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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第2章

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第29話 お帰り

 黒咲領を出発して、数日。

 夕方頃、わたしは久しぶりに……と言うほどでもありませんが、首都の地を踏みました。

 こちらにも『十魔天』が現れたそうですけど、今はもう平常運転と言った様子です。

 死者が出なかったことも良かったですし、言魂の力を総動員して復興に当たった結果でしょうね。

 規模で言えば首都が圧倒的に大きいですが、活気の良さは黒咲領も負けていませんでした。

 ……と、いつの間にか黒咲領を基準に、物事を見るようになっていますね。

 それほど、あそこでの経験が濃密だったと言うことでしょう。

 夢愛さんたちのことを思い出したわたしは、少しだけ寂しくなりましたけど、彼女はすぐに会えると言っていました。

 なら、そのときを待てば良いです。

 頭を切り替えたわたしは、賑やかな声が飛び交う雑踏に足を踏み入れようとして――立ち止まることになりました。


「無明! 無事か!?」

「夜宵ちゃん~! 心配したよ~!」

「見たところ怪我はなさそうだけれど……体調はどうなの?」


 大通りの方から、天羽さんと一葉ちゃん、光凜さんが駆け寄って来ました。

 背後には、早乙女さんたち『参言衆』の姿も見えます。

 凄く豪華なお出迎えですね……。

 街の人々も驚いていましたが、わたしの存在に気付いて苦笑していました。

 すっかりお馴染みの光景……と言ったところでしょう。

 少し恥ずかしくなったわたしは、俯きそうになりましたけど、なんとか笑顔を天羽さんたちに向けて告げました。


「ただいま、帰りました。 この通り、何ともありませんよ。 黙って行ってしまい、すみませんでした」

「ホントだよ! もうちょっとで、学院長をミンチにしそうだったんだから!」

「え、えぇと……一葉ちゃん、冗談ですよね……?」

「夜宵さん、馬鹿は放っておきなさい。 それより、黒咲領で不便はなかった? 夢愛さんは少し変わった人だし、意地悪されたり……」

「と、とんでもないです、光凜さん。 とても良くしてもらいましたし、夢愛さんは凄く良い人で――」

「待て」

「え? ど、どうかしましたか、天羽さん?」

「……無明、黒咲のことを名前で呼んでいるのか?」

「あ……はい。 流れで、お互いそう呼ぶようにしようと言う話になりまして」

「そうか……」


 何やら沈痛な面持ちで、肩を落としている天羽さん。

 そんな彼女を一葉ちゃんと光凜さんは、どこか気の毒そうに見やっています。

 何かあったのでしょうか?

 不思議に思ったわたしは、内心で首を捻っていましたが、ひとまず聞くべきことを聞きました。


「皆さんの方こそ、大丈夫ですか? 『十魔天』と戦ったと聞きましたけど……」

「えぇ。 余裕とは言えなかったけれど、大きな被害は出ていないわよ。 特に四季さんの月は、凄かったわ。 ねぇ、猪娘?」

「へ? あ、あ~……そうね! 四季ちゃんの月、格好良かったわよ!」

「そうなんですか。 やっぱり、天羽さんは凄いですね。 機会があれば、わたしも見てみたいものです」

「そ、そうか? まぁ、わたしにとっては当然のことなのだが、無明がそう言うなら今度見せてやろう」

「有難うございます、楽しみにしています」

「うむ、任せろ」


 わたしが微笑み掛けると、天羽さんは何やら得意そうに胸を張っています。

 光凜さんと一葉ちゃんが、「チョロい」などと囁いていますが、どう言う意味でしょうか?

 まぁ、気にしなくて良さそうです。

 場がひとしきり落ち着いたのを確認したわたしは、早乙女さんたちに近寄って口を開きました。


「早乙女さんたちも、お疲れ様でした。 随分と活躍したようですね」

「いや~、あたしはろくに役に立てなかったよ。 白河ちゃんと桐生くんは、頑張ってくれたみたいだけどね」

「ふん、無意味な謙遜はやめろ。 【千里眼】で基点の位置を探ってくれたからこそ、わたしたちは働けたのだ」

「桐生卓哉の言う通り。 早乙女美紗は立派だった」

「そんな風に褒められると落ち着かないけど……有難うね」


 頭の後ろで手を組んで、若干恥ずかしそうにプイっとそっぽを向く早乙女さん。

 いつも飄々としている彼女にしては珍しいですが、可愛らしいと思ってしまいました。

 思わず苦笑したわたしですが、次いで水を向けられます。


「貴様の方こそ、また『十魔天』を倒したと聞いたが、事実か?」

「あ……わたし1人の力じゃありませんよ、桐生さん。 夢愛さんと2人でしたし、その状況を作れたのは不知火さんたちのお陰ですし……全員の勝利です」

「……相変わらず、人が良過ぎるな。 そのようなことでは、いつか足元をすくわれるぞ」

「ご、ごめんなさい……」

「無明夜宵、謝る必要はない。 桐生卓哉は、素直になれてないだけ。 本当は、貴女を労いたいはず」

「て、適当なことを言うな、白河!」

「あはは! 桐生くんこそ、相変わらずだね~。 無明ちゃん、これが思春期男子だよ」

「誰が思春期だ! わたしはもう、20歳だぞ!?」


 顔を真っ赤にして、喚き立てる桐生さん。

 しかし、早乙女さんはニヤニヤ笑い、白河さんは澄まし顔。

 尚も3人はじゃれ合い……コホン……言い争いを続けそうだったので、わたしはこっそりとその場を離れ、天羽さんたちの元に戻りました。

 ところが、彼女たちはやや硬い面持ちで言葉を交換しており、緊迫した空気が流れています。

 いったい何が……?

 不安に思ったわたしは、思い切って声を掛けてみました。


「あの、何の話をしているんですか?」

「いや……わたしたちに手を貸した魔族……恐らくは、『十魔天』だ。 彼女は、どこに消えたのかと思ってな」

「手を貸した……? 天羽さん、魔族がわたしたちに味方したんですか?」

「あれ、夜宵ちゃん知らない? あたしたちが結界を破壊してる間、『十魔天』同士が戦ってたみたいなの」

「そうなんですか、一葉ちゃん。 でも、どうして『十魔天』同士が……?」

「わたしたちもそれが気になったから、本人に聞こうと思ったのだけれど、現場に着いたときには決着が付いていたわ。 だから、何も聞けず仕舞いよ」

「それは気になりますね、光凜さん……。 今後も仲間として期待するには、あまりにも不確定要素が強過ぎます」

「わたしたちも、無明と同じ考えだ。 当然、学院長たちには報告済みだから、何かしら考えて頂けるとは思うが……」


 それっきり口を閉ざしたわたしたちの間に、何とも言い難い沈黙が落ちました。

 本当に『十魔天』が仲間になったのなら心強いですが、どちらかと言うと不気味に感じてしまいます。

 天羽さんたちも同じ気持ちのようで、難しそうな顔をしていました。

 何よりも引っ掛かるのは……ガイゼルとヴィジルがわたしを指して言っていた、『核』と言う言葉。

 あれが何を意味するのかわかりませんし、今回のことに関係しているかも、定かじゃないです。

 謎は残りますが……これ以上、ここで考えても答えは出なさそうですね。

 そう判断したわたしは、ずっと気になっていた事柄に着手しました。

 それとなく周囲に視線を走らせると、やはり活気溢れる街並みが広がっています。

 良いことなんですけど……わたしの目的とは違うと言いますか……。

 すると、そんなわたしに光凜さんが、苦笑気味に言い放ちました。


「一色くんなら、訓練場よ」

「……ッ! ひ、光凜さん、わたしは別に……」

「あー、もう良いから、行って来なさいって。 今日だけは許してあげる!」

「か、一葉ちゃん、許すも何も……」

「早く行くんだ、無明。 わたしが、自分を抑えている間に」

「だ、大丈夫ですか、天羽さん……? で、では……行って来ます……」


 見透かされていたことに恥じ入りつつ、わたしは速足で訓練場を目指しました。

 首都の人々のわたしに対する評価は様々で、いろんな視線が飛んで来ましたが、今は敢えて無視します。

 やがて学院に到着し、すぐさま裏手の訓練場に足を運びました。

 太陽が沈み掛けて、暗くなりつつありますけど、わたしが彼を見間違えることはなかったです。

 訓練場の中心に立って、静かに瞑目している一色くん。

 別れる前と何ら変わりないように見えますが、ほんの僅かに覚えのない気配と言いますか、名残を感じました。

 言魂……ではないと思いますけど。

 知らないうちに髪飾りに触れたわたしは、速くなった鼓動を落ち着けるように深呼吸して、歩み寄りました。

 足音を隠さず近付きましたが、一色くんは目を閉じたままです。

 気付いていない……はずはないですよね……?

 どう言うつもりかと思ったわたしは、更に1歩足を踏み出し――


「……ッ!」


 居合一閃。

 一色くんの一撃を、辛うじて『葬命』で受けました。

 至近距離で見た彼の顔立ちは、いつにも増して魅力的……ではなく……!

 何のつもりですか……と問う間もなく、わたしは反撃しようとしましたが、その前に一色くんが刃を引いて納刀しました。

 あの……本当にどう言うことですか……?

 唖然としたわたしは、変な体勢で固まっていましたけど、彼はいけしゃあしゃあとのたまったのです。


「少しは上達したようだな。 もっとも、技術的な面と言うよりは、心構えや精神的な要因が大きいか」

「あ、有難うございます……?」

「行くぞ」

「へ……? ど、どこにですか……?」

「夕飯だ。 買い出しは手伝うから、何か作って欲しい」

「で、ですが、学院長たちに報告しなければいけませんし……」

「明日で良い」

「……わかりました」


 一方的に言い捨てて歩き出した一色くんを、わたしは恨めしそうに見つめながら、付いて行きました。

 本当に……勝手なんですから。

 わたしのことを、専属料理人か何かと勘違いしていませんか?

 ま、まぁ……それだけ楽しみにしてもらっていると思えば、悪い気はしませんけど……。

 やや複雑な思いを抱いていたわたしですが、唐突に一色くんが立ち止まったことで、同じく足を止めました。

 今度は何でしょうか?

 疑問に思っていると、肩越しに顔だけ振り向いた彼が、ゆっくりと口を開き――


「お帰り」


 そう、言葉を紡ぎました。

 衝撃を受けたわたしは目を見開き、何故だか涙目になりながら言い返したのです。


「ただいまです」


 たったこれだけのやり取り。

 しかし、わたしの中でようやく、日常に戻って来た感じがしました。

 再び前を歩き出した一色くんを、軽い足取りで追い掛けます。

 鼻歌すら歌いそうなほど上機嫌になったわたしは、腕によりをかけて料理を振る舞おうと決めました。

 我ながら単純だと思いますが、このときは本当にそんな気分だったんです。

 そうしてわたしたちは並んで歩き、寮の購買で食材を買ってから自室に戻りました。

 久しぶりに一色くんと一緒に食べるご飯は、とても美味しかったです。

 その後は他愛のない雑談をしたり、お茶を飲んだりして、穏やかな時間を過ごしました。

 旅の疲れを考慮して、早めに床に就いたわたしは、普段よりも深く眠ったのでしょう。

 だからこそ、夜中に一色くんが部屋を出たことに、全く気付けませんでした。

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