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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第2章

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第15話 わたしたち

 夕日が落ちて夜になり、わたしは仮住居に戻る――かと思いきや、黒咲さんの家にお邪魔する流れになりました。

 彼女曰く「軽い歓迎会くらいしますよ」とのことで、正直なところ意外でしたが、とても嬉しいです。

 そうして上機嫌に家に入ると、不知火さんと九重さん、千石さんの姿がありました。

 どうやら、皆さんもご一緒してくれるらしいですね。

 ますます喜んだわたしですが、何やら不知火さんたちの顔が曇っています。

 何かあったんでしょうか?

 疑問に思ったわたしが内心で首を捻っていると、黒咲さんが平坦な声で告げました。


「食事の準備をするので、座っていて下さい」

「あ、はい。 有難うございます」


 促されたわたしはテーブルに着き、黒咲さんは奥の部屋へと入って行きました。

 すると、それまで微動だにしなかった不知火さんたちも椅子に腰掛け、尚も沈黙を保っています。

 うぅん、どうしたんでしょうね?

 不思議に思ったわたしですが、ひとまず様子を見ることにしました。

 時計の秒針の音だけが室内に響き、暫くして黒咲さんが帰って来ました――が――


「お待たせしました」

「あの……黒咲さん、それは何ですか……?」

「黒咲家が開発した、補給栄養食です。 1本で充分な栄養が摂れる、優れものです。 安価で大量生産も可能なので、全国展開も視野に入れています」


 無表情ながら、どことなく誇らしげな黒咲さん。

 その手に持った皿には、4本の灰色の固形物が載っています。

 失礼を承知で言うなら……美味しくなさそうです。

 不知火さんたちの表情も、より一層沈んでおり、わたしの推測が正しいと証明しているようでした。

 とは言え、折角の厚意を無下には出来ません。

 半ば無理やり笑みを浮かべたわたしは、敢えて明るい口調で言いました。


「それは凄いですね。 早速、頂いても良いですか?」

「はい。 どうぞ」


 テーブルに皿を置いた黒咲さんが、ズイッと勧めて来ました。

 対するわたしは恐る恐る固形物を手に取り、意を決して口に放り込みます。

 そんなわたしを不知火さんたちは、気の毒そうに見つめていました。

 ……率直に言うと、食べられないことはないです。

 栄養面のことを考えると、確かに優れものと言えるかもしれません。

 ただ……無味無臭なんですよね。

 極端に美味しくない訳じゃないんですけど、これを食事として食べたいかと聞かれれば、わたしは断じて否と答えます。

 だからと言って、文句を言うのも筋違いに感じました。

 不知火さんたちも似たような気持ちなのか、何かを諦めたように無言で固形物を頬張っています。

 一方の黒咲さんは、非常に満足しているような気がしました。

 表情に変化はありませんけど。

 こうして、わたしの歓迎会は数分で終わってしまいました。

 いえ、開いてくれただけでも、感謝しなければなりませんね。

 わたしが自分に言い聞かせていると、黒咲さんがマイペースに話し出しました。


「では、定例会議を始めます。 まずは、現状の確認からにしましょう」


 瞬間、空気が張り詰めました。

 それまでの様子もどこへやら、不知火さんたちも集中しています。

 これは、置いて行かれる訳には行きませんね。

 内心で気を引き締めていると、黒咲さんはすぐさま議論を始めました。


「不知火くん、不眠結界の解析状況はどうなっていますか?」

「特に進捗はないですね。 わかってるのは、効果も範囲も強度も変わらずってことくらいです」


 黒咲さんの問いに、不知火さんは肩を竦めて答えました。

 彼らからすれば予定調和かもしれませんけど、新参者のわたしにとっては大事な情報です。

 もしかしたら黒咲さんは、そのつもりで話してくれているのかもしれません。

 真意は不確かですが、今は黙って成り行きを見守りましょう。

 そう決めたわたしの前で、何やら思案していた黒咲さんが、次の題材を振りました。


「では、九重さん。 この結界を破るには、どうすれば良いと思いますか?」

「うーん。 やっぱり、本体を叩くしかないんじゃないですか? 結界の基点とかがわかれば別ですけど、今のところ不明ですし」


 鼻の頭をポリポリと掻きながら、意見を述べた九重さん。

 これについては、わたしも同意見ですね。

 学院長から概要を聞いたときから思っていましたが、現地の情報を得て、更にその思いが強くなりました。

 黒咲さんも同じ意見らしく、小さく頷いていますけど、懸念点もあるようです。


「その場合、魔族と直接対決になる訳ですが、これだけの結界を長期間維持出来ている時点で、並の相手ではありません。 千石さんは、どう思いますか?」

「わたしも、夢愛様と同じ考えです。 恐らくは過去最強の相手……それこそ、学院から報告があった、『十魔天』の可能性も充分にあるかと」


 そう言った千石さんは、わたしをチラリと見ました。

 どうやら、ガイゼルを倒したことを知られているようですが、だからわたしに頼ろう……と言った素振りは見られません。

 むしろ、どちらかと言うと少し懐疑的なのか、まだわたしの実力を信じ切れていない感じがします。

 無理もないですね。

 実際、【一筆魂書】を使わなかったら、確実に負けていたでしょうし。

 付け加えるなら、一色くんの情報だと『十魔天』の強さは横並びではないので、今回の敵はガイゼルを超える難敵かもしれません。

 そのことを思えば、いくら警戒してもし過ぎと言うことはないでしょう。

 などと思考を回転させていると、黒咲さんはいつもの冷静な声で宣言しました。


「もし敵が『十魔天』だとしても、わたしがなんとかします。 少なくとも結界には対抗出来ていますし、勝ち目はあるでしょう」


 黒咲さんの態度や言い様には、一切の違和感もありません。

 ですが、きっと強い決意を持っているのだと、直感的に察しました。

 流石は『肆言姫』です……と言いたいところですが、訂正しなければなりませんね。


「違いますよ、黒咲さん」

「違う?」

「わたしではなく、わたしたち……です。 『十魔天』が相手だからこそ、皆で協力しましょう。 1人で戦おうとしないで下さい。 その為に、わたしは来たんですから」

「そうですよ、夢愛様! あたしたちのことも、忘れないで下さいね! 絶対、役に立ってみせますよ!」

「だな、結衣。 夢愛様、『十魔天』に勝てるかって聞かれたら自信ねぇですけど、何も出来ねぇってこともないと思いますよ」

「誠はいつも、はっきりしないわね。 ……でも、言ってることはわかるわ。 夢愛様、わたしも自分の仕事を果たしてみせます」


 黒咲さんの目を真っ直ぐ見つめて、想いを伝えるわたし。

 満面の笑みで、テーブルに身を乗り出した九重さん。

 腕を組んで苦笑をもらした、不知火さん。

 胸に手を当てて、優しく微笑んだ千石さん。

 4人の言葉を受けても、黒咲さんの顔に変化はありませんでしたが、一瞬だけ瞳が揺れたように見えました。

 そうして少しの間が開き、やがて黒咲さんがポツリと呟きました。


「有難うございます」


 極めて端的ではありますけど、確かな感謝。

 ほんの僅かな照れを感じて、思わず苦笑してしまいました。

 しかし、それを長々と引き摺る黒咲さんではなく、前置きなく立ち上がって言い放ちました。


「そろそろ時間です。 不知火さんたちは、就寝準備に取り掛かって下さい。 無明さんは、付いて来て下さい」


 一方的に告げて、家を出て行く黒咲さん。

 ち、ちょっと待って下さい。

 慌てたわたしは腰を上げ、不知火さんたちに頭を下げてから、急いで黒咲さんを追い掛けました。

 なんとかすぐに見付かったので、1歩後ろを付いて行きます。

 その間、会話はありませんでしたけど、案外空気は悪くなかったです。

 静かな街に一定のペースで足音が響き、ようやくして黒咲さんが止まったのは、領の中心に位置する公園。

 ここで何をするのかと疑問に思っていると、わたしの思考を読んだかのように、黒咲さんが口を開きました。


「今から、皆さんを寝かし付けます。 明日以降は貴女も同じタイミングで寝てもらいますが、今日は初日と言うことで、実際に見てもらうことにします」

「あ、わかりました。 どうやって不眠結界に対抗しているのか気になっていたので、助かります」

「そうですか。 ……そろそろ時間ですね。 始めます」


 懐から取り出した懐中時計で時間を確認した黒咲さんは、ゆっくりと瞳を閉じました。

 そして、凄まじい速度で宙に指を走らせました。

 隠匿発動ではない、通常の言魂。

 書かれた文字は――【夢幻泡影】。

 最後の『肆言姫』の言魂を目にしたわたしは、緊張に身を固くしましたが――


「――」


 耳に、透き通るような声が届きました。

 あらゆる不安から解放されるような、優しくて、温かくて、全てを包み込むような声。

 それが子守歌だと認識するまでに、少しばかり時間が掛かってしまいました。

 強張っていた体から余計な力が抜けて、心地良さのあまり自然と笑みがこぼれます。

 その時間は短かったですけど、素晴らしい体験でした。

 歌い終わった黒咲さんは1つ息をついて、こちらに振り向きました。

 あの歌声の持ち主だとは思えないほど、冷淡な眼差しでしたが、これも彼女の持ち味なんでしょうね。

 わたしが胸の内で苦笑していると、黒咲さんは事務的な口調で説明してくれました。


「これで全員、眠りに就いたはずです。 眠らせる条件はいくつかありますが、これだけ広範囲かつ大人数に有効なのは、皆さんが自ら受け入れる態勢にあるからです。 また、歌を媒介にしていることも作用しています。 貴女に効果が及ばなかったのは、わたしが意図的に対象から外したからです。 説明は以上ですが、質問はありますか?」


 スムーズにツラツラと語られた黒咲さんの言葉に、わたしはすぐに返事出来ませんでした。

 対象を眠らせる能力。

 黒咲さんの口ぶりだと、戦闘用として使うにはいろいろ制限がありそうですが、強力な言魂なのは間違いないでしょう。

 それに、たぶんですけど、別の能力もありそうですね。

 一葉ちゃんの【一騎当千】や光凜さんの【電光石火】は、どちらかと言うと一芸に秀でているタイプですが、黒咲さんの【夢幻泡影】は天羽さんの【花鳥風月】に近い印象でした。

 能力の詳細を聞きたいところですけど……その前に、確認したいことがあります。


「1つだけ、良いですか?」

「どうぞ」

「領の人たちを眠らせる方法はわかりましたけど、黒咲さん自身はどうするんですか? 自分で自分に子守歌を歌うのは、難しいですよね?」

「心配しなくても、その必要はないです。 【夢幻泡影】の対象を自分にして、効果を発動するだけで寝られるので。 ちなみに、睡眠時間の設定も可能です」

「なるほどです。 それを聞いて、安心しました」

「貴女はつくづく、自分より人の心配をするのですね。 その甘さが、命取りにならなければ良いですが。 戦力が減ると困りますし」

「えぇと……き、気を付けます」

「では、貴女も就寝準備をして下さい。 15分後に眠らせるので、それまでに寝床に就くように」

「え……!? も、もう少し、お話したいんですけど……」

「残り14分50秒」

「うぅ……。 わかりました……」


 冷たく突っ撥ねられたわたしは、トボトボと歩み去りました。

 出来れば仲良くしたいんですけど、すぐには無理かもですね……。

 そう思っていたのですが――


「暫くは毎日顔を合わせるのですから、話す機会はいくらでもあると思います」


 背後から聞こえた声に、反射的に振り返りました。

 黒咲さんはこちらを見てすらいませんが、聞き間違いじゃありません。

 何度目かの苦笑を漏らしたわたしは、言いそびれていた挨拶をしました。


「そうですね、楽しみにしています。 お休みなさい」

「お休みなさい」


 相変わらず、目を向けようともしない黒咲さん。

 ですが、決して嫌な感じはしないです。

 少しずつ距離を縮めようと誓ったわたしは、軽い足取りで仮住居に向かいました。

 こうして黒咲領での任務が始まったのですが、わたしは知りませんでした。

 自分が既に、標的となっていることを。

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