第11話 お見通し
夜宵がいなかろうが、学院は通常通り運営される。
午前には座学の授業が行われ、昼食を挟んで実技の授業へと。
このときには他の生徒たちも、夜宵の不在を知ることとなったが、四季たちほど大きな反応は見せていない。
と言うのも、学院の生徒である以上、任務に就くのは日常茶飯事だからだ。
むしろ、四季たちが騒ぎ過ぎだとすら言える。
もっとも、まさか黒咲領に派遣されているとは、思われていなかったようだが。
何はともあれ、今日も通常の授業が終わりを迎え、特務組の面々も帰宅する流れとなっている。
ところが、ここである出来事が起こった。
席を立った伊織が、トテトテと透真に歩み寄ったのだ。
その様子を四季と一葉、光凜は興味深そうに見つめ、美紗はニヤニヤと笑い、卓哉は嘆息している。
一方の透真はマイペースに帰宅準備を進めていたが、そのようなことで挫ける伊織ではない。
自分を見ようともしない透真に向かって、いつも通り平坦な声を掛けた。
「一色透真、このあと予定ある?」
「いや、特にない」
「じゃあ、街に行かない? デートしよう」
「俺に恋愛をするつもりはないと、言ったはずだが?」
「別に、付き合ってとは言ってない。 一緒にお出掛けするだけ」
「デートと言わなかったか?」
「それは言葉のあや」
「いろいろ納得は行かないが……良いだろう」
「良かった。 有難う」
そう言って伊織は、柔らかく微笑んだ。
彼女のこのような顔は珍しく、同じ陣営の四季と美紗、卓哉は衝撃を受けている。
対する透真は感情を窺わせない無表情で、黙って教室の出口へと向かった。
それを追って伊織も足を踏み出し、2人が去った教室に静寂が満ちる。
何とも言い難い雰囲気で、どこか気まずい。
誰も何も言えないまま時間が過ぎ去ろうとしたが、光凜がポツリと呟いた。
「……チャンス、かもしれないわ」
「は? チャンス?」
「そうよ、猪娘。 ここで一色くんと白河さんの関係が深まれば、夜宵さんを守れると思わない?」
「ま、待て、神代! 流石にそのようなことの為に、伊織の気持ちを利用する訳には行かない!」
「落ち着いて、四季さん。 何も、利用しようって話じゃないわ。 むしろ、白河さんを応援してあげるのよ」
「お、応援……。 しかし……」
「……確かに、良いかもね」
「九条……!?」
「だって四季ちゃん、上手く行けば皆が幸せになれるのよ? 一色は可愛い彼女が出来るし、白河も気持ちが報われるし、夜宵ちゃんは……あたしたちが愛してあげれば良いのよ」
「む、むぅ……。 それもそう……なのか……?」
「そうよ、四季さん。 と言うことで、早速行きましょう」
「行く? どこに行くのだ?」
「決まってるじゃない! 尾行よ、四季ちゃん! 一色たちに付いて行って、良い感じの雰囲気にするのよ!」
「ふ、ふむ、なるほどな。 そうと決まれば……美紗!」
「え? あ~……今、学院を出たところですね。 急げば間に合うんじゃないですか?」
「そうか! 行くぞ、九条、神代!」
「オッケー!」
「ふふ、面白くなって来たわ」
四季を先頭に、大急ぎで教室を出て行く『肆言姫』たち。
そんな彼女たちを見送った美紗と卓哉は、少しの間を挟んでから溜息をついた。
そして美紗が、全く感情のこもっていない声で尋ねる。
「あたしたちも、デートする?」
「断る」
「だよねー」
打てば響くような応酬。
その後、美紗たちは黙々と荷物を纏め、無言で教室をあとにするのだった。
教室での一幕など知らない伊織は、上機嫌で街を練り歩いていた。
表情こそ普段と大差ないものの、気持ちはかなり浮ついている。
態度からはわかり難いが、彼女が透真に恋しているのは、紛れもない事実なのだ。
そのことを透真は察しながら、行動を起こすつもりはない。
自身の恋愛観ははっきり伝えているので、あとは伊織の判断に委ねようと考えている。
その結果、彼女が泣くことになろうとも。
そうして2人は、微妙な距離感を保って人混みの中を歩いていたのだが、唐突に透真が立ち止まった。
つられた伊織も足を止め、怪訝そうに彼を見上げながら問い掛ける。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない」
チラリと背後を窺った透真は、すぐに顔を元に戻して話を変えた。
「それより、どこに行きたいんだ?」
「どこでも良い。 一色透真と一緒なら」
「それはそれで困るんだが」
「ごめん」
「謝られてもな……。 本当に何も決めていないなら、団子でも食べに行くか?」
「団子? ……もしかして、学院に出張で店を出してるところ?」
「知っていたか」
「うん。 売り子が可愛かったから、良く覚えてる」
落ち着いた口調ながら、瞳に暗い炎を灯す伊織。
どうやら、透真が玖乃――つまりクオンに惹かれていると、疑っているらしい。
彼女の気持ちを悟った透真は、小さく嘆息してから淡々と告げた。
「何か勘違いしているようだが、俺があの店を贔屓にしているのは、純粋に味を気に入っているからだ」
「……本当?」
「本当だ」
「それなら良かった。 じゃあ、行こう」
調子を取り戻した伊織は、透真の手を取って歩み出した。
透真は敢えて抵抗することなく、好きにさせている。
一方で――
「見て! 手を繋いだわよ! 結構、良い感じじゃない!?」
「うるさいわよ、猪娘。 気付かれてしまうわ」
「い、伊織……。 なんて大胆なのだ……」
2人から離れた物陰に潜んだ『肆言姫』たちが、コソコソと言葉を交わしていた。
興奮気味な一葉。
冷静に透真たちを見据える光凜。
何やら顔を赤くしている四季。
様々な意味で有名な彼女たちの怪しい姿に、周囲の人々は騒めいている――ことはなく、まるで見えていないかのようだ。
いや、まるでではない。
四季による風の結界が、3人の姿を隠している。
最近訓練中の新技法で、緻密な制御が必要なこともあり、戦闘中に使うのはまだ難しいが、平常時だからこそ可能だった。
どちらにせよ、力の無駄遣いにも思えるが。
とにもかくにも、四季たちは姿を隠した上で透真たちから離れ、安全な距離を保っている。
そうして2人と3人は足を動かし続け、やがて団子屋が見えて来た。
店先では玖乃が箒で掃除していたが、透真と伊織に気付いて声を上げる。
「いらっしゃいませ! 一色さん、今日も買いに来てくれたんですか?」
「あぁ。 少し、小腹が空いたからな」
「有難うございます! あ、今日は無明さんではなく、白河さんと一緒なんですね」
「悪い?」
「いえいえ、滅相もありません! お似合いですよ、白河さん!」
「……そう」
満面の笑みを浮かべる玖乃と、澄まし顔ながら頬を朱に染めた伊織。
何とも微笑ましい場面だが、透真は空気を――敢えて――読まずに言葉を紡いだ。
「みたらし団子はあるか?」
「あ、はい! 白河さんは、何になさいますか?」
「いちご大福」
「かしこまりました! お2人とも、座ってお待ち下さい!」
注文を受けた玖乃は、颯爽と店内に入って行った。
透真たちは大人しく長椅子に腰を掛けたが、すぐに伊織が口を開く。
その声は、若干刺々しかった。
「無明夜宵とも来たの?」
「そうだな」
「……デリカシーがない」
「言っておくが、前回も今回も俺は団子屋に用があっただけだ。 他意はない」
「むぅ……」
「無理に我慢するな。 俺のことは忘れて、別の恋愛をした方が賢明だぞ?」
「無理。 好きだから。 完璧過ぎるより、少し欠点があるくらいの方が良い」
「……あばたもえくぼだな」
「そうかも」
呆れ果てた様子の透真を、ジッと見据える伊織。
彼女の実力は、はっきり言って透真は言うまでもなく、夜宵や四季たちと比べても明確に劣る。
しかしながら、こと恋心に関して言えば、最強かもしれない。
密かに伊織に対する評価を訂正した透真は、視線を外して正面を向いた。
そのタイミングで伊織も体勢を戻し、2人の間に静寂が落ちる。
だが、不思議と違和感はない。
すると、静かながら穏やかな時間が続いてしばし経ち、盆に団子とお茶を乗せた玖乃が帰って来た。
「お待たせしました! 何の話をしていたんですか?」
「一色透真は格好良いって話」
「あはは! 確かにそうですね!」
「……もしかして、貴女も狙ってるの?」
「いいえ! わたしと一色さんは、店員とお客さんの関係なので!」
「……嘘じゃなさそう」
「勿論です! それより、どうぞ召し上がって下さい!」
「頂こう。 白河も食べろ。 ここは俺が出す」
「良いの? じゃあ、遠慮なく」
玖乃からいちご大福を受け取った伊織は、美味しそうに頬張り始めた。
続いて透真も、みたらし団子に手を伸ばし、ゆっくりと口に運びながら――
「桜葉」
「あ、はい!」
「三色団子を3本、追加で用意してもらえるか?」
「えぇと、構いませんけど……」
「一色透真、そんなに食べるの?」
「いや、これは俺の分じゃない」
「え? と言うと?」
不思議そうに小首を傾げる玖乃。
伊織も怪訝そうにしていたが、透真は黙々とみたらし団子を食べて、残った串を右斜め前方の路地裏に向けて言い放つ。
「そこの馬鹿どもにも、奢ってやろうと思ってな」
『……ッ!』
ガタッ、と。
路地裏から聞こえた物音に、伊織は目を丸くしていた。
それに比して、玖乃――いや、クオンは内心でウンザリしているのを笑顔で隠し、店内へと入って行く。
何とも言い難い空気が流れる中、透真は淡々とみたらし団子を食べ続け、路地裏では小声で罵り合いが繰り広げられるのだった。
首都には人が溢れている。
とは言え、全域に渡ってと言うことはなく、当然ながら密度に差はある。
そしてここは、基本的に人が寄り付かない場所だ。
首都の外縁に位置する、地下水道。
定期的にメンテナンスなどは行われるが、それ以外の目的で訪れる者はほぼいない。
そんな場所に今、1人の人物の姿があった。
ボロボロの着物と頭巾を身に纏った老人。
その外見に反して、足取りに弱々しさはない。
コツコツと足音を立てながら地下水道を歩み続け、ようやく立ち止まる。
何の変哲もないように見えるが、老人の目的地は間違いなくここだった。
「これで3つ。 順調だな」
壁に右手を添えて老人が呟くと、魔法陣が描かれてすぐに消え去った。
それを確認した老人は、すぐさま次の目的地を目指しつつ、ポツリと言葉を落とす。
「しかしクオンの奴、のんびりし過ぎではないか? 確かに、無明夜宵が『核』かどうかは、慎重に判断せねばならん。 だが、だからと言って、いつまでも時間を掛ける訳にも行かんと言うのに……」
ブツブツと愚痴を零しているのは、『十魔天』の八、和服で変装したラザロス。
クオンと同じく首にチョーカー型の抑制具を付けており、人目を避けていることから、透真ですら気付いていない。
その後もラザロスは文句を言いつつ、自分の役割をこなして行く。
時間を掛けて首都外縁を1周し、とうとう最後の仕事へと手を掛けた。
「まぁ、良い。 仮に儂らが失敗したとしても、これさえ仕込めていればどうとでもなる。 そう言う意味では、既に勝ったようなものだ」
怪しく嗤ったラザロスは懐に手を入れ、光を反射しない黒い杭を取り出す。
こうして、首都で着々と魔族たちが準備を整えている頃、夜宵は黒咲領に足を踏み入れようとしていた。




