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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第四部
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第四章 審判の日Ⅲ

 小国地帯全域で武力的な緊張が高まるなか、とある小国では今まさに防衛力強化のための兵器配備が行われようとしていた。隣国からの軍事力を用いた威圧的な領土保有の主張が苛烈になったことに備え、国境近くに新たな軍事基地の建設が計画されており、今回の兵器配備もその一環であった。

 だが、計画発表当初から近隣住民の反発が非常に強く、物理的な反対運動によって円滑に進むことは一向になかった。


 そこで、大統領自らが地域住民の理解を求めるため、今日この日に説明会の場を基地の建設予定地にて実施した。国際情勢を鑑みた妥当性を保証するため、立会人として教会から枢機卿を呼び寄せての大規模な説明会だった。


 これでようやく自国を守る段取りが整う――説明会当初、大統領はその目論見でいた。脅威が顕在化した今、防衛力の強化に教会が異を唱えることはないだろうと。

 しかし――


「今なんと仰いました!?」


 説明会の中盤で、大統領は声を張り上げた。驚きで見開かれた目には、立会人として招いた枢機卿――パーシヴァル・リスティスが映っている。

 パーシヴァルは、大統領に替わって壇上に立ち、自身の声がマイクに拾われるようにした。


「国境への兵器配備は、近隣諸国への軍事的緊張を高めるとして、止めていただくようにと申し上げました」


 瞬間、それまで怒りと軽蔑の眼差しで置物のように固まっていた民衆から、大きな喝采が挙がった。

 大統領が慌ててマイクの電源を切る。


「お待ちください、パーシヴァル枢機卿猊下! 今我が国はまさに侵攻されるかどうかの瀬戸際にある状態です! 緊張を高めたとしても、国を守るためには必要な措置です! あちらを見てください! この瞬間にも敵兵が砲弾を撃ち込んでくるかどうかという状況なのですよ!」


 激しい剣幕で大統領が指差した場所には、その言葉通り、隣国が国境に沿って並べた多くの兵器がこちらに狙いを定めている光景があった。戦車や榴弾砲のみならず、それ以上の兵士たちが、まるで上官からの命令を待っているかのように整然と並んでいる有様だ。


 だが、パーシヴァルはそちらではなく、喜びの喧騒で乱れる住民たちの方を横目で見遣った。


「でも、ほら、見てくださいよ。彼らの拍手。こんなにも多くの国民が喜んでます」

「確かに、彼らの居住近くに兵器を配備することは非常に不愉快なことでしょう。ですが、ひとたび隣国からの侵攻が始まれば、真っ先に被害を受けるのは国境近くに生きる彼らなんですよ!」


 刹那、大統領に石が投げつけられた。最初の一投目を皮切りに、住民たちの席から次々と霰のように飛ばされる。

 住民たちは、怒りと正義、教会の後ろ盾を得たという優位性を孕んだ表情で捲し立てた。


「侵攻を受けないようにするのが政治家たちの仕事だろうが!」

「自分の無能を棚上げして俺たちに責任を擦り付けるな!」

「戦争反対! 戦争反対!」


 大統領は投石よりも、大気を震わせるこの批判の嵐に畏縮した。

 隣のパーシヴァルが、器用に石を避けながら肩を竦める。


「ってことらしいです」


 その他人事のような態度を見た大統領が、演台を手で激しく叩いた。


「それはすべてがうまくいった時の理想論でしかなく、現実的には――」

「いいじゃないですか。彼らがそれを望んでいるのだから。貴方がこれ以上、必死に正論を唱えて頑張る必要もないですよ。住民たちのお願い、叶えてあげましょ? きっと満足しますよ」


 大統領に一際大きな投擲物が当たろうとした間際、パーシヴァルは彼を守るように肩を組み、耳元でそう囁いた。

 大統領は驚きつつ、悔しさに強く歯噛みする。


「しかし――」

「それはそうと、教会からちょっとしたお願いがあります」

「……お願い?」


 周りの騒々しさを余所に、急に話を変えたパーシヴァルに、大統領は今度、困惑に眉根を寄せた。

 パーシヴァルはさらに顔を近づけ、耳元で囁くように言う。


「ログレス王国に、少しばかり滞在いただけませんか? ここに書いてあるヒトたちと一緒に」


 大統領に差し出されたのは、数枚の紙だった。そこには、この小国に住まう何人かの名前が記されている。


「な、なんですかこれは?」

「今はまだ詳しいことは言えないですが、そうですね……神託、と言ったところですかね」


 まるで答えになっていない説明に、大統領はさらに怪訝になる。


「もちろん、大統領がご不在の間は教会の方で政治なり軍事なりをケアしておきます。どうか、ごゆっくりとバカンス気分で行ってください」


 そう言って、パーシヴァルは一方的に大統領から離れた。

 大統領が、慌ててその背中を追う。


「ちょ、ちょっと! パーシヴァル枢機卿猊下! いったい何の話です!?」

「貴方は選ばれた――それだけのことです」


 未だ熱狂に沸く住民たちとは裏腹に、国境に控える隣国の兵士たちは、静かに戦火の時を待っていた――




 それから僅か一週間、かの小国は隣国からの一方的な武力侵攻を受けることになり、国土の半分以上が征服される結果となった。

 なお、最初に被害を受けた国境付近の住民は早期に降伏の意思を示したものの、漏れなく死亡、あるいは強制連行される結末であった。







 パーシヴァルが立ち合いをしていた同時刻――別の小国では、ランスロットがその国の王と会談中だった。

 内容は――


「い、移民の受け入れを緩和するだけで、本当に我が国を優遇していただけるのですか?」


 軍事衝突を見据えた難民の受け入れ体制を整える国に対する、教会からの支援申し入れだった。

 二人だけの静寂な会議室のなか、国王が疑心暗鬼の眼差しで対面に座るランスロットを見た。

 ランスロットはどこか冷めた顔で小さく鼻を鳴らす。


「優遇も何も、貴国にとっては昨今の大陸情勢を汲み取った重要な政策であると伺っておりますが? 大国化を目指すためには経済の成長が絶対条件。自国内で必要とする労働力を確保することが叶わないのであれば、外部から呼び込むしかないとの判断であると」


 教会の支援に係わらず、始めからその意向ではないのかという指摘に、国王は焦ったように何度も頷いた。


「え、ええ。仰る通りです。外国から多くの人材を呼び込み、経済を活性化させる政策は元々独自に検討していたことですから」

「であれば、我々からの申し出は渡りに船では? それとも何か懸念でも?」


 ランスロットのすべてを見透かすような冷たい眼差しに、国王は慌てて首を横に振った。


「め、滅相もございません! 仰る通りです! ただ、ご提示いただいた教会からの支援金の額が、それはもう使い切ることも難しいほどでしたので、少々驚いてしまい……」


 国王はそう言って、手元の資料に視線を移す。同時に、その口元が溶けるようににやついた。その小国では国家予算にも匹敵するほどの莫大な金額が、資料に記されていたのだ。


「資金の使い道はあなた方政治家にお任せます。移民の受け入れ数に応じて増額することも検討しましょう。有意義にお使いください」


 ランスロットはそれだけを言い残し、席から立ち上がった――




 会談から二週間後、国王は戦火から逃れた難民の受け入れを積極的に進めることで、教会から莫大な支援金を受け取ることになった。一方で、具体的な法整備を実施しないまま政策を推し進めたがために、かの国は社会的な機能不全に陥るほどの深刻な出血を強いられる結果になった。難民に扮した数多くの不法移民の入国を許したことによる急激な治安悪化は、元いた国民への文化、住居、肉体といった面で、あらゆる侵略を招いてしまったのだ。







 聖女アナスタシアの訃報が全世界に報じられたことで、暫くの間は各国首脳陣からの弔問外交の申し入れが続いた。この日も、とある小国の首相が聖女アナスタシアの墓に献花と祈りを捧げに訪れており、ガラハッドが案内役に立った。


 献花と祈りを終えた首相が、帰りの車を待つ間に、ルーデリア大聖堂の広間にてガラハッドに話しかけた。


「聖女アナスタシアが亡くなられたと聞いた時はどうなることかと思いましたが、さすがは教皇猊下ですな。しっかりとその意思を受け継ぎ、弱者に寄り添った多様な価値観を推進されるとは」


 首相の言葉に、ガラハッドは少しだけ顔を顰めた。


「ガリアが滅び、ログレスとグリンシュタットの力が強まった今、人種、種族を問わない人権尊重の機運が自ずと大陸全土で高まっている。これは教会の意思ではなく、大陸各国の民意である側面が強い」


 特別、教会として聖女アナスタシアの意向をくみ取った活動をしているわけではないと、静かに否定した。

 だが、首相はそれを謙遜と受け取ったようで、冗談を聞いたかのように大きく笑う。


「まったく以てその通りですな。もはや奴隷制など時代遅れ。すべてのヒトに確固たる人権が与えられ、公平、平等に生きる機会があるべきなのです。聖女アナスタシアは女性の尊厳についても強く訴えられておられました。それに倣い、我が国では全国的な風紀向上のため、娼館などの低俗な施設の撤廃、有害な書籍の規制、廃刊も進める予定です。どうか、教会からもご支持を頂けますと……」

「好きにしろ。それで本当に国民の意識が変わると思うならな」


 唐突に政治的な打診がされたが、ガラハッドは顔色を変えず、淡々とした態度を変えなかった――




 それから三週間ばかりが過ぎた頃、その国では首相の言う通りの政策が進められた。しかし、結果は理想としていたものとは程遠く、真逆とさえ評価されることになった。

 奴隷という立場を失った人々はそれ以外の社会での生き方を知らず、単純な生存戦略として犯罪行為に走る者が大多数だった。同時に、奴隷という労働力を失った経済は、瞬く間に社会基盤を崩壊させた。

 また、娼館の違法化、有害書籍の規制、廃刊に伴う風紀向上の効果も薄く、あまつさえ実態としては悪化の傾向を示した。職を失った娼婦という人材が闇社会に流れ込み、人身売買の常習化が爆発的に進んでしまったのだ。

 そういった困窮者を救うべく、大量の税金が救済措置につぎ込まれることになったが、国民からの強烈な反発を喰らうことになり、政府の失策の責を問う、内乱に近い暴動が国内各地で引き起こされる結末を招いた。

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