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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第四部
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第四章 審判の日Ⅱ

 正午になる間際、シオンとエレオノーラは、予定よりも一時間以上早く王宮に着いた。この時間、ステラはまだ公務中で、今はとある小国との会談に臨んでいるはずだ。王都で時間を潰すにしても中途半端な時間であるため、二人は王宮内で待つことに決めた。王宮の案内係にその意向を伝え、客室へ向かって廊下を歩いているさなか――ステラに遭遇したのは、そんな時だった。


 ステラは、両隣にユリウスとプリシラを従え、何やら三人で話し込みながら表情を険しくしていた。

 だがそれも、シオンとエレオノーラを見るや否や、大国の女王の顔つきから年相応の無邪気な少女のそれに変わった。


「忙しそうだな」


 シオンは小声で、労しそうに零した。

 そんな彼の胸中など知らず、ステラは小走りで駆け寄ってきた。様になっていた小奇麗なスーツ姿が、瞬く間にしわくちゃになる。


「シオンさん、エレオノーラさん!」


 主を見つけた子犬のような笑顔でステラは二人に声をかけた。

 だが、それは可愛らしさよりも、どこか健気で不憫な雰囲気を漂わせていた。前に顔を合わせてからひと月も経っていないにも係わらず、ステラの顔の輪郭は以前より骨格が目立つようになっており、誰の目から見ても疲れを感じさせるものであった。


「だいぶ痩せたね。やつれたって感じかな」


 苦笑交じりにエレオノーラが言うと、ステラも同じような顔を返してきた。


「エレオノーラさんもじゃないですか」

「色々あったからね」


 お互いに軽口を叩いたあと、エレオノーラとステラは姉妹のように抱擁を交わす。

 傍らで、シオンはステラの後方に目を向けた。彼女の後に続いてきたユリウスとプリシラが、各々の態度で挨拶をしてくる。


「少し早く着いてしまったが、今、時間取れるか?」


 シオンが言うと、先にステラが反応した。


「プリシラさん、大丈夫ですよね?」


 プリシラは手元の懐中時計を確認し、頷いた。


「前の会議が一時間以上早く終わったので、ステラ様のお身体に問題がなければ大丈夫です」


 短い二人のやり取りを見たシオンは、少しだけ怪訝に眉を顰めた。


「お前たち、ステラの護衛だけじゃなく、秘書みたいなこともしているのか」


 ユリウスとプリシラは、教会からの正式な意向として、ログレス復興までの女王護衛役としてここに派遣されていた。通常であれば、騎士が一国の要人に付きっ切りの状態になることは教会の中立性を損なうとして問題視される事案であったが、世間からの反発は少なかった。無論、ガイウスがあらゆる政界へ根回しをしたことが直接的な要因ではあるが、結果的にそれも不要だったのではとすら思わせるほど、大陸社会は静かだった。軍事大国ガリア公国の覇権主義を正面から打ち倒し、自らの手で主権回復を勝ち取った若き女王という響きが、今の殺伐とした大陸情勢において、外野からの有無を言わさない圧倒的な政治実績として爪痕を残したことがすべてなのだろう。

 ログレスとステラの影響力が高まること自体は、シオンたちの個人的な思いとしては願ったり叶ったりの状況ではある。だがそれも、結局はガイウスが描いた絵の上の結果という他ならぬ証明でもあり、素直に喜ぶこともできなかった。


 先のシオンの問いに、ユリウスは肩を竦める。


「ログレスの政治家たちもまだ信用ならねぇからな。教皇と総長、両方からのお達しだ。政治面でもフォローしてやれってな」

「この国の政治家たち、ステラに近づけないことで不満を抱えそうだな」


 ステラと政治家の接触には必ず騎士――教会を仲介させることで、彼女に近寄る不届き者は一切許さないという強固な教会の姿勢は、シオンの言葉通り、政治家たちにとっては多大なストレスに他ならない。その状況で起こるのは、女王への忠誠度を確認する我慢比べだ。

 つまりは――


「ああ。女王に協力的だった奴らも、徐々に敵意を見せ始めている。内政干渉だって騒ぐ奴らも出始めた。だがそれも、教皇の計算の内なんだろうよ」

「選別者をさらに振るいにかけている、か……」


 ガイウスが実行しようとしている人類の間引き――次の世界に渡るための抽選会が、今まさに行われている有様なのだ。


 その実態を暗に会話へ照らし合わせるかのように、プリシラが重々しく口を開いた。


「政治家たちは重箱の隅を突くように色々指摘してきますが、ログレスの現政権は非常に安定しており、ステラ様の国民からの支持も非常に厚いです。ガリアから主権を取り戻し、教会とグリンシュタットの支援を得て急速な復興を実現していることが、何よりの結果だとして」


 それにユリウスが頷いた。


「俺とプリシラも女王から教皇の計画を聞いたが――皮肉なもんだな。今の女王の立ち回りが上手くいけばいくほど、教皇の言っていたことが現実味を増していく。既存の政治家を排除したうえで、女王の人望と有能な人格者たちの力で理想的な社会が出来上がっていく。あの計画については、非人道的なことと将来的な継続性がないこと以外、ぐうの音もでねぇよ」


 珍しく論破されたかのようにユリウスが弱音を吐いた。

 シオンはそれに、少し不快感を露にしてムッと顔を歪める。


「その二つが許容できない規模であることが問題なんだ。数字の数合わせで限られた結果を出すなんてこと、やり方を知っていれば誰だってできる。俺たちが直面しているのは金勘定みたいなビジネスの話じゃないんだ」


 釘を打ち込むようなシオンの指摘に、ユリウスは詫びるように微笑した。


「それもそうだな」


 自分たちで話しておきながら、勝手に負け犬的な雰囲気になってしまった。

 そんな空気を変えるつもりだったかどうかは定かではないが、不意にエレオノーラがステラに嬉々とした表情を見せる。


「それにしても、一時間も会議が早く終わるだなんてラッキーだったね。久しぶりに少し長く話せそう」


 だが、対するステラの反応は芳しくなかった。

 つられて、エレオノーラの顔も曇る。


「どうしたの? あ、もしかして疲れて休みたい?」

「いえ、お話できるのは嬉しいんですが……」


 ステラはそこまで言って、話し辛そうに顔を俯けた。


「何かあったのか、その会議で?」


 シオンが訊くと、ステラはプリシラに視線を送った。

 プリシラは軽く頷いたあと、口を動かす。


「大国としての威厳と地位を取り戻したログレスの影響力は、我々の想像以上でした。とりわけ、あの軍事大国であるガリアを退けた反響は非常に大きく、多くの小国がそれに肖ろうと、ステラ様に接触しているのが現状です」

「小国を援助するなんて、復興中の今のログレスができるわけだろ。なんだ、その厚かましい国は?」


 これからちょっと滅ぼしてくる、と付け足しそうなほどに苛立った口調でシオンが言った。

 それを宥めるように、今度はステラが説明を始めた。


「援助ではないんです。ただ、支持をしてほしいとのお願いが多く、対応に手を焼いています」


 シオンとエレオノーラは揃って小首を傾げた。


「支持ってなんの?」

「軍事力を用いた他国への報復――という名の、侵略です」


 瞬間、シオンの目がいよいよ鋭くなる。


「どういうことだ?」


 そんなシオンに釣られたように、ユリウスが表情を険しくする。


「今回の件は、長年続くガリアとの因縁にログレスが軍事力で決着をつけた歴史的な転換期だ。それを勝手に好例と受け止めて、周辺諸国と一戦やらかそうってアホな小国がぞろぞろ出てきたんだよ」

「小国地帯は元々国同士の小競り合いが多い状態でした。そこへ、大国同士の争いが一つの結果を残したことで、我々も後に続けと勝負に出始めたのです」


 プリシラが補足して、ステラはさらに落ち込んだ。


「私が騎士団――いいえ、教皇庁も含めた教会そのものに太いパイプがあることに目を付けているんです。小国地帯は、騎士団の各支部と十字軍が目を光らせていることで秩序を保っているのが現状ですが、その圧力を緩めるように進言できないかと」


 これには堪らず、シオンも頭を抱えた。眉間を手で押さえ、湧き上がってきた静かな怒りを必死に鎮めようとする。


「……俺もユリウスの事を言えないな。今少しだけ、ガイウスの計画が正しいと思ってしまった」

「今度お前も会議に出てみろよ。頭おかしくなってくるぜ」


 ユリウスも自分で言っておきながら一切笑えないと、呆れの溜め息を吐いた。


「そういった小国は、ステラ様が協力した見返りにはログレスの復興を援助すると申し出ています。が、当然、すべて断り続けています。しかし、一向に折れる気配もなく……」


 それにプリシラも続き、エレオノーラが憐憫の眼差しでステラを見た。


「そりゃあこんなにやつれちゃうよね……」


 言われたステラは、面目なさそうに頭の後ろを掻いた。

 その傍らで、シオンが懐から封筒を取り出す。それは、ステラから預かっていた、選別された人類の名簿リストだ。


「……“こいつ”が、聖書の新しいページに刻まれることになるかもしれないな。冗談抜きに」

「私も段々、“それ”が神聖なものに思えてきたんです。笑えない冗談にしたいですよ……」


 ステラのその言葉は、願いというよりも、祈りに近い声だった。

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