第5話 四つ巴
訓練場から教室に向かう途中、わたしは榊原さんや小鳥遊さん、若草さんから、質問攻めに遭っていました。
榊原さんと小鳥遊さんはともかく、若草さんの積極性には驚かされましたね。
少しは心を開いてくれたんでしょうか?
話題は基本的には戦闘技術に関することで、特に魂力を直接推進力に変える技法などには、かなり興味を持っているようです。
ただ……い、一色くんとの関係や、光凜さんとの仲についても聞かれて、困ってしまいました。
まぁ、これに関してはほぼ小鳥遊さんのせいなんですけど、榊原さんと若草さんも興味深そうでしたね。
当人でもあるはずの光凜さんは、助けようともせず、ただただ微笑んでいただけでしたし……。
何にせよ、親睦を深められたのは良かった……のでしょうか……?
などと思っていましたが、少なくともこのあとの展開よりはマシだったかもしれません。
「ん?」
「あら?」
教室へと向かう廊下の途中で、一葉ちゃんと金剛寺さん、椿さんと宝来さんに出会いました。
同じ教室なんですから、それは当然の成り行きなんですけど……嫌な予感がしましたね。
足を止めて見つめ合って……いえ、睨み合っている九条陣営と神代陣営。
こっそりとわたしが避難していると、それぞれの先頭に立っていた一葉ちゃんと光凜さんが、舌戦の火蓋を切りました。
「何よ、あんたのとこの『参言衆』も帰ってたの? てっきり、言魂祭を前にビビッて、逃げるかと思ってたわよ」
「そちらこそ、良く教室に顔を出せたものね。 それとも、力の差もわからないのかしら」
「ふん。 去年も一昨年もその前もそのまた前も、ずっと引き分けなのよ? 力の差なんてないでしょうが」
「だったら貴女の言う、こちらが一方的に逃げる論理も成立しないわよね? だから馬鹿と話すのは嫌なのよ」
「誰が馬鹿よ、陰険女! 何だったら、今ここであんたとケリを付けたって良いんだけど!?」
「面白いわね、望むところよ。 今日こそは、引導を渡してあげるわ」
当初は言魂祭の武闘大会を話題にしていたにもかかわらず、いつの間にか直接対決の話になっているのはなんでですか……。
2人は既に魂力を高めていて、それは互いの『参言衆』にも波及しています。
ちょ……!?
こんなところでこの人数が本気で戦うとか、正気ですか……!?
下手をすれば校舎が全壊するどころか、折角復興した街にまで被害が出ますよ……!?
だ、だからと言って、流石にわたし1人で抑えるのは厳し過ぎます……!
こんなとき、一色くんがいてくれれば……いえ、そんな考えではいけません。
ピンチになる度に彼に頼るような人間には、絶対になりたくありませんから。
決意を固めたわたしは、思い切って割って入ろうとして――優しい歌が耳朶を打ちました。
この歌は、もしかして……。
一瞬呆けたわたしはハッとして、声の主を探しました。
すると、廊下の向こうから歩み寄って来るのは、良く知る4人でした。
「帰還早々、物騒ですね」
いつもの冷静で平坦な口調でそう言ったのは、かつてお世話になった夢愛さん。
不知火さんと九重さん、千石さんの姿もあります。
3人とも元気そうで、こちらに手を振ってくれていました。
そのことが嬉しくなったわたしは、目頭が熱くなりながら手を振り返します。
一方の九条陣営と神代陣営の皆さんは、すっかり戦意を削がれたようで、全員が矛を収めていました。
流石は夢愛さんです。
恐らく、【夢幻泡影】を使いましたね?
わたしがそんな疑問を乗せて視線を向けると、彼女は一瞬だけ微笑んだ後に表情を引き締め、一葉ちゃんと光凜さんに鋭い声を発しました。
「貴女がたの仲が悪いのは知っていますが、やるなら訓練場でお願いします。 校舎の修繕や街の復興も、ただではないのですよ? それでなくとも、ここには大勢の生徒たちがいます。 彼らの身に何かあったら、どうするつもりですか?」
「……ごめん」
「……悪かったわ」
「頼みますよ。 平和祈願を行う本人たちが、その平和を真っ先に壊す訳には行きませんからね」
情け容赦のない夢愛さんの指摘に、一葉ちゃんと光凜さんは縮こまっています。
凄いですね……。
正確な年齢は知りませんが、たぶん『肆言姫』で最年長と言うこともあるでしょうけど、それにしても彼女たちをこうも簡単に言いくるめるとは……。
金剛寺さんたちと榊原さんたちもバツが悪そうにしていて、この場は完全に収まったと見て良いでしょう。
ホッとしたわたしが胸を撫で下ろしていると、いつの間にか夢愛さんが近寄って来ていました。
あ、そう言えば、挨拶がまだでしたね。
遅まきながら気付いたわたしは、慌てて口を開きました。
「おはようございます、夢愛さん。 不知火さんたちと一緒に、首都に戻って来ていたんですね」
「おはようございます。 えぇ。 着いたのは、昨日の深夜でしたが」
「深夜、ですか? それなら、今日は無理しなくても良かったのでは……」
「学院長からはそのように指示されたのですが、わたしが望んだのです」
「そうなんですね。 でも、どうしてですか?」
「それは……」
そこで、何故か夢愛さんの言葉が止まりました。
わたしを凝視したまま、黙っています。
心なしか、顔が赤い気がしました。
うぅん、本当は無理をしているんじゃないですよね……?
心配になったわたしは声を掛けようとしましたが、その前に割り込む人たちがいました。
「ちょっと夢愛ちゃん!? まさか、あんたもなの!?」
「……何のことかわかりません」
「間があったわね? ますます怪しいわ。 これは、夜宵さんに対する守りを、更に強める必要があるわね」
「勝手なこと言ってんじゃないわよ、陰険女! 夜宵ちゃんを守るのは、あたしなんだから!」
「勝手なのは、一葉さんも同じでしょう。 夜宵さんとわたしは、ともに『十魔天』を倒した仲なのです。 つまり、最も強固な絆で結ばれていると言えます」
「あら、それは関係ないのではないかしら? そもそも、わたしたちの方が付き合いは長いのよ。 関係性の深さで言えば、そちらの方が重要でしょう?」
「たまには良いこと言うじゃない! そう言うことだから、夢愛ちゃんの出る幕はないわよ!」
淡々と自身の考えを述べる夢愛さん。
負けじと冷静な光凜さん。
勢いでは1番の一葉ちゃん。
えぇと……何ですか、これ……?
困惑したわたしは周囲に助けを求めましたが、何故だか全員……いえ、椿さん以外は目を逸らしています。
彼女に関しては、噛み付かんばかりの勢いで睨んで来ていますね……。
どちらにせよ、何の解決にもなっていないと察したわたしは、今度こそ決死の覚悟で止めに入ろうとしました。
しかしそこに、新たな顔ぶれが現れたのです。
もっとも、この場合は混乱の種だったかもしれませんが……。
「む? 教室の前で、何をしている?」
最後の『肆言姫』である天羽さんと、早乙女さん、白河さん、桐生さん。
天羽陣営の面々です。
こちらのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、天羽さんが怪訝そうにしていたので、わたしは密かに説明しようとしましたが――
「あ、四季ちゃん! 聞いてよ! 夢愛ちゃんが、夜宵ちゃんを独り占めしようとしてるのよ!」
一葉ちゃん……!?
「……黒咲、今の話は事実か?」
天羽さん……!?
「事実だとすれば、何だと言うのですか?」
夢愛さん……!?
「決まっているわ。 断固として阻止しないとね」
光凜さん……!?
気付けば天羽さんたち『肆言姫』は向かい合い、魂力を練り上げ始めていました。
何より厄介なのは、頼みの綱の夢愛さんまでも参加していることです。
ど、どうしてこんなことに……!?
『参言衆』の皆さんを見渡しましたが、「もうどうしようもない」とでも言わんばかりです。
先ほどから幾度目とも知れない絶望を与えられたわたしは、最終手段として【一筆魂書】の使用すら視野に入れて、懐の筆を取り出そうとしました。
ですが結果として、その必要はありませんでした。
「騒々しいな」
その場の空気を一刀両断したのは、わたしの背後から現れた一色くん。
その際にこちらを一瞬見て、何かを訴え掛けていました。
あ……【一筆魂書】を使おうとしたことを、止められたのかもしれません。
確かに、安易に取るべき選択肢ではありませんでしたね……。
反省したわたしが小さく頷くと、彼は顔を正面に戻して、ヒノモト最大戦力である『肆言姫』たちに言い放ちました。
「朝っぱらから女の取り合いとは……ヒノモトの未来は暗いな」
『……ッ!』
「文句があるなら、実技の授業で相手になってやる。 だが、まずは座学だ。 わかったら、そこをどけ。 邪魔だ。 それとも、全員仲良くペナルティを受けるか?」
一色くんの刃のような言葉を受けた天羽さんたちは、悔しそうにしながらも道を開けました。
そんな彼女たちを一瞥することすらなく、一色くんは教室へと入って行きます。
その……助かったのは助かったんですけど……もうちょっと言い方を……。
なんて思ってしまいましたが、それこそ文句を言うのはお門違いですよね。
嫌なら、自分で対処すれば良かったんです。
彼を責める前に、わたし自身の未熟さを認めましょう。
深呼吸したわたしは、一色くんに続いて教室に入りました。
あとには、複雑な顔付きの『肆言姫』と『参言衆』が残されました。




