エピローグ 杭
街の明かりが軒並み消え去り、物音1つしなくなった夜更け。
透真は1人、かつて夜宵や四季たちを案内した、丘の上を目指していた。
暗闇の中では、常人なら歩くこともままならないはずだが、彼にとっては平地を行くのと変わらない。
暫くして目的地に着いた透真は、すっかり寝静まった首都を見下ろし、無言で佇む。
風が吹き抜ける音だけが聞こえ、時計の秒針が5回転ほどした、そのとき――
「いつまで、そうしているつもりだ?」
視線を街並みから逸らさないまま、透真が淡々と問い掛けた。
それに対してすぐには反応がなかったが、やがて背後の木陰から1人の人物が現れる。
団子屋の看板娘であり、『十魔天』の九でもある、玖乃ことクオン。
今は団子屋の服装なので、玖乃としよう。
彼女の顔には笑顔が張り付いているが、緊張しているのは明らか。
その段階になって振り向いた透真は、玖乃の首元に注目した。
そこには、断ち切られたはずの抑制具が付けられている。
どうやら、スペアで持っていたらしい。
折角自由になったのに、何故わざわざ付け直したのか透真は疑問に思う――ことはなく、理由に見当は付いていた。
しかし、自分からそのことには触れず黙っていると、玖乃が表面上はいつも通りに話し始める。
「こんばんは、一色さん。 こんなところで、偶然ですね」
「ずっと尾行しておいて、良く言うな。 用があるんじゃないのか?」
「あはは、やっぱりバレてたんですね。 用と言いますか、お礼を言いたいと思いまして」
「礼を言われるようなことをした覚えはないが」
「とぼけないで下さい。 貴方ですよね? わたしの……抑制具を破壊してくれたのは。 それだけじゃありません。 ラザロスに脅されかけたときにも、助けてくれました」
これらの言葉を口にするとき、玖乃の表情は硬くなっていた。
それも無理はないだろう。
今の発言は、自らが魔族だと認めているようなものなのだから。
場合によっては、即座に始末される可能性もある。
だが、それでも玖乃は透真との対話を選んだ。
そんな彼女の覚悟を知ってか知らずか、透真は淡々と事実のみを述べる。
「そうだ。 だがそれは、俺たちにとって都合が良かったに過ぎない。 『十魔天』同士が潰し合うのは、望むところだったからな」
「……本当に、それだけですか?」
「何が言いたい?」
「本当は、別の思惑があったんじゃないですか? わたしを助けた、本当の理由が」
「何を言っているか、わからないな。 話がそれだけなら、失礼する。 今回はラザロスを仕留めたことに免じて、見逃してやろう。 ただし、次に俺たちの前に立ち塞がるときは、覚悟しておけ」
そう言い残した透真は足を踏み出し、玖乃を置いて丘を下りようとした。
その、擦れ違いざまに――
「【ヴォイド・セヴァランス】」
玖乃の――いや、クオンの真剣な声が響く。
外見も魔族モードになっており、透真の背中を真っ直ぐに見つめていた。
一方の透真は立ち止まり、前を見据えたまま沈黙している。
クオンからは表情が見えず、何を考えているのかわからなかったが、意を決したかのように言葉を連ねた。
「物理的に斬ると言うよりは、存在、空間、概念そのものを断ち切る。 射程や手数に制限があるものの、強力無比な能力。 それこそ、『肆言姫』や『十魔天』ですら圧倒出来るほど。 そうですよね?」
そこで言葉を切ったクオンは、ゴクリと喉を鳴らし――
「魔王様」
その名を告げた。
一際強い風が吹き抜け、2人の髪が靡く。
クオンの言葉を受けた透真は尚も口を閉ざしていたが、顔だけで振り返り、やがて声を発した。
「もう、魔王じゃない」
魔王じゃない――の前に、「もう」が付いた意味。
それを咀嚼したクオンは目を丸くし、すぐさまその場に跪いた。
彼女の様子を眺めていた透真は、珍しく困った様子で言い放つ。
「やめろ。 俺はもう、魔王じゃないと言っただろう」
「関係ありません。 わたしにとって貴方……トーマ様は、絶対の主ですから」
「……変わらないな、お前は。 とにかく、そんな風にされているところを誰かに見られたら、俺が困る。 頼むからやめてくれ」
「……かしこまりました」
クオンはやや不服そうにしつつも、言われた通り立ち上がった。
そして、透真――魔族名、トーマ――の顔を凝視する。
あたかも、「何か命令して欲しい」とでも言わんばかりに。
彼女の気持ちを察した透真は内心で嘆息しながら、こうなった場合の話題転換を図った。
「ところで、お前は今後どうするつもりだ?」
「勿論、トーマ様の傍に仕えさせて頂きます」
「だが、今のお前は抑制具によって、満足に力が振るえないだろう?」
「……その通りです」
「だからと言って俺が斬ったら、解放された魔力を察知されてしまう。 違うか?」
「間違いありません……」
「お前は俺と話す場を作りたかったんだろうが、もう少し後先を考えろ」
「申し訳ありません……」
透真に注意されたクオンは、しょんぼりと俯いてしまった。
そんな彼女を眺めていた透真だが、前置きなく助け舟を出す。
「お前にその気があるなら、首都での居場所を作ってやる。 魔力を解放した状態でな」
「え……? そ、そのようなことが可能なのですか?」
「逆に聞くが、どうして俺が抑制具なしで、普通に生活出来ていると思っているんだ?」
「……確かにそうですね」
「それで、どうする? 魔族としての生き方を捨てて、桜葉玖乃として生きて行くつもりはあるか?」
「……はい。 トーマ様の傍にいられるのなら、立場などどうでも良いです。 よろしくお願いします」
「良いだろう。 既に話は付けてある。 行くぞ」
「かしこまりました!」
「声が大きい。 あと、その格好は目立つから、見た目を変えておけ」
「あ……も、申し訳ありません……」
「聞きたいことはいろいろあるだろうが、先に処置を済ませるぞ」
「はい。 ……本当に、生きていて下さって良かったです」
瞳を潤ませて微笑むクオン。
元魔王だと言うことが発覚した、透真。
率先して歩み出した透真にクオンは遅れず付いて行き、学院への道を進む。
この事実を知っているのは、極めて限られた者だけだった。
魔界に存在する、研究施設。
かなり不気味な雰囲気で、様々な道具や何やらが散乱している。
その施設の1室に、4人の魔族が集まっていた。
薄暗くて姿は見えないが、声ははっきりと聞こえる。
「ようやく、無明夜宵が『核』だと判明したな。 これで、計画を実行に移せるかもしれない」
冷静な男性を思わせる声。
「でも、『肆言姫』は健在よ。 正面から奪うのは、簡単ではないかもしれないわ」
艶やかな女性を思わせる声。
「それに関しては、俺ら次第だろ? あれが完成すれば、何とでもなるじゃねぇか」
力強い男性の声。
「それより問題は、あいつが生きてたことッスよ。 あれは間違いなく、【ヴォイド・セヴァランス】でしょ? 魔王様に殺されたと思ってたのに、ビックリしたッスよ」
特徴的な少年の声。
四者四様だが、共通しているのは、尋常ではない空気が漂って来ること。
それぞれの言葉を聞いた冷静な男性は、空間に投影された映像を観ながら呟く。
「奴のことは、魔王様にお任せしよう。 我ら『黙四卿』の役目は、『肆言姫』の無力化と『核』の奪取だ」
「そうね、異議なしだわ」
「俺も、それで文句ねぇぜ」
「となると次は、『肆言姫』のデータ集めッスかねぇ」
「それについては、ロレンツとレフラクに話を付けようと考えている。 我らの出番はもう少し先だが、各々準備だけは怠るな」
その言葉を最後に、4人の魔族の気配が消えた。
残された映像には、ラザロスが首都に持ち込んだ、闇を凝縮したような杭が映っている。
まるで鼓動するかのように、赤黒く発光を繰り返す様は、不吉な予兆を感じさせた。




