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辺獄の黒騎士  作者: シベハス
第四部
344/352

第三章 賽は投げられたⅩⅩⅩⅨ

「裁定を言い渡す!」


 薄暗い法廷の法壇にて、判事が声を張った。

 傍聴席で多くの白装束の集団――修道士たちが見守る中、シオンは法廷の中心にある証言台に立ち、凍てついた空気に身を震わせていた。数ヶ月に及ぶ勾留でその顔は疲弊しきっており、生気はほぼ感じられない。上半身には何も着衣を着けておらず、拷問による痣や擦り傷が痛々しく刻まれていた。


 しかし、それよりも目を引くのは、背中いっぱいに描かれた印章だった。

 騎士の剣を模した巨大な印章――通称〝騎士の聖痕〟が、十九歳の青年の背中に、絵画の如く刻印されているのだ。


「騎士シオン! 我ら騎士団の戒律に基づき、彼の者に下される裁定は――有罪!」


 有罪を宣告されたシオンは、眉一つ動かさず、その赤い双眸を黒髪の隙間から覗かせ、判事を睨みつけた。


「〝円卓〟の議席ⅩⅢ番に座す騎士でありながら、教皇に反旗を翻し、騎士団の分裂に加担したことは大罪に値する。また、怒れる感情のままに戦場で多くの人命を奪ったことは、騎士の信条に背き、更生を望めない非人道的な行いである。ゆえに、その身に破門を意味する〝悪魔の烙印〟を刻んだのち、彼の者を死刑に処す!」


 判事が主文を読み上げると、三人の衛兵が証言台に向かって歩みだした。

 そのうちの一人の手には、魔術を行使するための印章が彫られた木盤が握られている。その衛兵が証言台の上に木盤を置くと、別の衛兵がシオンの上半身を証言台に抑えつけ、猿轡を噛ませた。


「これより、〝悪魔の烙印〟を罪人の身に刻む」


 その言葉が判事の口から発せられた直後に、木盤から激しい光と稲妻が放たれた。赤黒い稲妻はけたたましい音を上げながら、シオンの身体を侵すようにして焼いていく。悲鳴を上げることすら叶わない激痛がシオンを襲った。細胞の一つ一つを針で貫かれ、骨と臓物を獣に食い破られているかのような痛みだ。シオンは呼吸もままならず、猿轡を噛み砕かんばかりの強さで顎に力を込めた。


「――!」


 間もなくして光と稲妻が止み、法廷に静寂が訪れる。

 シオンの背中には、騎士の聖痕に上書きするようにして、黒い烙印が残されていた。もともと描かれていた剣の印章に貫かれる形で、悪魔を模した印章が新たに刻まれている。〝悪魔の烙印〟――裏切り者であり、背信者であり、重罪を犯した騎士である証だ。

 この烙印を刻まれた騎士は〝黒騎士〟と蔑まれ、その一生を監獄の中で過ごすか、死を以てその罪を償うことを強制される。


 シオンは、痛みから解放された瞬間に気を失い、そのまま証言台で倒れた。法廷での彼の最後の記憶は、傍聴席に座している教皇と何人かの枢機卿らが、崩れ落ちる自分の姿を見下ろしている姿だった。








 シオンが引き起こした騒動から半年――事態はすでに鎮静していたが、その爪痕は深く残された。

 とりわけ、世間に広まった事の顛末としては、騎士団幹部である議席持ちの一人による集団的な謀反という形で治められた。それは、ガリア軍による非道な亜人狩りを隠蔽する都合の良い隠れ蓑となり、皮肉にもシオンたちの行いが大陸社会から非難される結果になった。これにより、騎士団は強大な力を制御できずに内紛を起こしたとして、世間の信用を著しく失墜させ、逆に、教皇庁は教会の汚点を臆せず公表したとの態度を示し、多くの民衆から支持を集めた。


 つまりは、騎士団はかつてない組織存続にかかわるほどの危機的状況に陥り、教会内外での立場を失うことになってしまったのだ。


「十五人」


 円卓の間にて、イグナーツが一連の報告をまとめた資料を見ながら、ぽつりと言った。


「シオンと共に戦い、戦場で殺され、あるいは捕らえられ、その後裁かれた騎士の数です。全員、もうこの世にいません。あの一件で生き残っている造反組の騎士は、もうシオンだけです」


 同様の資料に目を通していたヴァルターが深い息を吐いた。


「やけに手際がいい。異端審問もなしに、異例ともいえる早さで加担した騎士たちの処刑が決行された。我々が介入する間もなく」

「あの騒動は、起きるべくして起こされたものでしょう。騎士団を弱体化させるつもりで」

「絵を描いたのはガイウスか。しかし、いったい何が目的だ。自分の弟子だけを異端審問にかけ、黒騎士にする仕打ちまでして。どれだけ古巣に恨みを募らせていたのか」

 イグナーツは資料を卓上に置いて首を横に振った。


「わかりません。素直に考えれば、監視役である我々の動きを鈍らせることで、より教皇庁の権力と影響力を強めることだと思われますが――だとして、何の得があの男にあるのかがさっぱりです」

「野心的な動きを見せていることは枢機卿になった時点で明らかだったが、大陸の独裁に興味を抱くような男でもあるまい」

「ですが、意味のないことをする男でもない。気味の悪さだけが残ります」


 ふん、とヴァルターが鼻を鳴らす。


「いずれにせよ、このままやられっぱなしでいるのは癪に障る。何のつもりかは知らないが、我々に喧嘩を売ったこの落とし前は、必ず付けさせてもらう」

「ええ。しかし、総長が不在の今、教皇庁に対してあまり強気に出ることもできません。教会の内にも外にも、頭を下げてしおらしくすることしかできないのが現状です」


 イグナーツの言葉に、ヴァルターは再度大きなため息を吐いた。


「まずは、組織の体制を立て直す。取り急ぎ、シオンと、殺されたモルドレッド、あとは、長らく空席だったⅢ番に後釜を据える」

「早々に候補者を探さないと。何人か目ぼしい騎士はいますが――」

「Ⅲ番に座らせる騎士は、すでに私とユーグで話し合って決めた。先の事件でお前に知らせるのが遅くなった」


 不意な話に、イグナーツは眉を上げた。


「誰です?」

「リリアン・ウォルコットだ。騎士になってまだ日は浅いが、アルバートの弟子で“帰天”を使える。能力的には問題ないだろう。シオンと違い情緒も安定している。滅多なことで感情的にはならん」

「わかりました。では、Ⅹ番とⅩⅢ番は――」

「Ⅹ番はお前の弟子でいい」


 ヴァルターの言葉を聞いたイグナーツは、瞬時に顔を顰めた。


「ネヴィルですか? それはちょっと考えさせてください。魔術師としては優秀ですが、騎士としては少々怠け者すぎます」

「考えるのは構わんが、どうせお前も首を縦に振る。あれくらい図太い神経をしていなければ、議席に座らせることもできんからな」


 ヴァルターの見立てに、不本意なため息でイグナーツは同意した。


「では、ⅩⅢ番は?」

「世間体がある。暫くは――少なくともシオンが生きている間は、空席のままにしておく。無論、他の議席持ち全員の了承が必要だが」


 イグナーツは少し沈黙した。それから徐に、何かを思い付いたように口を動かす。


「ヴァルター卿、そのシオンについてですが」

「なんだ?」

「この騒ぎの後始末、彼自身にも付けさせてみてはどうでしょう」


 ヴァルターは怪訝そうに目を細めた。


「利用するつもりか? だが、騎士団からの接触が教皇庁に認められていない状況でどうする? 地獄耳のパーシヴァルが教皇庁にいる以上、奴らに悟られずに処刑を止めて救出することなど、まずできんぞ」

「わかっています。なので、シオン本人に、また暴れてもらおうかと」

「ろくでもない策に聞こえるが、まあいい。ガイウスに一矢報いるという点では、利用する価値はあるだろう。だが、ユーグの許可は得ておけ。次にいつあいつと連絡を取れるのかは、わからんがな」


 イグナーツは頷いた。


「取り急ぎ、シオンの刑を引き延ばすように動きます。副総長の私がしつこくごねれば、教皇庁も無視はできないでしょう」

「引き際を間違えるなよ」

「もちろんです。あとは、シスター・リディアの件……」


 リディアの名が出た時、ヴァルターはイグナーツを睨んだ。


「彼女の処刑まで、あと一週間もないはずだ。シオンがすぐに後を追いに行くとでも伝えるのか? 悪趣味に」

「少し、話したいことがあります」

「何を話す?」


 席から立ったイグナーツは、早々に扉へ向かって歩き出した。


「彼女と話ができたら、お伝えします」


 やれやれと、ヴァルターは疲労に身体を任せて背もたれにもたれかかった。


「私からガイウスに掛け合ってみる。シオンは無理だとして、リディアなら面会の機会を設けることができるかもしれん。だが、あまり期待するなよ」

「ありがとうございます」


 イグナーツは扉を開け、振り返りざまに微笑した。

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