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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第2章

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第19話 わからないわ

 黒咲領にワーウルフが攻め込んで来た、少し前の時間帯。

 玖乃ことクオンはいつも通り、団子屋を営んでいた。

 彼女目当てで来店する者もいれば、単純に団子の味を求めて来る者もいる。

 要するに店は繁盛しており、中々に忙しい。

 それでもクオンが笑顔を絶やすことはなく、分け隔てなく愛想良く振る舞っていた。

 当初は完全な演技だったが、いつからか自然と笑えるようになっていることに、クオンは気付いていた。

 ただし、その事実をどう受け止めれば良いのかわからず、内心でモヤモヤしている。

 自分は魔族であり、人間の天敵。

 いずれは首都を離れ、笑顔を交わした者たちを襲う立場だ。

 しかし――


「命は平等……。 人間も魔族も関係ない……」


 忘れようとしても、ずっと忘れられずにいる言葉。

 それほど彼女にとっては、大切な教えだった。

 ポツリと呟いた彼女の顔には、辛そうな表情が浮かんでいる。

 ともすれば、今にも泣き出しそうだ。

 店先で箒を握る手に力が入り、何かを堪えているように見える。

 するとそのとき、低い位置からクオンに声を掛ける者がいた。


「玖乃お姉ちゃん、だいじょーぶ……?」


 団子屋の常連である少女、サチ。

 彼女の声を聞いて我に返ったクオンは、咄嗟に笑顔を作って返事した。


「こんにちは、サチさん! わたしは元気ですけど、どうかしましたか?」


 一切の隙もない、完璧な作り笑い。

 しゃがみ込んでサチと目線を合わせたクオンは、絶対に誤魔化せると確信していたが――


「でも、今もしんどそうだよ……? 笑ってるけど、いつもの玖乃お姉ちゃんじゃないよ……」

「……! そんなことは……」


 ない――と言おうとして、クオンは口ごもった。

 無意識のうちに、サチが正しいと認めてしまっている。

 黙り込んだクオンを心配そうに見つめたサチは、懐からあるものを取り出した。

 そして、それをクオンに差し出して告げる。


「これ、あげる」

「これは……?」

「綺麗な石! あたしの宝物なの! だから玖乃お姉ちゃん、元気になってね?」

「いえ、そんな大事なものをもらう訳には……」

「良いの! 玖乃お姉ちゃんには、ずっと元気でいて欲しいから! だから、もらって!」


 グイグイと、石をクオンに押し付けるサチ。

 困ったクオンは遂に根負けし、受け取ってしまう。

 そのことに満足したのか、サチは満面の笑みを咲かせていた。

 一方のクオンは苦笑しつつ、石を眺める。

 市場価値で言えば、無価値。

 だがクオンは、不思議と気持ちが晴れやかになるのを感じた。

 数瞬瞑目し、目を開けたクオンは、本当の笑みをサチに向けて言い放つ。


「有難うございます、サチさん。 大事にしますね」

「うん、大事にしてね! じゃあ、今日は行くから!」

「あら、お団子は良いんですか?」

「食べたいけど、お小遣いないから……」


 一転してしょんぼりとしたサチに、またしても苦笑したクオンは店内に入り、三色団子を持って帰って来た。

 驚いたサチは目をパチクリさせていたが、クオンは構わず三色団子を差し出して、ウインクしながら言葉を紡ぐ。


「素敵なプレゼントの、お返しです」

「良いの……?」

「えぇ。 その代わり、これからもよろしくお願いしますね」

「う、うん! 絶対、また来るから! じゃあね!」


 三色団子を受け取ったサチは、嬉しそうに走り去った。

 微笑ましい姿に微笑を浮かべ、目を細めたクオンだが、背後から足音が聞こえて表情を引き締める。

 しかし、それは一瞬のことで、すぐに笑みに戻って振り向いた。


「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃったわよ! お団子ちょーだい!」

「お団子だけじゃわからないでしょう、猪娘。 玖乃さん、馬鹿でごめんなさいね」

「誰が馬鹿よ、陰険女!?」

「貴女よ、貴女。 それすらもわからないのだから、本当に度し難い馬鹿ね」

「あ~! また馬鹿って言ったわね!? もう許せない!」

「いい加減にしろ、九条。 神代も、無駄に煽るな。 すまない桜葉、わたしはおはぎをもらおう」

「四季ちゃん、自分だけズルい! あたし、黄な粉餅!」

「わたしは、大福を頂こうかしら」

「えぇと……かしこまりました!」


 現れたのは、四季と一葉、光凜の『肆言姫』。

 短い時間に激しい言い争いを聞かされたクオンは、不覚にも呆気に取られていたが、なんとか仕事に戻った。

 注文通りの品を盆に載せて帰り、お茶とセットで渡して行く。

 長椅子に並んで腰掛けた四季たちは、非常に目立っており、遠くから写真を撮られるほどだ。

 敵の最大戦力が揃っている状況を前に、クオンは人知れず微かに緊張していたが、目の前の光景に馬鹿らしくなっている。

 四季と光凜は姫らしくお淑やかに食事を進めているが、一葉は豪快にかぶり付いており、口の周りを黄な粉で汚していた。

 もっとも、汚いよりも可愛いが先に来る辺り、一葉もやはり姫の1人と言うことだろう。

 そのような感想を抱きつつ、クオンは警戒を怠っていなかった。

 彼女たちが何の目的で接触して来たのか、判明していないからだ。

 ところが――


「あー、美味しかった!」

「そうだな、九条。 ここの団子は、絶品だと言える」

「四季さんに同意するわ。 まぁ、一色くんに奢られたのが切っ掛けと言うのは、少しばかり気になるけれど……」

「う……。 い、嫌なことを思い出させないでよ、陰険女!」

「まったくだ。 あのような愚行、わたしの生涯の汚点なのだからな……」

「……今のは、わたしが悪かったわ。 忘れましょう」


 何やら恥ずかしそうに俯いている、3人の姫。

 それほど彼女たちにとって、尾行を透真に見破られたのは、屈辱的だったのだ。

 四季たちが本当に団子を食べに来ただけだと知ったクオンは、思い切り脱力しそうになっている。

 だが、続いて四季が放った言葉は、聞き捨てならなかった。


「それにしても、無明は大丈夫だろうか……。 予定では、そろそろだろう」

「そろそろ……ですか?」

「そうよ、玖乃さん。 詳しいことは教えられないけれど、夜宵さんが今から戦うはずなのよ」

「夢愛ちゃんたちもいるし、夜宵ちゃんなら大丈夫だと思うけど……やっぱり気になるよね」


 四季、光凜、一葉からもたらされた情報を飲み込んだクオンは、心臓が大きく脈打つのを感じた。

 今から夜宵が戦う。

 そこには夢愛たちもいる。

 つまり、夜宵は黒咲領にいる。

 ヴィジルとラザロスから、その事実を聞かされていなかったクオンは驚くと同時に、もう1つの可能性に行き付いていた。

 その可能性に対して、自分はどう動くべきか――そう考えを巡らせようとしたクオンだが、気付けば声を発していた。


「四季様、一葉様、光凜様、今すぐ首都の人たちを避難させて下さい」

「桜葉? 何を言っている?」

「良いから、早くしなさい! じゃないと、手遅れに――」


 取り繕うことも忘れて、叫ぼうとしたクオン。

 しかし、1歩遅かった。

 突如として展開される、首都全域を覆うほどの赤い空間。

 何事かと思った四季たちを含めた人々は、目を見開いて空を見上げていたが、否応なく答えを与えられた。


「ぐ……!?」

「な……何……これ……!?」

「力が……!」


 四季と一葉、光凜が苦悶の表情を浮かべ、息を荒らげ始める。

 彼女たちが今感じているのは、強烈な体力と魂力の消耗。

 単純な疲労も問題だが、何より深刻なのは言魂の出力を著しく下げられたこと。

 更に言うなら、この程度で済んでいるのは、四季たちが強力な言魂士だからだ。

 往来を行き来していた一般人は、力なく地面に倒れ伏しており、放っておけば命の危険すらあり得る。

 この結界がラザロスの仕業だと知っているクオンは、奥歯を噛み締めながら、どうするべきか決めかねていた。

 魔族として、『十魔天』としての立場なら、今すぐ四季たちを仕留めるべき。

 それにもかかわらず、どうしてもクオンはその決断を下せなかった。

 だからと言って彼女たちに手を貸すこともせず、進退窮まっている。

 言魂士ではないクオンにこの結界は無効だが、別の理由で段々と頭痛がして来ていた。

 胸元で拳を握り、必死に考えを纏めようとしていると――


「桜葉……逃げろ……!」

「え……?」

「四季ちゃんの、言う通りよ……! 玖乃ちゃん、逃げなさい……!」

「どうやら、貴女は動けるよう……だしね。 恐らく、ここは戦場になるわ。 出来るだけ、遠くに……行きなさい」


 息も絶え絶えな、『肆言姫』たち。

 それでも彼女たちの戦意に陰りは見えず、四季は『雅美』を握り、一葉は構えを取り、光凜は『雷切丸』を抜刀した。

 彼女たちの声に押されたクオンは俯き、消え入りそうな声を落とす。


「わかりました……」


 その言葉を置き去りに、クオンはその場に背を向けて歩み去った。

 走るのではなく、歩く。

 何故なら、自分にとっては何の危険もないからだ。

 今後の展開も読めている。

 自分が手を出そうが出すまいが、結界が完成してしまった以上、ラザロスから逃げるのは難しい。

 それは『肆言姫』であろうと、同様だ。

 ならば、もう自分にやることはないだろう。

 そう結論付けたクオンは、大人しく魔界に戻ろうとして――


「サチ!?」

「危ない!」


 背後から届いた一葉と光凜の声が耳朶を打った瞬間、弾かれたように振り向いた。

 視界に映ったのは、力なく地面に横たわったサチと、彼女の上に落ちようとしている馬車の大荷物。

 このときクオンは、冷静だった。

 どの道、か弱いサチに生き残る術などないだろう。

 ならば、ここで命を落としたところで、早いか遅いかの違いだ。

 むしろ、早く逝けた方が楽かもしれない。

 クオンの合理的な部分は、そう訴え掛けていたが――


「な……!?」


 今度は、四季の声が聞こえた。

 一葉と光凜が、息を飲む音も。

 しかし、今のクオンにそれを気にする余裕はなかった。

 黒いゴスロリ風ドレスにヘッドドレス、美しい銀の髪と血のように赤い瞳。

 どこからどう見ても、魔族。

 そんな彼女がサチを抱き抱え、落下して来た大荷物を片手で受け止めている。

 信じられない出来事に四季たちの思考は止まっていたが、クオンは平坦な声で告げた。


「結界の基点を探して、壊しなさい。 確か、全部で8つね」

「基点、ですって……?」

「そうよ、神代光凜。 首都のどこか……恐らく、外縁部にあるはずよ」

「ま、魔族がどうして、そんなこと教えてくれんのよ!? て言うか、あんた誰!?」

「九条一葉、それは重要なことなのかしら? 今は、どうやって生き残るかが、先決ではないの?」

「……良いだろう。 今回は、貴様を信じてやる」

「四季さん、本気……?」

「致し方なかろう、神代。 このままでは、全滅するのだ。 ならばわたしは、少しでも可能性がある方に賭ける」

「はぁ……仕方ないわね。 しょーがないから、あたしも乗ってやるわよ! その代わり、あんた! 嘘だったら承知しないからね!?」

「叫んでいる余裕があるなら、早く行きなさい。 時間稼ぎくらいはしてあげるわ」

「魔族が手助けしてくれるなんて……訳がわからないわね。 でも、時間がないわ。 行きましょう、四季さん、猪娘」


 そう言って足を踏み出した光凜に遅れないように、四季と一葉も続いた。

 3人ともかなり辛いはずだが、それを感じさせない力強さ。

 『肆言姫』のプライドを見たクオンだが、そのことにはリアクションを見せず、サチを安全な路地裏に運んだ。

 やはり苦しそうにしており、結界を破らない限り長くはもたないだろう。

 そのことを確認したクオンが、何かを吹っ切った面持ちで立ち上がると――


「どう言うつもりだ、クオン?」


 建物の上に佇んだラザロスから、鋭い声が飛んで来た。

 それを受けたクオンは溜息をつきつつ、真っ向から視線を交換して言い放つ。


「わからないわ」

「何だと?」

「自分で自分の行動が、わからないと言っているの」

「……気でも狂ったか? お前は仮にも、『十魔天』の一員なのだぞ?」

「そうね、自分でもおかしなことをしている自覚はあるわ。 けどね……案外気分は悪くないのよ」

「なるほど、良くわかった。 どうやら、首都を落とすよりも先に、貴様を処分する必要があるらしい。 言っておくが、ここまでのことをしたのだ。 今更、魔界に居場所があると思うなよ?」

「でしょうね。 でも、わたしも覚悟は出来ているわ。 こうなった以上、何が何でも貴方を食い止めてみせる」

「ふん。 抑制具を付けたお前に、何が出来る? そうでなくても、儂は『十魔天』の八で貴様は九。 格が違うのだ」

「そう思うなら、試してみれば良いでしょう? それとも、今のわたしに負けるのが、怖いのかしら?」

「……残念だ、クオン。 儂はこれでも、貴様を認めていたのだがな」


 ラザロスが呟いた瞬間、地面から100体もの人影が這い出て来た。

 剣と盾、鎧で武装した骸骨のような見た目で、言うならば死霊兵。

 感じる力はワーウルフなどとは比べ物にならないほど強く、その全てがクオンを狙っている。

 だが、ラザロスの真の恐ろしさは別にあることを、クオンは知っていた。

 それでも退くことはなく、徒手空拳のまま構える。

 彼女の様子を窺っていたラザロスは、嘲るように言い捨てた。


「やはり、武器を出すことも出来んか。 その状態で勝負になると、本気で思っているのか?」

「さぁ、どうでしょうね」

「まぁ、良い。 何にせよ、お前は終わりだ。 新たな『十魔天』は、儂が探しておこう。 ……やれ」


 ラザロスが指示を出すと同時に、死霊兵がクオンに殺到する。

 こうして『十魔天』同士の死闘が幕を開け、四季たちは首都を駆け回っていた。

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