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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第2章

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第13話 実績と実力

 荷物の整理を終えたわたしは、黒咲さんの家の前に立っていました。

 中は静かですけど……なんとなく、物凄い集中力を感じます。

 反射的にゴクリと喉を鳴らしたわたしは、1度深呼吸してから木のドアをノックしました。


「こ、こんにちは。 言魂学院から来ました、特務組の無明夜宵です。 入っても良いですか?」


 可能な限り端的に用件を伝えましたが、返って来たのは静寂のみ。

 えぇと……どうしましょう。

 困ったわたしは九重さんを探そうかと思いましたけど、この程度のことで挫けてはいけませんよね。

 内心で立ち直ったわたしは、もう1度ノックして、先ほどよりも大きな声で呼び掛けました。


「黒咲さん、いらっしゃいますか? 言魂学院の無明夜宵です。 ご挨拶に来ました」


 またしても、無音。

 うぅん、これは本当に留守なのでは?

 しかし、九重さんは挨拶するように言っていましたし……。

 ドアに近寄ったわたしは、耳を近付けて中の音を探ってみました。

 すると、カリカリ……と。

 一定のペースで小さな音が聞こえて来たので、在宅なのは間違いないかと思います。

 待っていても良いんですが……積極的に行ってみましょうか。

 意を決したわたしはドアに手を掛けて、ゆっくりと開きました。


「お、お邪魔します」


 おっかなびっくり声を掛けても、やはり返答はないです。

 諦めそうになりましたけど、ここまで来て引き返すことは出来ません。

 完全にドアを開いたわたしは、尚も躊躇しながら中に入りました。

 外観に見合って室内も年季が入っていますが、掃除は行き届いていて、むしろ清潔な雰囲気です。

 ただし、膨大な数の書類が山積されていて、気を付けないと大惨事を引き起こしかねません。

 何と言いますか、凄いですね……。

 何かのデータのようですけど、詳細はわかりませんでした。

 そもそも、わたしが見て良いものかわかりませんし、今は忘れておきましょう。

 方針を固めたわたしは、書類の山の間を縫って奥へと足を踏み入れました。

 そこには――


「……」


 木の机に着き、無言でペンを走らせ続けて書類と格闘している、綺麗な女性がいました。

 歳はわたしより、少し上くらいでしょうか。

 座っているのでわかり難いですが、身長は恐らくわたしと天羽さんの間くらいです。

 美しい黒髪をいわゆるシニヨンヘアーに纏めていて、銀縁の眼鏡の奥にある薄い紫の瞳は、真剣そのもの。

 胸元はどちらかと言うと控えめですけど、そのようなことに関係ないほどの美人さんですね。

 思わず感嘆の溜息をついてしまいましたが、ハッと我に返って口を開きました。


「あ、あの、勝手に入ってすみません。 初めまして。 わたしは、無明夜宵と言います。 言魂学院から増援として派遣された、特務組の一員です。 よろしくお願いします」


 なるべく必要な情報だけを簡潔に伝え、丁寧に頭を下げました。

 ところが、黒咲さんはこちらを見ることもなく作業を続けており、まるで気付いていないかのようです。

 いえ、もしかして、本当に気付いていないんでしょうか……?

 そのような疑問すら抱きましたが、流石にこの距離で聞こえないとは考え難いです。

 となると、意図的に聞こえていないふりをしているんでしょうか?

 もしくは、聞こえてはいるけど、今は作業に集中……と言うことでしょうか?

 いずれにしても、これ以上は黙っている方が良さそうです。

 そう考えたわたしは、黒咲さんの前に佇んで待つことにしました。

 その間、暇を持て余したので周囲を見渡してみると、改めて書類の量に驚きました。

 これ、全て黒咲さんが処理したんでしょうか……?

 どれくらいの期間かはわかりませんが、凄まじい作業量だと言えます。

 視線を正面に戻すと、黒咲さんは一切ペースを落としておらず、まるで機械のようでした。

 うぅん、天羽さんたちとは、また違う凄さを感じますね。

 感じる魂力や雰囲気から、強いのは間違いないと思うんですけど、黒咲さんの場合は戦闘力とは別の部分も突出していそうです。

 などと感心していたわたしですが、突如として鐘の音が領に響き渡りました。

 これは……学院で使われているものと、同じですね。

 わたしの感想はその程度でしたけど、効果は絶大でした。

 それまで一心不乱に手を動かしていた黒咲さんが、ピタリと止まったのです。

 そして、ゆっくりと眼鏡を外し、ポツリと呟きました。


「午前業務、終了。 昼食の時間です」


 言うが早いか、立ち上がった黒咲さんがわたしを追い抜いて、出口に向かいました。

 素晴らしいまでの切り替えの早さですね……ではなく……!

 我に返ったわたしは大慌てで振り返り、黒咲さんの背に声を投げました。


「あ、あの……! わたしは――」

「言魂学院から増援として派遣された特務組の一員、無明夜宵」

「え?」

「違いますか?」

「あ、いえ……。 その通りです……」

「そうですか」


 肩越しに顔だけで振り向いた黒咲さんは、それだけ言って家を出ました。

 ポカンとしてしまったわたしは、しばし立ち竦みましたけど、黒咲さんが玄関で待っていることに気付いて、急いであとに続きました。

 わたしが玄関を潜るや否や、ドアに鍵を掛ける黒咲さん。

 それからは、またしてもわたしを放置して歩き出しました。

 も、物凄くマイペースですね……。

 特務組は変り者が多いとは聞いていましたが、その中でも格別かもしれません。

 早くも疲れた気分になったわたしですが、ここで退く訳には行かないんです。

 小走りに黒咲さんの背中を追い掛けたわたしは、隣を歩きながら問い掛けました。


「あ、あの、どこに行くんですか?」

「昼食です」

「な、なるほどです。 何を食べるんですか?」

「蕎麦です」

「お、お蕎麦、美味しいですよね。 わたしもご一緒して良いですか?」

「構いません」


 こちらと目を合わせることもないまま、黒咲さんはスタスタと歩き続けます。

 うぅ……嫌われているんでしょうか……?

 ですが、一緒に食べることは許してくれましたし……。

 何とも、掴みどころのない人です。

 そんなことを思いつつ歩みを進めると、質素な造りの蕎麦屋さんが見えて来ました。

 そして、わたしたちに気付いた女性の店員さんは破顔すると、嬉しそうに声を上げました。


「お疲れ様です、夢愛様! ささ、用意は出来ていますよ! ……と、そちらのお嬢さんは?」

「あ……。 む、無明夜宵と言います。 わたしも、お蕎麦をお願い出来ますか?」

「無明……? もしかして、『無字姫』……?」


 わたしの名乗りを受けた店員さんは、あからさまに眉を顰めました。

 この感じ、久しぶりですね……。

 学院や首都では、多少なりとも認めてもらえつつあるんですけど、ヒノモトと言う国単位で見れば、まだまだわたしを見る目は厳しいです。

 自分の立ち位置を思い出したわたしは、注文を取り消して、その場を辞そうとしました――が――


「彼女は言魂学院から派遣された特務組の一員で、強大な魔族を単独で撃破した実績を持つ、強力な言魂士です。 増援としては、これ以上ないほど心強いでしょう」

「え!? で、でも夢愛様、無字ですよ?」

「無字かどうかは、重要ではありません。 大事なのは実績と実力です」

「そ、それは確かに……」

「と言うことで、食事の準備をお願いします。 彼女の分も」

「か、かしこまりました!」


 黒咲さんから指示を受けた店員さんは、すぐに厨房へと入って行きました。

 えぇと……フォローしてくれたんです、よね?

 あまりにも予想外のことに驚いて、言葉を失ってしまいました。

 しかし、黒咲さんが店内に入って椅子に座った辺りで、わたしは現実に戻って来ました。

 彼女と向かい合うように席に着き、すぐさまお礼を言います。


「あ、有難うございます、黒咲さん。 助かりました」

「助けた覚えはありません。 わたしは、正しい情報を伝えただけです」

「だとしても、わたしは嬉しかったです。 なので、有難うございます」


 黒咲さんの真意はどうであれ、わたしの心は救われました。

 だからこそ感謝したんですけど、見た限り彼女は反応を示しません。

 ただ……漂って来る空気が、ほんの微かに柔らかくなったのは、気のせいでしょうか?

 勝手に変り者だとか思っちゃいましたけど、実は良い人かもしれませんね。

 胸が温かくなったわたしは、複雑そうな顔をした店員さんから笑顔でお蕎麦を受け取って、黒咲さんと揃って箸を持ちました。

 そして、もう少し距離を縮めるべく口を開いたのですが――


「ところで、黒咲さん。 好きなものとか――」

「食事中に話さないで下さい」

「……すみません」


 撃沈しました。

 いえ、わたしが悪いんですよ?

 ですが、もう少し言い方と言うものがあるのでは……。

 しょんぼりと俯いたわたしが、ちびちびとお蕎麦を食べる一方で、黒咲さんは黙々とすすっています。

 美味しいのか美味しくないのか、良くわからない無表情ですけど、わざわざ来るくらいですし、少なくとも嫌いではないんですよね?

 などと言う質問すら出来ないまま、重苦しい沈黙が充満し、なんとかわたしはお蕎麦を完食しました。

 うぅん……美味しかったはずなんですけど、いまいち味を覚えていません。

 それほど、無機質な時間でした。

 溜息をついたわたしが食後のお茶を飲んでいると、黒咲さんも同じようにしています。

 静かな時間が流れ、今後のことを憂いていたわたしですが、前置きなく黒咲さんが声を発しました。


「行きましょう」


 返事も聞かずに腰を上げた黒咲さんは、テーブルに代金を置いて店を出ました。

 唖然としたわたしもなんとか付いて行きましたが、彼女は何の説明もなく足を動かし続けます。

 どうしたものか迷ったわたしは、ひとまず尋ねてみました。


「ど、どこに行くんですか?」


 もしかしたら、また答えてもらえないかもしれないと考えていましたが、黒咲さんは即座に返事をくれました。

 ただし――


「貴女を試します」


 内容は、一気に緊張感が高まるものでしたが。

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