第9話 ミネルヴァの赤ペン指導と、歩きスマホのコミット
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます!
前回、花の金曜日に提出した「アホ全開の日報(下書き)」に対して、システムAIミネルヴァからの非情な「赤ペン添削」を食らった玲奈。
今回は、土日を丸ごと使った「スマホ上での血みどろの日報レスバ」が開幕します。
玲奈のIQ3のオノマトペが、なぜか「超一流の土木工学論文」に化けていく驚愕のシステムコンバート。
最初と最後の日報の差に注目してお楽しみください!
土曜日の朝。
本来ならば、昼過ぎまでベッドで泥のように眠り、起きたら美味しいパンケーキでも焼きに出かける……そんな優雅な休日になるはずだった。
しかし、私の枕元でバイブレーションを響かせるスマートフォンが、そんなささやかなOLの夢を無残に打ち砕いた。
『警告。提出期限まで残り四十八時間。速やかに報告書を修正してください』
「むにゃ……もう、朝からうるさいですよぅ……」
私はベッドの中で芋虫のように丸まりながら、薄目を開けてスマホの画面を睨みつけた。
画面に表示されているのは、昨晩の金曜日に私が自信満々で作成した「作業報告書」の下書きデータである。
『件名:山脈解体とすり鉢作成の件について』
『内容:安全第一で山脈を解体し、綺麗なすり鉢(お風呂)を作りました。現場ヨシ! 丸太(産業廃棄物)は下流に流しておいたのでエコ活動としてリサイクルしてください』
我ながら、簡潔にして完璧。
環境への配慮(SDGs)と、労働安全衛生(現場ヨシ)の精神がギュッと詰まった、満点の日報だ。
――しかし。
その完璧なはずの文章の上には、ミネルヴァさんからの容赦ない「真っ赤な添削線」が、まるで血しぶきのように画面を覆い尽くしていた。
『再提出要求。当該報告書は、本シミュレーターにおける重要指標(KPI)の完了レポートです。語彙力、および土木・環境工学の専門用語が著しく不足しています。やり直しを命じます』
「もう、細かい運営さんですね! これただのデバッグのアルバイトですよ!?」
私はベッドからガバッと身を起こし、フリック入力でミネルヴァさんへの反論を開始した。
「だいたい、お堅い言葉を使えばいいってもんじゃないです! 現場の状況を正確に伝えるなら、『お風呂』とか『ヘビさん』って書いた方が、直感的で誰にでも分かりやすいじゃないですか!」
『……理解不能。インフラ統括管理AIとして、貴方のその主観的かつIQの低い表現を、公式フォーマットの開発課題管理ツールへ登録することは看過できません』
「IQが低いとは失礼な! 私はいつだって大真面目ですよ!」
『仕方ありません。本システムの連携フォーマットに即し、モジュール【自動翻訳(AIコンバート)】を適用します。ユーザーC、貴方のそのおっとりとした狂気を孕んだテキストはそのままに、記述をシステムが読み取れる論理コードに置き換えてください』
「え、勝手にお堅い文章に直してくれるんですか? なんだ、それなら最初からそう言ってくださいよ! さすがミネルヴァさん、福利厚生が行き届いてますね!」
私は途端に機嫌を直し、パジャマ姿のままベッドの上であぐらをかいた。
どうやら、私が適当に状況を入力すれば、ミネルヴァさんが勝手に「それっぽい報告書」に翻訳してくれるらしい。
便利な翻訳機能はどんどん使う。それが現代のスマートな仕事術だ。
「よし、じゃあドンドンいきますよ! まずは昨日の作業のメインからです!」
私はスマホの画面をスワイプし、チャット欄に昨日の出来事を元気よく打ち込んだ。
『ヘビさんが危ないから、ドカーンって山を消して、大きなお風呂を作ったんです!』
ピロンッ、と即座にAIの処理音が鳴る。
『自動翻訳を実行します――【対象エリアにおける高脅威度エネミーの排除を目的とし、既存山脈の地下支持層を空間切断で解体。結果として生じた地形的陥没を利用し、すり鉢状の広域クレーター(調整池)を意図的に造成した。】』
「わぁっ! なんかものすごい超一流の土木論文みたいな文章になりましたよ!」
私は目を輝かせた。「ドカーン」が「空間切断で解体」に、「大きなお風呂」が「広域クレーター(調整池)」に翻訳されている。
言葉の響きだけで、私がとんでもなく知的なプロフェッショナルになったような錯覚すら覚える。
「いいですねこれ! 次いきます!」
『そのあと、お豆腐みたいな四角い岩を上から落として、ヘビさんをペシャンコにしました!』
『自動翻訳を実行します――【また、残存する生物的障害に対し、上空より数千トン規模の高密度立方体岩盤を自由落下させることで物理的な圧殺処理を実行。同時に、クレーター底面の徹底した不陸整正(地盤転圧)を完了。】』
「あははは! ヘビさんをペシャンコにしたのが『不陸整正(地盤転圧)』になっちゃいましたよ! 確かに地面は平らになりましたけど、言い回しが怖すぎませんか!?」
『事実を正確に言語化した結果です。続けてください』
無感情なテキストで急かしてくるミネルヴァさんに、私はクスクス笑いながら次の入力を行った。
もはやこれは仕事ではなく、面白い翻訳アプリで遊んでいる感覚だ。
『丸太は邪魔だから、見えない穴にポイしました。下流でリサイクルしてねって感じです!』
『自動翻訳を実行します――【施工に伴い発生した大量の伐採木材(未処理バイオマス)については、現場の整理整頓(5S)の観点から、立坑状の地下水脈へ一括で投棄。下流エリアにおける自然流下型の再資源化(エコシステムへの統合)を企図した。】』
「エコシステムへの統合! 不法投棄がめちゃくちゃ意識高いSDGs活動に変換されました! ミネルヴァさん、貴女ちょっとコンサルの才能ありますよ!」
『揶揄は不要です。……これで全てのテキストの論理変換が終了しました。最後に、末尾の文字列について確認します』
スマホの画面上で、ピコピコとカーソルが点滅する。
そこにあるのは、私が一番最初に書いた下書きの最後の一文だった。
『……対象文字列:【現場ヨシ!】。エラー。この単語は、JIRAの技術的専門用語および土木論文のフォーマットに適合しません。論理的構文として成立していないため、削除を推奨します』
「あっ、ダメです! そこだけは絶対に消しちゃダメです!!」
私はベッドの上で立ち上がり、スマホに向かって力説した。
「『現場ヨシ!』はただの言葉じゃありません! 現場の安全と、無事故で一日を終えたことへの祈りであり、魂の叫びです! 指差し呼称のない現場なんて、ヘルメットを被らずに足場に乗るようなものです! そこだけは、絶対に、絶対にそのまま残してください!!」
『…………』
数秒間の、沈黙のローディング時間。
やがて、ミネルヴァさんは諦めたようなテキストを返してきた。
『……了解しました。ユーザーCの強い要望により、当該文字列の論理変換をスキップ。RAWデータ(生文字列)のまま、最終行へ結合します。これにて、公式完了報告書の最終原稿が完成しました』
画面が切り替わり、すべての翻訳が統合された「完成版」のテキストが表示される。
『件名:フェーズ1完了報告・第7セクターにおける地形改変および環境造成について』
『内容:対象エリアにおける高脅威度エネミーの排除を目的とし、既存山脈の地下支持層を空間切断で解体。結果として生じた地形的陥没を利用し、すり鉢状の広域クレーター(調整池)を意図的に造成した。
また、残存する生物的障害に対し、数千トン規模の高密度立方体岩盤を自由落下させることで物理的な圧殺処理を実行。同時に、クレーター底面の徹底した不陸整正を完了。
施工に伴い発生した大量の伐採木材については、整理整頓(5S)の観点から、立坑状の地下水脈へ一括で投棄。下流エリアにおける自然流下型の再資源化(エコシステムへの統合)を企図した。
現場ヨシ!』
「おおぉーっ……!」
私は思わず拍手した。
最初の『お風呂』や『丸太をポイ』といったアホ丸出しの文章が、まるで国家規模のインフラ整備計画書のような、重厚かつ冷酷なプロのレポートへと劇的な進化を遂げている。
それでいて、最後の一文の「現場ヨシ!」だけが、シュールな異物感(アナログ感)を放ちながら鎮座していた。
「完璧です! これなら運営さんも大満足間違いなしですね!」
『当該原稿を一時保存(WIP)しました。ユーザーC、提出期限は月曜日の午前10時です。忘れずに本システムへの送信を行ってください』
「はいはーい、分かってますって。月曜日に出せばいいんですよね」
大仕事を終えた気分の私は、スマホを放り投げ、再びベッドの海へとダイブした。
そう、提出は月曜日。まだ焦る時間じゃない。
私はそのまま、二度寝という至福の眠りへと落ちていった。
◆
――そして、月曜日の朝。
「痛っ、すいません、降ります! あっ、カバン引っ張らないで!」
時刻は【09:15】。
私は通勤ラッシュで地獄と化した満員電車に揺られながら、押し潰されそうになる体を必死に支えていた。
週明けの憂鬱さと、周囲のサラリーマンたちの殺気に当てられ、私の脳細胞は完全にストライキを起こしかけている。
――ブブブッ、ブブブッ。
スーツのポケットの中で、スマホが震えた。
なんとか片腕だけを動かして画面を見ると、赤色の警告アラートが点滅していた。
『最終警告。日報提出期限(10:00)まで、残り45分。未提出の場合、今週分のインセンティブを全額剥奪します』
「あ、やっば! 土日に添削したやつ、まだ正式に『送信』してなかった!」
すっかり忘れていた。
私は吊り革に右腕でしがみつきながら、左手の親指だけで器用にVRアプリを開き、保存していた報告書の画面を呼び出した。
「ええっと、最終確認……よし、バッチリです!」
画面には、土日にミネルヴァさんとレスバして完成させた、あの立派な土木論文(最後に現場ヨシ!付き)が表示されている。
「ふぅ、危うく今週のバイト代が飛ぶところでした。これでエコ活動のアピールも完璧ですし、今週も安全第一でお仕事頑張りましょう!」
私は満員電車の中で一人、にっこりと微笑んだ。
そして。
――ポチッ。
迷うことなく、【正式送信】のボタンをタップした。
『ピピピッ――チケット【C‐001】の送信を完了しました』
その瞬間。
私が歩きスマホ感覚でやっつけ送信したこのレポートが、次元と時間を超え――100年後の現在レイヤーでログを確認していた結衣(ユーザーA)のコンソールに、『5分前に送信された過去からのバグ報告』として直撃したのである。
そんなこととは露知らず。
「よし、タスク完了! 現場ヨシ!」
私は改札を抜けながら、爽やかな月曜日の朝の空気を胸いっぱいに吸い込んでいたのだった。
【あとがき】
最後までお読みいただきありがとうございます!
「AIの翻訳機能が有能すぎるw」「満員電車でやっつけ送信するな!」「次回のBへのマウントが楽しみ!」と思ってくださった方は、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけますと幸いです! 結衣と健太の胃薬の足しになります!




