第18話 任せます
あっと言う間に数日が過ぎ去り、この日がやって来ました。
そう、300体のワーウルフが襲来して来る日です。
太陽が徐々に沈み、夕方が迫って来ました。
学院長によればワーウルフは黒咲領を包囲する形で攻めて来る為、下手に領民を逃がすのは危険です。
そこでわたしたちが取った選択は、領民を中央の広場に集め、迎撃する戦法でした。
どちらにせよ危険はありますけど、守るべき対象が1箇所に集まっている方が、対処し易いと言う判断です。
当然ながら黒咲領の人々も言魂は持っていますが、戦闘に参加出来るほどの使い手はいません。
ワーウルフはわたしたちにとっては大した相手ではありませんけど、一般的には充分な脅威だからです。
それゆえに彼らは怯えている……と言うことはなく、むしろ希望に満ちた表情をしていました。
よほど、黒咲さんたちに対する信頼が厚いんでしょうね。
などと思っていましたが――
「夜宵ちゃん! 頑張ってくれよな!」
「応援してるよ! でも、無理はしないでね?」
「俺たちだって一応、言魂は持ってんだ。 最悪、自分の身は自分で守るぜ」
と、わたしに対する声援もありました。
えぇと……正直、予想外で返事出来ませんでしたね。
すると、困惑して固まっているわたしの傍に歩み寄った黒咲さんが、そっと耳打ちして来ました。
「短期間ではありますが、皆さん貴女の人となりを見て来ました。 その結果が、これです。 堂々と応えてあげて下さい」
黒咲さんの説明を、わたしはすぐには咀嚼出来ませんでしたが、やるべきことはわかりました。
軽く呼吸を整え、黒咲領の人々に向かって宣言します。
「有難うございます。 無理はしませんけど、精一杯頑張りますね」
なるべく柔らかい口調を心がけて告げると、大きな歓声が沸きました。
それを聞いたわたしはビクリと肩を震わせつつ、悪い気はしていません。
チラリと隣を見ると、黒咲さんが無表情ながら満足そうにしています。
ここ暫くで、だいぶ彼女の心の機微もわかるようになりました。
そのことに思わず苦笑していると、不知火さんと九重さん、千石さんが近付いて来ました。
「夢愛様、準備出来ましたぜ。 領民は全て、ここに集めました」
「あとは、ワーウルフをぶっ倒すだけです!」
「油断しないで、結衣。 何か裏があるかもしれないと、話していたでしょう?」
「わかってるよ、ひよりちゃん! それも含めて、ぶっ飛ばせば良いのよ!」
「相変わらずだな……。 まぁ、俺もそのつもりだけどよ」
巨大な戦斧を担いだ不知火さん。
鎖鎌をグルグルと回している九重さん。
優雅に鉄扇を構えている千石さん。
3人とも、どちらかと言えば癖のある武器ですけど、強いのは間違いないです。
頼もしく思ったわたしが微笑んでいる一方、黒咲さんは平坦な声で言い放ちました。
「では、持ち場に着いて下さい。 間もなく時間です」
「了解です。 行こうぜ、結衣、ひより」
「任せてよ!」
「久しぶりの大仕事ね」
黒咲さんの指示に従って、領民を守るように展開する不知火さんたち。
何の気負いもありませんね、流石は『参言衆』です。
感心しながら、わたしも持ち場に向かおうとしましたが、その直前に呼び止められました。
「無明さん、少し良いですか?」
「あ、はい。 何ですか?」
「わたしは今回の襲撃に、『十魔天』が関係していると考えています。 そしてその場合、わたしたちは窮地に立たされるかもしれません」
「それは……あり得ますね……」
「そこで、貴女にお願いがあります。 もし『十魔天』の居場所が判明したら、この場を放棄してわたしと一緒に攻めて欲しいのです」
「で、ですがそれでは、皆さんが……!」
「心配いりません。 その為に、不知火くんたちがいます。 彼らを頼りましょう」
「黒咲さん……」
「それとも無明さんは、彼らを信じられませんか?」
「そ、そんなことはありません」
「でしたら、決まりですね。 では、よろしくお願いします」
一方的に話を終わらせた黒咲さんは、スタスタと持ち場に歩み去りました。
うぅん、丸め込まれた気がしますけど……こうなったからには仕方ありませんね。
小さく嘆息したわたしは頭を切り替えて、『葬命』に手を掛けました。
それから瞳を閉じ、集中力を研ぎ澄ませます。
そのまま広場に静寂が満ち、遂にそのときが訪れました。
『グルルルル……』
低い唸り声を上げながら姿を見せたのは、大量の人型狼。
紛うことなきワーウルフですね。
高い身体能力と鋭い爪、牙が武器です。
広場を押し潰す勢いの、暴力的な数ですけど、わたしたちに恐れはありません。
睨み合いが続くかに見えましたが、すぐに戦端が切られました。
「始めましょう」
『グル……!?』
黒咲さんの綺麗な声が響くと同時に、周囲のワーウルフが地面に膝を突きました。
彼女の言魂、【夢幻泡影】による睡眠効果です。
広範囲かつ多数だった為、完全に眠らせることは出来なかったようですが、行動不能に陥らせていました。
そして、それで充分なんです。
「はッ……!」
一直線に踏み込んだわたしは、抜刀すると同時にワーウルフを逆袈裟に斬り捨てました。
塵となる魔物を見届けることなく、次の1体へと方向転換し、今度は大上段から斬り下ろします。
それとなく不知火さんたちの様子を窺うと、彼らも同じようにワーウルフたちを始末していました。
対する黒咲さんは1歩も動かず、睡眠による足止めに努めています。
黒咲さんの言魂も無敵ではなく、効果範囲に制限はありますが、ワーウルフは近距離攻撃しか持っていません。
つまり、嫌でも黒咲さんの射程内に、飛び込まざるを得ないのです。
結果としてわたしたちは、全く危なげなく戦う……いえ、掃討を続けられていて、このまま行けばあっさり終わりそうでしたが――
「な、何!?」
「これは……」
「ちょっとヤベェか……?」
九重さんが驚愕の声を上げ、千石さんが険しい顔で声を落とし、不知火さんの頬を一筋の汗が伝い落ちます。
心情的にはわたしも大差なく、警戒の度合いを高めました。
わたしたちの視界に映っているのは、体毛が黒から赤に変わり、目を血走らせているワーウルフの大群。
明らかに感じる強さが上がっており、黒咲さんの広範囲睡眠も効いていないようです。
領民たちからも困惑した空気が漂って来ましたが、黒咲さんだけは違いました。
「北東の森の中ですね」
「え……?」
「この事態を引き起こした張本人の居場所です、無明さん。 わたしは最初から、それを調べることに注力していました」
「……『十魔天』ですか?」
「絶対とは言い切れませんが、確率は高いでしょう。 と言うことで、行きますよ」
「で、ですが、この状況は想定外では……? 先に強化されたワーウルフを、片付けるべきだと思うんですけど……」
「そのようなことをしている間に、逃げられたらどうするのですか? 言ったでしょう、この場は不知火くんたちに任せると。 こうして話している時間すら、惜しいのですよ」
欠片も迷いのない黒咲さん。
こちらを真っ直ぐに見据えており、わたしに決断を求めています。
彼女の言っていることは、正しいと思いました。
ここで首謀者を逃してしまえば、また同じことが起こるかもしれませんし。
それでも、今のワーウルフたちを放っておくのは、抵抗があります。
葛藤したわたしは、どうするべきか迷いましたが――
「無明ちゃん、行って。 ここは、わたしたちだけで充分よ」
「……! 千石さん……」
「ほらほら、早く! のんびりし過ぎたら、ホントに逃げられちゃうよ?」
「結衣の言う通りだ。 こっちの心配はいらないから、そっちはよろしく頼むぜ」
「九重さん……不知火さん……。 わかりました、必ず役割を果たして来ます」
敢えて強く言い切ると、3人は笑みを見せてくれました。
それに対してわたしも微笑を返し、次いで真剣な面持ちで黒咲さんを見やります。
すると、軽く頷いた彼女は北東に駆け出し、わたしも全速力であとに続きました。
正直に言うと後ろ髪を引かれる思いはありましたが、今は信じるしかありません。
内心で不知火さんたちと領民の無事を祈ったわたしは、敵の居場所へと急行しました。
夜宵と夢愛が去った、黒咲領の広場。
取り囲むのは、かなり数を減らしたとは言え、まだまだ多くが残っているワーウルフたち。
領民を庇うようにして陣形を組んだ誠と結衣、ひよりの顔には決死の表情――ではなく、勝気な笑みが浮かんでいた。
獰猛さを増したワーウルフたちの唸り声が聞こえて来る中、3人は気圧されることもなく軽口を叩く。
「ホント、後輩ちゃんは心配性だよね。 この程度、余裕なのに」
「結衣、余裕は言い過ぎじゃねぇか? 少なくとも、全力は出さねぇと駄目だろ」
「まぁ、そうね。 でも逆に言えば、全力を出せば恐れるに足りないわ」
「そう言うこと! ひよりちゃんは、わかってるね! 誠も見習ったら?」
「うるせぇな。 俺だってわかってるっての。 てことで、行くぜ」
「本当に、誠は仕切りたがりね。 別に良いけど」
溜息をつきつつも、戦意は衰えていないひより。
それは誠と結衣も同様で、3人は同時に右手の人差し指と中指を伸ばし――言魂を発動した。
瞬間、広場全体を覆うような不可視の空間が展開されたが、これと言って変化は見られない――かに思われたが――
『グルァッ!』
『ガァッ!』
突如としてワーウルフたちが、同士討ちを始めた。
その様子を見ていた結衣は、ニヤリと笑っている。
彼女の言魂は、【天邪鬼】。
空間内に捕らえた相手を対象に、敵味方の認識を反転させる力を持つ。
1度に認識を書き換えられる対象は、最大で30体ほどだが、それでもかなり強力な能力だ。
とは言え、結衣だけでこれだけの大群を止めるのは不可能。
彼女の言魂から逃れた数体が、猛烈な勢いで領民たちへと襲い掛かる。
ところが、そこに割り込む者がいた。
「行かせねぇよ」
巨大な戦斧を振り被った誠が、一閃で3体ものワーウルフを吹き飛ばす。
強烈な一撃ではあるが、その反面で隙も大きい。
強化されたワーウルフは知性も上がっているらしく、そこを的確に突いて来た。
戦斧を振り切った体勢にある誠の胸に、ワーウルフが爪を突き刺す。
しかし――
「今、何かしたか?」
嘲笑を漏らした誠には、効果がなかった。
ハッタリでも強がりでもなく、本当に効いていない。
体に怪我を負っていないどころか、正装である武道袴すら無傷。
知性を持ったワーウルフは混乱したように足を止め、それを見逃すほど誠は甘くなかった。
すかさず振るった戦斧によって葬り、またしても撃破数を伸ばす。
彼の言魂は、【外連味】。
敵の攻撃を受けた瞬間に能力を使うことで、ダメージをなかったことにするのだ。
ただしタイミングはシビアで、使いこなすのはかなり難しい。
それでも誠に掛かれば、非常に強固な鎧や盾を持っているようなもの。
こうして結衣が多数の敵を引き受け、誠が順調に敵を仕留めて行ったが、完全に守り切ることは出来なかった。
2人の防衛戦線を潜り抜けて、5体ものワーウルフが領民の元へと辿り着く。
それを見た結衣と誠は慌てる――ことなく、薄く微笑んだ。
何故なら、彼らには信頼している仲間がいる。
「はい、やり直し」
パン、と。
ひよりが手を打ち鳴らした瞬間、5体のワーウルフが広場の入口まで戻された。
何が起こったのかわからないのか、困惑したように辺りを見渡している。
そんなワーウルフたちを見やったひよりは、鉄扇を広げて口元を隠し、クスクスと笑った。
「残念だけど、わたしがいる限りは何度やっても無駄よ。 まぁ、魔物ごときには、言ってもわからないでしょうけど」
などと言いながら、鉄扇で近くのワーウルフを斬り刻むひより。
彼女の言魂は、【御破算】。
手を叩くことで、対象を戦闘開始時点の状況まで巻き戻す能力だ。
対象の数は最大で10体で、味方には作用出来ないが、こちらも使い方によっては相当に厄介。
巻き戻すと言う能力の性質上、与えたダメージなどもなかったことになるが、それを踏まえても極めて有用だ。
記憶は引き継がれる為、時間稼ぎなどには最適だと言える。
このように黒咲陣営の『参言衆』は、天羽陣営に比べて搦め手が得意と言う特徴を持っていた。
どちらが強いかは別として、誠たちも特務組に相応しい実力の持ち主なのは、動かぬ事実だと言える。
その後も彼らは盤石の態勢を保ち、次々とワーウルフを殲滅して行った。
だが同時刻、首都に潜んだ敵も動き始めていた。




