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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第2章

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第7話 背中を押す

 任務の為に首都を出る夜。

 夕食を終えたわたしは準備を整え、仮眠を取りました。

 寝起きで行動するのは危険なので、今は時間までのんびりしています。

 布団に寝転んで天井を見つめ、無言で考えを巡らせました。

 黒咲領の増援として力になる。

 言葉にするのは簡単ですけど、きっと一筋縄では行きませんね。

 黒咲陣営の人たちと仲良く出来るかも、心配ではありますし……。

 何より魔族……『十魔天』と戦う可能性も考えなければ。

 以前より強くなっている自信はありますが、まだ単独で戦うのは難しいかもしれません。

 とは言え、今回は『肆言姫』である黒咲夢愛さんや、『参言衆』も一緒のはず。

 そのことを思えば、多少は希望が持てました。

 それでも危険があれば、最悪【一筆魂書】を……いえ、あれはもう使わないと言う約束です。

 いよいよの場合は、そのようなことを言っていられないでしょうが、初めから当てにする訳には行きません。

 可能な限りは、使わずに勝てるように頑張りましょう。

 黙って出発したら、天羽さんたちは怒るでしょうか……。

 ですが、それが学院長の指示ですし、甘んじて受け入れるしかないですね。

 それに、いつまでも彼女たちに甘えてばかりではなく、1人前の言魂士としてやり遂げてみせたいです。

 あとの問題は……一色くんですか。

 ふすまの奥に意識を向けると、寝静まっているのを感じます。

 出るなら今ですね……。

 予定時間よりは少し早いですが、誤差の範囲でしょう。

 考えを纏めたわたしは立ち上がり、音を立てないように荷物を背負いました。

 長期の任務になるかもしれないので、それなりに大荷物です。

 そうなると……一色くんにも、暫く会えないんですね……。

 もしかしたら、その間に桜葉さんと……な、仲良くなったり……。

 い、いえ、仲良くなるのは良いことなんですよ?

 ただ、あまり親密になられると……困ると言いますか……。

 な、何に困るのか、良くわかりませんけど……。

 正直、気にはなりますが、だからと言って任務を放り出す訳には行きません。

 目を閉じて深呼吸を繰り返したわたしは、余計な思考を頭の外に蹴飛ばして、そっとふすまに手を掛けました。

 ゆっくりと横にずらすと、暗い室内が広がっており、一色くんがこちらに背を向けて寝ています。

 寝顔を見ずに済んで、安心しました。

 ほんのちょっぴり、惜しい気も……しませんよ……!?

 そんな失礼なことを、望むはずがありません……!

 早速取り乱しそうになった心を、必死に落ち着けたわたしは、部屋の出口へと向かいました。

 ここを出れば、一時の別れ。

 もしも、任務で命を落とすようなことがあれば……今生の別れ。

 不意に湧いたその考えは、ドアノブに伸ばしかけた手を止めました。

 生き残るつもりではいます。

 しかし、何が起こるかわからないのが任務。

 万が一の場合、わたしは悔いなく逝くことが出来るでしょうか?

 一色くんに、何も言わずに出発したことを、後悔しないでしょうか?

 迷いが生まれたわたしが、思わず俯いていると――


「こんな時間に散歩か?」

「……ッ!?」


 背後から声を掛けられて、口から心臓が飛び出るかと思いました。

 辛うじて両手で口を塞ぎ、叫ぶのを堪えて振り向いた先に立っていたのは、言わずもがな一色くん。

 い、いつの間に……!?

 学院長からの、「誰にも気付かれないように」と言う指示を守れなかった申し訳なさがありますが……それ以上にホッとしてしまいました。

 やっぱり、最後に一色くんとは話しておきたかったようですね。

 口から手を離して完全に彼と向かい合ったわたしは、小さく息をついて、苦笑気味に口を開きました。


「そんなところです。 少し眠れなくて。 すぐに戻るので、一色くんは先に寝ていて下さい」


 自分でも驚くほど、スラスラと口から嘘が紡ぎ出されます。

 わたしって、こんなに嘘つきでしたっけ……?

 などと思いつつ、どんな会話でも彼と言葉を交わせて良かったです。

 内心で満足したわたしは、今度こそ覚悟を固めましたが――無言で一色くんが近寄って来ました。

 ど、どうしたんでしょう?

 胸に手を添えて身を硬直させていると、彼は右手を持ち上げてわたしの頭……ではなく、桜の髪飾りに触れました。

 これは、もしかして……。

 思い当たることがあるわたしが、ジッと一色くんを見つめていると、彼は視線を合わせて何でもないように告げました。


「効果は1度きりだが、何もないよりはマシだろう」

「ガイゼルからも守ってくれた、障壁ですか……?」

「そうだ。 使わないに越したことはないが、保険だと思っておけ」

「……有難うございます」


 一色くんの考えを知ったわたしは、視線を足元に落として小声でお礼を言いました。

 わたしのことを、心配してくれたんですね……。

 顔がにやけそうになるのを、なんとか堪えます。

 ……て、あれ……?


「い、一色くん? わたしは、お散歩に行くんですよ? 危険なことなんて何も……」

「嘘をつかなくて良い。 学院長から話は聞いた。 任務で、黒咲領に向かうんだろう?」

「……学院長が話したんですか。 わたしには、絶対に誰にも気付かれないようにと、仰っていたんですけど……」

「恐らく、俺以外にはと言う意味だろうな。 適当なあいつらしい」


 腕を組んで呆れた様子の一色くん。

 学院長をあいつ呼ばわりするのはどうかと思いましたが、心情的には同意します。

 それはそうと……どうせ知られているなら、隠す必要もありませんね。


「黒咲領へは、数日は掛かると思います。 任務に就くことを思えば、帰って来るのはいつになるかわかりません。 その期間は、ご飯を用意出来ませんが……大丈夫ですか?」

「俺の心配をするくらいなら、自分の身を案じろ。 相手が『十魔天』である可能性には、お前も気付いているんだろう?」

「……はい」

「今のお前では、苦戦は免れない。 黒咲陣営がいようと、それは同じだ。 くれぐれも注意しろ」


 真剣な面持ちで注意を投げ掛けて来る一色くんの視線を、真っ向から受け止めました。

 本気でわたしを想ってくれているのが伝わって……う、嬉しくなりましたね。

 思わず顔が熱くなるのを感じましたけど、それを誤魔化すように目を背けて言い返しました。


「い、一色くんも気を付けて下さい。 首都でも、何があるかわかりませんから。 それに、ちゃんとご飯は食べて下さいね? わたしがいないからって、適当にしたら駄目ですよ?」

「わかったから、お前は自分のことに集中しろ。 どう考えても、危険度で言えばそちらの方が上なんだからな」

「そうかもしれませんけど……」

「天羽たちのことも、心配はいらない。 何かあれば俺が守る。 他の連中のことも、任せろ」


 言葉遣いこそつっけんどんですが、一色くんがわたしを安心させようとしてくれているのが、ヒシヒシと伝わって来ました。

 相変わらず、不器用な優しさですね……。

 クスリと笑ったわたしはペコリと頭を下げて、想いを届けました。


「有難うございます。 一色くんがいれば、安心ですね。 これで、任務に集中出来そうです」

「そうか。 他に言っておきたいことや、聞いておきたいことはあるか?」

「いえ、これと言っては……」

「どうした?」

「え、えぇと……その……」

「気になることがあるなら言え。 懸念を持ったまま戦うのは、危険だ」


 どこまでも真っ直ぐに言い放つ一色くんに対して、わたしは視線を泳がせてしまいました。

 ど、どうしましょう……。

 聞くのは抵抗があるんですけど、これを逃すとずっと聞けないままかもしれませんし……。

 い、一色くんの言う通り、ここは後顧の憂いを断つ為に、聞いておきましょうか。

 あ、あくまでも、任務の為です。

 人知れず折り合いを付けたわたしは、微かに震える口を開きました。


「一色くんは……桜葉さんをどう思っているんですか……?」

「桜葉……?」

「は、はい。 凄く可愛いですし……も、もしかして気になっていたりしないのかな……と……」


 あぁぁぁぁぁ……!

 な、何を言っているんですか、わたしは……!

 このような聞き方、わたしが一色くんに……と、特別な感情があるようではないですか……!

 顔から火が出るほどの羞恥に悶えたわたしは、彼の顔が見られずに下を向いてしまいました……。

 うぅ……恥ずかしい……。

 反射的に部屋を飛び出そうとしましたが、その前に頭上から溜息が聞こえました。

 それを聞いたわたしが、恐る恐る顔を上げると――


「美味い団子を売っている店員」

「へ……?」

「桜葉をどう思っているかだろう? だったら、今のが答えだ」

「ほ、本当にそれだけですか……?」

「信じられないか?」

「い、いえ、決してそのようなことは……!」

「なら、この話はここまでだ。 それより、そろそろ出発の時間じゃないのか?」

「あ……そ、そうですね」


 一色くんに促されたわたしは、自然と従いました。

 何と言いますか、胸につっかえていたものが取れた気分です。

 今度こそ集中したわたしは、入口で肩越しに振り返って、笑顔で告げました。


「では、行って来ます」

「あぁ、気を付けてな」


 わたしの言葉に対して一色くんは端的に答え、そっと背中を押してくれました。

 そのことに勇気付けられたわたしは、それ以降振り向くことなく部屋を出て、予定していたルートで首都の外を目指します。

 気分が軽くなっていたわたしは、鼻歌でも歌い始めそうな勢いでした。

 極秘裏での出発なので、実際には物音1つ立てませんけど。

 そうして、誰にも見られないように移動していたわたしですが、全く気付いていませんでした。

 一色くんが背中に触れたときに、護符を張り付けていたことに。

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