第12話 初顔合わせ
首都を出発してから、約3日ほど経ちます。
その間、わたしは新たな技法を探求し続け……辛うじて、形にはなって来ました。
まだまだ磨く必要はありますけど、最低限は実戦で使えるかもしれません。
そして、今の時刻はお昼前。
わたしの視界に、黒咲領が見えて来ました。
流石に首都ほどの規模ではありませんが、充分に栄えていますね。
それに何より……こう言うと失礼かもしれませんけど、想像よりも平穏そうです。
不眠結界に囚われていると聞いていたので、もっと消耗しているかと思っていたんですけど、『肆言姫』……黒咲さんが上手くやっているんでしょうか。
などと考えながら領に近付いて行くと、入口に1人の男性と2人の少女の姿がありました。
しかも……強い、ですね。
断言は出来ませんが、きっと『参言衆』だと思われます。
内心で気を引き締めたわたしは、敢えて堂々と歩みを進め、3人の前に立って挨拶しました。
「初めまして、無明夜宵と言います。 学院長の指示で、黒咲陣営の援軍としてやって来ました」
そう言ってわたしは、身分を示す為に、学院長から渡された書状を取り出しました。
すると男性が1歩前に出て、無言で書状を受け取りました。
その場で開いて中を確認し、背後の少女たちにも見せています。
問題はないはずですけど……緊張しますね。
胸に手を当てて自分を落ち着かせていると、暫くして確認を終えた3人がわたしを見据え、まずは男性が口を開きました。
「間違いなく、学院長の筆跡と印だな。 確認出来たから、中に入って良いぜ。 俺は不知火誠。 よろしくな」
そう言ってニッと笑った不知火さんは、身長はそれなりに高く、学院の正装の上からでも鍛えられていることがわかります。
髪は雑に伸ばされ、無精髭が生えていますが、不潔な感じはしません。
言魂は不明ですけど、いずれ知ることになるでしょう。
胸の内で考えを纏めていると、少女の1人が続きました。
「遠路はるばる、良く来てくれたね! あたしは、九重結衣! 言魂士としては先輩だし、頼ってくれて良いよ!」
腰に両手を当てて言い放った九重さんは、かなり小柄で胸元は……その……つ、慎ましく、髪を両肩の上で二つ括りにしています。
人好きする笑みを浮かべていて、とてもフレンドリーに感じました。
それでいて実力は確からしく、隙は少ないです。
密かに感心していると、最後の1人も挨拶してくれました。
「わたしは、千石ひより。 短い間かもしれないけど、よろしく頼むわね」
穏やかな口調と微笑みの千石さん。
身長も胸元も平均的ですが、肩より少し長いウェーブヘアーは、綺麗に手入れされています。
どこか余裕を感じさせて、なんとなくホッとしてしまいました。
ちなみに年齢は、不知火さんは20代半ばほどで、九重さんはわたしより少し下くらい、千石さんは逆に少し上くらいでしょうか。
全員、悪い人物ではないと感じたわたしは、ペコリと頭を下げてから、改めて挨拶します。
「こちらこそ、よろしくお願いします。 どれだけ力になれるかわかりませんけど、精一杯頑張ります」
「まぁまぁ、そう気張り過ぎんなって。 ここでの戦いは、どれだけ続くかわかんねぇんだ。 適度に手を抜くくらいで、ちょうど良いんだぜ?」
「ちょっと、誠! 後輩ちゃんに、いきなり嘘を吹き込まないでよ! 長期戦になってるのはホントだけど、手を抜いて良い訳ないでしょ?」
「誤解すんなよ、結衣。 俺が言いたいのは、ずっと全力を出すなんて無謀だってことだ。 要するに、ペース配分が大事ってことだな」
「だったら、最初からそう言ってよ!」
「はいはい、そこまで。 無明ちゃんが困ってるでしょう? ごめんなさいね?」
「い、いえ、大丈夫です」
と言いつつ、実際少し困っていました。
それを千石さんに見抜かれているとは、思っていませんでしたけど。
優しげに笑っていますが、やはり彼女も『参言衆』なんでしょうね。
それはともかく、不知火さんの言うことも九重さんの言うことも、正しい部分があると思いました。
常に気を張っていると、いざと言うときに動けなくなる可能性もありますけど、だからと言って手を抜く訳には行きません。
その辺りが、長期任務の難しさなのかもしれませんね。
人知れず納得していたわたしは、率先して声を発しました。
「えぇと、まずは荷物の整理をしたいんですけど、どこに行けば良いですか?」
「あ、それならこっちだよ。 案内してあげる!」
「あ、有難うございます、九重さん」
「じゃあ、俺らは持ち場に戻るぜ。 行くぞ、ひより」
「わかったけど、命令しないでくれる? 無明ちゃん、またあとでね」
背を向けて立ち去る不知火さんと、ニコリと笑いながらこちらに手を振って、あとを追う千石さん。
仲が悪いのかそうでもないのか、良くわかりませんね……。
千石さんに手を振り返しながらそんなことを思っていると、九重さんが反対の手を握って言い放ちました。
「後輩ちゃん、行くよ!」
「は、はい」
元気良く足を踏み出した九重さんに遅れないように、黒咲領に足を踏み入れました。
外から見たときも思いましたが、思ったよりもずっと元気そうです。
基本的な雰囲気は首都と変わらず、たくさんの店や屋台が並んでいて、積極的に商売に精を出していました。
そう言えば、黒咲家はヒノモトで最も商いに力を入れていると聞きましたね。
天羽家はヒノモト最大の家系で、幅広い分野に精通しています。
九条家は武道で名を馳せていて、神代家は剣術が有名。
そして、商いの黒咲家ですか。
『肆言姫』の凄さは戦闘力で語られることが多いですけど、こう見てみると、生活基盤にも大きく関わっているんですね。
今更ながらそのことに思い至ったわたしが、周囲を眺めていると、九重さんが楽しそうに口を開きました。
「意外?」
「え?」
「もっと皆、消耗してると思ってたんじゃないの?」
「あ……そうですね。 黒咲さんが言魂で対抗していることは知っていましたが、こうまで普通に生活しているとは思っていませんでした」
「あはは! だよね! それだけ、夢愛様が凄いってことだよ! まぁ、それは後輩ちゃんもだけど」
「わたし、ですか?」
「うんうん。 後輩ちゃんって、確か無字なんだよね? それなのに特務組に選ばれて、ここに派遣されるなんて……よっぽど凄いんだろうなって」
そこで、わたしは気付きました。
九重さんが笑顔の裏に、観察者としての一面を持っていることに。
敵対的と言う訳ではありませんが、明らかに探るような気配を出しています。
もっとも、それを隠そうともしていないので、わたしの反応を見ようとしているようですが。
こっそりと呼吸を整えたわたしは、敢えて笑みを浮かべて告げます。
「凄いかどうかは別として、お役に立てるように頑張りますね」
「……そっか。 わかったよ! 楽しみにしてるから!」
完全に納得してくれたとは思えませんが、九重さんはそれ以上追及して来ませんでした。
その後は軽い雑談を交えつつ、足を動かし続け、目的地に到着しました。
木造の、簡素な建物。
お世辞にも立派とは言えませんが、仮の住居として使う分には充分でしょう。
建物を見ながらそのようなことを考えていると、手を離した九重さんが説明を始めました。
「ここが後輩ちゃんの家ね! 鍵はこれ! 一応、最低限の調度品は揃えたつもりだけど、足りないものがあれば遠慮なく言ってくれて良いよ!」
「有難うございます。 そのときは、相談させてもらいますね」
「任せて! それから、荷物の整理が終わったら、あそこに行って欲しいの!」
そう言って九重さんが指差したのは、家の向かい側に建った似たような……いえ、更に年季の入った木造の建物。
あそこに何があるんでしょう?
そんなわたしの疑問が届いたのか、九重さんは言葉を付け足してくれました――が――
「あそこが夢愛様の家だから、挨拶して来てね!」
「え……?」
「ん? どうかした?」
「あ、いえ……。 本当にあそこが、黒咲さんの家なんですか……?」
「そうだよ! ビックリした?」
「そう……ですね。 黒咲さんは『肆言姫』ですし、もっと立派な家に住んでいると思っていました」
「あはは! そう思うのも無理ないと思うけど、夢愛様は変り者だから! 無駄なところに、お金は掛けないんだよ!」
「なるほどです……」
などと返事しつつ、完全に咀嚼出来た訳ではありません。
天羽さんや一葉ちゃん、光凜さんの自宅は見たことないですけど、噂で聞く限りは立派な邸宅だそうです。
その先入観があったので、どうしてもギャップを感じてしまいました。
だからと言って文句などなく、すぐに頭を切り替えて行動に出ます。
「では、荷物の整理をしてから向かいますね。 案内、有難うございました」
「気にしないで! 先輩なんだから、これくらい当然だよ! じゃあ、あたしも行くけど、何かあったらいつでも呼んでね!」
そう言い残した九重さんは、笑顔で手を振りながら走り去りました。
何と言いますか……一葉ちゃんを思い出しますね。
微笑ましくなったわたしは苦笑をこぼし、黒咲さんの家を一瞥してから、鍵を開けて自分の家に入りました。
このときわたしは、黒咲さんとの初対面がどのようなものになるか想像していましたが……いろんな意味で裏切られるのでした。




