第29話 お帰り
黒咲領を出発して、数日。
夕方頃、わたしは久しぶりに……と言うほどでもありませんが、首都の地を踏みました。
こちらにも『十魔天』が現れたそうですけど、今はもう平常運転と言った様子です。
死者が出なかったことも良かったですし、言魂の力を総動員して復興に当たった結果でしょうね。
規模で言えば首都が圧倒的に大きいですが、活気の良さは黒咲領も負けていませんでした。
……と、いつの間にか黒咲領を基準に、物事を見るようになっていますね。
それほど、あそこでの経験が濃密だったと言うことでしょう。
夢愛さんたちのことを思い出したわたしは、少しだけ寂しくなりましたけど、彼女はすぐに会えると言っていました。
なら、そのときを待てば良いです。
頭を切り替えたわたしは、賑やかな声が飛び交う雑踏に足を踏み入れようとして――立ち止まることになりました。
「無明! 無事か!?」
「夜宵ちゃん~! 心配したよ~!」
「見たところ怪我はなさそうだけれど……体調はどうなの?」
大通りの方から、天羽さんと一葉ちゃん、光凜さんが駆け寄って来ました。
背後には、早乙女さんたち『参言衆』の姿も見えます。
凄く豪華なお出迎えですね……。
街の人々も驚いていましたが、わたしの存在に気付いて苦笑していました。
すっかりお馴染みの光景……と言ったところでしょう。
少し恥ずかしくなったわたしは、俯きそうになりましたけど、なんとか笑顔を天羽さんたちに向けて告げました。
「ただいま、帰りました。 この通り、何ともありませんよ。 黙って行ってしまい、すみませんでした」
「ホントだよ! もうちょっとで、学院長をミンチにしそうだったんだから!」
「え、えぇと……一葉ちゃん、冗談ですよね……?」
「夜宵さん、馬鹿は放っておきなさい。 それより、黒咲領で不便はなかった? 夢愛さんは少し変わった人だし、意地悪されたり……」
「と、とんでもないです、光凜さん。 とても良くしてもらいましたし、夢愛さんは凄く良い人で――」
「待て」
「え? ど、どうかしましたか、天羽さん?」
「……無明、黒咲のことを名前で呼んでいるのか?」
「あ……はい。 流れで、お互いそう呼ぶようにしようと言う話になりまして」
「そうか……」
何やら沈痛な面持ちで、肩を落としている天羽さん。
そんな彼女を一葉ちゃんと光凜さんは、どこか気の毒そうに見やっています。
何かあったのでしょうか?
不思議に思ったわたしは、内心で首を捻っていましたが、ひとまず聞くべきことを聞きました。
「皆さんの方こそ、大丈夫ですか? 『十魔天』と戦ったと聞きましたけど……」
「えぇ。 余裕とは言えなかったけれど、大きな被害は出ていないわよ。 特に四季さんの月は、凄かったわ。 ねぇ、猪娘?」
「へ? あ、あ~……そうね! 四季ちゃんの月、格好良かったわよ!」
「そうなんですか。 やっぱり、天羽さんは凄いですね。 機会があれば、わたしも見てみたいものです」
「そ、そうか? まぁ、わたしにとっては当然のことなのだが、無明がそう言うなら今度見せてやろう」
「有難うございます、楽しみにしています」
「うむ、任せろ」
わたしが微笑み掛けると、天羽さんは何やら得意そうに胸を張っています。
光凜さんと一葉ちゃんが、「チョロい」などと囁いていますが、どう言う意味でしょうか?
まぁ、気にしなくて良さそうです。
場がひとしきり落ち着いたのを確認したわたしは、早乙女さんたちに近寄って口を開きました。
「早乙女さんたちも、お疲れ様でした。 随分と活躍したようですね」
「いや~、あたしはろくに役に立てなかったよ。 白河ちゃんと桐生くんは、頑張ってくれたみたいだけどね」
「ふん、無意味な謙遜はやめろ。 【千里眼】で基点の位置を探ってくれたからこそ、わたしたちは働けたのだ」
「桐生卓哉の言う通り。 早乙女美紗は立派だった」
「そんな風に褒められると落ち着かないけど……有難うね」
頭の後ろで手を組んで、若干恥ずかしそうにプイっとそっぽを向く早乙女さん。
いつも飄々としている彼女にしては珍しいですが、可愛らしいと思ってしまいました。
思わず苦笑したわたしですが、次いで水を向けられます。
「貴様の方こそ、また『十魔天』を倒したと聞いたが、事実か?」
「あ……わたし1人の力じゃありませんよ、桐生さん。 夢愛さんと2人でしたし、その状況を作れたのは不知火さんたちのお陰ですし……全員の勝利です」
「……相変わらず、人が良過ぎるな。 そのようなことでは、いつか足元をすくわれるぞ」
「ご、ごめんなさい……」
「無明夜宵、謝る必要はない。 桐生卓哉は、素直になれてないだけ。 本当は、貴女を労いたいはず」
「て、適当なことを言うな、白河!」
「あはは! 桐生くんこそ、相変わらずだね~。 無明ちゃん、これが思春期男子だよ」
「誰が思春期だ! わたしはもう、20歳だぞ!?」
顔を真っ赤にして、喚き立てる桐生さん。
しかし、早乙女さんはニヤニヤ笑い、白河さんは澄まし顔。
尚も3人はじゃれ合い……コホン……言い争いを続けそうだったので、わたしはこっそりとその場を離れ、天羽さんたちの元に戻りました。
ところが、彼女たちはやや硬い面持ちで言葉を交換しており、緊迫した空気が流れています。
いったい何が……?
不安に思ったわたしは、思い切って声を掛けてみました。
「あの、何の話をしているんですか?」
「いや……わたしたちに手を貸した魔族……恐らくは、『十魔天』だ。 彼女は、どこに消えたのかと思ってな」
「手を貸した……? 天羽さん、魔族がわたしたちに味方したんですか?」
「あれ、夜宵ちゃん知らない? あたしたちが結界を破壊してる間、『十魔天』同士が戦ってたみたいなの」
「そうなんですか、一葉ちゃん。 でも、どうして『十魔天』同士が……?」
「わたしたちもそれが気になったから、本人に聞こうと思ったのだけれど、現場に着いたときには決着が付いていたわ。 だから、何も聞けず仕舞いよ」
「それは気になりますね、光凜さん……。 今後も仲間として期待するには、あまりにも不確定要素が強過ぎます」
「わたしたちも、無明と同じ考えだ。 当然、学院長たちには報告済みだから、何かしら考えて頂けるとは思うが……」
それっきり口を閉ざしたわたしたちの間に、何とも言い難い沈黙が落ちました。
本当に『十魔天』が仲間になったのなら心強いですが、どちらかと言うと不気味に感じてしまいます。
天羽さんたちも同じ気持ちのようで、難しそうな顔をしていました。
何よりも引っ掛かるのは……ガイゼルとヴィジルがわたしを指して言っていた、『核』と言う言葉。
あれが何を意味するのかわかりませんし、今回のことに関係しているかも、定かじゃないです。
謎は残りますが……これ以上、ここで考えても答えは出なさそうですね。
そう判断したわたしは、ずっと気になっていた事柄に着手しました。
それとなく周囲に視線を走らせると、やはり活気溢れる街並みが広がっています。
良いことなんですけど……わたしの目的とは違うと言いますか……。
すると、そんなわたしに光凜さんが、苦笑気味に言い放ちました。
「一色くんなら、訓練場よ」
「……ッ! ひ、光凜さん、わたしは別に……」
「あー、もう良いから、行って来なさいって。 今日だけは許してあげる!」
「か、一葉ちゃん、許すも何も……」
「早く行くんだ、無明。 わたしが、自分を抑えている間に」
「だ、大丈夫ですか、天羽さん……? で、では……行って来ます……」
見透かされていたことに恥じ入りつつ、わたしは速足で訓練場を目指しました。
首都の人々のわたしに対する評価は様々で、いろんな視線が飛んで来ましたが、今は敢えて無視します。
やがて学院に到着し、すぐさま裏手の訓練場に足を運びました。
太陽が沈み掛けて、暗くなりつつありますけど、わたしが彼を見間違えることはなかったです。
訓練場の中心に立って、静かに瞑目している一色くん。
別れる前と何ら変わりないように見えますが、ほんの僅かに覚えのない気配と言いますか、名残を感じました。
言魂……ではないと思いますけど。
知らないうちに髪飾りに触れたわたしは、速くなった鼓動を落ち着けるように深呼吸して、歩み寄りました。
足音を隠さず近付きましたが、一色くんは目を閉じたままです。
気付いていない……はずはないですよね……?
どう言うつもりかと思ったわたしは、更に1歩足を踏み出し――
「……ッ!」
居合一閃。
一色くんの一撃を、辛うじて『葬命』で受けました。
至近距離で見た彼の顔立ちは、いつにも増して魅力的……ではなく……!
何のつもりですか……と問う間もなく、わたしは反撃しようとしましたが、その前に一色くんが刃を引いて納刀しました。
あの……本当にどう言うことですか……?
唖然としたわたしは、変な体勢で固まっていましたけど、彼はいけしゃあしゃあとのたまったのです。
「少しは上達したようだな。 もっとも、技術的な面と言うよりは、心構えや精神的な要因が大きいか」
「あ、有難うございます……?」
「行くぞ」
「へ……? ど、どこにですか……?」
「夕飯だ。 買い出しは手伝うから、何か作って欲しい」
「で、ですが、学院長たちに報告しなければいけませんし……」
「明日で良い」
「……わかりました」
一方的に言い捨てて歩き出した一色くんを、わたしは恨めしそうに見つめながら、付いて行きました。
本当に……勝手なんですから。
わたしのことを、専属料理人か何かと勘違いしていませんか?
ま、まぁ……それだけ楽しみにしてもらっていると思えば、悪い気はしませんけど……。
やや複雑な思いを抱いていたわたしですが、唐突に一色くんが立ち止まったことで、同じく足を止めました。
今度は何でしょうか?
疑問に思っていると、肩越しに顔だけ振り向いた彼が、ゆっくりと口を開き――
「お帰り」
そう、言葉を紡ぎました。
衝撃を受けたわたしは目を見開き、何故だか涙目になりながら言い返したのです。
「ただいまです」
たったこれだけのやり取り。
しかし、わたしの中でようやく、日常に戻って来た感じがしました。
再び前を歩き出した一色くんを、軽い足取りで追い掛けます。
鼻歌すら歌いそうなほど上機嫌になったわたしは、腕によりをかけて料理を振る舞おうと決めました。
我ながら単純だと思いますが、このときは本当にそんな気分だったんです。
そうしてわたしたちは並んで歩き、寮の購買で食材を買ってから自室に戻りました。
久しぶりに一色くんと一緒に食べるご飯は、とても美味しかったです。
その後は他愛のない雑談をしたり、お茶を飲んだりして、穏やかな時間を過ごしました。
旅の疲れを考慮して、早めに床に就いたわたしは、普段よりも深く眠ったのでしょう。
だからこそ、夜中に一色くんが部屋を出たことに、全く気付けませんでした。




