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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第2章

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エピローグ 杭

 街の明かりが軒並み消え去り、物音1つしなくなった夜更け。

 透真は1人、かつて夜宵や四季たちを案内した、丘の上を目指していた。

 暗闇の中では、常人なら歩くこともままならないはずだが、彼にとっては平地を行くのと変わらない。

 暫くして目的地に着いた透真は、すっかり寝静まった首都を見下ろし、無言で佇む。

 風が吹き抜ける音だけが聞こえ、時計の秒針が5回転ほどした、そのとき――


「いつまで、そうしているつもりだ?」


 視線を街並みから逸らさないまま、透真が淡々と問い掛けた。

 それに対してすぐには反応がなかったが、やがて背後の木陰から1人の人物が現れる。

 団子屋の看板娘であり、『十魔天』の九でもある、玖乃ことクオン。

 今は団子屋の服装なので、玖乃としよう。

 彼女の顔には笑顔が張り付いているが、緊張しているのは明らか。

 その段階になって振り向いた透真は、玖乃の首元に注目した。

 そこには、断ち切られたはずの抑制具が付けられている。

 どうやら、スペアで持っていたらしい。

 折角自由になったのに、何故わざわざ付け直したのか透真は疑問に思う――ことはなく、理由に見当は付いていた。

 しかし、自分からそのことには触れず黙っていると、玖乃が表面上はいつも通りに話し始める。


「こんばんは、一色さん。 こんなところで、偶然ですね」

「ずっと尾行しておいて、良く言うな。 用があるんじゃないのか?」

「あはは、やっぱりバレてたんですね。 用と言いますか、お礼を言いたいと思いまして」

「礼を言われるようなことをした覚えはないが」

「とぼけないで下さい。 貴方ですよね? わたしの……抑制具を破壊してくれたのは。 それだけじゃありません。 ラザロスに脅されかけたときにも、助けてくれました」


 これらの言葉を口にするとき、玖乃の表情は硬くなっていた。

 それも無理はないだろう。

 今の発言は、自らが魔族だと認めているようなものなのだから。

 場合によっては、即座に始末される可能性もある。

 だが、それでも玖乃は透真との対話を選んだ。

 そんな彼女の覚悟を知ってか知らずか、透真は淡々と事実のみを述べる。


「そうだ。 だがそれは、俺たちにとって都合が良かったに過ぎない。 『十魔天』同士が潰し合うのは、望むところだったからな」

「……本当に、それだけですか?」

「何が言いたい?」

「本当は、別の思惑があったんじゃないですか? わたしを助けた、本当の理由が」

「何を言っているか、わからないな。 話がそれだけなら、失礼する。 今回はラザロスを仕留めたことに免じて、見逃してやろう。 ただし、次に俺たちの前に立ち塞がるときは、覚悟しておけ」


 そう言い残した透真は足を踏み出し、玖乃を置いて丘を下りようとした。

 その、擦れ違いざまに――


「【ヴォイド・セヴァランス】」


 玖乃の――いや、クオンの真剣な声が響く。

 外見も魔族モードになっており、透真の背中を真っ直ぐに見つめていた。

 一方の透真は立ち止まり、前を見据えたまま沈黙している。

 クオンからは表情が見えず、何を考えているのかわからなかったが、意を決したかのように言葉を連ねた。


「物理的に斬ると言うよりは、存在、空間、概念そのものを断ち切る。 射程や手数に制限があるものの、強力無比な能力。 それこそ、『肆言姫』や『十魔天』ですら圧倒出来るほど。 そうですよね?」


 そこで言葉を切ったクオンは、ゴクリと喉を鳴らし――


「魔王様」


 その名を告げた。

 一際強い風が吹き抜け、2人の髪が靡く。

 クオンの言葉を受けた透真は尚も口を閉ざしていたが、顔だけで振り返り、やがて声を発した。


「もう、魔王じゃない」


 魔王じゃない――の前に、「もう」が付いた意味。

 それを咀嚼したクオンは目を丸くし、すぐさまその場に跪いた。

 彼女の様子を眺めていた透真は、珍しく困った様子で言い放つ。


「やめろ。 俺はもう、魔王じゃないと言っただろう」

「関係ありません。 わたしにとって貴方……トーマ様は、絶対の主ですから」

「……変わらないな、お前は。 とにかく、そんな風にされているところを誰かに見られたら、俺が困る。 頼むからやめてくれ」

「……かしこまりました」


 クオンはやや不服そうにしつつも、言われた通り立ち上がった。

 そして、透真――魔族名、トーマ――の顔を凝視する。

 あたかも、「何か命令して欲しい」とでも言わんばかりに。

 彼女の気持ちを察した透真は内心で嘆息しながら、こうなった場合の話題転換を図った。


「ところで、お前は今後どうするつもりだ?」

「勿論、トーマ様の傍に仕えさせて頂きます」

「だが、今のお前は抑制具によって、満足に力が振るえないだろう?」

「……その通りです」

「だからと言って俺が斬ったら、解放された魔力を察知されてしまう。 違うか?」

「間違いありません……」

「お前は俺と話す場を作りたかったんだろうが、もう少し後先を考えろ」

「申し訳ありません……」


 透真に注意されたクオンは、しょんぼりと俯いてしまった。

 そんな彼女を眺めていた透真だが、前置きなく助け舟を出す。


「お前にその気があるなら、首都での居場所を作ってやる。 魔力を解放した状態でな」

「え……? そ、そのようなことが可能なのですか?」

「逆に聞くが、どうして俺が抑制具なしで、普通に生活出来ていると思っているんだ?」

「……確かにそうですね」

「それで、どうする? 魔族としての生き方を捨てて、桜葉玖乃として生きて行くつもりはあるか?」

「……はい。 トーマ様の傍にいられるのなら、立場などどうでも良いです。 よろしくお願いします」

「良いだろう。 既に話は付けてある。 行くぞ」

「かしこまりました!」

「声が大きい。 あと、その格好は目立つから、見た目を変えておけ」

「あ……も、申し訳ありません……」

「聞きたいことはいろいろあるだろうが、先に処置を済ませるぞ」

「はい。 ……本当に、生きていて下さって良かったです」


 瞳を潤ませて微笑むクオン。

 元魔王だと言うことが発覚した、透真。

 率先して歩み出した透真にクオンは遅れず付いて行き、学院への道を進む。

 この事実を知っているのは、極めて限られた者だけだった。











 魔界に存在する、研究施設。

 かなり不気味な雰囲気で、様々な道具や何やらが散乱している。

 その施設の1室に、4人の魔族が集まっていた。

 薄暗くて姿は見えないが、声ははっきりと聞こえる。


「ようやく、無明夜宵が『核』だと判明したな。 これで、計画を実行に移せるかもしれない」


 冷静な男性を思わせる声。


「でも、『肆言姫』は健在よ。 正面から奪うのは、簡単ではないかもしれないわ」


 艶やかな女性を思わせる声。


「それに関しては、俺ら次第だろ? あれが完成すれば、何とでもなるじゃねぇか」


 力強い男性の声。


「それより問題は、あいつが生きてたことッスよ。 あれは間違いなく、【ヴォイド・セヴァランス】でしょ? 魔王様に殺されたと思ってたのに、ビックリしたッスよ」


 特徴的な少年の声。

 四者四様だが、共通しているのは、尋常ではない空気が漂って来ること。

 それぞれの言葉を聞いた冷静な男性は、空間に投影された映像を観ながら呟く。


「奴のことは、魔王様にお任せしよう。 我ら『黙四卿』の役目は、『肆言姫』の無力化と『核』の奪取だ」

「そうね、異議なしだわ」

「俺も、それで文句ねぇぜ」

「となると次は、『肆言姫』のデータ集めッスかねぇ」

「それについては、ロレンツとレフラクに話を付けようと考えている。 我らの出番はもう少し先だが、各々準備だけは怠るな」


 その言葉を最後に、4人の魔族の気配が消えた。

 残された映像には、ラザロスが首都に持ち込んだ、闇を凝縮したような杭が映っている。

 まるで鼓動するかのように、赤黒く発光を繰り返す様は、不吉な予兆を感じさせた。

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