第21話 取柄
クオンから結界の基点の位置を聞いた四季たちだが、それでも首都は広い。
外縁部に限定したとしても、かなりの範囲を探し回る必要がある。
通常時ならともかく、弱体化している現状を考えると、かなり苦しかった。
それでも彼女たちが泣き言を言うことはなく、ひたすらに駆け続ける。
やがて1つ目の基点を発見した3人は、硬い面持ちで地下水道の壁を眺めた。
禍々しく光る、赤い魔法陣。
こんなものが知らぬ間に刻まれていたと言う事実に、絶句している。
だからと言って止まることもなく、率先して前に出た一葉が拳を繰り出した。
「それッ!」
言魂を使っていないにもかかわらず、かなりの威力。
壁に蜘蛛の巣状の罅が走り、基点を無効化した。
そのことに四季たちはホッとしたものの、まだ7つも残っている。
体力や魂力のことを思えば、余裕は毛ほどもなかった。
そのとき――
「む……?」
「どうしたの、四季さん?」
「いや……美紗から連絡だ。 少し待っていてくれ」
光凜に問われた四季は懐に手を入れ、通信用の宝石を取り出した。
そして即座に応答すると、すぐに話し始める。
「美紗、何かあったのか?」
『何かも何も、思い切りありますよね? 四季様たちは、今どこにいらっしゃるんですか?』
「わたしたちは、首都の西側だ。 外縁部に結界の基点があると言う情報を得たから、それを破壊して回ろうとしている」
『外縁部に……。 ちょっとお時間を下さい』
そう言った美紗は黙り、通信の向こう側で苦しそうな声を漏らした。
四季たちは心配そうにしていたが、ひとまず様子を窺っている。
すると、さほど時間を置かずに、美紗が再び声を発した。
『お、お待たせしました。 基点の場所が判明したので、お伝えします。 メモなどの準備は良いですか?』
「美紗……まさか、【千里眼】で視たのか?」
『あはは。 それが、取柄ですからね』
「……この状況で、無茶をするな」
『大丈夫ですよ。 しんどいのは、あたしだけじゃないですし。 それより、時間がありません。 お伝えしますよ?』
「……わかった、頼む」
美紗が結界下で無理やり言魂を使ったと知った四季は、苦言を呈そうとしたが、そのような場合ではないと考え直す。
憮然とする四季を一葉と光凜は苦笑交じりに見つめつつ、与えられた情報を頭に叩き込んでいた。
そうして残りの基点の位置を割り出した四季たちだが、嫌そうに顔を顰める。
「嫌がらせのような配置だな。 一気に破壊出来れば良かったのだが、1つ1つ破壊して回らなければならない」
「こればかりは仕方ないでしょ。 あたしが敵でも、そうするわよ」
「猪娘に同意するのは癪だけれど、そうかもしれないわね。 嘆いても仕方ないわ。 行きましょう、四季さん」
「あぁ、そうだな。 美紗、良く働いてくれた。 感謝する」
その言葉を最後に、四季は通信を切ろうとした。
ところが、その前に美紗――ではなく、別の人物が言葉を割り込ませる。
『お待ち下さい、四季様。 基点の破壊に関しては、わたしたちにもお任せ下さい』
「卓哉? しかし、この結界は強力だ。 いかに『参言衆』であっても、消耗の度合いは計り知れないだろう」
『だからこそ、ですよ。 結界を解いて終わりかどうか、わかんないです。 何かが起きたときの為に、四季様たちには力を溜めておいて欲しいです』
「伊織……。 しかしだな……」
「そこまでよ、四季さん。 ここで押し問答している暇はないわ。 わたしたちは力を温存しつつ動いて、桐生くんたちに任せる形にしましょう」
「ま、それしかないでしょ。 四季ちゃん、甘やかし過ぎたら成長しないわよ? それに、早乙女たちだって『参言衆』としての、プライドもあるでしょうしね」
「神代……九条……。 わかった、卓哉、伊織。 それに美紗もだ。 基点の破壊に関しては、お前たちにも手伝ってもらう。 ただし、絶対に無理はするな」
『かしこまりました、四季様。 早乙女、白河、行くぞ』
『了解! 四季様、何かあればすぐに連絡してくださいね!』
『頑張ります』
静かながら、やる気を漲らせた卓哉。
消耗していることを感じさせないように、明るく振る舞う美紗。
言葉短く、それでいて強く宣言した伊織。
3人の心意気を感じた四季が苦笑していると、一葉と光凜が楽しそうに声を掛けた。
「四季ちゃんとこの『参言衆』も、中々やるじゃない。 ちょっと見直したかも」
「ふん、舐めるなよ九条。 美紗たちならこの程度、当然だ」
「それにしては、四季さんは狼狽えていたように見えたけど。 本当は心配なんでしょう?」
「し、心配などしていない。 彼らなら、必ずやり遂げるからな。 さぁ、わたしたちも次の基点に向かうぞ。 美紗たちに任せると言っても、1つや2つくらいならこちらでも壊せるはずだ」
頬を朱に染めてそっぽを向いた四季が、サッサと歩き出す。
可能な限り体力と魂力の消耗を避けながら、少しでも美紗たちの負担を軽くしようと考えていた。
意地っ張りな彼女に一葉と光凜は苦笑したが、敢えて追及することはやめる。
しかし、四季たちは知らなかった。
基点を破壊した先に、何が待っているかを。
学院の入口で、四季との通信を切った美紗は――
「早乙女!?」
その場に崩れ落ちた。
慌てて卓哉が支えたが、顔色が悪く呼吸を乱している。
そんな彼女に溜息をついた伊織は、言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「無理し過ぎ。 こんな状態で本気の【千里眼】を使えば、そうなるのも当然」
「あ、あはは……。 さっきも言ったけど、それが取柄だからね……」
「……馬鹿が。 良いから、お前は医務室で休んでいろ。 ここからは、わたしと白河が引き受ける」
「だ、大丈夫だって。 あたしも……」
「しつこいぞ。 そもそも、こう言う場面で【千里眼】に出来ることは、もうない。 改めて言うが、ここからはわたしたちの仕事だ」
「そう言うこと。 あとのことは、わたしと桐生卓哉に任せて」
「……わかったよ。 その代わり、何かあったらすぐに呼んでね?」
「一応、わかったと言っておこう」
「早く行って」
卓哉に手で追い払われ、伊織から冷たい声で言われた美紗は、力なく笑ってのろのろと校舎に向かった。
2人はその背中を見送ることすらなかったが、それに反して意志は受け継いでいる。
互いに無言で魂力を高める、卓哉と伊織。
結界の影響で相当に辛いはずだが、彼らの顔には毅然とした面持ちが浮かんでいた。
そうして、それぞれの言魂を発動した2人は、短く言葉を交換する。
「手早く片付けるぞ、白河」
「そのつもり」
言うが早いか、伊織が地面を凍らせて滑走し始めた。
地上限定ではあるが、実のところ彼女の機動力はかなり高い。
凄まじい速度で道を走り抜けた――いや、滑り抜けた伊織は、早速1つの基点を発見し、氷の礫によって穴だらけにした。
間違いなく無力化出来たのを確認してから、その場をすぐに離脱し、次なる目標へと滑って行く。
何でもないように行っているが、無表情ながら伊織の額にはびっしりと汗が浮かんでおり、必死さが伝わって来た。
今の彼女は、結界によって魂力を消耗している上に、大量に消費しているようなもの。
当然の帰結として、長くもつ訳がない。
だからと言って伊織に止まる意思はなく、全てを出し尽くして基点を破壊するつもりだった。
この辺りは、彼女が言動に反して熱い心の持ち主だと言うことを、如実に物語っている。
そして、伊織が死力を尽くしていた間、卓哉も自身の役割を全うしていた。
「行け」
力を振り絞って大量の使い魔を生み出した彼は、美紗の情報に従って向かわせた。
ただし、卓哉自身が動く余力はない。
その場に片膝を突き、歯を食い縛りながら複数の使い魔に指示を出し続ける。
いつもなら息を吸うように出来る行為だが、今は頭が割れるような痛みと戦いながらだった。
機動力の観点から見れば伊織に軍配が上がるが、手数では卓哉の方が上。
結果として2人は、ほぼ同数の基点の破壊に成功し、遂に最後の1つが卓哉の使い魔によって無効化された。
その瞬間、首都を覆っていた赤い空間が、ガラスを砕いたような音を奏でて崩れ去る。
限界ギリギリのところで間に合ったと思った卓哉は、地面に突っ伏しながらニヤリと笑った――が――
「な……!?」
あらん限りに目を見開き、驚愕の声をこぼす。
彼の視界に映ったのは、首都の中心部に出現した、見上げるほど背の高い骸骨。
武装している姿から、巨大死霊兵とでも言ったところか。
感じる力は『十魔天』ほどではないが、エニロやゾース、ミンよりは圧倒的に強い。
今のコンディションは言うに及ばず、全快の卓哉であっても1対1では厳しいだろう。
そのことを認めた上で、『参言衆』としての矜持を持った卓哉は立ち上がろうとしたが、どうしても体が言うことを聞かなかった。
すると、それまで動きを見せなかった巨大死霊兵が巨剣を振り上げて、思い切り振り下ろす。
大勢の人が取り残されているだろうことを想像した卓哉は、悲鳴を上げそうになったが、結果として声を飲み込むことになった。
何故なら、巨剣が不可視の壁に阻まれたように、跳ね返されたからだ。
一瞬何が起きたのかわからなかった卓哉だが、今の現象が敬愛する主の力だと察して、苦笑をこぼした。
そこで緊張の糸が切れたのか、卓哉は意識を失い、巨大死霊兵の前には――3人の『肆言姫』が並び立っていた。




