プロローグ 責務と舞台
『黙四卿』の研究施設にある、応接間――と言う名の、物置部屋。
あくまでも比較的スペースがあるだけで、決して客人を迎え入れるには適していない。
ところが、そこに呼び出した者も呼び出された者たちも、一切気にした素振りもなく会話を始める。
「それで、俺たちに何の用だ?」
真っ先に問い掛けたのは、年季の入った武道着を纏った、武人を思わせる魔族だった。
刈り上げられた短髪が実直なイメージを与え、どっしりと両足で床を踏み締めて、腕を組んで佇んでいる。
視線の先には大きな鏡が置かれており、そこには人型の影が映っていた。
しかし、答えたのはその影ではない。
「慌てるな、ロレンツ。 まずは1杯どうだ?」
「レフラク、ふざけるな。 『十魔天』を短期間で3人……いや、4人失ったんだぞ? 事は急を要する」
「やれやれ。 仮にも『十魔天』の五が、随分と弱腰だな。 見た目だけじゃなくて、精神的にもドンと構えて欲しいものだ」
「黙れ。 お前の方こそ、六である自覚を持て」
ロレンツが厳しい目を転じると、レフラクと呼ばれた魔族が埃を被ったソファに腰掛けて、優雅にワインを飲んでいた。
装飾の施された白い貴族風の衣装と赤いマントが、高貴な身分を想起させる。
ワインを嗜みながら掻き上げられた髪は肩より長く、やや芝居掛かっていた。
自分の苦言をものともしないレフラクに苛ついたロレンツは、更に言葉を付け足そうとしたが、その前に影が声を割り込ませる。
『そこまでだ。 そろそろ、我の話を聞いてくれないか?』
「俺はそのつもりだ、ハミルトン。 『黙四卿』のトップが声を掛けて来たんだ、よほどのことなんだろう?」
『そうなるな、ロレンツ。 一言で言うと、お前たちの命をもらい受けたい』
平然と言い放った影――ハミルトンの言葉に、ロレンツは片眉を跳ね上げ、レフラクはワインを飲む手を止めて目を細めた。
だが、それ以上の反応を示すことはなく、ハミルトンの話を聞く体勢を保つ。
そのことを確認したハミルトンは、敢えて淡々と語った。
『我らが作成中の装置は完成間近まで来ているが、『肆言姫』のデータがもう少し足りん。 そこで、お前たちの出番だ』
「……要するに、俺たちに捨て駒になれと? 『肆言姫』の力を引き出し、データを取る為に死ねと言いたいのか?」
『死ねとは言わん。 可能なら、抹殺して欲しいくらいだ』
「どうだかな。 お前たちは『肆言姫』を倒すことよりも、自分たちの研究を成功させたいだけじゃないのか?」
『それは誤解だ、ロレンツ。 我らも目指す場所は同じ。 だからこそ、お前たちの力が必要なのだ』
「ふん……。 物は言いようだな」
ハミルトンの説明を受けたロレンツは、不愉快そうに鼻を鳴らした。
断っておくと、彼は死ぬのが怖い訳ではない。
ただ、言いように使われるのが不服なだけだ。
それだけの矜持が、彼にはあった。
そのことを知っているハミルトンは、どう説得したものか考えていたが――
「良いだろう、わたしは引き受けてやる」
「……レフラク、本気か?」
「勿論だ、ロレンツ。 肆言の姫君たちとの逢瀬、胸が躍るじゃないか」
「お前、ふざけるのもいい加減に――」
「それに、この役目はわたしたちにしか出来ない。 今はまだ『黙四卿』が動くべきではないし、魔王様などもってのほか。 だからと言って、配下に任せるには荷が重い。 そうだろう?」
「確かにそうだが……」
「ロレンツ、無駄なプライドは捨てろ。 どうせなら、与えられた舞台でいかに輝くか……それを考えた方が良い」
ニヤリと笑ったレフラクが、ワイングラスをロレンツに向ける。
それを受けたロレンツは渋い表情になったが、大きく溜息をついてハミルトンに告げた。
「仕方がないから、乗ってやる。 ただし、勘違いするな。 俺は『十魔天』の責務を果たすのであって、お前たちに従うんじゃない」
『あぁ、それで構わない。 レフラクも、感謝する』
「気にしないでくれ。 その代わり、お膳立てはしてもらうぞ? わたしやロレンツが正面から乗り込めば、十中八九、【聡明叡智】に察知される。 それを回避する手段は、そちらで用意してくれ」
『案ずるな、手は用意している。 前回の戦いでクオンやラザロスが使用した、抑制具を改良した。 これがあれば、なんとかなるはずだ』
「ふん、手回しが速いな。 それにしても、クオンか……。 あいつは今、どうしているんだろうな」
「わたしも、それに関しては気になっていた。 ハミルトン、何か情報はないのか?」
レフラクに尋ねられたハミルトンは、しばし考え込んだ後に、自身の見解を述べた。
『確かなことはわからんが、恐らく首都に残っている』
「首都に? そんなことをすれば、人間どもに気付かれるんじゃないのか?」
『普通ならそうだ、ロレンツ。 だが、トーマが潜めていたことを思えば、何かしら方法があるのかもしれない。 それこそ、言魂の力を使えば可能性はある』
「トーマか……。 先代魔王が生きてたって聞いたときは、まさに青天の霹靂だったな。 しかも、人間の味方をしているんだろう? 厄介なんてものじゃない。 そこにクオンも加わるとすれば、猶更だ」
『レフラク、気持ちはわかるが、今は奴らのことは忘れろ。 お前たちは、『肆言姫』のデータを集めることに集中してくれ』
「忘れろと言われてもな。 俺たちが『肆言姫』を狙おうにも、トーマやクオン、それに『核』である無明夜宵に邪魔をされたら、流石にどうしようもないぞ?」
『それに関しても、考えがある。 もっとも、お前たちの配下にも命を懸けてもらう必要があるが。 いや、他の魔族も大量に動員する必要があるだろうな』
「ふむ……。 それだけ、本気の作戦と言うことか」
『その通りだ、レフラク。 逆に言えば、この作戦が成功すれば、我らの勝利は揺るぎないものになるだろう。 いかに、トーマがいようとな。 『核』を奪うのは、それからでも遅くはない』
そう言ったときのハミルトンからは、鏡の中の影と言う姿にもかかわらず、尋常ではない雰囲気が醸し出されていた。
改めて『黙四卿』のトップの片鱗を見たロレンツとレフラクは、一瞬だけ気圧されたものの、すぐに立ち直って口を開く。
「それで、具体的にはどう動けば良い? 新型抑制具を使うのはわかったが、いつ仕掛ける?」
『ロレンツ、もう暫くしたら首都の東西にある社で、『肆言姫』が平和を祈願する行事があるのは知っているな? そこを狙う』
「なるほど。 確かにそれなら、『肆言姫』を狙い撃ち出来るかもしれないな。 しかし、トーマたちが同行したらどうする?」
『その場合は見送ることになるだろうな、レフラク。 だが、そうならんように計算している。 取り敢えず、お前たちは配下を集めてくれ。 我は他の魔族たちに招集を掛ける。 あとのことは、それから話そう』
「……致し方ない。 レフラク、すぐに呼べるか?」
「当然だろう? わたしの可愛い配下たちだぞ?」
「可愛いは余計だ。 では、1時間後に再集合にするぞ。 ハミルトンもそれで良いな?」
『了解した。 一旦、失礼する』
その言葉を置き去りに、鏡に映っていた影が消えた。
それを見送ったロレンツとレフラクは、それぞれの配下に連絡を取る。
こうして夜宵たちの与り知らぬところで、魔族たちの影が忍び寄っていた。




