第5話:土質力学とCAD魔法
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第5話では、安全な岩陰に引きこもった玲奈が、ついに本格的な『リモート解体工事』を開始します。
ズガガガガガガガガガッ!!!
大気を劈く轟音とともに、私が逃げ込んだ巨大な岩盤の向こう側で、凄まじい水蒸気爆発が連続して巻き起こっていた。
山頂の湖に陣取るエリアボス――通称『ヘビさん』が放つ、怒り狂った高圧熱湯ガトリングの直撃音である。
100度を優に超える煮えたぎった湯弾が、私の隠れる分厚い岩盤を親の仇のように削り取り、周囲は視界がまったく利かないほどの真っ白な水蒸気に包まれていた。息をするだけで肺が焼けそうなくらいの熱気だ。
岩盤に阻まれて熱湯の直撃こそ免れているものの、削られた岩がドロドロの泥水となって足元に勢いよく流れ込んでくる。
だが、私のお気に入りの真っ白なドレスにその泥水が跳ねた瞬間――シュンッ! と淡い光を放ち、泥汚れが一瞬にして完全に消滅した。
「おおっ! やっぱり凄いですこのドレス! どれだけ泥水が押し寄せてきても一瞬でピカピカになるなんて、実質ノーコスト、ノーダメージじゃないですか!」
これなら洗濯の手間も環境負荷もゼロ。
運動音痴で転び回る私のような人間でも、どんな悪路でも泥を気にせず這いずり回れる。まさに現場作業員のためにあつらえられた、最強の防汚作業着である。
「危険なエリアから一歩引いて、まずは自身の安全圏を確保する。これぞ現場の基本中の基本ですね! よし、ここは今日から私の臨時プレハブです!」
私はすっかり安心しきった様子で、ハイテンションに声を弾ませた。
外の作業エリアは絶賛大荒れ中だが、プレハブの中にいれば労災の危険はない。安全が確保されたことで、私の職人パッションはメラメラと燃え上がっていた。
『……安全を確保した途端に、めちゃくちゃ元気になりましたね。運動音痴のあなたが一歩でも外に出たら、コンマ1秒で茹でダコですから、そこに引きこもっていて正解です』
私の脳内に直接響くシステム音声――ミネルヴァが、どこかホッとしたような、呆れたような声を出した。
しかし、彼女の安堵は次の瞬間に裏返ることになる。
『……って、ちょっと待ってください。あなたはプレハブ(岩陰)に立てこもったまま、手元でいったい何をして――ま、魔法陣が、岩を透過して外の山脈へ広がっていく!?』
「私は一歩も動きませんよ! 優秀な現場監督というものは、安全で快適な事務所からリモートで的確な指示を出すものです!」
私は満面の笑みを浮かべたまま、目の前の空間に展開された青白い半透明のウィンドウ――『設計モード』の画面へ向けて、元気いっぱいに指を走らせていた。
空中に浮かぶホログラムのパネルを、ピンチアウトして拡大し、スワイプで視点をぐるぐると回す。
「さっき同期させた周辺の3D図面をベースにして、ここから爆速で発破ポイントの罫引きをしちゃいますよ!」
タタタタタッ! と、小気味よいフリック音が響く。
私の指先が空中のホログラムを弾くたび、岩の外側……すなわち、今いる山頂から尾根続きになっている隣の分厚く巨大な山塊に向けて、数千万にも及ぶ青白い光のグリッド線が爆発的な勢いで走り出した。
「えーっと、さっき目星をつけておいた、このへんの山を支えてるつっかえ棒を、数万箇所まるごと一括ロックオンして……」
私の鼻歌まじりの操作に連動し、天を突くほど巨大な山脈の表面から内部構造に至るまで、全てが網の目のように光の線で覆い尽くされていく。
山そのものが、まるで解剖された青白い光の立方体の集合体へと変貌していく様は、まさに神の御業に等しい異常な光景だった。
「よしっ! ここの筋をスコンッと抜いてあげれば、みーんな外側に破片を散らさず、内側にズボッと綺麗に落ちちゃいますね!」
『……システムログ、異常。あり得ません。ユーザーC、あなたは事務所から一歩も出ない完全な引きこもりスタイルにもかかわらず、手元の図面をいじるだけで、外部エリア・オブジェクトのポリゴン結合部と応力集中点へ、一瞬にして数万発の精密マーキングを完了させました』
ミネルヴァの機械的な音声が、明らかな恐怖と驚愕に震えている。
『デバッグツールを安全圏から遠隔操作し、神話級の地形データを完全な土質力学の計算に基づいてリモート・ハッキングするなんて……あなた、どこの天才プログラマーですか!?』
「プログラマーじゃありませんよ、家業の嗜みです!」
私はフハハと笑いながら、さらに設計図を拡大した。
ボスの熱湯ガトリングによって、私の盾となっている岩盤はいよいよ薄くなり、削られた隙間から強烈な熱気が吹き込んでくる。
「あちちっ! ちょっと室温(水蒸気)が上がってきましたね。岩盤の耐久力もギリギリのタイトなスケジュールですが……はい、山脈全体の支持層、合計数万箇所のマーク完了です!」
私の声に合わせて、視界の設計図上で、隣の巨大な山脈全体が赤く不気味に点滅し始めた。
これにて、周囲に騒音や破片を一切撒き散らさない、安全でクリーンな内部崩落の準備は完了である。
「はーい! これでお山を内側にペシャンコにする、安全で綺麗な『超巨大バケツ』作り計画の図面が引けました!」
『ま、まさか、本当にあの広大な山塊を丸ごと崩落させる気ですか……っ!? これほどの質量が動けば、地形どころか環境そのものが――』
「もちろん、環境への配慮も忘れていませんよ!」
私は胸を張り、さらに指先を滑らせて、足元の『湖の底』の構造データにまで光のグリッド線を伸ばした。
「ついでに、この湖の底から、お隣のバケツ(山脈)の『根本』まで、地下水脈を繋げるための巨大な水抜き穴も一緒にマーキングしちゃいます!」
『水抜き、穴……? 待ってください、ただの配管ルートを作っても、山頂の湖から隣の山塊までは標高差の縁があります。水は重力に逆らって流れませんよ!?』
ミネルヴァが尤もらしいツッコミを入れてくる。
だが、現場を舐めてはいけない。土木と流体のプロフェッショナルである私に、そんな初歩的なミスがあるはずがなかった。
「ふふん、ただの配管じゃありませんよ。お山がズボッと崩れ落ちた反動を利用するんです」
私は眼鏡をクイッと押し上げ、完璧な物理演算の答えを口にした。
「お風呂でお湯の中に洗面器を逆さまにして沈めて、底をグググッ!て引っ張ると、お湯が吸い付いてきて重たくなりますよね? あれと一緒です!
すっごく重たいお隣のお山が、密閉された地面の下にズボオォォッ!て落ちると、地下にできた空洞が『もっと空気をちょうだい!』って、注射器みたいにギュゥゥゥッ!て引っ張るんです!
そのズズズーッ!って引っ張る力(負圧)で、この湖の底のフタ(岩盤)も一緒にスポンッ!って抜けちゃいます!
そうすると、お湯が全部ズルルルルッ!って隣の空洞に吸い込まれていくんですよ!」
『――っ!?』
「お風呂遊びの応用です! これで、一滴残らずお湯をチューゥッ!と吸い上げる完璧な排水システムの完成です! これでヘビさんのエコなお湯を誘導する地熱プラント化もバッチリですね!」
『……ただのオブジェクト削除ではなく、崩落の衝撃エネルギーを利用した流体制御……!? あなたは、空間の【土質力学】と【流体力学】を同時に計算して、この星の物理法則そのものをハッキングしているというのですか……っ!?』
私がアホっぽいオノマトペで語ったその裏側にある『狂気的なまでの演算能力』に気づき、ミネルヴァは完全に言葉を失った。
そして、その『異常な世界改変』のプレッシャーに気づいたのは、システムだけではなかった。
ピタリ、と。
岩陰の外で荒れ狂っていた熱湯の雨が、嘘のように鳴りを潜めたのだ。
ヘビさんは、岩陰に逃げ込んだ無力な獲物をなぶり殺しにしているつもりだった。
だが、ふと気づけば――自分たちが何千年も見上げてきた巨大な山脈が、そして自分の住処である湖の底までが、見たこともない不気味な光のグリッドに完全支配され、世界の終わりを告げるように赤く明滅していたのである。
大魔導士の神話級魔法すら児戯に等しい、空間そのものを切り取る『システム・ロックオン』の圧倒的な威圧感。
それに本能的な恐怖を覚えた神獣は、攻撃の手を完全に止め、ガタガタと震え出してしまっていた。
「あれ? 放水止まりましたね? チャンスです!」
私はプレハブ(岩陰)からひょっこりと顔を出し、恐る恐る外を覗き込んだ。
トヘビさんがすっかり大人しくなっているのを確認し、周囲を素早く見渡す。
「まわりに誰もいませんね! お散歩中の一般人の立ち入りもなし! ドレスもピカピカでヨシ! 安全確認ヨシ!」
私は元気よく指差し呼称を行い、そして、手元のCAD画面に浮かぶ最終的な『実行』ボタンに指を添えた。
「……あ、念のため最終確認なんですけど」
私はふと思い出したように、ミネルヴァに向かって軽いノリで問いかけた。
「ミネルヴァさん、このお隣のお山って非破壊オブジェクトじゃないですよね?」
『……該当オブジェクトのプロパティを参照。これは初期マップ(マスタデータ)に存在しない、別時間軸のテスターが膨大なリソースを消費して隆起させたユーザー定義データです。マスタデータではないため、あなたの下請け権限でも削除の実行はシステム上、可能です』
「なるほど! 誰かが作った『仮設の足場』みたいなものですね。本工事の邪魔になるなら、サクッと片付けちゃっても問題なしです!」
『…………(この女、他人の血の滲むような努力の結晶を、ためらいなく『仮設の足場』扱いした……!?)』
「システムのお墨付きも出ました! じゃあコンプライアンス的にもまったく問題なしですね!」
ミネルヴァの無言の戦慄など露知らず。
私は悪びれる様子など微塵も見せず、「私はルールを守って安全に仕事をしているだけです」というスタンスを強固にすると、満面の笑みを浮かべた。
目は、プロの冷徹な光を帯びている。
「よーし! それじゃあ――解体工事、始めまーす!」
私は山脈に向けて、軽やかにパチン、と指を鳴らした。
「――応力集中ポイント、ロックオン。……発破」
その能天気な呟きと共に、巨大な山脈を覆っていた数千万の光のグリッドが、一瞬にして黒く暗転する。
次の瞬間。
世界がかつて経験したことのない、地殻の底から湧き上がるような重低音の崩落音が、ビリビリと大気を震わせ始めた――。
【あとがき】
最後までお読みいただきありがとうございます!
「サイフォンまで計算してて草」「コンプラ意識の使い所が最悪(褒め言葉)」と思っていただけましたら、ぜひ下部の【☆】で評価・応援していただけると、玲奈の施工スピードが爆上がりします!
次回もお楽しみに!




