第20話 減点ですね
黒咲領を出たわたしと黒咲さんが、夕暮れの森を全速力で駆け抜けます。
木々の間が広く、規模も大したことないので、足元は全く問題ありません。
前を走る黒咲さんに躊躇はなく、目的地がはっきりわかっているようでした。
流石です。
そうして暫く足を動かし続けると、開けた場所に行き付きました。
森の中にぽっかりと、穴が開いたかのようです。
そしてその中心には、途轍もなく存在感を発している人物が立っていました。
派手な赤いスーツを着た、魔族の青年。
ズボンのポケットに両手を入れていて、爽やかな笑みを湛えています。
ただし……瞳の奥に宿る、強烈な敵意は隠せるものじゃありません。
対するわたしと黒咲さんは距離を置いて対峙し、戦闘態勢を取りました。
わたしは『葬命』に手を掛け、黒咲さんは両手の糸をしならせています。
静かな森に、糸が奏でる風切り音だけが響き、空気が張り詰めて行きました。
同時に集中力も高めたわたしは、先手必勝で仕掛けようとして――
「うん。 確かに、普通の言魂士じゃなさそうだ。 『核』候補として、連れ帰るのが良いだろうね。 ここで『肆言姫』の1人を落とした上に確保出来たら、僕の評価も急上昇かな」
わたしたちを……いえ、わたしを見据えた魔族が、そんなことを言い出しました。
『核』、ですか。
ガイゼルも言っていましたが、いったい何のことでしょう?
気にはなりますが、どちらにせよ応じることは出来ません。
気を取り直したわたしが抜刀する準備を整えていると、今度は黒咲さんが口を開きました。
「貴方は『十魔天』ですね? 名前を教えてくれますか?」
「別に良いよ。 僕は『十魔天』の七、ヴィジル。 よろしくね」
「ヴィジルですか。 長期間、お疲れ様でした。 では、死んで下さい」
などと告げた瞬間、黒咲さんが右手を真横に一閃しました。
不意打ちの一撃は、見事の一言です。
不可視の糸が音速を超えて走り、木々を切り倒しながらヴィジルに迫り――
「いきなり、物騒だね」
軽く仰け反るだけで、回避しました。
今の身のこなし……やはり、只者ではないですね。
黒咲さんも微かに表情を険しくしていましたが、変化はそれだけです。
決して怯んではおらず、むしろすぐさま次なる一手を繰り出しました。
【夢幻泡影】を超速で発動し、即座に能力を行使しています。
ヴィジルを見つめた黒咲さんの両目が、淡く輝きました。
これが能力発動の合図で、上手く行けばヴィジルを睡眠状態に陥らせることが可能です。
そうなれば、労せず倒すことが出来るかもしれませんが……。
戦況を窺っていたわたしが、いつでも斬り掛かれるようにしていると、今度はヴィジルの瞳が赤く光りました。
それが何を意味しているのか、わたしにはわかりませんでしたが、黒咲さんは違います。
「なるほど。 不眠結界の源は、その能力でしたか」
「あぁ、キミたちは不眠と言う解釈だったんだね。 厳密に言うと、僕の能力は覚醒だよ。 名前は【アウェイク・サージ】って言うんだ」
「【アウェイク・サージ】……。 自らを覚醒状態にすることで、黒咲さんの睡眠から逃れたと言うことですか」
「そんなところだね、無明夜宵。 まぁ、それだけが全てじゃないけど」
「ふむ、詳細を教えてくれますか?」
「あはは。 そこまでお人好しじゃないよ、黒咲夢愛。 キミだって、能力の全てを明かしてはいないだろう?」
「ノーコメントです」
「いや、それがもう答えだと思うけど。 さて、お喋りはここまでだ。 サッサと終わらせるよ」
「そうですね、夕飯までには帰りたいですし。 いつまでも、貴方に構っていられません」
「減らず口だね。 その方が、叩き潰し甲斐があるけどさ」
「お互い様です」
平然とした黒咲さんと、笑顔のヴィジル。
うぅ……舌戦が激し過ぎて入って行けません……。
ですが、戦闘では後れを取りませんよ。
今の間も、ジリジリと間合いを詰めていたわたしは、前置きなく踏み込みました。
卑怯だとは言わないで下さい。
『十魔天』を相手に、手段など選んでいられないんです。
最短距離を突っ切ったわたしは、勢いを落とさずに抜刀しました。
狙いたがわずヴィジルの胴を刃が捉えようとしましたが、寸前にバックステップされたことで、僅かに傷付けたのみ。
しかし、悪くありません。
浅いとは言え初手でダメージを与えられたのは、幸先が良いです。
少なくともガイゼルよりは、反応が鈍かったですね。
その事実に勇気付けられたわたしは、逃げるヴィジルを追い掛け、追撃の袈裟斬りを放ちました。
対するヴィジルは転身することで避けようとしましたが、先ほどよりも深く刃が肌に食い込みます。
ここが攻め時……!
ヴィジルがどんな能力を隠し持っているのか知りませんが、使わせる前に倒してしまえば良いんです。
そう判断したわたしは、体勢を崩したヴィジルにトドメを刺そうと、逆袈裟に斬り上げようとして――見ました。
ヴィジルの目が、真っ赤に染まっているのを。
その刹那、背筋に悪寒が走りました。
ですが、攻撃はもう止めることが出来ません。
覚悟を決めて、全力で『葬命』を走らせ――
「調子に乗り過ぎだよ!」
あっさりと躱されてしまいました。
それどころか、拳を被せるように繰り出されたカウンターが、わたしの顔面へと吸い込まれます。
込められた魔力は、先ほどまで感じていたものよりも、遥かに強力でした。
危ない……!
体ごと首を横に倒すことで、辛うじて避けることが出来ましたが、大きな隙を晒してしまいました。
そのときには、ヴィジルは蹴りの体勢に入っており、獰猛な笑みを浮かべて脚を振り抜こうとしています。
これは……どうしようもありませんね。
回避が不可能だと確信したわたしは、少しでもダメージを少なくするべくガードを固めました。
どれだけ効果があるかわかりませんが、即死だけは避けなければなりません。
そうしてヴィジルの蹴りが叩き込まれ、わたしは痛みに耐えるべく歯を食い縛り――
「無茶をし過ぎです。 減点ですね」
黒咲さんの冷たい声が、聞こえて来ました。
すると全身を糸が絡め取り、引っ張ることで、無理やりヴィジルの攻撃範囲から逃れました。
着地することは出来ず地面をバウンドしましたが、この程度の痛みは被害のうちに入りません。
糸が解かれたのを確認したわたしは、即座に立ち上がり、恥じ入りながら黒咲さんに感謝を伝えました。
「す、すみません。 助かりました」
「謝罪やお礼は結構です。 それより、もっと慎重に行動して下さい。 相手は『十魔天』なのですよ? 一筋縄で行く訳がないではないですか」
「うぅ……。 面目ありません……」
淡々と叱られたわたしは涙目になりましたが、ヴィジルから視線を切ることはしません。
改めて見ると、明らかに当初よりも魔力が強くなっており、体も一回り大きくなっています。
これが、【アウェイク・サージ】の力でしょうか?
何にせよ、本当にわたしは浅はかでしたね……。
内心で強く、自分を責めていましたが――
「……ただ、貴女のお陰で敵の能力の一端を知ることが出来ました。 その点に関しては、評価出来ます」
「え……あ、有難うございます」
「お礼は結構だと言ったはずです。 それより、ここからは数の利を活かしますよ。 1人で戦おうとしないで下さい」
「……! はい……!」
黒咲さんの言葉を受けたわたしは、気合を入れ直しました。
このとき、脳裏を過っていたのは、かつての一色くんの言葉。
彼はわたしの戦い方を、1人で戦い抜こうとしていると評していました。
それではいけないと言われていたのに……反省しないとですね。
ですが、それはあとです。
今度こそ黒咲さんと協力して、ヴィジルを倒してみせましょう。
桜の髪飾りにそっと触れたわたしは、内心で呟きました。
一色くんの守護は、1回限り。
逆に言えば、1度は相打ち狙いが出来ると言うことですけど……それは本当に最後の手段です。
いつまでも、彼に頼りっ放しではいけないんです。
熱い闘志を滾らせたわたしは、この局面を2人で打開しようと誓いました。
黒咲さんにわたしの考えは通じていないでしょうが、彼女も本気モードに入ったのを感じます。
もっとも、だからと言って一気に事態が好転することはありませんが。
「あはは! 良いね! やっと面白くなって来たよ! さぁて、次は何を見せてくれるのかな? もっと、僕を楽しませてくれよ!」
テンションすら高くなったヴィジルの魔力が、ますます上昇しました。
【アウェイク・サージ】の能力は、覚醒。
もし、際限なく強化されるのだとしたら……。
嫌な想像をしたわたしは、人知れず戦慄していましたが、黒咲さんの反応は冷淡なものです。
「調子に乗っているのは、どちらでしょうね? 覚醒によるパワーアップに、何の代償もないとは考え難いです。 やり過ぎれば、必ず手痛いしっぺ返しを受けるでしょう」
「はは! 良くわかってるじゃないか、黒咲夢愛! けど、残念だったね! 僕がそのボーダーを見誤ることは、あり得ないよ!」
「なるほど、その程度の制御は可能と言うことですね。 また1つ、情報を得られました」
「だから何だい? 僕にキミの【夢幻泡影】は効かない! そして正面から戦えば、絶対に僕が勝つ!」
「果たして、そうでしょうか。 こちらとしては、その認識でいてもらえる方が、助かりますが」
「本当に、鬱陶しい口だね! まぁ、今のうちに話しておくと良いさ! もうすぐ、物言わぬ屍になるんだからね!」
叫喚を上げたヴィジルが目を血走らせ、低い体勢を取りました。
まるで、野生動物のようです。
対するわたしと黒咲さんは横目でアイコンタクトを取り、無言で迎撃態勢に入りました。
そうして、しばしの沈黙を挟み――
「行くよ!」
「無明さん、サポートを」
「任せて下さい……!」
わたしたちとヴィジルの、本当の戦いが始まりました。




