第四章 審判の日Ⅰ
魔術師協会の附属病院、そこの一室で、今しがたシオンが精密検査を終えた。医師がカルテに載った各種データを見比べる傍ら、シオンは着衣を整えながら診察台から立ち上がった。
控えめのノックのあと、イグナーツが入ってきたのはそんな時だ。
「検査の結果はどうでした、ドクター?」
イグナーツはシオンではなく、医師に向かって訊いた。医師は白髪交じりの髪に眼鏡を乗せながら、口をへの字にした。
「今すぐにどうこう、ということはなさそうです。が、やはり劣化の症状が出た以上、無暗に“帰天”を使うことはオススメしません。症状が出て間もなく治ったとのことなので安定はしているはずですが、楽観視はできないですね。まあ、日常生活はもちろん、普通に戦う分にも問題はないかと。ただし、“帰天”は使わないというのが任務に当たるうえでの条件ですかね」
診断結果を聞いて、イグナーツは釘を刺すような眼差しでシオンを見遣る。
「ですって、シオン。医者の言うことは聞いてくださいね」
服を着終えたシオンは、落胆したような、予想通り過ぎて肩透かしを食らったかのような、なんとも言えない溜め息を零した。
「で、次の仕事は?」
無理やり話を変えるように訊いたシオンの言葉を受け、イグナーツは再び医師に視線を変えた。その無言の問いかけに、医師は軽く肩を竦める。
「先ほども申し上げた通り、“帰天”の扱いさえ注意いただければ問題ありません」
わかりました、と、イグナーツは小声で納得した。それから、医師が退室したのを確認したあとで、近くの丸椅子に腰を掛けた。
「議席持ちの騎士は暫くすべての任務から外れます。といっても、サボっていいという話ではないですが」
その台詞が含む意味を察したシオンが、微かに顔を険しくした。
「ガイウスたちを秘密裏に監視するのか?」
「ええ。幹部は表立っての行動を控えつつ、十字軍の動向と大陸の情勢を監視します。普段は特に行動を制限しませんが、何か不穏な動きを察知した場合は速やかに私か総長に報告するように。状況次第で対応してもらいます」
「議席持ちの騎士を大陸各地にばら撒くのか」
「ばら撒くというよりは、各々の判断で動いてもらい、必要とあれば総長と副総長に報告したうえで有事特権を行使し、任務に当たってもらう感じです。まあ、本来のあるべき姿に戻っただけですね。一般騎士と同じように命令ベースで派遣業になっていた最近の状態が異例だっただけです」
それもそうか、と、シオンは言った。
「総長とアンタはどうするんだ? まさか、俺たちと同じように野放しにはならないだろ?」
「私は、ヴァルター卿と一緒に創世の魔術をガイウスたちがどう発動させるかの調査を進めます。総長も本部に腰を据えて仕事に当たるみたいです。総長は総長で、政治面での仕事が山積みのようなので」
それはつまり、総長と副総長、それにヴァルターを本部に残すことで、いつでも幹部を招集できる体制を維持する、ということだ。ようやく騎士団がそれらしく動けるようになったことに、シオンは安堵の息を吐いた。
そこへ、イグナーツが水を差すような鋭い眼光を向けてくる。
「それを踏まえての差し当たっての話ですが――シオン、貴方はどうしますか? もうさすがに一人でガイウスに特攻みたいな馬鹿なことはしないと思いますが、貴方だけは行動をつぶさに把握しておきたいです。私が貴方を信用していないと思ってくれて構いません」
まあそうだろうなと、シオンはこれまでの自分の行いを振り返り、不貞腐れることもなく、殊勝な面持ちを返した。
「ステラに会って話をしようと思っている。あいつがガイウスと協力して、どうやって選ばれたヒトを王都に避難させるつもりなのか確認する」
「確かに、それは気になりますね。説得して連れてくるのか、十字軍を使って強制連行でもするのか――まあ、その両方だとは思いますが。陛下と話してわかったことがあれば、私と総長にも教えてください」
「了解」
イグナーツが丸椅子から立ち上がった。
「陛下に会うということは、エレオノーラも連れていきますよね。彼女は貴方の従者扱いなので、どのみち本部から出る時は必ず一緒にいてもらいますが」
「ああ」
何気なく短い返事をしたシオンだったが、対するイグナーツの表情が急に真剣になった。シオンが怪訝になっていると、
「彼女のことを頼みます。貴方も相当メンタルに来ていると思いますが、今一番戸惑いを感じているのはエレオノーラのはずです。殺したいほど憎んでいた父親が、実は自分と母親の事を心から想っていたなんて事実を知って、混乱しないわけがないですから。お互い、支え合ってくれればと」
エレオノーラを気遣うようにと、注意のような、お願いのような、イグナーツにしては珍しい公私の入り混ざった言葉がかけられた。
シオンは、今の自分の胸中と、エレオノーラのそれを想像して照らし合わせ、少しだけ顔を曇らせた。深く考えずとも痛いほどにわかる彼女の気持ちに、自ずと奥歯に力が込められる。。
「……わかっている」
神妙な声で返したシオンを見て、イグナーツは柔らかい微笑を口元に携えた。それから徐に部屋の扉に手をかける。
「それでは、私は仕事に戻ります。くれぐれも無茶なことはしないように、シオン卿」
最後のイグナーツの呼びかけを聞いて、シオンは改めて自分が騎士として認められたような気分になった。若干の気恥ずかしさに、部屋で一人、もどかしく視線を泳がせた。
※
パーシヴァルたち四人の枢機卿を自身の執務室に集めたガイウスは、今後の主要な段取りについての説明を手早く終わらせた。それから一息つき、背もたれに体重を預け、舐めるように四人へ視線を送る。
「創世の魔術による人選は、以後、聖別と呼ぶことにし、大きく三段階に分けて実行する。なお、一段階目はすでに完了した状態だ」
聖別――創世の魔術に巻き込まれないよう、ログレス王国の王都キャメロットに避難させる計画を、ガイウスはそう名付けた。いかにもらしい呼び方に四人から異論の声はなく、それは静かに受け入れられた。
一方で、段階的であるとの発言には、ランスロット、トリスタン、ガラハッドの三人が微かに怪訝な反応を見せた。
「一段階目というのは、ガリア公国解体のことでしょうか。政治、経済、軍事の実権を握っていた有力者をすべて始末したため、そう考えたのですが」
ランスロットの問いにガイウスは頷いた。
「そうだ。それによって強欲な強者はいなくなった。そして次は、怠惰な弱者を対象とした二段階目を進める」
ガイウスが目で合図すると、それを受けたパーシヴァルは壁に広げられた大陸地図の前に移動した。
「ガリア公国の脅威がなくなったことで、西の小国が活気づいてきた。大国であるログレスが復興に注力しているのと、グリンシュタットがその手伝いに勤しんでいるのも好機と捉えたんだろう」
パーシヴァルは説明しながら、地図の西側――小国地帯を赤色のペンで大きく囲った。
それを聞いたトリスタンが小首を傾げる。
「活気づいてきたとは?」
「小競り合いがまた増えてきた。ここぞとばかりにガリアの地位に取って代わって大国入りしようと、結構な数の国が躍起になっている。とりわけ、隣国への侵略傾向が強まっているのが現状だ」
パーシヴァルはそう言って、該当する国をさらに赤丸で細かく囲む。一つ、二つ、三つとそれらが増えていくにつれ、トリスタンの顔は嫌悪に歪められていった。
「持たざる国が浅はかな行動を取り出したか。愚かな。騎士団はそのことを知っているのか?」
「知っているし、もう総長を通じて色々話は来ているよ。だけど、他国への武力介入は教皇庁の意識決定がないと表立って動けないから、今はまだ何もできていない。まあ、いよいよ大事になったら、痺れを切らして独断で動くかもしれないね。それはそれでこちらとしても助かるから、彼らの好きにさせるさ」
「各国の動きに対して、我々は静観するのか?」
「こちらに直接的な働きかけがないうちは。だけど近いうちに、ガリアと同じように侵略口実のため擦り寄ってくるはずだ」
その予想を聞いたガラハッドが、ガイウスを睨むように見遣った。
「その時はどうするつもりだ、ガイウス?」
「個別に対応する。使えるなら泳がせる、目障りなら消す。今まで通りの判断だ」
「その“使える”、の判断基準は? ガリアの時のように、明確な協力関係を結んでいるわけではないだろ」
ガラハッドの指摘に、ガイウスは金色の双眸を冷たくした。
「喚く馬鹿どもに、非情な現実を突きつけられるかどうかが判断基準だ。うまくいけば、最後の聖別が楽になる」
そして、無機質な目の輝きとは対照的に、口の端を微かに吊り上げた。
「まずは、主観的な感情論で理想を語る平和主義者たちを皆、望み通り天国に送り出してやろうじゃないか。自分たちを虐げている過酷な現実から解放されるんだ、きっと喜ぶ」




