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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第2章

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第16話 思惑

 夜宵が夢愛と別れた頃。

 ヴィジルの隠れ家である、洞窟内。

 この日も彼は高級ソファーに体を沈めて、ゆったりとしていた。

 そしてもう1人、ラザロスの姿もある。

 彼は相変わらず暗い場所が好きなのか、明かりが届かない場所を選んでいた。

 しかし2人の目付きは鋭く、正面の壁に取り付けられた巨大な鏡を見つめている。

 そこに映っているのは、仮住居に帰る途中の夜宵。

 暫くは、彼女の様子を黙って窺っていたヴィジルだが、ニヤリと笑って声を発した。


「いやぁ、まさか『核』の方から来てくれるとはね。 ツキはこっちにあるようだ」

「まだ『核』と決まった訳ではない。 あくまでも候補だ」

「わかっているさ、ラザロスくん。 でも、ラッキーなのは間違いないだろう?」

「まぁな。 だが、黒咲陣営と合流されたのは、面倒かもしれん」

「大丈夫だって。 【夢幻泡影】は僕と相性が悪いし、『参言衆』はどうとでもなる。 油断さえしなければ、負けることはないよ」

「だと良いがな……」

「心配性だね。 ところで、そっちの準備はどうなの?」

「抜かりない。 魔王様の杭も打ち込んだ。 結界に気付かれた様子もないし、あとは決行するタイミングだけだ」


 ラザロスが呟くと同時に映像が切り替わり、首都の街並みが表示された。

 映っているのは酔っ払った男性で、足取りが覚束ない。

 それを確認したラザロスの杖が一瞬だけ光ると、鏡の中の男性がふらついた。

 すぐに立ち直った男性は不思議そうにしていたが、ヴィジルはほくそ笑みながら口を開く。


「流石だね。 こっちの準備にはもう少し時間が掛かりそうだから、待っててもらえるかな?」

「了解した。 細心の注意を払うぞ」


 確認するべきことを終えたラザロスは、持ち場である首都に戻ろうとした。

 だが、そこにヴィジルが待ったを掛ける。


「そう言えば、クオンちゃんはどうしてる? 元気かな?」

「元気かどうかで言えば、元気かもしれん。 ただ、少々気になることがある」

「気になること?」

「あいつの役割は、無明夜宵が『核』かどうかを確認することだった。 ところが、その張本人が首都に現れなくなってからも、頑なに潜入を続行している。 不自然だとは思わんか?」

「言われてみれば、そうだね。 でも、無明夜宵がどこに行ったか分からなかったから、念の為に残ってただけかもしれないよ?」

「あり得んとは言わんが……。 とにかく、儂は儂で計画を進める。 クオンが何を考えているかは知らんが、捨て置かせてもらおう」

「オッケー、頼んだよ。 じゃあ、僕は準備を続けるね」

「うむ。 しくじるなよ」

「はは、そっちこそ」


 その言葉を最後に、今度こそラザロスは洞窟を去った。

 それを確認したヴィジルは小さく息をつき、鏡に映った夜宵に言葉を投げ掛ける。


「さて、キミは本当に『核』なのかな? そうだとすれば、僕らの目的に一気に近付く。 その為にも、このチャンスは是非とも活かさないとね」


 ソファーから立ち上がったヴィジルは、颯爽と洞窟の出口に向かう。

 その顔には爽やかな笑みが張り付いているが、目は全く笑っていない。

 こうして魔族たちの計画は進み、夜宵たちに牙をむこうとしていた。











 同時刻の言魂学院。

 学院長室で業務に当たっていた弦蔵と、補助を務める歌奏。

 2人の間に会話はなく、黙々と手を動かし続けていたが――


「……! ……歌奏、来たぞ」

「……詳細をお願いします」


 短いやり取りとともに、緊張が走る。

 そのことに気付きつつ、弦蔵は敢えていつも通りを装って告げた。


「【聡明叡智】で見えたのは、300体のワーウルフ。 場所は、黒咲領だ。 日時は、1週間後の夕方だな」

「黒咲領……。 狙いは無明さんでしょうか? いえ、黒咲さんの可能性もありますね。 何なら、両方かもしれません」

「それに関しては不明だ。 【聡明叡智】でわかるのは、何がどこに現れるかだからな。 いずれにせよ、夜宵たちには注意を促す必要がある」

「そうですね。 すぐに連絡鳥を手配します」

「任せた。 それから、透真とも話さなければならない。 あいつに言われて桜葉玖乃を放置しているが、流石に対策が必要だろう」

「はい。 今から呼び出しますか?」

「いや、明日で良い。 まだ猶予はあるからな。 連絡鳥だけは、すぐに頼む」

「かしこまりました。 ですが、相手がワーウルフなら、心配いらなさそうですね。 黒咲陣営だけでも対処出来そうですし、無明さんがいるなら猶更です」


 歌奏の見解は、的外れではない。

 ワーウルフはそれなりに強力な魔物ではあるが、『肆言姫』や『参言衆』の敵ではないからだ。

 300体と数は多いものの、始まる前から勝敗は決まっている。

 しかし、弦蔵の考えは違った。


「……そうとは言い切れん」

「え?」

「向こうも、夜宵が黒咲領に入ったことは知っているはず。 そのタイミングで、このような中途半端な戦力を用意する意味がわからん。 もしかしたら、何か裏があるのかもしれない」

「なるほど……。 では、その旨も手紙に書いておきます」

「そうしてくれ。 儂の考え過ぎなら、それが1番良いんだがな」


 などと言いつつ、顎髭を撫でる弦蔵。

 険しい面持ちになっており、自身の希望が叶わないだろうと予測している。

 歌奏も神妙な顔付きで、一礼してから学院長室を出て行った。

 1人になった弦蔵は背もたれに体を預け、大きく息を吐きだした。











 玖乃ことクオンが住んでいるのは、団子屋の2階だ。

 この物件は元々空き家だったのだが、クオンが潜入に適していると判断し、購入した経緯がある。

 カモフラージュとして団子屋を選んだことに、深い理由はない。

 敢えて言うなら――


「あのお方も、団子がお好きだったわね……」


 寝間着姿で布団に横になったクオンが、天井を見ながらポツリと呟いた。

 彼女の言う、あのお方。

 それが誰かは判然としないが、クオンにとって特別な存在であることは、想像に難くない。

 寂しそうな顔で沈黙したクオンだが、小さく頭を振って思考を切り替える。

 そのときには既に、『十魔天』としての凛々しい表情になっていた。


「無明夜宵が首都にいないことは、ほぼ間違いないでしょう。 いったい、いつの間に脱出したのかわからないけれど……それは考えても仕方ないわね。 問題は、これからのことよ。 普通に考えれば、撤退するべきね。 でも……」


 そこで言葉を切ったクオンは、何やら複雑そうな顔付きで黙り込んだ。

 今、彼女の頭に浮かんでいるのは――透真。

 頻繁に接触して来る癖に、特に手出しする素振りはない。

 クオンは正体がバレた可能性も考えているが、それにしては透真に敵意がなさ過ぎた。

 結果として彼の扱いに迷っているのだが、それだけではない。


「強いのは確かだけれど……底が見えないわ。 一文字にもかかわらず、どれほどの力を持っていると言うの? 無明夜宵はいなくなったけれど、彼の観察は続けるべきね」


 これが、クオンの結論だった。

 当初の目的である夜宵は見失ったが、透真を放っておくことは出来ない。

 答えを出したことで満足したのか、ややすっきりした様子のクオン。

 瞳を閉じた彼女は間もなくして意識を手放し、徐々に様々な思惑が交じり合おうとしていた。

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