第3話 潜入
実技授業が終わると、基本的にはすぐに放課後となります。
真っ直ぐ帰宅するも良し、残って訓練するのも良し、街に繰り出すのも良し。
時間の使い方は、人それぞれです。
言魂士の性質上、訓練を行う人が多いですけど、体を休めたり気分転換するのも大事ですからね。
そう言うわたしは、ほとんどを訓練の時間に充てていました。
一色くんに休息の重要性を説かれてからは、ある程度休むようにはなりましたけど。
天羽さんや一葉ちゃん、光凜さんも訓練に余念はありませんが、彼女たちは家の仕事もあるらしく、毎日と言う訳ではありません。
早乙女さんたちは、天羽さんと行動をともにすることが多いみたいです。
天羽陣営と名乗るだけはありますね。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、要するに今のわたしは自由のはずでした。
……過去形なのは、今まさにそれが変わろうとしているからです。
「買い出し、ですか……?」
「うんうん。 授業で使う資材が少なくなって来たから、補充したいと思ってね。 勿論、お金は出すわよ」
教室を出ようとしたわたしは、橘先生に捕まりました。
両手を合わせて拝むようにしていますが、何故だかニコニコ笑っています。
そんな彼女を見たわたしは、言い知れぬ嫌な予感がしました。
とは言え、緊急の予定はありませんし、断るのも申し訳ないです。
瞬時に結論を出したわたしは、快く引き受けることにしました。
「わかりました。 何を買って来たら良いですか?」
「チョークとかレポート用紙とかね。 詳しいことはメモに書いてあるから、それで確認して頂戴」
「はい。 では、行って来ますね」
橘先生から買い物袋とメモ、軍資金を得たわたしは、すぐに行動に出ました。
ところが、彼女と擦れ違おうとした、その瞬間――ガシッ、と。
肩を掴まれて、引き止められました。
不覚にも、反応出来ませんでしたね……。
油断していたとは言え、橘先生の実力の片鱗を見た気がします。
それはそうと、何のつもりでしょう?
彼女の真意がわからないわたしは、率直に尋ねようとして――
「それで、何の用だ」
教室に入って来た一色くんが、不機嫌そうな声を発しました。
驚いたわたしは瞠目しましたけど、橘先生の笑顔はより一層深くなったように見えます。
まさか……。
この時点で事情を察したわたしは、なんとか抵抗を試みようとしましたが、橘先生の前では無力でした。
「来たわね。 じゃあ、行ってらっしゃい」
「待て。 何がじゃあか、サッパリわからない」
「良いから、良いから。 あとのことは、無明さんに聞いてね。 てことで、よろしく」
一方的に言い残した橘先生は、シュタタタとコミカルな動きで走り去りました。
廊下を走ってはいけません……。
などと恨み言を呟く余裕もなく、恐る恐る一色くんの様子を窺います。
すると彼は、こちらを真っ直ぐに見ており、説明を求めているようでした。
うぅ……どうしてこんなことに……。
ガックリと肩を落としたわたしは、ポツリポツリと言葉を落としました。
「えぇと……。 橘先生から、買い出しを頼まれました……。 授業で使う資材を、補充したいとのことです……」
「……なるほど」
わたしから最低限の説明を受けた一色くんは、橘先生が去った方に視線を向けて、溜息をついていました。
気持ちは良くわかりますよ……。
内心でコクコク頷いたわたしは、少しばかりぎこちない笑みを浮かべて告げました。
「その……この程度の買い出しなら1人で充分なので、わたしが行って来ますね」
端的に断りを入れて、歩き出します。
しかし、すぐに立ち止まることになりました。
手に持っていた買い物袋が、取り上げられたからです。
今度は油断していなかったんですけどね……。
微妙に自信を失いそうになりながら振り向くと、一色くんが真顔でメモを確認していました。
そしてすぐに顔を上げ、教室を出ようとします。
ほぼ予想通りの行動ですけど……させませんよ。
「待って下さい。 わたしも行きます」
「必要ない。 お前も言っていただろう? 1人で充分だ」
「だったら、わたしだけで行きます。 元々、最初に頼まれたのはわたしですから」
「俺も呼び出された以上、放り出す訳には行かない。 もしかしたら、ペナルティを受けるかもしれないからな」
「それを言うなら、わたしだってそうです。 とにかく、一色くんにだけ任せるのは嫌です」
廊下に出る手前で、真っ向から視線を交換しました。
一色くんの迫力は凄まじいですけど、わたしにも譲れないことはあります。
ほとんど睨み合いに近い状況が続き、空気が張り詰めました。
しかし――
「……行くか」
あまりにも不毛に思ったのか、一色くんが観念したように嘆息しました。
ふぅ、粘り勝ちですね。
いえ、何の勝負か良くわかりませんけど……。
とにもかくにも同行許可を得たわたしは、無言で足を踏み出した一色くんを追って、街を目指します。
校舎を出て、寮に帰るのとは別の道を歩き、人が多い方へ。
あまり街に来ることはありませんが、ガイゼルの侵攻の爪痕は見受けられませんね。
すっかり活気が戻っていて、とても賑やかです。
大通りをたくさんの人が行き交い、屋台も数多く出ています。
自然と気分が明るくなったわたしは、笑みがこぼれました。
隣を歩く一色くんに意識を向けると、常と変わらない無表情で、何を考えているのか判然としません。
たぶん、不機嫌ではない……と思うんですけど……。
と言いますか、今更ですけど……ふ、2人きりなんですよね。
いえ、まぁ、部屋ではずっとそうなんですが。
でも、2人でお出掛けと言うのは、少し特別な感じがします。
あ……買い出しと言うことは、重々承知していますよ……!?
ただわたしは、純粋にこの状況の希少性について語っているのであって――
「……ッ!?」
肩を抱かれました。
一色くんに。
密着した彼の体は、細身ながら引き締まっていて、とても力強い……ではなく……!
こ、このようなところで、何のつもりですか……!?
人前でこう言うことは恥ずかしいと言いますか、人前じゃなくても精神的に厳しいと言いますか……!
だからと言って嫌かと言えば、そうとも言い切れず……あぁ、もう……!
わたしは、何を考えているんですか……!
完全に思考がショートしたわたしは、耳まで顔が赤くなっているのを自覚しつつ、チラリと一色くんを見上げ――ジト目と見つめ合いました。
えぇと……あれ……?
なんか、思っていた感じではないような……。
ますます混乱していると、一色くんがわたしの背後に目線をやりました。
考えが追い付かないまま、つられて振り向くと、そこには酔っ払った男性が倒れていました。
つまり……男性とぶつかりそうだったから、助けてくれた……と……?
真実を思い知ったわたしは、飛び退く勢いで一色くんから離れ、深々と頭を下げました。
「す、すみません……! ま、周りが見えていませんでした……!」
いろんな意味で、恥ずかし過ぎます……!
あまりにも情けなくて、視界が涙で滲んで来ました……。
いっそのこと、この場から消え去りたいとすら思いましたが、聞こえて来たのは意外な言葉でした。
「少し休憩しよう」
「へ……?」
「あの店に入るか」
「い、一色くん……?」
「何だ?」
「お、怒っていないんですか……?」
「別に、怒っていない。 ただし、今後は気を付けろ。 敵はどこに潜んでいるか、わからないからな」
「……はい、肝に銘じます」
淡々とした一色くんの声は、わたしの心にスッと入って来ました。
そうでした、彼は無駄に長々とした謝罪や後悔を望む人ではありません。
そのような暇があるなら、即刻改善するべきです。
1度深呼吸したわたしは落ち着きを取り戻し、一色くんと対峙しました。
彼は相変わらずの鉄仮面ですけど、どことなく満足そうにしています。
そのことにわたしも嬉しくなりましたが、ひとまずその気持ちは横に置いて、一色くんが示したお店に目を向けました。
大通りに面している、こじんまりとしたお団子屋さんで、店先に長椅子が置かれています。
どうやら、買ってすぐに食べられるようですね。
一色くんらしくないチョイスに思えましたが、意外と甘い物が好きなんでしょうか?
だとしたら、今度何かお菓子を作るのも良いかもしれません。
などと思っていると、一色くんが真っ直ぐにお団子屋さんに向かって歩き始めました。
すぐにわたしも付いて行き、2人揃って中へ入ります。
外観同様、店内もさほど広くありませんでしたが、美味しそうなお団子が並んでいました。
特にわたしの目を引いたのは、三色団子です。
見た目が可愛いですよね。
一色くんがどれにするのか気になったわたしは、それとなく聞こうとしましたが、その前に声が掛けられました。
「いらっしゃいませ! お2人様ですか?」
店の奥から出て来たのは、桃色の髪をツーサイドアップにした可愛らしい少女。
フリルを散りばめた給仕服を身に纏っていて、とても似合っています。
首には黒いチョーカーを付けていて、お洒落だと思いました。
花のような満面の笑みを浮かべていて、眩しく感じます。
特務組の人たちで免疫が付いていたつもりですけど、これほどの美少女がまだいましたか……。
感心すると同時に、なんとなく一色くんの反応が気になります。
こっそり彼の顔を窺ってみると、いつもと何ら変わらない……ようで、ほんの微かな違和感がありました。
ですが、その正体は不明です。
どうしたんでしょう……?
内心でわたしは首を捻っていましたが、一色くんは平然と答えました。
「そうだ。 団子を売って欲しい。 出来れば、茶もあると助かる」
「かしこまりました! どれになさいますか?」
「俺はおはぎにする。 お前はどうする?」
「え……? あ……! わ、わたしは三色団子を……」
「おはぎと三色団子ですね! 有難うございます! 少々お待ち下さい!」
注文を受けた少女は、テキパキとした動きで準備を始めました。
その間も笑顔を絶やしていなくて、まさに看板娘って感じがします。
とは言え、わたしの感想はそれくらいのものでした。
しかし――
「見ない顔だな。 首都には最近来たのか?」
一色くんの問い掛けを聞いて、驚きました。
彼が他人に興味を持つことはない……とは言わないまでも、かなり珍しいです。
それにもかかわらず、初対面の少女に話し掛けた事実は、かなり衝撃的でした。
ですが、そんなわたしをよそに、2人は会話を続けます。
「はい、本当に最近ですね! あ! わたしは、桜葉玖乃って言います! 今後とも、よろしくお願いしますね!」
「俺は一色透真だ」
「む、無明夜宵、です……」
「一色さんに、無明さんですね! 覚えておきます! では、こちら商品になります! お待たせ致しました!」
「有難う。 行くぞ」
「は、はい……」
桜葉さんからお団子とお茶を載せた盆を受け取った一色くんは、店前の長椅子に座りました。
続いてわたしも、腰を下ろします。
彼から、少し離れて……。
この行動の意味は謎ですが、そう言う気分だったのです。
そんなわたしに何を言うでもなく、一色くんはおはぎを食べ始めました。
本音を言うとあまり食欲はありませんでしたが、わたしも三色団子に手を伸ばします。
ゆっくり口に含むと、ほど良い甘みが広がりました。
凄く美味しいです。
それなのに……どうして、こんなに悲しくなっているんでしょう……。
体感と心情の乖離が激し過ぎて、処理出来ません。
お団子を食べ終わったわたしたちは、再び買い出しに戻りましたが、それ以降言葉を交わすことはありませんでした。
団子屋を去った夜宵と透真。
その背中を玖乃は、笑顔で見送っていた。
だが、姿が見えなくなると、すぐに店内に戻り――
「あれが無明夜宵……。 確かに『核』の可能性はありそうだけれど、まだわからないわ。 もう少し、観察が必要ね」
極めて真剣な面持ちで、冷ややかな声を発した。
桜葉玖乃。
その正体は『十魔天』の九、クオン。
団子屋の看板娘として首都に潜り込んだ彼女は、本格的に調査を始めようとしていた。
夜宵の方から接触があったのは、彼女にとって予定外だったが、ラッキーだと思っている。
もっとも、自身の言葉通り結論を出せてはいない。
抑制具であるチョーカーに触れたクオンは、絶対にバレないことを優先して、仕事を全うしようと誓っていた。
そうして、今後のプランを練っていた一方で、彼女の頭には別の事柄が浮かんでいる。
「一色透真……。 詳細は不明だけれど、注意が必要ね」
おとがいに手を当てて、眉根を寄せるクオン。
彼女のターゲットはあくまでも夜宵だが、一緒にいた透真のことも無視出来なかった。
面倒が増えたと感じたクオンは、小さく溜息をついたが――
「こんにちは~! お団子売って下さい!」
幼い少女の声が聞こえた瞬間、営業スマイルを取り戻し、すぐさま応対に移る。
「いらっしゃいませ! どちらになさいますか?」
「えっとね~……ちょっと考える!」
「かしこまりました!」
早く決めろよ――とは、口が裂けても言わない。
今のクオンは、愛嬌溢れる団子屋の看板娘なのだから。
少女が団子を吟味している間、可憐な笑みを維持し続けつつ、彼女はこれからのことに思いを馳せていた。




