第14話 合格点
黒咲さんに連れられて来たのは、領の外れにある広場でした。
ここに来るまでの間、多くの人から奇異の目で見られましたけど、黒咲さんと一緒だったからか、声を掛けられることはありませんでしたね。
そのことに少しばかり安堵しつつ、問題はここからです。
彼女の言う「貴女を試します」の意味は判然としていませんが……ほぼ間違いなく、戦闘力に関することでしょう。
内心で気を引き締めたわたしは、こっそりと『葬命』の状態を確かめました。
いつも通りの手触りを感じて、薄く笑みをこぼしてしまいます。
そうして準備をしていたわたしをよそに、黒咲さんは広場の中央でしゃがみ込みました。
何をしているんでしょう?
疑問を感じたわたしが近寄ってみると、そこには少し大きめの宝石が埋まっています。
これが何かわかりませんでしたけど、答えはすぐに与えられました。
無言で魂力を高めた黒咲さんが宝石に送り込むと、広場を包むように結界が展開されたのです。
学院の訓練場ほど大規模ではありませんが、性質は同じに思えました。
確認を取るように黒咲さんを見つめると、立ち上がった彼女が何でもないように言い放ちました。
「これで、死ぬことはなくなりました。 ただし、学院の結界ほど強力ではないので、致命傷を受ければ重傷となります。 気を付けて下さい」
まるで、わたしにだけ危険があるような物言いですが、条件は彼女も同じはず。
自信の表れか、単にそう言う性格なだけか微妙なところですけど……やるべきことは変わりません。
小さく頷いたわたしは黒咲さんから距離を取って、『葬命』を腰溜めに構えました。
対する黒咲さんは、自然体で立っています。
彼女がどれほどの使い手か知りませんが、間違っても油断は出来ません。
だからと言って重傷を負わす訳にも行きませんが……その辺りは、戦いながら考えましょう。
わたしが頭の中で方向性を定めていると、黒咲さんはゆっくりと右手を顔の高さまで挙げて――
「……ッ!?」
振り抜きました。
瞬間、風切り音が鳴ったのを察知したわたしは、咄嗟にその場に身を伏せました。
その直後、頭上を通り過ぎる何か。
はっきりとしたことはわかりませんが、とにかく危険ですね。
屈んだ状態でそう考えたわたしに黒咲さんは、今度は頭上から右手を振り下ろしました。
距離があるので届くはずがないですけど、またしても風切り音が耳朶を打ち、真横に跳びます。
すると、体のすれすれを何かが通過し、地面に5本の細い裂傷を刻みました。
これは……糸ですか……!?
厳密に言えば違うのかもしれませんが、とにかくそう言った形状のものでしょう。
あっさりと地面を斬り裂く切れ味も脅威ですけど、何より恐ろしいのは隠密性。
今のところ音を頼りに避けているとは言え、本当に際どいです。
付け加えるなら、射程の差も問題でした。
近距離が主なわたしの一方で、黒咲さんは中距離ほど。
糸による不可視の斬撃を掻い潜って懐に潜り込むのは、簡単ではありません。
ですが……やってみせます。
ここで力を示すことが出来なければ、わたしは何をしに来たのかわからなくなりますから。
決意を固めたわたしは両脚に力を込めて、全力で前に出ようとして――思い留まりました。
「良い判断です」
静かで鋭い、黒咲さんの声が響きます。
同時に、わたしの目の前の空間が、糸の網で縛り上げられました。
もし突撃していたら、今頃ズタズタでしたね……。
想像したわたしの頬を、一筋の汗が伝い落ちます。
離れていては勝負にならないとは言え、迂闊に跳び込むことも出来ません。
だからと言って闇雲に行けば、糸の餌食でしょう。
糸を隠す必要がなくなったからか、黒咲さんは両手を振り回してわたしを牽制しています。
それだけでも彼女の周りには、あたかも糸の結界が展開されているようなものでした。
天羽さんのときのように、ダメージを覚悟で突破する方法もありますが……。
「……却下です」
敢えて口にすることで、自分に言い聞かせました。
死ぬことはないと言う特性を用いた特攻は、はっきり言って実戦では使い物になりません。
そのことを思えば、他の手段で勝利する必要があります。
何より、一色くんと毎日訓練しているのに、進歩を見せられなくてどうするんですか。
今は彼と離れていますが、いつでも彼が見ている意識を持っています。
一色くんに恥じない戦いを心掛けていれば、必ず強くなれますから。
胸に熱いものが宿るのを感じたわたしは、1つ大きく深呼吸しました。
そんなわたしを黒咲さんは、無表情のまま見据えていますけど、警戒心を高めているようです。
だとしても、関係ありません。
わたしは行くと決めましたから。
両足で地面を踏み締め、全神経を集中させます。
今も尚、目の前では不可視の糸が乱舞していますが、真っ直ぐに黒咲さんを見つめ――
「行きます……!」
足裏から魂力を噴出させて、踏み込みました。
糸の隙間を縫って、刹那の間に黒咲さんとの距離をゼロにします。
流石の彼女も驚いたらしく、微かに目を丸くしていました。
しかし、わたしが止まることはなく、懐に入った勢いをそのままに、『葬命』を真一文字に一閃させます。
狙い違わず刃が黒咲さんの胴を……あ……!
い、いけません、このままでは大怪我を負わせてしまいます……!
止まって下さい……!
必死に祈りながら腕を制御しようとしましたが、遅過ぎました。
振るわれた刀は無慈悲にも彼女の体を捉え――ません。
体に触れるギリギリのところで、束ねた糸が防いでいます。
……凄いですね。
普通なら、絶対に間に合わないタイミングだったと思うんですけど。
素直に感心したわたしが呆然としていると、目の前の黒咲さんが冷たい声を発しました。
「70点です」
「へ……?」
「戦闘能力自体は、非常に高いです。 ただし、減点要素もありました」
「え、えぇと……どう言ったところでしょうか……?」
「まず、攻撃する前に自ら宣言したことです。 「行きます」などと言って、相手にタイミングを知らせてどうするのですか」
「う……。 すみません……」
「次に、攻撃を中断しようとしたことです。 わたしを気遣ったのでしょうが、その甘さは戦闘において懸念材料と言えます」
「……気を付けます」
「最後に、攻撃を凌がれたあとです。 あのときわたしは、終了の合図を出していませんでした。 何事においても、勝手な判断は禁物です」
「うぅ……」
ズバズバと駄目出しされたわたしは、涙目で俯いてしまいました。
本当に、容赦ないですね……。
まぁ、ごもっともな指摘ばかりなんですが……。
なんとか頑張ろうと思いましたけど、ガッカリさせてしまったかもしれません……。
情けなくなったわたしは、肩を落としていましたが――
「では、行きましょう。 改めて、よろしくお願いします」
「え……? 良いんですか……?」
「何がですか?」
「で、ですから、たくさん駄目なところがあったようですし……」
「合格点は60点ですから、基準を満たしています。 それに、貴女の減点は精神的なものや心構えの問題なので、実力だけで言えばもっと高得点になります」
「ほ、本当ですか……?」
「無明さん、1つ覚えておいて下さい。 わたしは、お世辞を言いません」
「わ、わかりました。 有難うございます」
「お礼は結構です。 行きましょう」
キッパリと言い切った黒咲さんは、サッサと歩き出しました。
気難しいところもありますけど……ある意味わかり易い人かもしれませんね。
苦笑を浮かべたわたしは彼女の背中を追い掛け、夕暮れの帰路に就きます。
こうして正式に増援として加入し、黒咲領で初めての夜がやって来るのですが、わたしは改めて『肆言姫』の凄まじさを思い知ることになります。




