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言魂学院の無字姫と一文字使い ~ 綴りましょう、わたしだけの言葉を ~  作者: YY
第2章

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第4話 優先順位

 夜宵と透真が買い出しから帰宅し、今は深夜まで時間が進んでいる。

 言魂学院の校舎は割と簡単な作りをしていて、地図を見ればさほど迷う心配はない。

 しかし、だからこそ、とある心理が働く。

 地図に載っている場所以外には、行く必要がない――と。

 そして、まさに地図には載っていない校舎の地下に、隠された部屋があった。

 壁や床、天井が石造りになっており、膨大な数の札が張られている。

 まるでホラー屋敷のようだが、邪悪な感じは全くしない。

 そしてこの部屋には今、3人の人物が集まっていた。

 1人は、甚平の上半身をはだけさせた透真。

 もう1人は、彼の背中に札を張り、瞑目している歌奏。

 最後の1人は、2人の様子を黙って見守っている弦蔵。

 何も知らない者が見れば、歌奏と弦蔵はともかく、透真がこの場にいることに疑問を持ったかもしれない。

 だが、彼らの間に違和感のようなものはなく、むしろそうあるべきだと思わされるほど自然。

 沈黙が続いているにもかかわらず、何故だかそう感じた。

 そのままたっぷり10分ほどが経ち、ようやく静寂が破られる。


「ふぅ……。 出来たわよ」

「いつもすまないな、歌奏」

「別に良いわよ、仕事なんだし」

「そうか。 仕事なら、感謝する必要もないな」

「いや、もうちょっと労ってくれても……」

「冗談だ、本当に感謝はしている。 今度、何か差し入れでもしよう」

「あら、そう? だったら、お言葉に甘えようかしら」

「わかった。 セロリを大量に贈らせてもらう」

「……透真、知ってる? それはお礼じゃなくて、嫌がらせって言うのよ」

「冗談だ」

「まったく、もう……」


 心底疲れ果てたように溜息をついた歌奏が、透真の背中から手を放す。

 すると、張っていた札が彼に吸い込まれるかのように、視界から消え去った。

 それを確認した透真は悪びれることもなく、サッサと甚平を着直している。

 あまりにも不遜な態度に歌奏は半眼を寄越していたが、彼が恐れ入ることなどない。

 そこに、低くくぐもった笑声が聞こえて来た。

 透真と歌奏が振り向いた先に立っていた弦蔵は、愉快そうに口髭を撫でつつ口を開く。


「お前たちは、いつまで経っても変わらんな。 歌奏、透真がこう言う奴だと言うことは、とっくに知っているだろう?」

「学院長……。 それはそうですけど……」

「まぁ、不服かもしれんが、今は棚上げしておけ。 それより、大事な話があるのだろう?」


 弦蔵の最後の言葉は、透真に向けたものだった。

 それを聞いた歌奏も居住まいを正し、透真に目を転じる。

 2人から注目を浴びた透真だが、少しの間を置いてから、平然と言い切った。


「『十魔天』が首都に潜り込んでいる」

「な……!?」

「……確かなのか?」


 透真の爆弾発言に、歌奏は目を見開いて絶句し、弦蔵は険しい顔付きになっている。

 対する透真は憎たらしいほどいつも通りで、ゆっくりと首を縦に振った。

 彼の態度を見て、逆に落ち着きを取り戻した歌奏は、ゴクリと喉を鳴らしてから問い掛ける。


「どこにいるの? 他に仲間は?」

「街で見掛けた。 ほとんど魔力を感じなかったから、最初は気のせいかと思ったが……間違いない。 数は今のところ1人だが、俺が見落としている可能性もあり得る」

「魔力を感じなかった……。 それで、儂の【聡明叡智】でも察知出来なかったのか。 あるいは、ガイゼルのようにパターンを掴まれたのかもしれんが……」

「それよりも学院長、どうなさいますか? 首都に『十魔天』がいるなど、危険過ぎます。 すぐに避難誘導するべきでは?」

「待て、歌奏。 下手に動けば、相手にこちらが気付いた事実を知らせることになる。 もう少し様子を見るべきだ」

「透真……そうかもしれないけど、だからって野放しにしておいて良いの? 目的もわからないのに」


 そこで、一旦会話が止まる。

 歌奏は真剣な顔で考え込み、弦蔵も思案していることが窺えた。

 一方の透真もどうするべきか決めかねていたが、1つずつ片付ける方針に決める。


「敵の狙いなら、わかるかもしれない」

「そうなのか?」

「あぁ、弦蔵。 今日、街で『十魔天』を見掛けたときに無明も一緒だったんだが……そのとき、彼女を探るような素振りが見えた」

「それって、まさか……」

「たぶん考えている通りだ、歌奏。 敵の狙いは十中八九、無明だと思う。 ……いや、正確に言えば彼女の持つ力か」

「夜宵の力……【一筆魂書】だな。 しかし、どうして魔族が【一筆魂書】を求める?」

「悪いが弦蔵、そこまでは俺にもわからない。 ただ、あの力は強力過ぎる。 何かに利用しようとしている可能性は、否定出来ないだろう」

「なるほどね……。 それで、結局どうするの? 無明さんが狙われていることがわかったところで、現状が危険なことに変わりはないと思うけど」

「その通りだな、歌奏。 だが、無明を狙っていると言うのなら、守れば良いだけだ。 難しいことはない」

「待て待て、透真。 お前は夜宵を守れたら良いのかもしれんが、首都で戦うようなことになれば、歌奏の言うように人々が危険だ。 少し頭を冷やせ」

「そう言われてもな。 優先順位を付ければ、致し方ない」

「本当に、困った人ね……。 透真はそれで良くても、無明さんが良くないんじゃないかしら? 彼女は、自分の為に大勢の人が犠牲になるなんて、絶対に嫌なはずよ。 違う?」

「それは……」

「わかったら、別の方法を考えましょう。 無明さんも首都の人たちも両方守れる、そんな方法をね」


 優しく微笑む歌奏に、無言を返す透真。

 彼はこのとき、ガイゼル戦の前に、夜宵と話したことを思い出していた。

 優先順位を付けて人々を見捨てろと言った透真に対して、夜宵は全員を救う選択を取った。

 その選択が正しかったかどうか、今でも透真は疑問を持っているとは言え、夜宵が何を望んでいるかはわかっている。

 結果として押し黙った透真の心情を察した弦蔵は苦笑し、自身の案を提示した。


「では、こうしよう。 夜宵には、極秘で首都を出てもらう。 そうすることで夜宵は敵の目から逃れ、標的を失った魔族は撤退するかもしれん」

「希望的観測が強過ぎる。 極秘で首都を出ると言っても、気付かれるかもしれない。 その場合、ただ孤立させるだけだ」

「大丈夫よ、透真。 そのときは、わたしの護符を使うから。 簡易版でも、1時間は充分もつわ。 それだけあれば、首都から離れて身を隠せるでしょう?」

「……理由はどうする? ただ首都を出ろと言っても、無明は納得しないと思うぞ」

「それなら考えてある。 夜宵には援軍として、黒咲領に向かってもらおう。 実際に、誰か派遣するべきか考えていたからな」

「弦蔵、俺は反対だ。 黒咲領を攻めている魔族も、『十魔天』の可能性がある。 そんなところにわざわざ送り込むなど、下策としか思えない」

「確かにそうかもしれないけど、そんなことを言い出したら、今のヒノモトに絶対に安全な場所なんてないわよね? 透真は護符の更新が必要だから、首都を離れられないし。 それならいっそ、黒咲陣営と合流するのは良いと思うけど」


 感情的には賛成出来ない透真だが、弦蔵と歌奏の言うことにも一理あると納得しかけている。

 何より痛いのは、自分が首都に留まらなければならないこと。

 厳密に言えばその限りではないが、それは本当に最後の手段だった。

 懊悩した透真は、無表情の下で考えを巡らせていたが、弦蔵と歌奏が優しく声を掛ける。


「心配するな、透真。 夜宵はお前が思っているより、ずっと強い」

「学院長の仰る通りよ。 あんまり過保護だと、無明さんの成長を邪魔しちゃうわよ? だから、信じましょう?」

「……無明が首都を離れたからと言って、ここが戦場にならないとは限らない。 むしろ、危険度が上がる場合もあるはずだ」

「そのときは、皆で戦うしかないわね。 当然、透真もよ?」

「そう言うことだな。 無論、儂も【聡明叡智】でサポートするが、常に備えておいてくれ」

「……やむを得ないな、今回は従ってやる。 だが、状況次第で俺は動く」


 最後に宣言した透真は、隠し部屋を出て行った。

 彼の背中を見送った歌奏と弦蔵は顔を見合わせ、揃って苦笑する。

 しかし、2人も決してふざけているのではなく、強い覚悟を持っていた。


「歌奏、簡易護符はどれくらいで出来る?」

「そうですね……明日の昼までには完成させて、透真に渡しておきます」

「大丈夫なのか? 今日は、かなり疲れているはずだが」

「えぇ、まぁ。 ですが、無明さんの安全の為ですから。 それに、ここでわたしが手を抜いたら、透真に殺されちゃいますよ」

「はは、それはないと思うぞ。 あいつは、お前のことも大事に思っているからな」

「そう言われると、少し恥ずかしいですけど……。 取り敢えず、その予定でお願いします」

「わかった。 儂は【聡明叡智】を更新してから、休むとしよう。 じゃあな、歌奏。 あまり無理はしないように」

「はい、有難うございます。 お疲れ様でした」


 そう言って弦蔵も立ち去り、歌奏は作業に入る。

 こうして事態が動き始めていた頃、夜宵は自室であることに没頭していた。

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