第15話 わたしたち
夕日が落ちて夜になり、わたしは仮住居に戻る――かと思いきや、黒咲さんの家にお邪魔する流れになりました。
彼女曰く「軽い歓迎会くらいしますよ」とのことで、正直なところ意外でしたが、とても嬉しいです。
そうして上機嫌に家に入ると、不知火さんと九重さん、千石さんの姿がありました。
どうやら、皆さんもご一緒してくれるらしいですね。
ますます喜んだわたしですが、何やら不知火さんたちの顔が曇っています。
何かあったんでしょうか?
疑問に思ったわたしが内心で首を捻っていると、黒咲さんが平坦な声で告げました。
「食事の準備をするので、座っていて下さい」
「あ、はい。 有難うございます」
促されたわたしはテーブルに着き、黒咲さんは奥の部屋へと入って行きました。
すると、それまで微動だにしなかった不知火さんたちも椅子に腰掛け、尚も沈黙を保っています。
うぅん、どうしたんでしょうね?
不思議に思ったわたしですが、ひとまず様子を見ることにしました。
時計の秒針の音だけが室内に響き、暫くして黒咲さんが帰って来ました――が――
「お待たせしました」
「あの……黒咲さん、それは何ですか……?」
「黒咲家が開発した、補給栄養食です。 1本で充分な栄養が摂れる、優れものです。 安価で大量生産も可能なので、全国展開も視野に入れています」
無表情ながら、どことなく誇らしげな黒咲さん。
その手に持った皿には、4本の灰色の固形物が載っています。
失礼を承知で言うなら……美味しくなさそうです。
不知火さんたちの表情も、より一層沈んでおり、わたしの推測が正しいと証明しているようでした。
とは言え、折角の厚意を無下には出来ません。
半ば無理やり笑みを浮かべたわたしは、敢えて明るい口調で言いました。
「それは凄いですね。 早速、頂いても良いですか?」
「はい。 どうぞ」
テーブルに皿を置いた黒咲さんが、ズイッと勧めて来ました。
対するわたしは恐る恐る固形物を手に取り、意を決して口に放り込みます。
そんなわたしを不知火さんたちは、気の毒そうに見つめていました。
……率直に言うと、食べられないことはないです。
栄養面のことを考えると、確かに優れものと言えるかもしれません。
ただ……無味無臭なんですよね。
極端に美味しくない訳じゃないんですけど、これを食事として食べたいかと聞かれれば、わたしは断じて否と答えます。
だからと言って、文句を言うのも筋違いに感じました。
不知火さんたちも似たような気持ちなのか、何かを諦めたように無言で固形物を頬張っています。
一方の黒咲さんは、非常に満足しているような気がしました。
表情に変化はありませんけど。
こうして、わたしの歓迎会は数分で終わってしまいました。
いえ、開いてくれただけでも、感謝しなければなりませんね。
わたしが自分に言い聞かせていると、黒咲さんがマイペースに話し出しました。
「では、定例会議を始めます。 まずは、現状の確認からにしましょう」
瞬間、空気が張り詰めました。
それまでの様子もどこへやら、不知火さんたちも集中しています。
これは、置いて行かれる訳には行きませんね。
内心で気を引き締めていると、黒咲さんはすぐさま議論を始めました。
「不知火くん、不眠結界の解析状況はどうなっていますか?」
「特に進捗はないですね。 わかってるのは、効果も範囲も強度も変わらずってことくらいです」
黒咲さんの問いに、不知火さんは肩を竦めて答えました。
彼らからすれば予定調和かもしれませんけど、新参者のわたしにとっては大事な情報です。
もしかしたら黒咲さんは、そのつもりで話してくれているのかもしれません。
真意は不確かですが、今は黙って成り行きを見守りましょう。
そう決めたわたしの前で、何やら思案していた黒咲さんが、次の題材を振りました。
「では、九重さん。 この結界を破るには、どうすれば良いと思いますか?」
「うーん。 やっぱり、本体を叩くしかないんじゃないですか? 結界の基点とかがわかれば別ですけど、今のところ不明ですし」
鼻の頭をポリポリと掻きながら、意見を述べた九重さん。
これについては、わたしも同意見ですね。
学院長から概要を聞いたときから思っていましたが、現地の情報を得て、更にその思いが強くなりました。
黒咲さんも同じ意見らしく、小さく頷いていますけど、懸念点もあるようです。
「その場合、魔族と直接対決になる訳ですが、これだけの結界を長期間維持出来ている時点で、並の相手ではありません。 千石さんは、どう思いますか?」
「わたしも、夢愛様と同じ考えです。 恐らくは過去最強の相手……それこそ、学院から報告があった、『十魔天』の可能性も充分にあるかと」
そう言った千石さんは、わたしをチラリと見ました。
どうやら、ガイゼルを倒したことを知られているようですが、だからわたしに頼ろう……と言った素振りは見られません。
むしろ、どちらかと言うと少し懐疑的なのか、まだわたしの実力を信じ切れていない感じがします。
無理もないですね。
実際、【一筆魂書】を使わなかったら、確実に負けていたでしょうし。
付け加えるなら、一色くんの情報だと『十魔天』の強さは横並びではないので、今回の敵はガイゼルを超える難敵かもしれません。
そのことを思えば、いくら警戒してもし過ぎと言うことはないでしょう。
などと思考を回転させていると、黒咲さんはいつもの冷静な声で宣言しました。
「もし敵が『十魔天』だとしても、わたしがなんとかします。 少なくとも結界には対抗出来ていますし、勝ち目はあるでしょう」
黒咲さんの態度や言い様には、一切の違和感もありません。
ですが、きっと強い決意を持っているのだと、直感的に察しました。
流石は『肆言姫』です……と言いたいところですが、訂正しなければなりませんね。
「違いますよ、黒咲さん」
「違う?」
「わたしではなく、わたしたち……です。 『十魔天』が相手だからこそ、皆で協力しましょう。 1人で戦おうとしないで下さい。 その為に、わたしは来たんですから」
「そうですよ、夢愛様! あたしたちのことも、忘れないで下さいね! 絶対、役に立ってみせますよ!」
「だな、結衣。 夢愛様、『十魔天』に勝てるかって聞かれたら自信ねぇですけど、何も出来ねぇってこともないと思いますよ」
「誠はいつも、はっきりしないわね。 ……でも、言ってることはわかるわ。 夢愛様、わたしも自分の仕事を果たしてみせます」
黒咲さんの目を真っ直ぐ見つめて、想いを伝えるわたし。
満面の笑みで、テーブルに身を乗り出した九重さん。
腕を組んで苦笑をもらした、不知火さん。
胸に手を当てて、優しく微笑んだ千石さん。
4人の言葉を受けても、黒咲さんの顔に変化はありませんでしたが、一瞬だけ瞳が揺れたように見えました。
そうして少しの間が開き、やがて黒咲さんがポツリと呟きました。
「有難うございます」
極めて端的ではありますけど、確かな感謝。
ほんの僅かな照れを感じて、思わず苦笑してしまいました。
しかし、それを長々と引き摺る黒咲さんではなく、前置きなく立ち上がって言い放ちました。
「そろそろ時間です。 不知火さんたちは、就寝準備に取り掛かって下さい。 無明さんは、付いて来て下さい」
一方的に告げて、家を出て行く黒咲さん。
ち、ちょっと待って下さい。
慌てたわたしは腰を上げ、不知火さんたちに頭を下げてから、急いで黒咲さんを追い掛けました。
なんとかすぐに見付かったので、1歩後ろを付いて行きます。
その間、会話はありませんでしたけど、案外空気は悪くなかったです。
静かな街に一定のペースで足音が響き、ようやくして黒咲さんが止まったのは、領の中心に位置する公園。
ここで何をするのかと疑問に思っていると、わたしの思考を読んだかのように、黒咲さんが口を開きました。
「今から、皆さんを寝かし付けます。 明日以降は貴女も同じタイミングで寝てもらいますが、今日は初日と言うことで、実際に見てもらうことにします」
「あ、わかりました。 どうやって不眠結界に対抗しているのか気になっていたので、助かります」
「そうですか。 ……そろそろ時間ですね。 始めます」
懐から取り出した懐中時計で時間を確認した黒咲さんは、ゆっくりと瞳を閉じました。
そして、凄まじい速度で宙に指を走らせました。
隠匿発動ではない、通常の言魂。
書かれた文字は――【夢幻泡影】。
最後の『肆言姫』の言魂を目にしたわたしは、緊張に身を固くしましたが――
「――」
耳に、透き通るような声が届きました。
あらゆる不安から解放されるような、優しくて、温かくて、全てを包み込むような声。
それが子守歌だと認識するまでに、少しばかり時間が掛かってしまいました。
強張っていた体から余計な力が抜けて、心地良さのあまり自然と笑みがこぼれます。
その時間は短かったですけど、素晴らしい体験でした。
歌い終わった黒咲さんは1つ息をついて、こちらに振り向きました。
あの歌声の持ち主だとは思えないほど、冷淡な眼差しでしたが、これも彼女の持ち味なんでしょうね。
わたしが胸の内で苦笑していると、黒咲さんは事務的な口調で説明してくれました。
「これで全員、眠りに就いたはずです。 眠らせる条件はいくつかありますが、これだけ広範囲かつ大人数に有効なのは、皆さんが自ら受け入れる態勢にあるからです。 また、歌を媒介にしていることも作用しています。 貴女に効果が及ばなかったのは、わたしが意図的に対象から外したからです。 説明は以上ですが、質問はありますか?」
スムーズにツラツラと語られた黒咲さんの言葉に、わたしはすぐに返事出来ませんでした。
対象を眠らせる能力。
黒咲さんの口ぶりだと、戦闘用として使うにはいろいろ制限がありそうですが、強力な言魂なのは間違いないでしょう。
それに、たぶんですけど、別の能力もありそうですね。
一葉ちゃんの【一騎当千】や光凜さんの【電光石火】は、どちらかと言うと一芸に秀でているタイプですが、黒咲さんの【夢幻泡影】は天羽さんの【花鳥風月】に近い印象でした。
能力の詳細を聞きたいところですけど……その前に、確認したいことがあります。
「1つだけ、良いですか?」
「どうぞ」
「領の人たちを眠らせる方法はわかりましたけど、黒咲さん自身はどうするんですか? 自分で自分に子守歌を歌うのは、難しいですよね?」
「心配しなくても、その必要はないです。 【夢幻泡影】の対象を自分にして、効果を発動するだけで寝られるので。 ちなみに、睡眠時間の設定も可能です」
「なるほどです。 それを聞いて、安心しました」
「貴女はつくづく、自分より人の心配をするのですね。 その甘さが、命取りにならなければ良いですが。 戦力が減ると困りますし」
「えぇと……き、気を付けます」
「では、貴女も就寝準備をして下さい。 15分後に眠らせるので、それまでに寝床に就くように」
「え……!? も、もう少し、お話したいんですけど……」
「残り14分50秒」
「うぅ……。 わかりました……」
冷たく突っ撥ねられたわたしは、トボトボと歩み去りました。
出来れば仲良くしたいんですけど、すぐには無理かもですね……。
そう思っていたのですが――
「暫くは毎日顔を合わせるのですから、話す機会はいくらでもあると思います」
背後から聞こえた声に、反射的に振り返りました。
黒咲さんはこちらを見てすらいませんが、聞き間違いじゃありません。
何度目かの苦笑を漏らしたわたしは、言いそびれていた挨拶をしました。
「そうですね、楽しみにしています。 お休みなさい」
「お休みなさい」
相変わらず、目を向けようともしない黒咲さん。
ですが、決して嫌な感じはしないです。
少しずつ距離を縮めようと誓ったわたしは、軽い足取りで仮住居に向かいました。
こうして黒咲領での任務が始まったのですが、わたしは知りませんでした。
自分が既に、標的となっていることを。




