第10話 ずっと強い
訓練場を出た四季と一葉、光凜は、全速力――ではなく、1歩1歩踏み締めるように学院長室を目指した。
現在時刻は早朝に分類されるとは言え、少しずつ生徒たちの姿が見え始めている。
そんな中、『肆言姫』が揃って慌てている様子を見せると、余計な不安を与えかねない。
だからこそ敢えて3人は歩いており、ヒノモト最高戦力としての自覚の現れでもあった。
もっとも、醸し出される空気は剣呑なもので、近くを通り掛かった生徒たちはビクリと震えているが。
しかし、四季たちが気にした素振りはなく、ズンズンと階段を上って行く。
そうして学院長室の前まで来た彼女たちは、声を掛けると同時に足を踏み入れた。
「失礼致します」
一応、形式上の断りを入れた四季に対して、一葉と光凜は返事も聞かず、扉を蹴破る勢いで開いた。
あまりにも不躾な態度に、中にいた歌奏は目を丸くし、弦蔵は苦笑している。
一方の四季たちは執務机の前まで進み、椅子に座った弦蔵を見据えた。
歌奏もこのときには状況を察しており、巻き込まれないように、こっそりと距離を取っている。
だが、弦蔵はそうは行かず、仕方なしに対応することにした。
「揃いも揃って、騒々しい。 朝っぱらから、何かあったのか?」
おどけた口調で、とぼける弦蔵。
対する四季たちは真剣な面持ちで、一葉が先陣を切る。
「夜宵ちゃんはどこ? 学院長は、知ってるんでしょ?」
「ふむ、どうしてそう思う?」
「一色くんが言っていたんです。 夜宵さんのことなら、学院長に聞くのが手っ取り早いと。 彼の言うことを鵜呑みにする訳じゃありませんが……今回は当たっているようですね」
「目が怖いぞ、神代。 しかし、透……一色の奴、儂を売りおったな。 薄情者め」
「と言うことは、本当に学院長はご存知なのですね? お答え下さい。 無明は今、どこで何をしているのですか?」
言葉遣いは丁寧なものの、四季の瞳には嘘偽りを許さない光が宿っている。
それは一葉と光凜も同じで、途轍もない迫力があった。
歌奏は思わず引き攣った笑みを浮かべているが、弦蔵はものともしない。
小さく嘆息した彼は、あっけらかんと告げた。
「無明なら、黒咲領に向かっておる」
「黒咲領!? なんで夜宵ちゃんが!?」
「大声を出すな、九条。 何故も何も、任務に決まっているだろう。 今、黒咲領の状況は拮抗しているからな。 増援として送ったのだ」
「どうして、無明を選んだのですか? そのような危険な任務なら、実績のあるわたしたちの方が適任だったかと思いますが」
「そうとは言い切れんぞ、天羽。 確かに無明に実績はないが、逆に言えば敵にとってもデータが少ない存在だ。 そう言う言魂士は、向こうからすれば厄介だろう」
「だとしても、危険なことに変わりはありません。 夜宵さんは初めての任務なんですから、比較的安全なものから始めるべきだったのでは?」
「神代の言うことにも一理あるが、儂はこの判断が正しかったと思っておるよ。 無明ならきっと、期待に応えてくれると信じておる」
「……せめて、事前に知らせてくれても良かったのではないですか?」
「天羽、お前たちなら反対すると、わかっていたからな。 どの道、儂の決定は変わらんのだから、無駄なやり取りを省きたかったのだ」
四季たちの言葉を、弦蔵は全て突っ撥ねた。
彼の意志が固いことを知った3人は、口を縫い付けられている。
それでも、完全に納得することは出来ておらず、ともすれば今すぐ追い掛けそうな勢い。
実行に移さないのは、自分たちが勝手な行動をすると、ヒノモト全体に影響を与えると理解しているからだ。
四季は表情を硬くし、一葉は拳を握り締め、光凜は口を引き結んでいる。
夜宵が心配で仕方ないが、どうするべきかわからなくなっていた。
結果として立ち竦んでおり、そんな彼女たちを弦蔵は腕を組んで眺める。
暫くの間、重苦しい沈黙が学院長室に充満したが――
「大丈夫だ」
突如として柔らかな雰囲気になった弦蔵が、微笑を湛えて口を開いた。
驚いた四季たちは目を丸くしていたが、弦蔵は顎鬚を撫でながら、構わず言いたいことを言う。
「無明は、お前たちが考えているより、ずっと強い。 今回の任務も必ずやり遂げて、無事に帰って来る」
「でも……」
「何だ、九条? お前は無明を信じていないのか? あいつは、いつでもお前たちに守ってもらわないと駄目なほど、弱いとでも言うのか?」
「そ、そんなことない! 夜宵ちゃんは、すっごく強い子なんだから!」
「わかっているではないか。 なら、大人しく待て。 天羽、神代、お前たちもしっかりしろ。 無明がいない今、何かあったときに頼れるのは、お前たちなんだぞ?」
「はい……」
「わかりました……」
弦蔵に宥められた3人は、しょんぼりとしつつも状況を受け入れた。
不安が払拭された訳ではない。
ただ、夜宵を信じることに決めた。
そうして、この場はひとまずの決着が付いたのだが、そこに弦蔵がニヤリと笑って爆弾を放り込む。
「まぁ、お前たちが使い物にならんかったら、一色に任せるとするか。 あいつなら、1人でも首都を守り切れるだろう」
『……ッ!』
独り言にしては大きな声で、弦蔵が透真を引き合いに出す。
それを聞いた歌奏は苦笑し、四季たちは目を見開いた後に、眦をつり上げた。
背後に炎が幻視出来るほど燃えており、それまでの弱々しさが嘘のように言い放つ。
「心配なさらずとも、わたしたちだけで充分です。 一色の出る幕はありません」
堂々たる佇まいで、宣言する四季。
彼女は透真を仲間として認めつつあるが、ライバル意識のようなものを持っている。
「『十魔天』だろうが何だろうが、ぶっ飛ばしてやるわよッ!」
手のひらに拳をパンと打ち付けて、獰猛に笑う一葉。
完全に戦闘モードに入っており、すぐにでも暴れ出しそうだ。
「敵が来ることを望まないで、猪娘。 ……でも、そうね。 向かって来るのなら、誰であろうと斬り捨てるわ」
腰に下げた『雷切丸』に手を掛けながら、目を研ぎ澄ませた光凜。
彼女は決してバトルジャンキーではないが、やるとなれば徹底的に突き詰める。
3人の様子に満足した弦蔵は、密かに笑みを浮かべてから、厳かな声で告げた。
「良いだろう。 有事の際は、『肆言姫』を中心に動いてもらう。 それまでは力を溜めつつ、研鑽に励め」
「かしこまりました。 では、失礼致します」
代表して四季が返事してから一礼し、3人並んで学院長室をあとにした。
完全に調子を取り戻しており、力強い足取りで立ち去って行く。
扉が閉まって後ろ姿が見えなくなると、弦蔵が体を背もたれに預けて呟いた。
「いやはや、いくら『肆言姫』と言っても、まだまだ若いな。 今後のことを思うと、もっと成長してもらわねばならん」
「それはそうですけど、急には無理ですよ。 それに、わたしたち大人は、その為にいるんですから。 子どもたちのサポートも、大事な仕事ですよ」
「儂から見れば、歌奏も子どものようなものだがな。 とにかく、今は準備するしかあるまい。 透真の言っていた『十魔天』……桜葉玖乃と言ったか。 今のところ泳がせているが、いつ、何をするかわからん。 もしものときは、透真に全力を出してもらって――」
「学院長、それは本当に最後の手段ですよ。 軽々しく口にするべきではないです」
「……確かにな。 すまん、忘れてくれ」
「いえ、お気になさらず。 それでは、そろそろ授業の準備をして来ます」
「あぁ、頼んだぞ」
一瞬だけ真顔になった歌奏だが、すぐに笑みを浮かべて学院長室から出て行った。
自分が迂闊な発言をしたと思った弦蔵は、大きく溜息をついて天井を見上げる。
しかし、このとき彼らは知らなかった。
首都に潜入している『十魔天』が、クオンだけではないことを。




