第1話 いつでも傍に
ガイゼルの侵攻が収まって、1週間が経ちました。
良い天気が続いていて、今日も快晴の空が広がっています。
その間は特に大きな事件は起きず、比較的平穏な毎日が続いていました。
もっとも、相変わらず魔物との小競り合いは続いており、他の生徒たちは任務で忙しいようなので、油断する訳には行きません。
以前のように、いつ、何が起きるかわかりませんし。
ヒノモト全体にその意識が根付いたらしく、警戒の度合いが高まっているように感じます。
それ自体は悪くないと思う一方で、あまり気を張り詰め過ぎるのも、考えものではないでしょうか。
理想は、適度に緊張感を保ちつつも、無駄に気負い過ぎない――と言う状態だと思います。
まぁ……これは半ば以上、彼の影響なんですけど。
「ふッ……!」
鋭く速い、袈裟斬りを放って来る一色くん。
言い忘れていましたが、今は毎日恒例の早朝訓練中です。
厳密に言えば、わたしが挑み掛かっているだけで、一色くんは反撃に徹しているだけ――と言う体ではありますが。
……て、呑気に言っている場合ではありません……!
「はぁッ……!」
一色くんの斬撃を、わたしは『葬命』で跳ね上げました。
本来なら威力負けしていたでしょうけど、刀身の峰から魂力を噴出することで、出力を上げた結果です。
これはガイゼル戦でも使った奥の手ですが、ここ暫くの訓練を経て、負担を少なく使えるようになりました。
【一筆魂書】に頼らないことを決めたわたしにとって、地力を上げるのは必須事項ですからね。
わたしの反撃が予想外だったのか、一色くんの片眉が、ほんの少しだけピクリと動きました。
しかし、彼は即座に体勢を立て直し、真一文字の一撃に繋げます。
この辺りの無駄のなさは、本当に素晴らしいですね……。
などと感心しながらも、わたしは行動に移っていました。
足裏から魂力を噴出し、高速のバックステップを敢行します。
それによって一色くんの攻撃をやり過ごし、仕切り直すように間合いを開けました。
以前よりもスムーズに魂力を扱えるようになっているのは、間違いなく一色くんとの訓練の成果ですが、ガイゼルとの一戦を経験したからでもあります。
あの戦いが結果として、わたしの殻を破る役割を担っていました。
だからと言って、感謝する気は毛頭ありませんけど。
距離を取って視線を交換する、わたしと一色くん。
戦闘中の彼は、いつにも増して素敵……で、ではなく、研ぎ澄まされた雰囲気です。
ジッと見つめられると正直なところ落ち着きませんが、だからと言って気を抜きはしませんよ。
一色くんが真剣に相手をしてくれているのに、わたしが不甲斐ない戦いをする訳には行きませんから。
そうして心を落ち着けたわたしは、自分から仕掛けようとしました――が――
「少し上げるか」
一色くんの口から、ポツリと言葉がこぼれ落ちました。
上げる?
何をでしょう?
内心で疑問に思ったわたしですが、答えはすぐに判明しました。
「……ッ!?」
これまでで最速のスピードで踏み込んで来た、一色くん。
驚きのあまり、目を見開いて絶句してしまいましたが、体は辛うじて反応してくれました。
逆袈裟に斬り上げて来た一色くんの刀を、体の前に割り込ませた『葬命』で受け止め――られません……!
「判断が甘い」
「う……!」
無慈悲に言い放った一色くんの一撃は、想像以上に重く、軽々とわたしを弾き飛ばしました。
ダメージ自体はほとんどありませんが、精神的なショックはかなりのものです。
それでもわたしは、空中で体勢を立て直しつつ着地すると同時に、全力で駆け出そうとして――
「視野が狭い」
眼前に、刀の切っ先を突き付けられました。
はぁ……強過ぎます。
知っていましたけど、改めて一色くんの規格外な実力を肌で感じました。
負けを認めたわたしは大きく嘆息して戦闘態勢を解き、深く頭を下げてお礼を言います。
「今日も有難うございました。 お陰で、良い訓練になりました。 ……最後は、全く相手になりませんでしたけど」
付け加えた言葉は事実ですが、ほんの少し拗ねたような言い方になってしまいました。
我ながら、子どもっぽいですね……。
恥ずかしさから顔が赤くなるのを感じて、思わず目を背けてしまいます。
ところが、一色くんの反応は意外なものでした。
「悲観する必要はない。 お前は、間違いなく強くなっている」
「え……? ほ、本当ですか……?」
「あぁ。 先ほどの俺の攻撃に反応出来たのが、その証拠だ」
「ですが……結局受け切れず、追い詰められてしまいました……」
「そこを求めるのは、まだ早い。 段階を上げたばかりなのだから、これから徐々に対応出来るようになるだろう」
「あ、有難うございます……」
予想外の高評価を受けて、俯いてしまいました。
なんだかむず痒くて、モジモジしてしまいます。
一色くんのことですから、お世辞などではなく、本当だと思いますし……素直に嬉しいですね。
ただし、彼は決して甘いだけの人物ではありません。
「とは言え、『十魔天』と単独でやり合うには力不足だ。 そのことは、肝に銘じろ」
「……わかっています」
「どうだかな。 お前は、たまに無茶をするから、信用ならん」
「まだ言っているんですか……?」
腕を組んでこちらを見下ろす一色くんの目を、内心で困りながら見返しました。
ガイゼル戦の際にわたしが取った行動を、未だに指摘して来るんですよね……。
確かにあのときは無鉄砲でしたけど、反省していると何度も言っているのに……。
心配してくれるのは有難いですが、少々過保護ではないでしょうか。
そう考えたわたしが進言しようとすると、その前に顔を背けた一色くんが声を発しました。
「まぁ、良い。 それよりも、他の連中の戦いを見ておけ。 連携を取るにしろ何にしろ、理解を深めるのは重要だ」
「あ……わ、わかりました」
なんだか誤魔化された気がしますけど……大人しく頷いたわたしは、視線を転じました。
その先では、天羽さんが早乙女さん、白河さん、桐生さんの3人を相手にしており、一葉ちゃんと光凜さんが模擬戦を繰り広げています。
どちらも気になりますが……まずは天羽さんたちから見学しましょうか。
隣をチラリと見ると、一色くんも真剣な面持ちで彼女たちを眺めています。
そのことを確認したわたしも頭を切り替えて、集中し直しました。
見たところ、天羽さんは基本的に受けに徹していて、早乙女さんたちが攻める形のようですね。
ちなみに、魔族との戦いで重傷を負った早乙女さんたちですが、今ではすっかり全快しています。
【一筆魂書】で【治癒力】を書きましたが、無事で本当に安心しました……。
まぁ、本人たちは休んでいた分を取り返したいようで、この早朝訓練に参加している訳ですけど。
不利な状況を作られたとは言え、魔族に敗北したことで、自分を鍛え直そうとしているとも聞いています。
その気持ちはわかりますし、実際に早乙女さんたちは本気で天羽さんに挑んでいますが、やはり『肆言姫』の名は伊達じゃないですね。
「未来予知に頼り過ぎだ、美紗。 そのようなことでは、すぐに魂力が尽きるぞ」
「はい! 気を付けます!」
天羽さんの風の刃を未来予知で躱した早乙女さん――の先を読んで、別の風の刃が放たれました。
早乙女さんはなんとか交差した苦無でガードしましたが、肩で息をしており、色濃い疲労が見て取れます。
「伊織、考えている時間が長過ぎる。 それはつまり、相手にも考える時間を与えると言うことだ。 もっと早く、それでいて正確な決断を下せるようになれ」
「……はい」
地面を凍らせて天羽さんの背後を取った白河さんが、腕に装着した氷剣を突き出しましたが、風の障壁で呆気なく防がれてしまいました。
あまりにも大きな力の差を感じたのか、白河さんは頬を膨らませています。
……可愛いですね。
「卓哉は、安全策を取り過ぎている。 無謀は駄目だが、ときには多少のリスクも受け入れろ」
「かしこまりました!」
桐生さんが生み出した大量の使い魔を、突風で吹き飛ばす天羽さん。
風の刃で仕留めないのは、恐らく桐生さんが生み出せる使い魔の上限が、1日で決まっているからでしょう。
それにしても……彼は本当に、天羽さんの言うことだけは素直に聞きますね……。
何はともあれ、早乙女さんたちの訓練相手を務めているように見える天羽さんですが、自分の訓練を疎かにしている訳ではありません。
むしろ、3人の『参言衆』と同時に戦うことで、対多数のスキルが向上しています。
【花鳥風月】は元々汎用性の高い言魂ではありますけど、今ならもっとその強みを活かせるのではないでしょうか。
こっそりと一色くんの様子を窺うと、彼もどことなく満足そうにしています。
むぅ……良いことのはずなんですが、何故かモヤモヤしますね……。
微妙に不貞腐れそうになりましたが、小さく頭を振って気を取り直し、今度は一葉ちゃんと光凜さんの模擬戦に意識を向けました――が――
「いい加減! に! 当たり! なさい! よ!」
「拒否するわ。 悔しければ、当ててみなさい」
「うる! さい! わね! あんた! こそ! 勝つ! 気! ある! の!?」
「当然でしょう? 今日だけで、わたしに何回斬られたと思っているの?」
「ふん! 何回! 斬られ! ようが! 効かなきゃ! 意味ない! のよ!」
「それを言うなら、当たらないと意味ないでしょう? もう少し、頭を使ったら? あぁ、ごめんなさい。 使える頭なんか、持っていなかったわね」
「むぅ~! 絶対! ぶっ飛ばす!」
何と言いますか、非常に喧し……コホン……賑やかです。
ただし、訓練内容自体は凄まじく、まさしく『肆言姫』同士に相応しいものでした。
基本的に攻め込んでいるのは、一葉ちゃん。
怒涛の勢いで拳打や蹴撃を中心とした体術を駆使して、光凜さんを攻撃し続けています。
【一騎当千】の力を宿したその一撃は、当たればきっと悶絶必至でしょう。
しかし、そこは流石の光凜さん。
トップスピードまで上がった【電光石火】によって、掠らせもしていません。
その上で、時折反撃しているのは見事と言うほかないですけど、一葉ちゃんの防御力を突破するには至っていないようですね。
完全に拮抗した膠着状態に陥っていますが、その中身は日を追うごとに変化しています。
一葉ちゃんは光凜さんの速度に対応するべく、体術の練度を上げていますし、光凜さんは追い付かせないように、フェイントや緩急に磨きを掛けていました。
要するに、同じ互角ではあっても、それぞれが強くなっていると言うことです。
何より特筆すべきは、成長の方向性が言魂に頼り切っていないことですね。
どれだけ強力な言魂を持とうが、最終的には素の実力がものを言うと、理解しているのでしょう。
これに関しては、一色くんが以前から主張していました。
そして、前回の戦いで彼を見直した一葉ちゃんたちは、完全ではないにしろ主張を受け入れているようです。
直接言葉にした訳じゃないですが、間違いありません。
一色くんたちが認め合うのは、良い傾向のはずですけど……なんとなく、微かな焦りを感じてしまいました。
この焦りが何に対するものかわかりませんが、今はひとまず忘れましょう。
チラリと横目で見た一色くんの表情は真剣そのもので、一葉ちゃんと光凜さんの成長を見守っているようでした。
わたしのことなど、頭にもないんでしょうね……。
無性に寂しくなったわたしが、目を伏せそうになった、そのとき――
「お前ならどうする?」
「え……?」
「九条の破壊力や、神代のスピード。 これらに対して、お前ならどう対処するのかと聞いた」
「え、えぇと、それは……」
「考えていなかったのか?」
「……すみません」
「訓練を見学するときは、常に自分が当事者のつもりでいろ。 そうしなければ、意味がない」
「そうですよね……」
一色くんの鋭い声音を聞いて、涙が溢れそうになりました。
ですが、今回はわたしが悪いです。
見学とは、文字通り見て学ぶこと。
彼の指摘は、至極真っ当でした。
考えを纏めたわたしが内心で自分に喝を入れていると、またしても一色くんの声が耳朶を打ちます。
ところが、その声は先ほどとは少しばかり温度が違いました。
「成長の為に使えるものは、何でも使え。 そして、誰より強くなれ。 いつでも俺が、傍にいられるとは限らないからな」
「……! はい、わかりました」
「良し。 では、俺は訓練を再開するが……挑んで来るなら、好きにしろ」
そう言って一色くんは、わたしから離れて構えを取りましたけど、どう見てもこちらが仕掛けるのを待っています。
もう……訓練に付き合ってくれるなら、素直にそう言ってくれれば良いのに……。
まぁ、一色くんらしいですが。
苦笑をこぼしたわたしは表情を引き締め、『葬命』に手を掛けます。
そして、真っ向から一色くんを見据えて、言い放ちました。
「参ります」
一色くんから返事はありませんでしたが、それはいつものこと。
魂力を利用して踏み込んで抜刀し、全力の一閃を繰り出しました。
それから暫くして訓練を終えたわたしたちは、揃って特務組の教室に向かいます。
訓練も大事ですけど、座学も忘れてはいけませんからね。
これが、今の日常。
しかし、わたしは知りませんでした。
このとき既に、新たな事件の影が迫っていたことを。




