第2話 九条陣営
わたしが首都に戻って来た頃には、既に復興は進んでいたんですけど、今ではすっかり元通りです。
それどころか、近々開催される言魂祭に向けて、街が飾り付けされ始めていました。
言魂祭のことは知識としては知っていましたが、参加するのは初めてなので、ドキドキワクワクしますね。
各組がいろんなお店などを出したり、外部からも出店者を募っているようです。
訓練場で闘技大会も行われるらしいですし、盛りだくさんだと思いました。
などと考えながら、お祭り色に染まりつつある街を歩きます。
放課後にわたしは、またしても橘先生の指示で買い出しに来ていました。
言魂祭で使う資材の調達が目的です。
念の為に言っておくと、1人ですよ。
い、いつでも一色くんとセットだとは、思わないで下さいね?
……ほんの少しだけ、寂しいですけど。
ほ、ほんの少しですよ?
とにかく、今はお使いが優先です。
何故だか顔が赤くなっているのを自覚したわたしが、1度深呼吸していると――
「ガッハッハ! いやぁ、やっぱり首都の酒は美味いのう」
などと言う大声が聞こえて来て、ビクッと肩を震わせてしまいました。
恐る恐る振り向いた先に立っていたのは、かなりの巨漢で筋骨隆々の、頭を丸めた男性です。
歳はかなり上に見えますが、学院の正装を着ていると言うことは、生徒なんでしょうか?
大きなひょうたんでお酒らしきものを飲んでいて、わたしとは全く違う意味で顔を赤くしています。
何と言いますか……豪胆な人ですね。
わたしが言葉を選んで、内心で感想を述べていると、その男性に向かって小柄な少女が叫びました。
「うるせぇ、ハゲ! 昼間っから飲んでんじゃねぇよ!」
な、なんて口が悪いんでしょう……。
見た目はかなり可愛いんですが……。
先ほどの男性と比べると、大人と子どもほどの身長差がありますけど、迫力は負けていません。
むしろ、歯をむき出しにして怒っている様は、尋常ではありませんでした。
サイドテールに纏めた髪が、ブンブンと荒ぶっています。
そこに今度は、爽やかな青年の声が響きました。
「ハハハ! それは無理と言う話だ、陽奈子! 司は、常に飲んでいなければならないのだからな!」
往来のど真ん中だと言うのに、腕を組んで仁王立ちした青年。
彼の言葉から、巨漢の男性が司と言う名前で、少女が陽奈子と言う名前だと言うことが判明しました。
そして青年は、逞しい肉体を誇る高身長で、逆立った髪とハチマキが印象的です。
見るからに自信に満ち溢れていて、なんとなく羨ましくなりましたね……。
まぁ、人前で大声を張り上げるのは、どうかと思いましたけど。
ただ気になったのは、街の人々が大して反応していないことです。
これだけ騒がしければ、わたし以外にも驚く人がいてもおかしくないと思うんですが……「あぁ、またか」のような、呆れた空気が漂っています。
うぅん、わたしが知らないだけで、有名な人たちなんでしょうか?
などと小首を傾げていると、その答えが明らかになりました。
「お主はわかっておるのう、信志! 陽奈子も見習わんかい!」
「だーッ! マジでうるせぇ! 良いから、サッサと行くぜ! 一葉様がお待ちだ!」
「まぁ待て、陽奈子! 折角、首都に戻って来たのだ! 少しくらいのんびりしても、罰は当たらんだろう!」
「駄目だって言ってんだろ、バカ! テメェらがどうしても行かねぇってんなら、あたしだけでも行くからな!」
大声で宣言した少女は、肩を怒らせてズンズンと歩き出しました。
それにしても、一葉様がお待ち、首都に戻って来た……ですか。
ほぼ間違いなく、九条陣営の『参言衆』ですね。
改めて観察してみると、漂って来る強さも並々ならないものがあります。
若干、その……か、変わった人たちだと感じたのも、特務組の性質に合っている気がします。
いずれは挨拶することになるでしょうけど、今は……って……!?
少女がこちらに向かって来ているのに気付いて、咄嗟に避けました。
あ、危なかったです。
他の人たちは自分から道を開けていましたけど、わたしが避けなかったら、ぶつかるつもりだったんでしょうか……?
様々な意味で恐ろしくなったわたしが振り向くと、少女も足を止めてこちらを向いていました。
な、何でしょう……?
お世辞にも友好的ではない雰囲気で、ゆっくりと歩み寄って来た少女は、下からわたしの顔を覗き込むようにして、低い声を発しました。
「何だぁ、テメェ? あたしに、何か文句でもあんのか?」
「へ……? け、決して、そのようなことは……」
「いーや。 今の目は、あたしに喧嘩を売ってた。 そうだろ?」
「で、ですから、そんなつもりはないと……」
「じゃあ、何か? このあたしが、勘違いしたとでも言いてぇのか? あ?」
「それは、えぇと……」
「さっきからウジウジしやがって。 はっきりしろや!」
「す、すみません……!?」
あまりにも一方的に因縁を付けられたわたしは、涙目になってしまいました。
ある意味、ヴィジルのときより怖いです……。
しかし、少女が容赦することはなく、尚もわたしに怒声を叩き付けようとして――
「いい加減にしなさいッ!」
「痛ッ!?」
いつの間にか背後に迫っていた一葉ちゃんが、少女の頭にビシッと手刀を落としました。
彼女の破壊力は途轍もないので、軽く見えても強烈な衝撃だったらしく、少女は頭を押さえて蹲っています。
ですが、一葉ちゃんは柳眉を逆立てて両手を腰に当て、お説教を始めました。
「こんなところで、何やってんの! 他の人の迷惑でしょ!? て言うか、夜宵ちゃんに絡んでんじゃないわよ!」
「うぅ……すみません……」
「謝る相手は、あたしじゃないでしょ! ほら、早く立って!」
「は、はい!」
一葉ちゃんに怒鳴られた少女は即座に立ち上がって、こちらに向き直りました。
その顔には不満の色が濃く出ていますが、ペコリと頭を下げて謝罪の言葉を紡いでくれました。
「ごめんなさい……」
「夜宵ちゃん、ごめんね? あたしからも謝るから、許してあげてくれる?」
「えぇと……き、気にしないで下さい。 驚きましたけど、何ともありませんから」
本当は凄く怖かったです……とは言いません。
これ以上、あの子が怒られているところを見るのは、忍びないですし。
わたしの言葉にホッとしたのか、一葉ちゃんはニッコリと笑っており、少女は口を尖らせています。
よほど、謝るのは嫌だったようですね……。
周囲の人々はこちらの様子を窺っていましたが、場が落ち着いたと思ったのか、それぞれ行動を再開しています。
わたしとしても注目は避けたかったので安心していると、先ほどの男性と青年が歩み寄って来ました。
「おぉ、一葉様。 久しぶりですなぁ」
「お久しぶりです、一葉様! お変わりないようで、何よりです!」
「それはこっちのセリフよ。 司も信志も、相変わらず元気が有り余ってそうね」
「ホントですよ、一葉様。 こいつら、報告より先に街をうろつこうとしてて、世話する身にもなって欲しいって感じです」
「いや、1番面倒事を起こした子が何言ってんの。 言っておくけど、今度また夜宵ちゃんにちょっかい出したら、デコピン100発の刑だからね?」
「そ、そんなことされたら、頭に穴が開いちゃいます!」
「嫌なら、気を付ければ良いのよ」
「うぅ……わかりましたよ……」
一葉ちゃんを中心に集まる、九条陣営。
なんとなく一体感があって……良いですね。
あれだけ気性の荒かった少女も大人しくなっていて、どちらが本性か気になるところです。
すると、わたしを放置していることに気付いたのか、一葉ちゃんが慌てて話を振って来ました。
「あ、夜宵ちゃん、紹介するね。 この子たちは、うちの『参言衆』なの。 1番大きいのが金剛寺司で、その次が宝来信志、小さいのが椿陽奈子よ。 ほら、皆も挨拶しなさい」
「ガッハッハ! 儂が金剛寺司じゃ! よろしくのう、無明夜宵!」
「自分は宝来信志だ! キミのことは、一葉様から伺っている! 今度、手合わせ願いたい!」
「……椿陽奈子だ」
お酒を煽りながら笑う、金剛寺さん。
拳と拳を打ち合わせて、爽やかな笑みを浮かべる宝来さん。
視線を合わせようともせず、ポツリと呟いた椿さん。
三者三様の挨拶を受けたわたしは、またしても特徴的な人たちだと思いました。
ですが、嫌な感じは全くしません。
ぶっきらぼうな椿さんも含めて、悪い人には思えませんでした。
自然と心が落ち着いたわたしは胸元に手を添えて、微笑みながら挨拶を返しました。
「わたしは、無明夜宵です。 一葉ちゃんには、いつもお世話になっています」
「一葉ちゃんだと!? テメェ、調子に乗ってんじゃ――」
「陽奈子?」
「な、何でもありません、一葉様!」
「うんうん、よろしい。 夜宵ちゃん、続けて?」
「つ、続けてと言われましても……。 その……い、一応、特務組に所属しているので、皆さんとも仲良くしたいと思っています。 なので……よろしくお願いします……」
尻すぼみに声が小さくなったのは、椿さんに睨まれていたからです。
うぅ、完全に目の敵にされていますね……。
だからと言って、一葉ちゃんとの関係は壊したくないですし……。
山奥で暮らしていた頃は知りませんでしたが、良好な人間関係の構築は難しいと痛感しました。
母上、これも試練なのですね……?
現実逃避気味に空を見上げて内心で問い掛けていると、一葉ちゃんが楽しそうに声を発しました。
「良し! 自己紹介も終わったところで、皆で何か食べに行こっか!」
「良いですなぁ! 儂も、まだまだ飲み足りんですし」
「ほどほどにしろよ、司? 潰れたら、あとが大変なんだからな?」
「うむ! 陽奈子の言う通りだ! 司、飲むのは構わんが、飲み過ぎには気を付けろ!」
「わかっておるわい。 陽奈子も信志も、心配性じゃのう。 無明、お主も飲むか? 上手い酒を奢ってやるぞ?」
「えぇと……あ、有難いお誘いなんですが、わたしは橘先生からお使いを頼まれていまして。 それに、折角ですから今日は、同じ陣営で楽しんで来て下さい。 わたしとは、また別の機会に遊んで欲しいです」
「うーん、そっかぁ。 夜宵ちゃんが良ければ、付いて行っても良いんだけど……まぁ、今日はあたしたちだけで行こっか」
「賛成です、一葉様! 無明! テメェはしっかり、仕事を果たすんだな!」
「は、はい。 では皆さん、またです」
一葉ちゃんに見えないように、わたしを威嚇して来る椿さん。
そんなことしなくても、邪魔しませんよ。
段々と怖いよりも可愛らしいと思えて来たわたしは、クスリと笑って立ち去りました。
一葉ちゃんは少し残念そうでしたが、敢えて気付かないふりをします。
こうしてわたしは、九条陣営の『参言衆』との邂逅を終えて、まだ見ぬ特務組のメンバーに思いを馳せました。




