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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第2章

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第17話 忘れるな

 黒咲領に来て、数日が経ちました。

 その間は、これと言って変わったことはなく、基本的には平穏に過ごせています。

 黒咲さんたちと訓練することもありますが、強くなる為と言うよりは実戦の感覚を鈍らせないようにするのが目的で、今は力を温存することを優先しています。

 ただし、わたし個人は別でした。

 今のままでは力が足りないと感じているので、少しでも強くなろうと藻掻いています。

 特に新技法を重点的に訓練しており、ようやく安定して使えるようになって来ました。

 もっとも、黒咲さんたちには内緒にしているんですけど。

 新技法ではあっても、元となっているのは【一筆魂書】なので、出来れば知られずに済ませたいのが本音です。

 とは言え相手が『十魔天』なら、そんな余裕はないでしょうね。

 早朝から仮住居で秘密裏に行っている、個人訓練を終わらせたわたしは、額に浮かんだ汗を拭って大きく息をつきました。

 この程度の消耗に抑えられているのも、訓練の成果です。

 新技法の要である筆を片付けたわたしは、黒咲さんが支給してくれた、補給栄養食を食べました。

 お世辞にも美味しいとは言えませんけど、毎日食べていると慣れて来るものですね。

 そして栄養価は満点なので、意外と……と言うと怒られるかもしれませんが、役立っています。

 通常時なら朝食を作るところですけど、緊急時には持って来いです。

 などと思いつつ準備をしたわたしは、仮住居を出て向かい側に位置する、黒咲さんの家に向かいました。


「お邪魔します」


 一応、中に声を掛けましたけど、これは形式的なものです。

 案の定と言いますか、返事はなく、苦笑したわたしは奥へと足を踏み入れました。

 そこにいたのは、初日から変わらない、業務に集中している黒咲さん。

 彼女の凄いところは、戦闘力が高いだけではなく、こうした事務仕事も完璧な点でしょう。

 邪魔しないように黙りつつ、感心したわたしは、書類の整理を始めました。

 いくら黒咲さんが優秀でも、作業と片付けを同時に行うのは難しいです。

 そこでわたしは、黒咲さんにサポートを申し出ました。

 当初こそ彼女は――


「必要ありません」


 などと突っ撥ねていましたが、わたしがしつこかったのもあり、今ではすっかり黙認してくれています。

 少しでも力になりたかったですし、あわよくば仲良くしたかったので、喜ばしい限りですね。

 まぁ……仕事中は一言も喋らないんですけど。

 これに関しては仕方ないと思っているので、文句はありません。

 そうして今日も、無言の時間が続いていましたが、突如として静寂が破られました。


「無明さん」

「え……? あ……は、はい」


 業務時間内に、黒咲さんから声を掛けられたことが意外過ぎて、返事が遅れてしまいました……。

 しかし彼女は気にした様子もなく、書類に視線を落として手を動かしたまま、淡々と問いを投げて来ました。


「今日の昼食は、何にしますか?」

「お昼ですか……? いえ、特に何も考えていませんけど……」

「効率良く行動する為には、1日の予定を組んでおくべきです。 それは、昼食であっても同様です。 減点ですね」

「う……すみません……」


 責めるでもなく冷静に告げられたわたしは、思わず呻いてしまいました。

 確かに、お昼になってから何を食べるか考えるよりも、最初からどうするか決めている方が、時間効率は良くなります。

 わたしが考えなしなのか、黒咲さんが細か過ぎるのか、微妙なところだと思いますけど……。

 何にせよ減点対象だったらしく、しょんぼりしてしまいました。

 ところが、彼女の言葉は終わっていません。


「仕方がないので、一緒に食べましょう。 お蕎麦で良いですか?」

「え……。 は、はい。 黒咲さんと一緒に食べられるの、楽しみです」

「……お昼にはまだ早いです。 今は仕事に集中して下さい」

「す、すみません」


 どことなく、恥ずかしそうな黒咲さん。

 冷たく叱られてしまいましたが、どうしても顔がにやけてしまいます。

 いつもはお昼休みになったら、すぐに黒咲さんはどこかに行ってしまっていたので、これは大きな前進ですね。

 内心でわたしは、満足した気分になっていましたが――


「あら……?」


 コンコン、と。

 玄関の扉が、ノックされるような音が鳴りました。

 黒咲さんに目で確認を取ったわたしは、ゆっくりと扉を開きました。

 ですが、そこには誰もいません。

 疑問に思ったわたしが小首を傾げていると、席を立った黒咲さんがわたしを追い抜いて外に出て、しゃがみ込みました。

 何をしているのかと覗き込みましたが、そこには白い鳥がいるだけです。

 ますます頭上の疑問符を増やしていると、黒咲さんは鳥に手を伸ばし、足に括り付けられていた紙を解きました。

 あ……あれって、連絡鳥だったんですね。

 遅ればせながら状況を察したわたしをよそに、黒咲さんは紙を広げて内容を読んで、微かに表情を硬くしています。

 どうしたんでしょう……?

 若干不安になったわたしが大人しく待っていると、黒咲さんが振り向いて口を開きました。


「学院長からの手紙です。 数日後、300体のワーウルフが攻めて来ると、【聡明叡智】で見えたそうです」

「300体のワーウルフ……。 かなりの数ですが、なんとかなる範囲ではありますね」

「……」

「黒咲さん……?」

「いえ、敵の狙いがわからないと思いまして。 わたしたちを仕留めたいのなら、戦力が足りません。 ですが、牽制にしては数が多過ぎます。 中途半端な選択が、不気味ではあります。 これに関しては学院長も、注意を促しています」

「言われてみれば……」

「だからと言って、こちらから出来ることは限られています。 不知火さんたちにも情報を共有し、領民に被害が出ないようにするくらいでしょう」

「そうですね。 では、わたしは不知火さんたちを呼んで来ます」

「頼みました。 わたしは領民を集めて、説明して来ます。 終わったら戻るので、家で待っていて下さい」

「はい。 黒咲さん、頑張りましょうね」

「気合いを入れるのは結構ですが、空回りしないように」

「き、気を付けます」


 釘を刺されたわたしは、急いで不知火さんたちの持ち場に向かいました。

 その際に背後を窺うと、黒咲さんも行動を開始しています。

 学院長を信じるなら、勝負は数日後。

 不可解な部分はありますが、なんとか切り抜けてみせましょう。

 そう誓ったわたしですが、想像を大きく超える事態が待っていました。











 夜宵たちがワーウルフの襲撃に備えていた頃、透真は放課後に街に繰り出していた。

 既に、弦蔵と歌奏から状況は聞いている。

 それを踏まえた上で彼は、静観することにした。

 夜宵のことは気になるが、信じると決めた以上は、それを貫き通す。

 もっとも、場合によっては前言撤回するつもりだが。

 それでも、夜宵と約束したことは出任せではない。

 何かあれば、首都や四季たちのことも、守るつもりではいる。

 ただし、甘やかすつもりもないが。


「多少の危機なら、自分たちで乗り越えるべきだろう」


 誰にも聞かれないように、呟く透真。

 完全に上から目線だが、これが彼の偽らざる本心。

 今後の戦いを考えれば、自分が常に手を出す訳には行かないと思っている。

 夜宵に対してもそうだが、彼は優しさと厳しさを併せ持つ人物なのだ。

 人知れず方針を固めた透真は、人混みを器用に縫って、目的地に辿り着いた。

 そこは、すっかりお得意様となった、玖乃の団子屋。

 店先で掃除している玖乃を透真が見やっていると、それに気付いた彼女が笑顔で声を上げた。


「あ、一色さん! 今日も買いに来てくれたんですか?」

「あぁ。 今日は桜餅を頼む」

「有難うございます! 少々お待ち下さい!」


 嬉しそうに破顔した玖乃は、すぐに店内に入って行った。

 それを見送った透真は長椅子に座り、人波を眺める。

 ヒノモトは今も魔物や魔族の脅威に曝されているが、ここは平和そのもの。

 願わくば、それがずっと続いて欲しいと思った透真だが、遠くないうちに再び首都は戦場になると予想していた。

 やむを得ないことであり、彼の思考としては、優先順位を付けて守れば良いと考えている。

 だが――


「……あいつがいれば、全員助けようとするんだろうな」


 夜宵のことが脳裏を過った。

 はっきり言って、理想論と言わざるを得ない。

 いつでも、相手が誰でも、全ての人間を守るなど傲慢とすら言える。

 だとしても、夜宵はそれを望むはずだ。

 確信を持った透真は溜息をついて、再び通りを行き交う大勢の人々を見やる。

 何を考えているのかわからない無表情だが、瞳に強い光が宿っているように感じた。

 そうして透真が沈黙したまましばしして、玖乃が桜餅とお茶を盆に載せて帰って来た。


「お待たせしました! どうぞ、召し上がって下さい!」

「頂こう」


 玖乃から盆を受け取った透真は、早速とばかりに桜餅を食べ始めた。

 そんな彼を玖乃は笑顔で見つめていたが、前置きなく口を開く。


「一色さんって、一文字なのに凄く強いんですよね? 何か秘密でもあるんですか?」


 玖乃の口調に違和感はなく、純粋に聞いているだけのように見える。

 しかし、そこには『十魔天』クオンとして思惑があり、透真の強さの正体を探ろうとしていた。

 当然と言うべきか、彼はそのことに気付いていたが、素知らぬふりをして言い放つ。


「適度な運動とバランスの良い食事だ」

「……絶対、嘘ですよね?」

「嘘じゃない。 どちらも、必要不可欠なものだ」

「でも、本質的には違いますよね?」

「否定はしない」

「つまり、答える気はないと?」

「そうだな」

「わかりました。 踏み込んだことを聞いて、すみませんでした」

「気にしなくて良い」


 悪びれなく言う透真に対して、玖乃は笑顔を保ったままだ。

 ただし透真は、彼女が微かに苛立っていることを知っている。

 それでも無視を決め込んだ彼は、桜餅を完食してお茶を飲んでから、玖乃に問い掛けた。


「俺からも聞いて良いか?」

「はい? 何でしょうか?」

「お前は首都に来て間もないようだが、ここの暮らしはどうだ?」

「どうと言われましても……。 賑やかなところだとは思っていますよ」

「ずっと住みたいと思うか?」

「……どうして、そんなことを聞くんですか?」

「深い意味はない。 単純な興味だ」


 微塵も動じない透真の物言いを受けて、玖乃は口ごもった。

 辛うじて笑顔を維持しており、端から見れば気付かれないだろうが、実のところ動揺している。

 だが、透真は敢えて指摘することなく、答えを待った。

 すると玖乃は小さく息を吐き出して、行き交う人々に視線を向けながら言葉を紡ぐ。


「そうですね。 出来ることなら、ずっとここにいたいかもしれません」

「その言い方だと、いずれいなくなるように聞こえるぞ?」

「あはは。 だって、わたしは首都に移住して来たんですよ? また別の場所に移る可能性だって、充分あると思いませんか?」

「なるほど。 確かに、それはそうだ」


 透真の言葉を最後に、2人の間に静寂が落ちた。

 相変わらず笑顔だが、玖乃は自分の発言に内心で戸惑っている。

 『十魔天』である自分が、ずっと首都で暮らしたいなど、世迷い事としか思えない。

 そう思う反面で、彼女は何故かその気持ちを完全に否定することが出来なかった。

 自分の感情を持て余した玖乃が、どうしたものか悩んでいると――


「玖乃お姉ちゃん、こんにちは!」


 いつの間にか、彼女の正面に小さな女の子が立っていた。

 夜宵と透真が、初めて団子屋を訪れた日にも来ていた少女である。

 少女の存在に気付いた玖乃はハッとしたものの、すぐに笑顔で応対した。


「いらっしゃいませ、サチさん! 今日も三色団子ですか?」

「うん! ここの三色団子、すっごく美味しいから!」

「ふふ、有難うございます。 少々お待ち下さい!」


 少女から注文を受けた玖乃は、上機嫌に店に戻った。

 このとき、透真と離れられたことに、安堵もしていた。

 三色団子を用意しながら嘆息した玖乃は、即座に笑顔を取り戻してサチの元へ運ぶ。

 受け取ったサチは満面の笑みで、お礼を言った。


「有難う、玖乃お姉ちゃん!」

「いえいえ、こちらこそですよ! どうぞ、召し上がって下さい!」

「はーい! 頂きまーす!」


 透真の隣に腰掛けた少女が、幸せ絶頂と言った様子で団子を頬張った。

 そんな彼女を玖乃は、微笑ましく眺め――


「今後どうするとしても、この子の笑顔はお前が引き出したものだ。 それを忘れるな」

「……ッ!」


 玖乃だけに聞こえるように囁いた透真が、代金を置いて立ち去った。

 彼の言葉に驚いた玖乃は目を見開き、その背中を見つめる。

 そうして心を乱された玖乃をよそに、運命の日がやって来るのだった。

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