第22話 解放
抑制具を付けた魔族など、全くの無力――と言うこともなく、クオンの実力は凄まじかった。
華奢な体からは考えられない威力と、速度を兼ね備えた体術だけで、死霊兵を次々に撃破している。
振り下ろされた剣を避けながら、ボディブローの一撃で粉砕。
背後から迫った1体に後ろ回し蹴りを繰り出し、頭部を爆散。
更には自分から前に出て、手刀で首筋を叩き折った。
まさしく獅子奮迅の勢いで、このままなら100体の死霊兵など、すぐに掃討出来る――
「無駄だ」
ラザロスが呟くと同時に杖が怪しく光り、破壊された死霊兵が立ち上がる。
先ほどからこの繰り返しで、クオンは負けないながらも、決して勝つことの出来ない戦いを強いられていた。
そして、それも段々と苦しくなって来ている。
魔力を抑えられた彼女の身体能力は、通常時とは比べ物にならないほど低い。
それでもこれだけ戦えているのは大したものだが、問題は体力だ。
不死身とすら言える死霊兵を相手にし続けていることで、確実に疲労が蓄積されており、序盤に比べて受けに回る頻度が増えている。
そのことをクオンは自覚しているものの、勝負を投げているのではない。
いくら死霊兵が復活出来るとは言え、源となっているのはラザロスの魔力。
それが枯渇すれば、復活することはなくなるはずだ。
クオンの推測は正しく、狙いも決して的外れではないが、その程度のことはラザロスも承知している。
「貴様が何を考えているのか、おおよそわかっている。 だが、儂の能力を忘れたのか? どうして儂が、抑制具を付けたまま戦えていると思っている?」
「……【ソウル・フォージ】。 魔力を魔界にプールすることで、杖を介して膨大な数の死霊兵を操ったり、特殊な結界を展開出来る……だったかしら?」
「そうとも。 つまり、儂自身の魔力を抑えられていようが、溜めた魔力を使えば済むのだ。 いくら貴様が粘ろうが、魔力切れを起こすことなどありえんよ」
「それはどうかしら? 魔界に溜めてある魔力を、使い切らせたら良いのではないの?」
「理論的にはそうだ。 しかし、可能だと思っているのか? 儂が長年掛けて溜めて来た魔力の量を、知らぬ訳ではあるまい?」
「……」
「沈黙は肯定と取るぞ。 要するに、今の貴様が儂に勝つなど、土台無理な話だったのだ。 わかったら諦めて、儂に協力――」
「お断りよ」
「……何を意固地になっている? どうして、人間に味方する? 『十魔天』としての誇りは、どこに行ってしまったのだ?」
このときラザロスは、本気で不思議に思っていた。
魔族と人間が敵対するのは、自然の摂理。
ましてや『十魔天』は、その代表とすら言える。
それにもかかわらず、反旗を翻したクオンの思考が、全く理解出来ない。
逆にクオンはラザロスが何を思っているのか察しており、苦笑交じりに言い返した。
「『十魔天』の誇り、ね……。 そんなもの、とっくの昔に捨て去ったわよ」
「何だと……?」
「そもそも、わたしが『十魔天』になったのは、あのお方の力になりたかったからだもの。 それが叶わなくなった以上、『十魔天』なんて称号に大した執着はないわ。 あぁ、言っておくけれど、仕事はきちんとこなしたわよ。 そこは勘違いしないでね」
「あのお方だと……? 良くわからんが、やはり何を言っても無駄らしい。 ならば、殺すしかないな」
「やれるものなら、やってみなさい。 あまりわたしに時間を取られるようだと、小娘たちが帰って来るわよ?」
「ふん、言われずともわかっている。 結界は破壊されたようだからな。 とは言え、今の奴らにあの死霊兵が倒せると思えんが」
そう言ってラザロスが目を向けたのは、出現したばかりの巨大死霊兵。
首都中の言魂士の生命力と魂力を吸収して誕生した、ラザロスの最後のカード。
当然ながらクオンも存在には気付いているが、敢えて強気に言い放った。
「確かに、今の小娘たちは虫の息よ。 でもね、人間の底力は馬鹿に出来ないの」
「随分と知ったような口をきくな? 貴様に人間の何がわかる?」
「わたしがわかっている訳ではないわ。 ただ……魔族には魔族の、人間には人間の強さがあると教わったのよ。 そこに優劣はないともね。 命は平等なのよ」
「先ほどから、何を言っている? 首都に来てから、貴様に何があったと言うのだ?」
「貴方から見れば、さぞ異常なのでしょうね。 でも、これがわたしの本来の姿よ」
「……もう良い。 これ以上の戯言は、たくさんだ。 一気に終わらせてやる」
苛立ちを含んだラザロスの宣言に従って、死霊兵たちがクオンを取り囲んだ。
それを見たクオンは全周囲を警戒し、ゆらりと構えを取る。
体力的には、かなり辛い。
魔力は抑制具のせいで、使えない。
ただし、小さな突破口を見出していた。
その1点に狙いを定めたクオンは大きく深呼吸し――死霊兵が一斉に襲い掛かる。
闇雲に攻めるのではなく、練度の高い連携を交えることで、クオンに決して楽をさせない。
彼女の破壊力は未だ健在なものの、あくまでも単発攻撃だ。
1体の死霊兵が囮になっている間に、背後からの一撃や挟撃を放ち、クオンを少しずつ追い詰めて行く。
怒涛の攻勢を掛けて来る死霊兵たちを持て余し、彼女の美しい肌に数多の裂傷が刻まれて行った。
それでもクオンが諦めることはなく、紙一重の攻防を繰り広げ――掴む。
大振りになった死霊兵の剣を、傷付くことを恐れず素手で受け止め、奪い取った。
そして――
「はぁッ!」
全力投擲。
狙いは、ラザロスの杖。
彼が抑制具を付けていても能力を行使出来るのは、魔力を魔界にプールしているから。
しかし、その魔力を使うには経由地点とも言える、杖を介さなければならない。
そこに目を付けたクオンは、虎視眈々とチャンスを窺い、この瞬間に賭けたのだ。
凄まじい速度で飛来した剣は、死霊兵たちの間を縫って杖に迫り――
「残念だったな」
躱される。
ラザロスにとって杖は生命線であり、どれだけ有利だろうと、そこに対するマークだけは欠かしていなかった。
攻撃が不発に終わったクオンは悔しそうに顔を歪め、全身の傷から血を流している。
1つ1つの傷は軽いが、数が多過ぎた。
人間も魔族も、大量の出血は命取り。
意識が朦朧として来たクオンは、なんとか戦闘態勢を維持していたが、そこに死霊兵が正面から斬り掛かる。
万全の状態であれば、どうとでも出来るような攻撃。
だが、今の彼女にとっては必殺の一撃だった。
大上段から振り下ろされる剣を、見上げることしか出来ないクオンは、ポツリと呟いた。
「申し訳ありません……」
それは、誰に対する謝罪だったのだろう。
ラザロスにはわからなかったが、躊躇いはなかった。
死霊兵の刃が、クオンを真っ二つに斬り裂こうとして――
「何!?」
切断される。
思わぬ出来事にラザロスは叫んだが、衝撃を受けているのはクオンも同じ。
目を皿のように丸くした彼女は、体ごと背後を振り返った。
彼女の目には、苦しそうに蹲る街の人々しか映っていない。
ところが、確かにある気配を感じていた。
混乱の只中にあるクオンは、体を硬直させていたが、またしても驚くことになる。
「……ッ! まさか……」
キン、と。
軽やかな音とともに、首の抑制具が断ち切られた。
その事実にクオンは、ある確信を抱いていたが、今は後回しにすると決める。
薄く笑みを浮かべた彼女は、軽く息を吐き――膨大な魔力を発した。
それと同時に傷が癒え、出血も止まっている。
迸る魔力は、オーラのように幻視出来るほどで、ラザロスでさえ一瞬たじろいでいた。
しかしクオンは、そのようなことなど見えていないかのように瞑目し、胸に手を当てて声を落とす。
「有難うございます。 この戦い、必ずや勝利してみせます」
丁寧な口調で確固たる誓いを立てたクオンの右手に、漆黒の大鎌が握られた。
小柄な彼女には不釣り合いなサイズだが、クルクルと簡単に扱っている。
完全なる本気モードとなったクオンに、ラザロスは圧倒されていたが、彼にもプライドがあった。
「予想外の展開だが、結果は変わらん。 所詮、貴様は『十魔天』の九。 八の儂に勝てる道理はない」
「ふふ……」
「……何がおかしい?」
「いえ、貴方があまりにも無知なものだから。 確かにわたしは、現在の『十魔天』では九の位置にいるけれど、それと実力は別問題よ」
「何が言いたい?」
「『十魔天』の階位の評価には、貢献度も含まれることは知っているわね? だからこそガイゼルは、あの実力で『十魔天』に入れたのだし」
「回りくどいぞ。 言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「まだわからないの? つまり、わたしが九に甘んじているのは、貢献度が低いからよ。 人間に手出しすることなんて、なかったしね」
「……ッ! 貴様……」
「そう。 単純な戦闘力だけで言えば、わたしはもっと上なの。 それこそ、『黙四卿』の下に付くくらいではないかしら」
「……大言壮語もそこまで行くと、清々しいな。 それが本当なら、証明してみせろ」
ラザロスがそう告げた瞬間、クオンの背後から死霊兵たちが不意打ちで襲い掛かったが――
「言われなくても、そのつもりよ」
一閃。
目視出来ない速度で振るわれた大鎌が、周囲の死霊兵を纏めて掃除した。
それだけでもクオンの発言が出任せではないと悟ったラザロスは、これ以上ないほど警戒心を高めている。
そんな彼に対してクオンは上機嫌に笑い、嬉しそうに言い切った。
「今のわたしは、気分が良いの。 なるべく苦しまないように殺してあげるから、感謝しなさい」
「調子に乗りおって……。 その驕り、後悔させてやる!」
叫喚を上げたラザロスは死霊兵を復活させ、クオンにけしかけた。
一方のクオンは大鎌を軽々と操り、呆気なく撃退している。
なりふり構わなくなったラザロスと、解き放たれたクオン。
2人の『十魔天』の戦いは、終着点へと近付いて行った。




