第6話:芸術的なオブジェクト消去
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回は、玲奈がついに「発破」ボタンをポチッとする第6話です。
原因不明のシステムラグに文句を言いつつ、お風呂の栓を抜くようなノリで神話級の大災害を引き起こす玲奈のマイペースさと……時速200キロでぶっ飛んでいく「安全第一な牛さん」の勇姿をお楽しみください!
「よーし! それじゃあ――解体工事、始めまーす!」
私は安全なプレハブ(岩陰)から身を乗り出し、天を突くほど巨大な隣の山脈へ向けて、軽やかにパチン、と指を鳴らした。
「――応力集中ポイント、ロックオン。……発破」
その能天気な呟きと共に、巨大な山脈を覆う数千万の光のグリッドが、一瞬にして黒く暗転する――はずだった。
――カチッ。
妙な、硬いシステム音が脳内に響く。
次の瞬間、私の視界の隅で空中にパキパキとデジタルなノイズが走り――世界が、ピタリと静止した。
ボスの放つ水蒸気の揺らぎも、赤く明滅していた設計図の光も、まるで時間が凍りついたかのように一瞬だけ完全フリーズしたのだ。
「あれ……? ラグいですね。ミネルヴァさん、ボタン効いてます? 連打した方がいいですか?」
私が空間の実行ボタンを人差し指でペシペシと叩いていると、脳内のミネルヴァが、酷く疲弊した重苦しい声を絞り出した。
『……申し訳ありません、ユーザーC。連打は絶対にやめてください、サーバーが消し飛びます。……現在、原因は不明ですが、世界システム全体に急激な負荷が掛かり、一時的にCPUリソースが100%になって極端な処理落ちが発生しています』
「えー? 運営さんが裏で重いデータでも回してるんですかね。他人の都合で私の作業が遅れるなんて迷惑です。早くあの邪魔なお山を消去してください」
『……世界規模のシステム負荷を「迷惑な重いデータ」の一言で……。……あ、演算の隙間が生まれました。処理、再開します。オブジェクトのデリートを実行!』
ミネルヴァの叫びと同時に、凍りついていた世界が動き出す。
そして。
――ズドォォォォン……ッ!!!
地殻の底の底から響き渡るような、不気味で重厚な、だけどどこか静かな大崩落音が鳴り響いた。
普通、あれほど巨大な山脈が崩れれば、周囲に何百万トンもの巨石が飛び散り、凄まじい土砂崩れと衝撃波でこのエリア一帯が消し飛ぶはずだ。
だが、私が施したのは、土質力学の計算に基づいた完璧な内部自壊である。
天を突くほど高かった山脈が、外側には1ミリの火の粉も破片も散らさず、内側の虚無へと吸い込まれるように音もなく崩壊していく。
まるで巨大な彫刻が、最初からそこになかったかのように綺麗に足元から消滅していくのだ。
ほんの数十秒の後、土煙すら立たないほどクリーンにお片付けされたその場所には――直径数キロメートルに及ぶ、完璧なすり鉢状の超巨大クレーターだけがぽっかりと誕生していた。
「わあー! 狙い通りです! お山が内側にスコンッと吸い込まれていきましたよ! 近隣への泥ハネもゼロ! 安全第一のクリーン解体、大成功です!」
私はプレハブ(岩陰)の中でパチパチと嬉しそうに拍手をした。
『システムログ、めちゃくちゃです! あり得ません! 何千万というギガバイト級の地形ポリゴンデータが、一瞬にしてゴミ箱に叩き込まれました! 芸術的すぎて逆におぞましいです……!!』
「さあミネルヴァさん、感動している暇はありませんよ! 山がズボッと落ちた勢いで、いよいよ本工事のメインフェーズです!」
山脈が地底へと沈み込んだことで、その周辺の空間には猛烈な負圧――すなわち、ストローでジュースを思いっきり吸い上げるような『大吸引パワー』が発生していた。
その強烈な引っ張りパワーに連動し、私が事前にマーキングしておいた湖の底のフタ(岩盤)が――。
――スポンッ!!!
と、まるでお風呂の栓を抜いたかのように、小気味よい音を立てて地底へと吹き飛んだ。
「さあ、お掃除タイムです! お湯よ、ゴーッてあっちのバケツに移動しちゃえー!」
ズズズズズズズズズズズズーーーッッッ!!!
それは、世界の物理法則がひっくり返ったかのような、暴力的なまでの流体力学スペクタクルだった。
山頂の湖を満たしていた何千万トンという熱湯が、重力を完全に無視し、湖のフチで「直角に折れ曲がる」ようにして、隣の超巨大クレーターへと猛烈な勢いで吸い上げられていく。
ジャージャーと耳を聾するような大排水の音が響き、湖の水位が目に見える速さでガンガンと減っていく。
「ふむふむ、勢いよく流れていますね。……あ、でも、これってちゃんと設計通りの流速が出てるんでしょうか?」
私はふと顎に手を当てて首を傾げた。
配管の傾きや吸引力が足りないと、途中で水が詰まって逆流する労災の原因になる。
「こういう時は、流れの速さをチェックするための浮子を流して計測するのが現場の基本です! えーっと、手元にちょうどいいウキになるアセットは……あ、視界内の素材なら何でも出せるんでしたね」
私はシステムUIのクラフト画面を開いた。
フリーアセットの中に『牛さん(ホルスタイン)』の可愛い3D形状データを見つけるが、生きている本物の牛さんを激流に流すのは可哀想だ。
私の目が、プレハブの周りにある「折れた木」や「転がっている岩」「崩れた土」をピピピッとロックオンする。
「いくら使い捨てのウキとはいえ、目立たないと後で回収する時に危ないですからね。安全第一! ……よし、この辺の『黄色い土』と『黒い岩』を組み合わせて、牛さんの『角』は虎柄模様の『カラーコーン』風に! 『しっぽ』には赤く光る『誘導灯』のテクスチャを貼っておきましょう!」
私はプロとしてのこだわりを発揮し、満面の笑みで指先をシャカシャカと動かした。
「これで視認性バッチリ! 完璧な工事用ウキの完成です!」
ポンッ、と私の目の前に出力されたのは、木目がなんとなく白黒のホルスタイン模様の木材で構成され、目はゴツゴツした黒曜石、足は強固に固められた赤土でできた胴体。
そして頭には警戒色である黄色と黒の虎柄カラーコーンがそそり立ち、お尻からはチカチカと赤い光を放つ誘導灯が伸びているという、どこかシュールで異様な威圧感を放つ『岩石牛(※総重量3トン)』だった。
『……動物への優しさは認めますが、重さが3トンもあってウキの役割を1ミリも果たしてないし、なぜその謎の工事現場カラーにしたんですか!? 自己主張が激しすぎます!!』
「細かいことは気にしない! 安全確認よし! 計測ツール、投入です!」
私は虎柄カラーコーンと赤色灯を備えた3トンの牛さんを、猛烈に流れる排水の激流の中へポイッと元気よく投げ入れた。
着水した瞬間、牛さんは真空サイフォンの圧倒的な吸引力にガシッと捕まった。そして――。
――ズボボボボボボボボボボッッッ!!!!
信じられないことに、時速200キロメートルを超える、音速一歩手前の凄まじい超特急スピードで激流を激走し始めたのだ。
『う、牛がーーー! 音速のドナドナで吸い込まれていきましたーーー!! 質量計算が完全にバグっていますーーー!!』
激流の中を、直角に折れ曲がりながら「モウゥゥゥゥ(※木が擦れる音)」と爆音を立ててカッ飛んでいく、赤く光る岩石牛の残像。
それを見ていたのは、ミネルヴァだけではなかった。
「……ギ、ギギ……?」
湖の主であり、エリアボスである神獣『ヘビさん』は、完全に白目を剥いていた。
自分の誇る高圧熱湯ガトリングを遥かに凌駕する速度で、目の前を黄色と黒の角と赤く光るしっぽを持った音速の異形が爆走していったのだ。
その本能的な恐怖と、足元の水が一滴残らず消え去っていく天変地異を前に、ボスとしてのプライドは粉々に粉砕され、完全に戦意を喪失してガタガタと震えるしかなかった。
そして――ズルルルルルッ!
「あ、ヘビさんも水ごと綺麗に吸い込まれていきましたね。お引っ越しヨシ!です!」
断末魔の悲鳴を上げる余裕すらなく、ボスは干上がっていく湖水と一緒に、すり鉢状のクレーターの底へと一気に吸い込まれて消えていった。
数分後。
あんなにたっぷりとお湯を湛えていた山頂の湖は、文字通り「一滴残らず」排水され、カラカラに乾燥したただの広大な盆地へと姿を変えていた。
「はーい、排水工事完了です! 泥ハネもなし、お掃除もバッチリで、工期内の無事故完工ですね!」
私はプレハブ(岩陰)からトコトコと危なっかしい足取りで出てくると、自分の純白のドレスを見下ろした。一歩も動いていなかったため、泥水ひとつ跳ねていないピカピカの新品同様である。
「よし、安全第一で動かなかったからドレスも綺麗なまま、ヨシ! あー、良い仕事しました!」
私は満足げに胸を張り、すり鉢状のクレーターの縁から、遥か底を見下ろした。
そこでは、すべての水を抜かれて完全に干からびたトカゲさんが、ピチピチと無力に跳ねて完全なスタン状態になっている。
「さて……仕上げに、あの底のヘビさんをお片付けしちゃいましょう!」
私は満面の笑顔を浮かべ、手元のCAD画面をパッと切り替えた。その瞳には、プロの現場作業員としての冷徹な光が宿っている。
――なお、このとき時速200キロで地底に吸い込まれた「虎柄と赤色灯の牛」の異常な質量データは、世界のシステムログにエラーとして深く刻み込まれた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
玲奈の動物への(歪んだ)優しさと、現場監督としての安全意識が奇跡の融合を果たした結果、とんでもないキメラ牛(3トン)が爆誕してしまいました。ボスのヘビさん、完全に心が折れています。
「岩石牛のビジュアルで草」「ヘビさん逃げて!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです! 玲奈の施工速度がアップします!




