第9話 夜宵との約束
夜宵が旅立った夜が明け、次の日がやって来る。
今日も訓練場で汗を流していた透真は、一心不乱に刀を振るい続けた。
それ自体はいつも通りなのだが、彼であっても気になることがある。
最初は無視しようとしたものの、最終的には根負けした。
刀をピタリと止めた彼は納刀し、溜息交じりに振り向く。
そこにいたのは、明らかに何か言いたげな四季と一葉、光凜。
更にその背後には、苦笑した美紗と瞳を輝かせた伊織、表情を硬くした卓哉の姿もある。
彼らを順番に眺めた透真は、どこまでも平坦な声音で告げた。
「無明なら来ないぞ」
「なんでよ!? 一色、あんたがなんかやったんじゃないでしょうねッ!?」
「落ち着け、九条。 だが、もし本当にそうなら……覚悟しろ」
「四季さんも落ち着きなさい。 ただ一色くん、知っていることは話した方が身の為よ?」
冷静を装っている光凜を含めて、3人ともが凄まじいプレッシャーを放っている。
それを受けても透真が恐れ入ることなどないが、面倒臭いとは思っていた。
あしらっても良いが、その場合はしつこく尋問されそうである。
などと考えていた透真の耳に、美紗たちのヒソヒソ話が聞こえて来た。
「いやぁ、相変わらず無明ちゃんは愛されてるねぇ」
「うん。 一色透真は最高」
「白河ちゃん? あたしの話、聞いてる?」
「うん。 一色透真は素敵」
「駄目だこりゃ……。 桐生くんは? 無明ちゃん、どうしたと思う?」
「ふん、ただの寝坊だろう。 もしくは、サボりだな」
「あはは、思ってもないことは、言わない方が良いよ? 無明ちゃんがそんな子じゃないってことは、とっくに知ってるでしょ?」
「うるさい。 ……他に考えられるとすれば、任務だろう。 わたしたちにも内緒だったのは……」
「四季様たちへの配慮だろうねぇ。 白河ちゃんも、そう思わない?」
「うん。 一色透真はパーフェクト」
「はいはい、そうだね」
気の抜けそうな話題もあったが、透真は的を射ていると感じた。
少なくとも、無駄に殺気立っている四季たちよりは、論理的な思考が出来ている。
多少なりとも『参言衆』への評価を上げながら、透真は四季たちに言い返した。
「知っていることはあるが、教えてやる義理はないな。 それでも知りたいなら……実力で、口を割らせてみたらどうだ?」
瞬間、透真の全身から濃密な殺気が放たれる。
訓練場では死なないと言う前提ルールが、覆るのではないかと思えるほどだ。
だからと言って四季たちが退くことはなく、それぞれが距離を取って構える。
3対1だが、躊躇いはない。
それはつまり、透真の強さを認めているからでもあった。
一方の透真も油断はしておらず、鋭く目を研ぎ澄ませている。
以前にも似たような模擬戦を行ったが、あのときとは何もかもが違う。
隠匿発動ではあるが、四季たちは既に言魂を発動しており、やる気満々だ。
そのことに内心で満足した透真は、刀に手を掛けながら短く告げる。
「来い」
言い終わるかどうかと言うタイミングで、突撃したのは一葉。
だが、以前は馬鹿正直に正面から挑んだ彼女も、今回はそうではない。
「それッ!」
間合いに辿り着く1歩前で急停止して、地面を思い切り殴り付ける。
まるで地中から爆発したかのように土が噴き上がり、透真の視界を奪った。
もっとも、透真を驚かせるには至らず、彼は冷静に周囲を窺っている。
どこから攻められても対応出来るように備えていたが、一葉がいたのは正面のまま。
地面を殴った場所から動かないと言う、虚を突いた作戦。
しかし、その可能性を読んでいた透真に動揺はなく――右にサイドステップした。
直後、彼が立っていた空間を刃が縦に通過する。
一連のやり取りの間に、背後を取っていた光凜。
土の壁と一葉が動いていないと言う、2つのブラインドを利用した、見事な奇襲だった。
通用しなかったとは言え、透真に明確な回避を強いたのは大きい。
彼もそのことは認めており、密かに笑みを浮かべていたが――
「持って行け、九条、神代」
四季が声を発すると同時に、一葉と光凜の周囲に風が集まった。
これが何を意味するか、透真は知らなかったが、すぐに答えは判明する。
「行くわよ、陰険女!」
「遅れないで、猪娘」
言い合いながら踏み込んだ一葉と光凜が、加速した。
光凜は元から常人離れした速さだったが、もう1段階上のスピードを手に入れている。
対する一葉もかなり速度を上げており、一撃の破壊力の脅威が上がっていた。
その事実を確認した透真は、チラリと四季の方を見る。
前衛に加わる様子はなさそうだが、一葉と光凜に風を送り続けていた。
どうやら彼女は、【花鳥風月】の【風】を攻撃ではなく、サポートとして使っているらしい。
四季の援護を受けた一葉と光凜は、格段に強力な使い手となっており、透真はポツリと呟く。
「面白い」
刹那の間、口元で弧を描いた彼は、すぐさま戦闘態勢に戻った。
一葉たちの変化は速度の上昇に留まらず、連携の質も段違いに上がっている。
基本戦法としては、一葉が真っ向から透真に挑み掛かり、隙を突いて光凜が斬撃を浴びせると言うもの。
言葉にするのは単純だが、これが実際に可能なのは、2人が以心伝心のコンビネーションを取れるからだ。
本人たちに言えば否定されかねないが、それだけ長く互いを見て来た証かもしれない。
加えて厄介なのは、透真の攻撃をものともしていないことだ。
彼は2人の連携を止めるべく反撃しているのだが、一葉たちは一切の防御や回避を捨て去っている。
その役を担っているのは、四季だ。
彼女は攻撃に参加しない代わりに、一葉と光凜への攻撃を、風の障壁でシャットアウトしている。
サポートの四季とメインアタッカーの一葉、遊撃の光凜。
3人が個として戦うのではなく、まさしく一心同体となって、透真を倒そうとしていた。
正面から突き出された一葉の拳を、転身して避ける透真。
すかさず退避先に光凜が斬り掛かったが、彼は紙一重で躱しつつ、反転してカウンターの一閃を見舞う。
ところがその一撃は四季が防ぎ、それを信じていた光凜は、既に次の攻撃に移っていた。
大上段から振り下ろされた『雷切丸』を、刀で受けた透真は強引に押し返し、間髪入れずにバックステップを踏む。
そこに躍り掛かっていた一葉の踵落としが地面を陥没させ、訓練場が震えた。
相変わらず、馬鹿げた破壊力である。
かつては陣営の問題から、連携を取ろうとしなかった彼女たちの成長に、透真は目を細めた。
そしてこれは、四季たちだけの力ではない。
日頃から3人の懸け橋となり、潤滑油として機能していたのは、間違いなく夜宵である。
彼女の働きが実を結んでいることを確認出来た透真は、戦闘態勢を解いて刀を納めた。
行動の意味が理解出来なかったのか、四季たちは訝しそうにしていたが、彼は淡々と言い放つ。
「学院長室へ行け」
「何?」
「無明のことが知りたいんじゃないのか、天羽? だったら、学院長に聞くのが手っ取り早い」
「学院長に……。 本当なんでしょうね?」
「神代、俺がここで嘘を言う理由があるのか? まぁ、信じられないなら、それでも構わないが」
「取り敢えず、行きましょうよ! 一色! 嘘だったら、ボコボコだからね!?」
「そう言うことは、俺にまともに触れてからにするんだな、九条。 サッサと行け」
追い払うように手を振った透真の態度を、四季たちは不満に思ったものの、敢えて文句は言わずに駆け出した。
それを見送った透真は美紗たちに振り向き、端的に問い掛ける。
「お前たちはどうする?」
「あー……あたしは訓練続行かな。 無明ちゃんのことは気になるけど、あとで聞けば良いし」
「わたしも、今は一色透真と一緒にいるのが最優先」
「ふん……無明のことを気にしている時間などない。 わたしは、少しでも強くならなければならないのだからな」
頬をポリポリと掻きながら、苦笑する美紗。
両手を胸の間で組んで、熱っぽい眼差しを透真に送る伊織。
明らかに夜宵を気にしながら、腕を組んでそっぽを向いている卓哉。
三者三様だが、ひとまずこの場に残るのは共通しているらしい。
そのことを察した透真は無言で刀を構え、真っ直ぐな声音で言い放つ。
「折角の機会だ、お前たちの相手もしてやろう」
「え。 四季様たちが敵わないのに、勝てるとは思えないんだけど……」
「必ずしも勝つ必要はないぞ、早乙女。 少しでも糧にすれば良い」
「一色透真と合法的に触れ合えるチャンス……。 わたしは当然、やる」
「白河、お前と言う奴は……。 言っておくが一色、やるからにはわたしは勝ちに行くぞ」
「それで良い、桐生。 今後のことを思えば、お前たちのレベルアップは必須だ。 存分に俺を利用すると良い」
「ふん、良い心掛けだな。 早乙女、白河、やるぞ」
「もう、2人とも無茶なんだから……。 けど、やるからには全力だよ!」
「わたしも、絶対触る」
それぞれ方向性は違うが、やる気を滾らせた天羽陣営の『参言衆』。
透真もそれに応えるかのように、戦意を高めていた。
今日に限ってやけに積極的だが、これには夜宵との約束が関係している。
彼女に「任せろ」と言った以上、相応のことをするべきだと、透真は考えていた。
この辺りは、彼の根が真面目だという証左だと言える。
その後、授業に影響が出ない範囲で透真は『参言衆』に指導し、四季たちは学院長室に乗り込んでいた。




