プロローグ 3人の『十魔天』
ゴツゴツとした岩が飛び出ている、暗い洞窟の奥。
整備など全くされていないが、不気味な淡い紫の光が辺りを照らしている。
そして何より目を引くのは、洞窟には似つかわしくない豪華なカーペットと、高級そうなソファー。
そこに腰掛けて足を組んだ1人の青年が、微笑を湛えて口を開く。
「いやいや、ガイゼルくんには期待してなかったけど、思わぬ収穫があったね。 彼も完全な無駄死にじゃなかった訳だ」
夜宵の【一筆魂書】によって敗れた『十魔天』、ガイゼル。
青年は彼の死を何とも思っていなかったが、それに反して少し興奮した口調だった。
派手な赤いスーツに身を包み、魔族の特徴でもある銀髪は、癖の付いたやや長め。
名をヴィジルと言い、『十魔天』の一角を担っている。
そんな彼の言葉に反応したのは、しわがれた老人を思わせる声だった。
「早合点するな、ヴィジル。 あの小娘が『核』かどうかは、まだ判明していない。 あくまでも、その疑いがあると言う段階だ」
「わかってるさ、ラザロスくん。 でも、キミだってガイゼルくんの手伝いをしてたんだ。 どうせなら、成果があった方が良いだろう?」
「儂もガイゼルには大して期待していなかった。 成果がなかろうが、痛くも痒くもない」
「やれやれ、見た目通り枯れてるね」
苦笑しながら肩を竦めるヴィジル。
一方、ラザロスと呼ばれた魔族は、なるべく光の当たらない場所を選んで佇んでいた。
ボロボロのフーデッドローブを身に纏い、雑に切られた髪が覗いている。
長い前髪が表情を隠しているが、年老いた外見と言うことはわかった。
ただし、漂って来る気配は並々ならず、手に握った禍々しい杖が異様な迫力を発している。
彼も『十魔天』の1人だが、ヴィジルとは様々な意味でタイプが違っていた。
そして、この場に集まった『十魔天』は、彼らだけではない。
「何にせよ、確かめてみるしかないでしょう? わたしが直接、探って来るわ」
はっきりと宣言したのは、黒いゴスロリ風ドレスに身を包んだ、小柄で可憐な少女。
壁に寄り掛かって腕を組み、瞑目している。
美しい銀の髪をツーサイドアップに纏め、ヘッドドレスで飾っており、胸元は充分に女性を強調していた。
文句なしの美少女ではあるが、隙は毛ほども見当たらない。
ヴィジルとラザロスも、彼女には一目置いている。
ただし、簡単に主張を受け入れることは出来なかった。
「待ちなよ、クオンちゃん。 キミほどの魔族が首都に潜入するだなんて、無茶じゃないかな? ほら、僕らはガイゼルくんのように、【聡明叡智】のパターンを解析出来ないんだし」
「ガイゼルは他の『十魔天』と違って、知略で上り詰めた男だからな。 実力では確実に儂らの方が上だが、だからこそ【聡明叡智】には引っ掛かり易いはずだぞ」
ヴィジルとラザロスの反論は夜宵たちにとって、2つの側面を持っている。
1つは、ガイゼル以外に【聡明叡智】の弱点を突ける者がいないと言う吉報。
もう1つは、あれほど苦戦したガイゼルが、『十魔天』では最下位に位置する凶報。
もっとも、どちらにせよ夜宵たちがこの事実を知ることは、現時点ではないのだが。
2人から言い返されたものの、クオンが一切動じることなく言葉を紡ぐ。
「あの人たちが作った、抑制具を使うわ」
「あの人たち……『黙四卿』か。 彼らは、例の研究に集中しているのではなかったか?」
「その通りよ、ラザロス。 抑制具は、その研究の過程で生まれた副産物らしいわ」
「ふぅん、副産物か。 『十魔天』のトップ4に君臨する『黙四卿』が何を作ったか、興味あるね」
「ヴィジル、これに関しては大したものではないわよ。 単に、装着者の魔力を限りなくゼロにまで抑えるだけ」
「どこが大したことないのだ、クオン。 それがあれば、首都だろうがどこだろうが、簡単に潜り込めるではないか」
「残念ながら、そう簡単には行かないわよ、ラザロス。 だって抑制具は、1度装着したら魔界に戻るまで、外せないのだから」
「なるほどね……。 潜入するだけなら大丈夫だけど、そのまま戦うことは出来ないってことかい?」
「そう言うことね、ヴィジル。 だから、わたしはあくまでも情報収集するだけよ。 その後の動き方に関しては、それから決めましょう」
そこで目を開いたクオンがヴィジルとラザロスを見やると、彼らは揃って無言で頷いた。
それを確認したクオンは再び瞳を閉じ、沈黙状態に入る。
彼女の態度に苦笑したヴィジルは、次いでラザロスに確認を取った。
「ところでラザロスくん、ヒノモト北端と南端の陣の維持は続けるのかい? ガイゼルくんの援護の為にやってたんだから、もう良い気がするんだけど」
「いや、陣の維持は続行する。 仮に首都を攻めることになった場合、九条陣営と神代陣営の『参言衆』は邪魔だからな。 これまで通り、釘付けにさせてもらおう」
「まぁ、それもそうか。 なら僕は、そろそろ決着を付けようかな。 『肆言姫』の足止めにも飽きて来たし、1人くらい始末しておくよ」
「油断するなよ、ヴィジル。 黒咲夢愛は厄介な使い手だ。 そこに配下の『参言衆』も加われば、侮れん」
「わかってるさ。 黒咲陣営の力は、ずっと相手にして来た僕が誰より知ってるよ。 だからこそ、負けないって言い切れるんだけど」
爽やかな笑みを浮かべるヴィジル。
しかし目は笑っておらず、むしろ獰猛な気配を感じた。
ここで明らかになった事実。
ガイゼルの侵攻の際に動けたのは、夜宵と透真に、四季、一葉、光凜たち『肆言姫』、そして天羽陣営の『参言衆』。
他の特務組は任務で手を離せず、その妨害を行っていたのが、何を隠そうヴィジルとラザロスだったのだ。
そしてガイゼル亡き今、彼らは新たなフェーズに移行しようとしている。
見た目や口調とは違って、かなり好戦的なヴィジルに嘆息しつつ、ラザロスは懐から大きな杭を取り出した。
光を反射しない闇のような黒一色で、放たれているプレッシャーが尋常ではない。
それを見た瞬間、ヴィジルの笑みが消えて真剣な面持ちになり、クオンも目を開けている。
そんな2人の反応に満足したラザロスは、杭を大事そうに両手の上に乗せ、重々しく口を開いた。
「クオン、儂にも抑制具を用意して欲しい」
「……どうするの?」
「魔王様より預かったこの杭を、首都の中心部に打ち込む。 ついでに、結界の準備もしておこう。 上手く行けば、『核』を手に入れながらヒノモトを落とせるかもしれん」
「ちょっと待ってよ。 首都に結界を作ったら、確実に【聡明叡智】に察知されるんじゃないのかい?」
「案ずるな、ヴィジル。 ガイゼルが言うには、【聡明叡智】はあくまでも、意志のある魔物や魔族にしか反応せんらしい。 つまり、意志を持たない儂の結界は、発動するまで気付かれんはずだ。 問題は儂自身が首都に入れんと言うことだったが、抑制具があればその問題をクリア出来る」
「……良いわ、『黙四卿』に掛け合ってあげる。 その代わり、まずは『核』の真偽を確かめるのが先決よ。 貴方の結界を使うかどうかは、状況次第だと言うことを忘れないで」
「無論だ。 では、その方向で動くとしよう」
「オーケーだよ。 さて、面白くなって来たな」
言葉通り愉快そうに笑うヴィジルと、静かに姿を消したラザロス。
対するクオンもその場をあとにして、洞窟の出口を目指した。
今の話し合いには、特に不満はない。
魔族として、『十魔天』として、やるべきことをやる。
無明夜宵に接触し、『核』かどうかを調べるのが自分の役目。
その過程で人間と戦うことになるなら、容赦する気はない。
『肆言姫』だろうが、『参言衆』だろうが、一般市民だろうが、邪魔をするなら排除してみせよう。
足を止めないまま、クオンはそう考えていたが――
『命は平等だ。 そこに、魔族も人間も関係ない』
遥か昔の教えが、彼女の思考をほんの微かに揺るがした。
しかし、ゆっくりと頭を振ったクオンは小さく息を吐き、自分に言い聞かせるように言葉を連ねる。
「あのお方は、もういないわ。 今のわたしは『十魔天』の九、クオンよ。 まずは『黙四卿』に連絡して、抑制具を受け取らないとね」
敢えて言葉にしたことで立ち直ったクオンは、より一層力強く足を踏み出す。
こうして3人の『十魔天』が動き出し、またしても夜宵とヒノモトに危機が迫るのだった。




