第3話 見事だ
無事にお使いを終えたわたしは部屋に戻り、一色くんと一緒に夕飯を食べました。
その後は、いつも通り食後のお茶を飲んで、各々がくつろぐ時間です。
ですが、わたしにとっては大事な訓練時間でもあるんですよね。
ふすまを閉めて1人になったわたしは、『葬命』を畳の上に置いて筆を取りました。
今日はどうしましょう……。
【刻言筆】の訓練なんですけど、どうせなら有用な文字を選びたいところです。
ちなみに、【刻言筆】で保存出来る言魂は、三文字までです。
無理をすれば四文字以上も可能ですけど、その場合は数日は寝込むことになるでしょう。
絶妙なラインを考えた結果、三文字が限界と言う結論に至りました。
まぁ、何でもありだったら、都合が良過ぎますよね。
それと保存した言魂は、1度使うと消滅します。
つまり、使いどころに注意しなければならないですが、逆に言えば他の言魂に入れ替え可能。
ただし、保存するにはこうして集中する必要があるので、戦闘中や突発的なときには難しそうですね。
そのことを思えば、事前の準備がいかに大事かがわかるかもしれません。
さて……。
と言うことで、始めましょうか。
魂力を高めたわたしは、少しずつ筆に送って『葬命』に書こうとして――
「ちょっと良いか?」
ふすまの向こうから、声を掛けられました。
完全に不意打ちだったせいでビックリしましたけど、筆を置いてすぐに返事します。
「は、はい。 何でしょうか?」
「今は、新技法の訓練中か?」
「あ……。 そ、そうです。 すみません、何か問題がありましたか……?」
「いや、そうじゃない。 ただ、もし良ければ見学させて欲しいだけだ」
「見学……?」
「あぁ。 お前がどんな技を開発したか、興味がある」
ふすま越しなので顔は見えませんが、一色くんから興味があると言われて……う、嬉しくなってしまいました。
思わずにやついてしまいそうでしたけど、なんとか我慢して返事します。
「ど、どうぞ。 期待に応えられるかは、わかりませんけど……」
「そんなこと、気にするな。 失礼する」
断りを入れた一色くんが、ふすまを開けました。
しかし、部屋に入って来る様子はありません。
あ……わ、わたしの個人的なスペースとして使っているから、遠慮しているんでしょうか……?
確かに異性を自室に招くと思うと恥ずかしいですけど……こ、これは真面目な訓練なので、問題ないです……よね?
自分で自分を納得させたわたしは、1度深呼吸してから口を開きました。
「あ、あの……。 どうせなら、近くで見てもらっても構いませんが……」
「良いのか?」
「は、はい。 その方が、見学し易いと思いますし」
「そう言ってもらえると、助かる。 では、改めて失礼する」
再び一言入れた一色くんが、わたしの部屋に入って来ました。
い、今更ですけど、散らかっていないでしょうか?
に、匂いなどは大丈夫でしょうか?
顔が赤くなって、心臓が激しく脈打つのを感じましたけど、ここで取り乱す訳には行きません。
胸に手を当てて呼吸を整えたわたしは、チラリと一色くんを見やってから、筆を持ちました。
うぅ、見られていると、緊張しますね……。
で、ですが、挫けません。
集中です。
意を決したわたしは、魂力を練り上げて、慎重に筆に送りました。
だいぶ慣れては来ましたが、この作業が辛いんですよね……。
送る魂力が多過ぎると暴発しかねませんし、少な過ぎたら文字が途中で霧散します。
なので、調整が大事になって来るんですけど、まだまだ研鑽が必要です。
そう考えながらわたしは、『葬命』に筆を走らせようとしましたが――
「待て」
またしても、一色くんの声が耳朶を打ちました。
もう、折角集中していたのに、何ですか?
微かな不満を視線に乗せて彼を見やると、おとがいに手を当てて何やら考え込んでいます。
どうしたんでしょう?
疑問に思ったわたしが、内心で首を捻っていると、彼はおもむろにしゃがみ込みました。
そして、突然の暴挙に出たのです。
「少し、我慢しろ」
「ふぇ……!?」
わたしの背後から覆い被さるようにした一色くんが、筆を持ったわたしの右手に触れました。
ち、近……!?
そ、それより、手、手が……!?
完全に思考がショートしたわたしは、一色くんの腕の中で石化していましたけど、彼は何でもないようにのたまいました。
「魂力の送り方に、改善の余地がある」
「へ……?」
「実際の書道を思い出してみろ。 墨を1度付けたら、最後まで書き切るだろう? そのとき、最初に墨を溜めておくはずだ。 要するに、継続的に魂力を送り続けるのではなく、書き始める前に必要な分だけ溜めておけ。 そうすれば、今よりも格段にコントロールし易くなるだろう」
「……わかりました、やってみます」
一色くんのアドバイスを聞いたわたしは、状況も忘れて頭が冷える思いです。
そして、言われた通りに右手に魂力を集中させて、必要な量を考え始めました。
まずは、一文字からです。
これくらいでしょうか……?
わたしが体感で結論を出していると、耳元で一色くんが囁きました。
「一文字なら、まだ多い。 大体だが、一文字なら手首の辺りまで、二文字なら前腕、三文字なら腕全体に溜めるイメージでちょうど良い」
「わ、わかりました」
「最初はゆっくりしろ。 過不足ない量を体に馴染ませるように、慎重に」
「はい……!」
一色くんの言葉を受けたわたしは、より一層気合いを入れました。
一文字なら、手首の辺りまで……。
腕そのものを筆と見立てたわたしは、最低限の魂力を右手に溜めて、【風】の文字を書きました。
これまでと比べ物にならないくらい楽で、しかもしっかり保存出来ています。
試しに発動してみると、室内に涼やかな風が舞いました。
で、出来ました……。
ホッとして息をついていると、わたしから身を離した一色くんが立ち上がって、こちらを見下ろしながら告げました。
「及第点だな。 文字数が増えるほど、適量を探るのも難しくなるだろう。 だが、基本的な考え方は同じだ。 完璧にものに出来れば、その技はまだ進化出来る」
「あ、有難うございます。 お陰で、訓練が捗りそうです。 やっぱり、一色くんは凄いですね」
彼の体温を感じられなくなったことを、ほんのちょっぴり残念に思いつつ、苦笑を浮かべてお礼を言いました。
わたしも、いろいろと試行錯誤していたつもりですけど、少し見ただけで改善点を見付けるんですもんね……。
一色くんが強いのは嫌と言うほど知っていますが、こう言う面でも飛び抜けています。
少しばかり自信を失いそうになったわたしは、下を向きそうになりましたが――
「お前ほどじゃない」
「え……?」
「俺は、【一筆魂書】を使わないと決めたお前が、純粋な剣技や魂力を直接使う戦法を磨くと予想していた。 それ自体は間違っていなかったが、まさか新技法を編み出すとは考えてもいなかった。 はっきり言おう、見事だ」
「あ……有難う、ございます……」
「その姿勢で取り組めば、お前はもっと強くなれる。 その新技法、【刻言筆】にも伸びしろはあるだろう。 楽しみにしている」
「は、はい……! 頑張ります……!」
「ただし、文字を保存するタイミングには気を付けろ。 いくら言魂を用意したところで、肝心の本人が疲労困憊では宝の持ち腐れだ」
「あ……そ、そうですね。 気を付けます」
「良し。 では、失礼する。 邪魔したな」
「い、いえ。 むしろ助かりました、有難うございます」
言いたいことを言って満足したのか、一色くんが部屋を出て行きました。
そんな彼をわたしは呆然と見送りましたが、次第に実感が湧いて来ました。
一色くんに認められた……と思って、良いんでしょうか……?
も、勿論、発展途上なのは心得ています。
それでも、彼にあそこまで真っ向から褒められたのは、初めてな気がします。
どうしても喜びが抑え切れず、笑顔を漏らしてしまいました。
完全に1人だったら、小躍りしかねないほどです。
もっとも、浮かれてばかりはいられません。
一色くんも言っていたように、【刻言筆】で言魂を保存するには、リスクが付き纏います。
冷静に状況を見定めて、訓練を続けましょう。
彼の言葉を自分の心に刻むように、両手を胸元に当てたわたしは、誓いを立てました。
その後、無理のない範囲で訓練に励んだわたしは眠りに就き、翌日には新たな出会いが待っていたのです。




