第4話 一太刀
夜が明けた、早朝。
わたしは――
「はぁッ……!」
「踏み込みが甘い」
「すみません……!」
「謝る前に直せ」
「はい……!」
普段通り、訓練場で一色くんと斬り結んでいました。
絶え間なく剣戟音が鳴り響き、壮絶な打ち合いを繰り広げています。
当初はアドバイスなどはせず、わたしが一方的に挑む形で始まりましたが、最近は多少なりとも口出ししてくれるようになりました。
言い方は冷たく鋭いですけど、彼の指摘は的を射ているので、とても勉強になります。
一色くんはこちらのレベルに合わせて、わたしより少し強い使い手を演じてくれています。
それによって常に緊張感を持った訓練が可能で、自分が日に日に上達するのを感じていました。
いつになったら彼の全力を引き出せるのか、皆目見当も付きませんが……諦めません。
一呼吸の間に、5つの斬撃を放った一色くん。
そのうち4つは打ち返しましたけど、残り1つは間に合いませんでした。
強引に身を捻ることで、間一髪回避しましたが、体勢が崩れてしまっています。
このままでは、トドメを刺されてしまうでしょう。
ですが、わたしはまだ終わりたくありません。
「【刻言筆】、一ノ蔵、【加速】……!」
保存していた言魂がわたしの体に宿り、極めて短い時間だけ機動力を上げました。
全力でその場から飛び退き、間合いを開けて一色くんと相対します。
ふぅ……なんとかなりましたね。
これで、まだ彼との時間を過ごせ……ではなく……!
ゆ、有意義な訓練を続けられます。
頬が朱に染まるのを感じながら、気持ちを落ち着けたわたしは、意を決して斬り掛かろうとして――気付きました。
一色くんが、呆れ返った目を向けて来ていることに。
えぇと……何故でしょう?
先ほどの攻防、そんなにおかしかったでしょうか?
自覚がないだけで、致命的なミスを犯したんでしょうか……。
理由がわからないわたしが、頭上に大量の疑問符を生産していると、一色くんが深い溜息をついて言葉を紡ぎました。
「その技は、1度使ったら保存し直さないと使えないんじゃなかったか?」
「え? あ、そうですね」
「今、使ったな?」
「その……はい……」
「この瞬間に、魔族が攻めて来たらどうする?」
「……」
「練習として使うのは悪くないが、後先考えずに使うな」
「すみません……」
穴があったら入りたいとは、このことでしょう。
使用者であるわたしより、一色くんの方がよほど【刻言筆】の性質を理解しています……。
恥ずかしさのあまり、しょんぼりと項垂れてしまいました。
そうして、何とも言い難い空気が訓練場に蔓延していましたが、そこに小さな笑い声が聞こえて来ました。
ハッとして振り向いた先にいたのは、歩み寄って来る光凜さん。
それと……3人の見慣れない人たち。
いったい誰でしょう……と思いそうになりましたが、見当が付きました。
たぶん、神代陣営の『参言衆』でしょうね。
わたしがそう判断していると、光凜さんが楽しそうに挨拶して来ました。
「夜宵さん、一色くん、おはよう」
「お、おはようございます」
「おはよう」
「なんだか様子がおかしかったけれど……一色くん、まさか夜宵さんを苛めていたんじゃないでしょうね?」
「え……!? ち、違います……! 一色くんは、ただ助言してくれただけで、苛めるだなんてそんなことは……!」
目を鋭くさせた光凜さんを前に、わたしは両手を胸の前でわたわたと振りました。
折角、一色くんと皆さんの仲が改善されつつあるのに、こんなことで壊す訳には行きません……!
必死になったわたしは、更に言葉を付け足そうとしましたが、その前に光凜さんが苦笑気味に口を開きました。
「冗談よ。 彼がそう言うことをしないのは、わかっているわ」
「あ……。 そ、それなら良かったです」
「ふふ、慌てちゃって。 本当に可愛いわね」
「か、からかわないで下さい。 ところで、天羽さんや一葉ちゃんは、一緒じゃないんですか?」
「あぁ、あの2人なら今日は来ないわよ。 何でも、家の用事があるらしいわ。 平和祈願も近いし、その関係じゃないかしら」
「なるほどです」
光凜さんの説明に、わたしは一定の納得を見せました。
基本的には毎朝訓練をしていますけど、全員が必ず揃うとは限っていません。
わたしと一色くんは皆勤賞ですが、天羽さんたちは家の都合もありますからね。
とは言え、訓練場には来なくても、訓練自体は疎かにしていなさそうです。
などと考えていると、視線を感じました。
目を移したところ、『参言衆』らしき人たちがこちらを見ていました。
あ……そ、そう言えば、自己紹介がまだでしたね。
焦ったわたしは居住まいを正し、自分から挨拶しようとしましたが、先手を打たれました。
「お初にお目に掛かります。 わたしは、榊原琴音と申します。 無明様、一色様、貴方がたの噂は光凜様より、かねがね窺っております。 以後、お見知りおきを」
「えぇと……。 ご丁寧に、有難うございます。 よろしくお願いします」
優雅な所作で深々と頭を下げた榊原さんに対して、わたしも精一杯丁寧なお辞儀を返しました。
身長は天羽さんと同じくらい高くて、背筋が伸びているのも似ています。
凛々しい面持ちを浮かべていますが、お下げ髪が女性らしさのアクセントとなっています。
何と言いますか……綺麗な人ですね。
特務組は全体的にそう言う傾向にありますけど、彼女も例に漏れていません。
一色くんを横目で窺っても、特に反応していませんけど。
そのことに何とも言い難い感情を抱いていると、別の1人が声を上げました。
「うふふ~。 わたしは~、小鳥遊鈴香って言うの~。 よろしくね~」
「よ、よろしくお願いします。 わたしは、無明夜宵と言います」
「知ってるわよ~。 すっごく強いって~、光凜様が仰っていたから~。 今度~、お手合わせしてくれる~?」
「も、勿論です。 むしろ、わたしの方こそお願いしたいです」
「良かった~。 楽しみにしてるわね~」
フワフワとした擬音が聞こえて来そうなほど、ほんわかした小鳥遊さん。
右手を頬に沿えており、彼女の周りだけ時間の流れが、緩やかになっているように錯覚しますね……。
身長は榊原さんよりは低いですけど、わたしよりは明確に高いです。
2つのお団子頭が、可愛らしいと思いました。
ただ、それとは別に気になることもあります。
それは、彼女が両腰に刀を携えていること。
両方とも少し短めで、いわゆる二刀流なんでしょう。
わたしはこれまで戦ったことのないタイプなので、正直なところ興味が湧きました。
静かに戦意を高めていたわたしですが、当然もう1人の存在も忘れていません。
こちらに注意は向けながら、俯き加減に立って黙っている少年。
もしかしたら、年下かもしれませんね。
基本的には自分から話し掛けるのは苦手ですけど……ここは、勇気を振り絞りましょう。
「あの……初めまして。 無明夜宵です。 よろしくお願いしますね」
「……」
「えぇと……お名前は?」
「……若草和希です」
「わ、若草さんですか。 改めて、よろしくお願いします」
返事はありませんでした。
うぅん、わたし以上に引っ込み思案なんでしょうか……?
目が隠れるほど長い前髪からも、そのような雰囲気が滲み出ています。
身長はわたしと同じくらい小柄で華奢なので、一見すると少女にも見えますけど、間違いなく男性でしょう。
こうして無事に(?)、わたしたちが挨拶を済ませるのを待っていたのか、光凜さんが話し始めました。
「彼女たちも刀が武器だから、夜宵さんや一色くんは、良い訓練相手になると思うの。 だから、良ければ相手してあげてね」
「は、はい。 わたしの方こそ、よろしくお願いします」
「有難う。 一色くんは?」
このとき、光凜さんは大して意識しての言葉じゃなかったと思います。
それはわたしも同じで、大人しく了承すると思い込んでいましたが――
「お前が俺に一太刀入れられたら、考えてやろう」
などと、言い放ったのです。
瞬間、訓練場の気温が数度下がったように感じました。
榊原さんは目を研ぎ澄ませ、小鳥遊さんは笑顔のまま瞳に剣呑な光を宿し、若草さんは前髪の奥から一色くんに鋭い視線を突き刺しています。
ど、どうしてこんなことに……。
彼の意図がわからないわたしは、なんとかして場を収めようと考えましたが、時既に遅しでした。
「面白いわね。 受けて立ってあげる」
「ひ、光凜さん……!?」
「安心して、夜宵さん。 すぐに終わらせるから」
有無を言わさぬ迫力を発した光凜さんが前に出て、一色くんと対峙しました。
溜息をついたわたしが距離を取ると、榊原さんたちも観戦モードに入っています。
どことなく、一色くんを品定めしようとしているようにも見えますが……たぶん、気のせいじゃないですね……。
しかし、一色くんはそんなことにお構いなく、泰然とした様子で構えていました。
刀に手を掛けて居合の体勢を作り、まるで「どこからでも掛かって来い」とでも言わんばかりです。
無駄に挑発的ですが、光凜さんは冷静でした。
『雷切丸』を抜き放ち、ゆっくりと一色くんの周りを歩いています。
隙を窺っているようですが、彼にそのようなものはありません。
ならば、どうするかと言うと――
「ふッ!」
作り出すしかありません。
突如として加速した光凜さんが、右後方から一色くんに斬り掛かりました。
いつの間にか言魂を発動しており、とんでもないスピードです。
ただ……彼には通用しないんですよね。
完全に読んでいたように、一色くんは振り向いて光凜さんの斬撃を弾き返しました。
威力では圧倒的に勝っている為、光凜さんは強引に後退させられています。
今の攻防だけでもショックだったのか、榊原さんたちから困惑した空気が流れて来ました。
ですが、当の2人が気にした素振りはなく、その後も激しい攻防を繰り返しています。
光凜さんは様々な工夫を凝らして一色くんを攻めていますが、その全てを完封されていました。
それでも彼女が絶望した様子はなく、極めて真剣な表情を浮かべています。
何か狙っていますね……?
そう考えたのはわたしだけではないのか、一色くんも警戒しているようでした。
彼にここまでの対応をさせるんですから、光凜さんは凄いです。
わたしも、もっと頑張らないとですね。
そうして、人知れずやる気になっていると、それは前触れなく起こりました。
「……!」
一色くんの片眉が跳ね、微かに驚いたことが伝わって来ました。
それも無理はないでしょう。
何故なら、光凜さんが目の前で超加速――ではなく、超減速したんですから。
あの落差は、間違いなく言魂を解除していますね。
強敵を前に大胆不敵と言わざるを得ませんが、今回は有効打となりました。
「もらったわ」
光凜さんのスピードに対抗するべく、早めに動いていた一色くんの刀が空振りしました。
そこに踏み込んだ彼女は『雷切丸』を真っ直ぐに突き出し、最短の刺突を放ちました。
完璧なタイミングで、榊原さんたちは光凜さんの勝利を疑っていなかったようですが……ごめんなさい。
これでも、彼には届かないと思います。
「やるな」
空振りした勢いをそのままに、独楽のように回転した一色くんが、光凜さんの刺突を躱しつつ擦れ違い、背後から彼女の首筋に刃を押し当てました。
まったく……メチャクチャです。
あんなことされたら、どうすれば良いかわからなくなりますよ。
思わず苦笑したわたしに比して、榊原さんたちは息を飲んでいました。
これで、一色くんの凄さの片鱗は伝わったでしょうね。
何故だかわたしが、得意げになっていましたが――
「当たった……わよね?」
『雷切丸』を鞘に納めながら振り向いた光凜さんが、悪戯っぽく微笑みました。
当たった……?
完全に避けていたと思いますけど……。
そう思ったわたしですが、良く見てみると、ほんの少しだけ正装が斬り裂かれていました。
結界の効果で修復が始まっていますが、確かな損傷です。
えぇと、この場合どうなるんでしょう?
体には傷1つなさそうですけど……。
答えを出せなかったわたしが様子を窺っていると、一色くんが平坦な口調で告げました。
「約束だからな。 相手はしてやる」
「そう。 一応、有難うと言っておくわ」
「ただし、2度同じ手が通用するとは思うな。 それと、実戦で使うのはやめておけ。 リスクが高過ぎる。 そのような博打に頼らなくても良いように、強くなれ」
「……本当に、生意気な後輩ね」
などと言いつつ、反論はしなかった光凜さん。
彼女も本心では、一色くんの言い分が正しいとわかっているんでしょう。
そうして模擬戦を終えた彼は、無言で訓練場を立ち去りました。
残されたわたしはどうしたものか悩みましたが、率先して口を開いたのは光凜さんです。
「それじゃあ、わたしたちは訓練を続けましょうか。 言魂祭まで、時間がないしね」
「かしこまりました、光凜様」
「うふふ~、今年こそ勝ちましょう~」
「……頑張ります」
光凜さんの言葉を受けて、それぞれの形で闘志を燃やす榊原さんたち。
ですが、少々理解出来ないことがあったわたしは、端的に問い掛けました。
「あの、光凜さん。 言魂祭と訓練に、何か関係があるんですか?」
「あら、知らない? 言魂祭では、武闘大会も開かれるのよ。 そして毎年、神代陣営と九条陣営の『参言衆』で、競い合っているの。 ただ、今まで決着が付いたことはないのよね。 だから、彼女たちも燃えていると言う訳よ」
「な、なるほどです」
事情を知ったわたしは、改めて榊原さんたちを眺めました。
全員が揃ってわたしを見ており、今にも斬り込んで来そうです。
これは、相手をしろと言うことでしょうか……?
恐る恐る光凜さんを見ると、満面の笑みで頷かれました。
なんて美しい笑顔なんでしょう……。
そんなことを思いながら嘆息したわたしですが、すぐに頭を切り替えました。
強い人と訓練出来るのは、わたしにとっても貴重な機会。
この時間を、大切にしましょう。
そうして立ち直ったわたしは――
「よろしくお願いします」
真っ向から榊原さんたちを見据えて、言い放ちました。
それからわたしは、順番に彼女たちと刃を交えたのですが……やはり強かったです。
ただし、言魂は使わなかったので、真の実力はわからず仕舞いでした。
まぁ、近いうち知ることになるでしょう。
そうして訓練を切り上げたわたしたちは、揃って教室に向かったのですが……そこでも、ひと悶着が起きるのでした。




