笑みで出迎えてくれました。
「いらっしゃいませ、一色さん、無明さん! お団子のご注文ですか?」
「あぁ、俺は豆大福を頼む。 無明はどうする?」
「では……今日は、おはぎをお願いします」
「豆大福とおはぎですね! かしこまりました、少々お待ち下さい!」
元気良く返事した桜葉さんが、店内へと入って行きました。
それを見送ったわたしは、一色くんとともに長椅子に腰掛けます。
近過ぎず、遠過ぎず。
絶妙な距離を保ちました。
彼はどう思っているかわかりませんけど……ま、まだ、これ以上は厳しいです。
まだ……。
下を向いてモジモジしながら、チラリと横目で一色くんを見ると、街の人々を無表情で眺めていました。
何を考えているんでしょうね。
彼の気持ちがわかれば、いろいろと苦労せずに済みそう……いえ、それはそれで怖いです……。
とりとめのないことに思いを馳せていると、さほど待つことなく桜葉さんが帰って来ました。
「お待たせしました! どうぞ、召し上がって下さい!」
「頂こう」
「い、頂きます」
お団子を受け取ったわたしと一色くんは、すぐに食べ始めました。
相変わらず、ここのお団子は美味しいですね。
疲れた体に、安らぎを与えてくれます。
幸せな気持ちが溢れ、自然と笑みがこぼれました。
そうして口を動かし続けていると、桜葉さんがこちらを窺っていることに気付きました。
不思議に思ったわたしは、一旦食べるのをやめて問い掛けました。
「あの、何かありましたか?」
「いえいえ! 無明さんは、本当に美味しそうに食べてくれるので、嬉しいんですよ!」
「そ、そうですか? 自分では、良くわかりませんが……」
「ふふ、そこも無明さんの魅力なんでしょうね! ……トーマ様の寵愛を一身に受けていることは、看過出来ないけれど」
「え? 何か言いましたか?」
「何でもありませんよ! ごゆっくりして下さい!」
「は、はい……」
桜葉さんから、一瞬強烈なプレッシャーを感じた気がしましたが……気のせいですよね?
一色くんは、平然と食べ続けていますし。
やっぱり、何もなかったんでしょう。
納得したわたしは再びおはぎを食べ始め、舌鼓を打ちました。
だからこそ、気付かなかったのかもしれません。
一色くんと桜葉さんが同時に何かに反応し、アイコンタクトを取ったことに。




