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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第四部
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幕間 罪と罰

 円卓の間にて、シオンとイグナーツはガイウスに係る一連の顛末について、すべてをユーグに伝えた。

 話を聞き終えたユーグは、トレイニア聖国での報告書のことなど忘れ、苦汁を飲まされたような顔で小さく唸った。


「君の口の堅さは評価する一方で、隠し事が多いのは悩みどころだな。長所と欠点は紙一重とは、よく言ったものだ。一方で、安易に話せなかったことは理解できる。私とて、君と同じ状況になれば同じような判断をしていただろう」


 ユーグからの苦言とフォローに、珍しくイグナーツはしおらしく身を縮こまらせた。


「弁解の余地はありません。私がもっと早くにシスター・リディアとのやり取りを総長に相談していれば、ここまで事態を拗らせることもなかったでしょう」

「もしもの話をするのはよそう。後悔ばかりが募るだけだ」

「……恐れ入ります」


 面目ないと、イグナーツはさらに体を小さくした。

 そんな様子を、シオンは達観した眼差しで見遣る。


「仮にアンタが総長に相談しても――ましてエレオノーラをガイウスに会わせたところで、状況は今とほとんど変わらなかったと思う。リディアもそれをわかっていて、エレオノーラを会わせるように伝えなかったんだ」


 シオンの見解に、イグナーツは小首を傾げた。


「というのは?」

「エレオノーラが生きていると伝えても、ガイウスは計画を止めなかったはずだ。現に今、エレオノーラを生き残りのリストに入れてまで決行しようとしている。アンタが会わせたところで、同じことになっていただけだ」

「自分の娘は生かすとして、大虐殺はどちらにせよ実行すると。まあ、そうでしょうね……」


 納得しつつ、それでいて釈然としない溜め息で、イグナーツは項垂れた。

 それを尻目に、シオンは今度、ユーグを見た。


「総長、貴方はガイウスとマリアの関係をご存じなかったんですか?」


 ユーグは、痛いところを突かれたと、殊更に顔を顰める。


「情けない話だが、当時はまったく考えなかった。マリアの連行には教皇庁がガイウスを指名し、それ以降、彼がすべてを取り仕切っていた。彼女と逃げるため、他の騎士を係わらせたくなかったのだろう」


 イグナーツが頷き、悩ましげに頭を押さえた。


「しかし結果として失敗し、ガイウスは変わってしまった。思い返せば、確かにガイウスの振る舞いが変わってきたのは、そのあたりでしたね。もっと身内の変化に敏感になっておくべきでした」


 そう自戒するイグナーツだったが、ユーグは首を横に振った。


「騎士とて全知全能ではない。だからこそ、我々は小姓の時から徹底して騎士の信条と矜持を叩き込まれる。身体的な強さやあらゆる知識よりも、己を律する精神を最優先に養うためだ。だが、ガイウスに関してはその精神が強すぎた。彼の本質は昔から何も変わっていない。あらゆる理不尽、不条理を赦せず――今はただ、その向き先と手段が変わっただけだ」


 昔のガイウスを知る二人から、後悔の念が見てわかるほどに滲み出る。


「教皇という絶対的な権力すらもガイウスにとっては手段の一つでしかない。本当に、とんでもない男ですよ。それだけに、惜しい存在ですね。もしも彼がマリアを失わずに今の地位を手にしていれば、世界はまた別の形で正されようとしていたかもしれない――と、失礼しました。もしもの話はナシでしたね」


 失言だったと、イグナーツは無理やり話を終わらせた。

 その流れで、ユーグがシオンを見る。


「ところでシオン卿、さっきの話だが――劣化の症状が出たのは今回が初めてか?」


 シオンとイグナーツは、つい先ほどシオンの身に起きた異変についてもユーグに報告していた。

 突如としてシオンを襲った劣化の症状――本来であれば、“騎士の聖痕”が適合しなかった際に発症する肉体の崩壊現象だ。十中八九、“悪魔の烙印”の抑制効果を無視して“帰天”を使い続けたことによるリバウンドであろうと、三人は考えていた。


 シオンは、右腕を押さえながら小さく頷く。


「……はい。俺も驚いています」

「であれば、イグナーツ卿の言う通り、今後無暗に“帰天”を使うことは許可できないな。使わずともどうなるかわからない状態だ。取り急ぎ、このあと精密検査を受けること。これは総長命令だ」


 ユーグの厳しい口調に、シオンは少しだけ不服そうな顔をした。


「……それでも、いざとなったら俺は“帰天”を使います。ガイウスと刺し違えることになったとしても」


 それを聞いたイグナーツが、大きな溜息をする。


「騎士として今後の戦いに臨む姿勢はそれが正しいです。ですが、これだけは頭の片隅に置いといてください。貴方が死ぬことで、悲しむ者がいるということを。自分のせいで他者を泣かせてしまうことは、ええかっこしいの貴方にとっては非常に不本意でしょう」


 言われて、シオンは顔を顰めながらイグナーツを睨んだ。


「今までさんざんヒトを殺してきた。今さら自分だけ長生きしようなんて望み――」

「その考えに至れば、ガイウスと同じ末路を辿ることになる。そんなところまで師に似なくても良い」


 言い返そうとした矢先、ユーグからぴしゃりと止められた。これにはシオンも溜まらず、口を噤んでしまう。


「これまでの行いに対し、本当に自責の念を感じているのであれば、生きて苦しめ。それが我らの咎であり、罰だ。騎士になった時点で、贖罪の道はないのだから。そんなことは、君も充分に承知しているはずだ」


 普段温厚なユーグが、ここぞとばかりに覇気を見せてきた。総長から発せられる圧倒的な威圧感に、シオンは怯えるように畏まる。


「はい……」


 そんな姿を不憫に思ったのか、イグナーツが肩を竦めて小さく笑った。


「総長、あまりシオンをいじめないでください。前の任務の時、すでに私も同じような事を彼に言いました」


 むっ、と、ユーグが張り詰めた空気を瞬時に解く。


「そうか。それは余計な事を言ってしまったな」


 しかし、シオンは甘んじてその指摘を受け入れ、静かに首を横に振った。


「いいえ、大丈夫です。実際、自分が未熟であることはわかっています」


 殊勝な態度を示す若き騎士を見て、騎士団の双璧はどこか懐かしむように顔を綻ばせる。


「まあ、こればかりは我らの永遠の葛藤なので、ぽろっと情けないことを言ってしまうのも仕方ありません。私ですら、眠れない夜が来ることは未だにありますから」

「私もだ」


 そう言って、ユーグとイグナーツは笑いを交えてシオンをフォローした。

 しかし、一方のシオンは――


「……だからこそ、それを放棄したガイウスを、俺たち騎士は赦すことができない」


 自分たちが騎士としてガイウスと戦う核心的な理由を呟いた。

 それを耳にしたユーグとイグナーツの表情が、一瞬にして凍り付く。


「――そういうことだ」

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