第25話 応える
抑制具から解き放たれたクオン。
まさに水を得た魚、鬼に金棒、虎に翼。
体術だけでも強力だった使い手が、今や手に負えない次元にまで至っている。
彼女が大鎌を振るうだけで、多数の死霊兵が吹き飛び、近付くことすら出来ていない。
勝気な笑みを浮かべたクオンは、敢えてゆっくりとラザロスに歩み寄りながら、道中の死霊兵を蹴散らしていた。
あたかも格の違いを見せ付けるかのようで、ラザロスのプライドを大きく傷付けているが、彼も諦めた訳ではない。
ジリジリと背後から死霊兵をクオンに接近させ、彼女が大鎌を振り切ったタイミングで跳び掛からせる。
いくらクオンが強くなって殲滅力が高まろうと、大鎌と言う武器を扱っている以上、隙が発生すると考えたのだ。
ところが――
「遅過ぎるわね」
一蹴。
華麗にターンしたクオンは、大鎌を振り抜いて背後からの奇襲にも対処した。
大鎌の見た目からは考えられない素早さに、ラザロスは彼女の能力の片鱗を思い知っている。
悔しそうに歯噛みした彼は、怨嗟の声を漏らした。
「【マス・シフト】……。 質量を操作する能力か……」
「あら、覚えてくれていたの? 光栄ね」
「うるさい、思ってもいないことを言うな。 それに、厄介なのは認めるが、所詮は力業だ。 対処する方法はある」
「ふふ、そう思うならやってみなさい」
「言われるまでもない!」
大声で宣言したラザロスは、全周囲から死霊兵をクオンに向かわせる。
対するクオンは大鎌であっさりと撃破したが、その後ろから新手が来ていた。
それでもクオンが問題にすることはなかったが、第3波。
第2波の陰に隠れていた1体が、前の死霊兵を巻き込む勢いで、彼女の正面から剣を振り下ろしていた。
超速で大鎌を振り切ったクオンは第2波も退けたものの、第3波には間に合わない。
これはラザロスの計算通りで、膨大な手数を誇る彼だからこそ可能な戦法。
狂笑をこぼしたラザロスは、死霊兵がクオンを斬り裂く瞬間を目の当たりにしようとして――パシッと。
極めて軽い音とともに、左手で軽々しく受け止められた。
念の為に言っておくと、ラザロスの死霊兵は決して弱くない。
むしろ、並の魔物と比べれば遥かに強力だ。
魔力解放前のクオンを追い詰めた、実績もある。
そんな死霊兵の一撃を、彼女があっさりと防げた理由が、能力である【マス・シフト】。
対象の質量を操作すると言う単純なものだが、使い方を工夫すれば、絶大な効果を発揮可能だ。
大鎌の質量を軽くして初速を上げ、インパクトの瞬間に元に戻すことで、威力を高める。
死霊兵の剣を極限まで軽くすることで、オモチャのごとく扱う――など。
比較的、扱いの難しい能力ではあるが、クオンにとっては息を吸うのと同じくらい容易いことだった。
クオンの力を見誤っていたラザロスは、悔しそうにしていたが、ここからは彼女のターン。
近くに転がっていた荷車に目を向けたクオンは、スタスタと近付いて、片手で持ち上げる。
何をするつもりかと、ラザロスは怪訝そうにしていたが――
「……ッ!? ぬぉ!」
クオンが投げ放った荷車が、音速を超えてラザロスを襲った。
辛うじて避けることは出来たが、余裕は一切ない。
明後日の方向に飛んで行った荷車は地面に落ち、地響きを上げて巨大なクレーターを作る。
それを見たラザロスは助かったことに安堵したが、それは気が早かった。
「どんどん行くわよ?」
「むぅ……!?」
左腕で多くの小石を抱えたクオンが、右手で連続投擲する。
やっていることは非常に原始的だが、効果は決して馬鹿に出来ない。
全ての石が必殺の威力と圧倒的な速度を誇っており、ラザロスは決死の覚悟で回避に専念していた。
だが、何発かは被弾し、腕や脚が四散している。
すぐさま回復させているとは言え、このままではいくら魔界に魔力をプールしていても、枯渇するのは時間の問題。
焦ったラザロスは、石を避けながらクオンに目を向け――顔を掴まれた。
「むぐッ!?」
「さて、生きていられるかしら?」
淡々としたクオンの呟きと同時に、ラザロスは自身の肉体から質量が失われる感覚を得た。
直後、ラザロスの顔を掴んだクオンが跳躍し、地面に思い切り投げ放つ。
そのときには超重量とされていたラザロスは、背中から地面に叩き付けられ、体が粉々になったように錯覚するほどの衝撃を受けた。
外見に反して頑丈な彼は原型を留めていたものの、ダメージは計り知れない。
朦朧とする意識の中、なんとか立ち上がったラザロスだが、まともに戦える状態ではなかった。
そんな彼に近寄りながら、クオンは呆れと感心が綯い交ぜになった声を発する。
「生きているどころか、立てるとはね。 流石は『十魔天』と言っておきましょうか」
「ごふッ……! く、くそ……!」
「杖を死守したのも立派だけれど、流石に限界でしょう? 貴方では、わたしには勝てないわ」
嘲るでもなく、事実として告げるクオン。
彼女の言い様に、ラザロスは反論出来ない。
それほど、今の彼女は圧倒的であり、『黙四卿』の下と言う自己評価も、間違いではないと思わされている。
もっとも、だからと言ってすんなり負けを認めるほど、ラザロスも諦めは良くないが。
「く、くく……確かに、貴様は強い。 それこそ1対1の戦闘では、儂に勝ち目はないかもしれん。 だが、それと勝敗は別だぞ?」
「……どう言うことかしら?」
不穏な気配を醸し出すラザロスを、クオンは訝しそうに見つめた。
そして、気付く。
いつの間にか、死霊兵が自分から距離を取っていることに。
それが何を意味しているか、考えを巡らせたクオンだが、答えを出す前にラザロスが語った。
「どうやら貴様は、人間に肩入れしているようだからな。 利用させてもらおう」
そう言ってラザロスは、死霊兵たちに倒れた人々を狙わせた。
まだ手を下してはいないが、剣先を突き付けている状態。
対するクオンは厳しい表情で、大鎌を握り締めていた。
いくら彼女が強くなっても、基本的には単体戦に適性がある。
【マス・シフト】によって、死霊兵たちの剣から質量をなくすことも考えたが、流石に同時に100体は不可能だ。
ラザロスはそのことを知っており、だからこそこの脅しが有効だと信じている。
実際問題としてクオンに打つ手はなく、口を堅く引き結んでいた。
クオンの無力化に成功したと判断したラザロスは、歪な笑みを浮かべて、彼女の足元に新品の抑制具を放り投げた。
「それを付けて、儂に従え。 そうすれば、人間どもは生かしてやる」
「……その言葉に、信じる根拠はあるのかしら?」
「疑っても構わんが、貴様に選択肢があるのか?」
「……仕方ないわね」
大きく嘆息したクオンは、抑制具を拾い上げた。
それすなわち、死刑宣告に等しいと知りながら、首に取り付けようとして――
「な……何だと!?」
100体の死霊兵、全てが粉微塵になった。
信じられない思いのラザロスは、過去最大級の絶叫を上げたが、クオンは逆に苦笑を浮かべている。
そして、拾ったばかりの魔力抑制具を握り潰して、堂々と言い放った。
「どうやら、あのお方は最後までわたしに戦わせたいようね。 なら、それに応えるしかないわ」
「ま、待ってく――ごはッ!?」
ラザロスは、最後まで言い切ることが出来なかった。
まるで消えるかのように加速したクオンが懐に入り込み、肘を鳩尾に叩き込んだからだ。
体を「く」の字に折ったラザロスは、口の端から涎を垂らして悶絶している。
しかし、クオンが容赦することはなく、今度は顎を思い切り蹴り上げた。
骨が砕ける嫌な音が鳴りつつ、ラザロスの体が強制的に宙に浮く。
【マス・シフト】を併用した彼女の体術は、通常時とは比べ物にならない威力と速度を誇っていた。
この時点でラザロスは、ほぼ瀕死だった。
それでもクオンは、最後まで手を抜かない。
星空の下、大鎌を両手に握って高くジャンプし、【マス・シフト】の能力を最大限まで溜める。
集められた質量エネルギーが可視化され、大鎌へと宿った。
そうしてトドメに、自身の質量を最大化したクオンは、落下に合わせて大鎌を振り下ろし――
「消し飛びなさい」
激震。
首都全域に響くのではないかと言うほどで、あとには半球状に抉れた地面だけが残された。
ラザロスの姿はなく、杖を含めて完全に消滅している。
それを証明するように、死霊兵も塵となって行った。
念の為に辺りを窺っていたクオンは、ようやく警戒を解き、大鎌を虚空に消す。
胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、様々なことに思いを馳せた。
魔族に対する裏切り。
人間に手を貸した事実。
今後の身の振り方。
それら全てが、簡単に整理出来ることではない。
だが、クオンは清々しい気持ちでいっぱいである。
何故なら、彼女にとって希望そのものを、感じることが出来たから。
目には見えないが、遥か彼方に視線を送ったクオンは、優しく微笑んだ。
こうして首都は夜闇に包まれ、戦いも終幕する。
その一方で、夜宵たちとヴィジルの死闘にも、決着が付こうとしていた。




