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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第3章

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第1話 余所見

 夜宵が黒咲領から首都に帰還して、既に2週間が経過していた。

 その間、魔物や魔族との大きな戦いは起きていないが、いくつかの変化があった。

 1つは、弦蔵が宣言通りに【聡明叡智】に制約を設けることで、新たな機能を追加したこと。

 具体的には、以前よりも頻繁に更新しなくてはならない代わりに、意志を持たないものにも反応するようになっている。

 加えて、他の言魂士と協力することで、より強固な防衛態勢を築けていた。

 更に、ラザロスを倒したことで北端と南端に出現していた魔物が消滅し、九条陣営と神代陣営の『参言衆』が間もなく戻って来る。

 黒咲陣営も合流することを思えば、首都の戦力は格段に上昇すると見て良い。

 そして彼女も、新たな生活を始めていた。


「……良し、終わりよ。 次も1週間後に、忘れないようにね」

「ご苦労様。 一応、感謝しておくわ」

「一応って……。 まぁ、良いけど……」


 クオンの背中に手を当てていた歌奏が、ジト目で彼女を見やる。

 しかし、クオンが気にした素振りはなく、既に歌奏から意識を逸らしていた。

 遅くなったが、ここは学院の隠し部屋である。

 集まっているのはいつもの透真に、弦蔵、歌奏――そしてクオン。

 元魔王である透真がどうして抑制具もないまま、首都で生活することが出来ているのか。

 その答えが、ここにある。

 クオンと入れ替わるように前に出た透真が、甚平の上着をはだけて背中を向けながら、歌奏に告げた。


「よろしく頼む」

「このときだけは、素直なのよね……」

「何か言ったか?」

「別に? 毎週2人分の護符を作るの、大変だなんて思ってないわよ」

「それに関しては、悪いと思っている。 だからこそ、団子の差し入れをしているだろう?」

「いや、お団子でつられるほど子どもじゃないんだけど……。 もう良いわよ。 ほら、サッサと終わらせましょう」


 溜息をついた歌奏は、透真の背中に札を押し当てた。

 同時に、高速で指を虚空に走らせる。

 綴られた文字は、【余所見】。

 これこそが彼女の言魂であり、透真とクオンの命綱でもあった。

 集中した顔付きで護符に魂力を送り続けた歌奏は、暫くして手を離した。

 すると護符は消えて見えなくなり、透真は慣れた様子で甚平を着直す。

 その様子をクオンは黙って見守っていたが、感心したように口を開いた。


「何度見ても、不思議な能力ね。 わたしは絡繰りを知っているから辛うじて察知出来るけれど、相当意識しなければトーマ様の魔力を感じられないわ。 いえ、トーマ様の魔力を探ろうと言う意識そのものを、逸らされているのだったわね」

「そう言うことよ。 だからクオンさんも、魔力を保ちながら気付かれないって訳。 ただし、貴女も言っていたように絡繰りを知っていれば、その限りじゃないわ。 だから、くれぐれも口外しないようにね」

「わかっているわよ。 自分のこともそうだけれど、トーマ様の生活が懸かっているのだから。 それより、毎週更新しないといけないのは、どうにかならないの? 正直、面倒なのだけれど」

「わたしだって、出来ることならそうしたいわよ。 言っておくけど、護符の更新にはかなり魂力を使うんだからね?」

「はぁ……わかったわよ。 我慢してあげる」

「……透真に似て、可愛くないわね」

「褒めても何も出ないわよ?」

「褒めてないわよ!」


 喚き立てる歌奏と、余裕たっぷりに髪をかき上げるクオン。

 見た目で言えば大人と子どもだが、実年齢の差が出ているのかもしれない。

 もっとも、そのことを指摘すれば、クオンからどのような目に遭わされるかわかったものではないが。

 何とも気の抜けた空気ながら、行っているのは非常に重要な儀式である。

 透真とクオンに施した歌奏の護符は、【余所見】の力を宿しており、他者の意識を彼らの魔力から逸らすと言うもの。

 ポイントは、意識そのものを逸らすことだ。

 つまり、調べようとする気持ちすら湧かなくなる。

 1度会った人の魂力を識別出来る夜宵が、透真に魂力がないことに気付かないのも、同じ理屈だった。

 ある意味で歌奏が、透真とクオンの生殺与奪の権を握っているのだが、2人は不遜な態度を貫いている。

 いろいろと諦めた歌奏は大きく嘆息し、次いで弦蔵に目を向けた。

 彼はニヤニヤ笑って状況を楽しんでいたが、歌奏の視線に気付いて慌てて口を開く。


「さて、更新も終わったようだし、今後の話をするか。 まず直近で言えば、学院で言魂祭があるな。 それが終われば、『肆言姫』による社での平和祈願だ」

「この状況でも、行うのか? はっきり言って、今はそんな場合じゃないと思うが」

「トーマ様の仰る通りよ。 祭りだの祈願だの、隙を晒すだけではないかしら?」

「お前たちの言っていることもわかるが、これは意外と大事なことだ。 民衆にとって言魂祭と平和祈願は、年に1度の大切な行事。 それを中止にするとなると、何かあったのかと余計な不安を与えてしまう」

「余計も何も、現状は実際に切迫しているだろう。 クオンを含めて、『十魔天』が4人も動いたんだぞ? いや、恐らくそれで済まない。 今後も『十魔天』クラスの魔族が、何かを仕掛けて来るはずだ」

「確かに、透真の予測が正しそうね……。 でも、わたしも教員として言魂祭は開催したいわ。 生徒たちの士気を上げる為にもね」

「呑気なものね、歌奏。 その油断に、付け入られると言っているのよ」

「クオン、油断ではないぞ。 言魂祭と平和祈願を実行した上で、全力で首都と夜宵を守る。 儂らなら、それが可能だ。 何せこちらには、『肆言姫』や『参言衆』だけではなく、元魔王や元『十魔天』までいるのだからな」


 立派な顎鬚を撫でながら、ニッと笑う弦蔵。

 そんな彼を歌奏は苦笑気味に見つめ、透真とクオンは横目で視線を交換した。

 弦蔵の言葉には、言外に「当然、手伝ってくれるな?」と言う意志が込められており、それがわからない2人ではない。

 同時に弦蔵へと目を向けた透真とクオンは、それぞれの言葉で宣言した。


「やれることはやる」

「トーマ様がお望みになるなら、わたしは全力を尽くすのみよ」


 腕を組んで、平坦な声を発した透真。

 胸に手を当てて、静かながら絶対の誓いを立てるクオン。

 両者とも素直に協力するとは言わなかったが、実質的には弦蔵の要請を受け入れている。

 それで充分だと思った弦蔵は柔らかく微笑み、この場を纏めに掛かった。


「感謝するぞ、透真、クオン。 歌奏も、引き続きよろしく頼む」

「はい、学院長。 ひとまず、言魂祭の準備ですね。 透真、貴方もちゃんと手伝うのよ?」

「面倒だが……やむを得まい。 俺も、学院の生徒であることに違いはないからな」

「ふふ、良くわかってるじゃない。 クオンさん……いえ、玖乃さんは団子屋を出店するの?」

「そうね……。 トーマ様たちの近くにいた方が都合が良いでしょうし、そうしようかしら」

「わかったわ。 手続きしておくから、場所が決まったら知らせるわね」

「えぇ、お願い」

「では、今日はこの辺りで解散としよう。 あぁ、少し連絡事項があるから、歌奏は残ってくれ」

「了解しました、学院長。 透真、玖乃さん、お休みなさい」

「お休み」

「お休みなさい」


 そう言って踵を返したとき、既にクオンは玖乃に成り代わっていた。

 どちらにせよ見付かれば、「どうして団子屋が深夜の学院に?」となるだろうが、彼女に限ればそのようなミスはしない。

 隠し部屋を出た2人は足音を立てずに校舎を出て、無言で星空の下を歩く。

 そのとき、透真があることに気付いた。

 スルーしても良かったが、なんとなく気になった彼は、それとなく尋ねることにした。


「桜葉、その石は何だ?」

「……! いえ、これは……」

「……言いたくないなら、無理に言わなくても良いぞ」

「だ、大丈夫です。 その……常連の少女から、もらったのです。 わたしが元気になるように、と……」


 恥ずかしそうに俯いた玖乃の手には、綺麗な石が握られていた。

 暗いので見えないが、顔が赤く染まっている。

 彼女の意外な姿に透真は微かに驚きつつ、淡々と話を続けた。


「常連の少女……サチと言う子か?」

「はい。 あの子にとっては、宝物だったそうです。 おかしいですよね、こんなものを持ち歩いているだなんて……」


 自嘲気味に笑った玖乃は、懐に石を仕舞おうとしたが――


「そんなことはない」

「え……?」

「ものの価値は、金銭面だけで決まる訳じゃない。 あの子にとって宝物なら、その石には相応の価値がある。 だから、大切にしていても何ら不思議はない」

「トーマ様……」

「良かったな、桜葉。 それは、お前の勲章だ」

「……はい、有難うございます」


 真っ直ぐ前を向いたまま、感情を窺わせない声で断言した透真。

 しかし、玖乃は何故だか心が温かくなるのを感じて、微笑をこぼした。

 改めて、石を両手で大事そうに抱えた玖乃は、半歩だけ透真に歩み寄った。

 そのことに透真は気付いていたが、敢えて何も言わない。

 こうして週に1度の護符更新が終わり、次々と戦力が首都に集結しつつあった。

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