第4話:理不尽な水棲ボスと、邪魔な山
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第4話では、ついに山頂のボス(ヘビさん風)との直接対決(?)が始まります。
ボスの理不尽な猛攻を前に、手ぶらの玲奈はどう立ち回るのか。
そして、彼女の視線はある巨大な「障害物」へと向けられて……?
視界にバチバチと火花を散らす青白い巨大なワイヤーフレーム。
山脈全体を包み込む光のグリッド線を眺めながら、私は満足げに頷いた。
「よし、現地調査データの同期完了です!」
私がポチッと押したのは、山脈全体の構造データを読み込み、設計ソフトに完全同期させるための『スキャン開始』ボタンだった。
しかし、システム側からすれば、それはおよそ想定されていない「超広域データの強制書き換え命令」に等しかったらしい。私の耳の奥で、ミネルヴァのシステム音声が、これまでにないほど激しい警告音を鳴らし始める。
『警告。テスターによる非公式な広域エリア・モデリング・コードの実行を検知。システム負荷が許容量の80パーセントを突破しました。グラフィックエンジンが悲鳴を上げています。ユーザーC、あなたはいったいシステムに何を読み込ませたのですか!?』
「何って、これからリフォームする現場の現況図面ですよ。ちょっとデータが重いくらいでガタガタ言わないでください。光回線くらい引いておいてほしいものですね、このゲームの運営さんは」
私が文句を言っている間にも、周囲から見れば、山頂一帯を覆い尽くす神話級の巨大な魔法陣が何重にも展開されているように見えただろう。
そして当然、自身の縄張りを謎の巨大な光の陣で囲まれたことに、最大の危機感を覚えた存在がいた。
山頂の湖に鎮座する、このエリアの主――水棲の神獣、通称「ヘビさん」である。
――ズゴゴゴゴォォォッ!!
大気を震わせる地鳴りのような咆哮。
直後、静かだった湖面が激しく沸騰し、信じられないほどの水煙が立ち上った。神獣の全身から放たれる圧倒的な魔力が、湖の水を一瞬にして沸騰させたのだ。
「ひえええええ!?」
私が叫ぶのと同時に、神獣が太い尾を強く振るった。
刹那、湖面から凄まじい質量と圧力を伴った水弾が、まるでガトリングガンのように乱射された。しかもただの水ではない。もうもうと白い湯気を立てる、100度を優に超えた煮えたぎる熱湯の弾幕だ。
「な、ななな、何ですかその不安全極まりない高圧熱湯ガトリングは! 直撃したら労働災害なんてレベルじゃありません、一瞬で茹でダコですよ!」
安全帯もない足場の悪い山頂で、私は飛んでくる熱湯弾を避けるために、ドレスの裾を振り乱し、必死に地面を転がり回った。
ベチャッと泥がドレスにつくが、背に腹は代えられない。現場の基本は、何よりもまず「自身の安全確保」である。
『ユーザーC、敵の敵対心が最大値に達しています! 応戦してください! 支給された聖剣でその熱湯を切り裂くか、障壁を展開……あ、忘れていました。あなたはさっき、唯一の武器を「ゴミ箱」に直接ドラッグ&ドロップして完全消去していましたね! 現在のあなたの物理攻撃力は完全にゼロです!』
「何を言ってるんですかミネルヴァ! あんな重くて嵩張る凶器を手持ちしたまま、この熱湯の雨の中を動けるわけがないでしょう! 重量物の携行は移動効率を著しく低下させます! 捨てておいて大正解、手ぶらだからこそこうして俊敏にローリングできてるんです!」
ズドン! ズバァン! と、私のすぐ後ろで岩肌に熱湯弾が着弾し、水蒸気爆発を起こして岩がドロドロに溶けていく。
私は悲鳴を上げながら、右へ左へと必死の泥臭いローリングを繰り返した。
だが、この死に物狂いの逃げ回りは、ミネルヴァのシステムログ上ではまったく異なる「異常事態」として記録されていた。
『……システムログを確認。理解不能。ユーザーCの回避ステータスは初期値のままです。にもかかわらず、敵の熱湯ガトリングの弾道予測線を、ミリ単位の隙間で全て躱しています。……ユーザーC、あなた、まさか未来予知のスキルでも隠し持っているのですか?』
「予知なわけないでしょう! バカ高い高圧洗浄機を振り回してる不届き者が正面にいるんですよ!? ノズルの向きと目の動きを見ていれば、次にどっちに放水されるかくらい、現場の人間なら直感で分かります! あ、次は左! はいローリング!」
ゴロゴロと必死に転がる私。
そのまま勢いをつけて、山頂付近に突き出していた巨大な岩陰へとダイブした。
――ズドドドドドッ!!
直後、私の隠れた岩盤に凄まじい水圧と熱量が直撃し、視界が真っ白な水蒸気に包まれる。
「ふぅぅ……間一髪でした。でも、これじゃ完全に足止めですね」
岩の裏側に背中を預けながら、私はゼェゼェと荒い息を吐く。
神獣は私が隠れた岩を粉砕しようと、さらに魔力を練り上げ、親の仇のように熱湯ガトリングを集中砲火し始めた。ゴポゴポと煮えたぎる音が響き、分厚い岩盤が削られ、ドロドロに溶けた泥水となって私の足元に流れてくる。
「あーあ、やっと気に入りはじめたドレスがひどい泥ハネです。それに、あの水圧じゃこれ以上は近づけそうにありませんね。……仕方ありません、アプローチを変えましょう」
岩陰で小さく身を縮めながらも、私はただ怯えるのをやめ、ゼネコンのプロとしてボスの行動パターンと環境の本質を冷徹に分析し始めていた。
「……なるほど。あのヘビさん、湖の水を推進力や障壁、そして弾薬の代わりに利用していますね。要するに、あの広大な水の中にいるからこそ、あんなに強気で不安全な攻撃を乱射できるわけです。アドバンテージが環境に完全依存している典型例ですね」
私はふっと眼鏡 (をかけているイメージ)の位置を直すように指先を動かし、結論を出した。
「ということは、お水をなくせば安全になりますね」
『……はい? 今、何と言いました?』
「水をなくすんですよ、ミネルヴァ。土木工事の基本です。ぬかるんだ現場や、危険な水場を安全にするための第一歩は、徹底した『水抜き工事』ですから」
さらに、私は先ほど自分のすぐ横を通り過ぎていった熱湯のエネルギー量に目を付けた。視界のグリッド線が、熱湯の温度と魔力波形を数字として弾き出している。
「それにしても、あのヘビさん、お水を温めて熱湯にして撃ってくるなんて、凄まじい熱源ですね。……素晴らしい。うちの実家の、冬場はすぐ凍りつくポンコツ地域融雪システムに、あのトカゲさんの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいですよ。あの圧倒的な熱効率を見習ってほしいものです」
『ユーザーC、あなたは今、神話級の神獣を「実家の融雪システムのお手本」のように言いましたか?』
「だって事実でしょう。でも、あれだけ安定した熱量があるなら、ただお水を捨ててトカゲさんを無力化するだけじゃなくて、あの熱湯をそのまま溜めておく温水プール、いえ地熱ため池にしてしまえばいいんです。そうすれば、将来的に周囲の環境保全や、地域一帯の融雪・エコ暖房のエネルギー源としてめちゃくちゃ役立つんじゃないですか?」
我ながら、これ以上ないほどクリーンで持続可能な環境整備の提案だ。
だが、ここで私の優秀な脳細胞が、別の重大な現場リスクを弾き出した。
「……あ、でも、このままじゃダメですね。お風呂の栓を抜くみたいに、この山頂の湖の水をそのまま下に向かってジャーッと流しちゃったら、麓の集落が土砂崩れや洪水に巻き込まれて大迷惑です。一発で営業停止処分、環境配慮の理念にも完全に反します」
私は腕を組み、不安全要素を排除すべく、プロの厳しい目線で周囲の地質データを睨みつけた。
「お湯を流すなら、その大量の熱湯を一時的にドバーッと溜めておける『でっかいバケツ』か『超巨大な洗面器』みたいな場所が必要です。……どこかに安全な凹みはないでしょうか?」
キョロキョロと周囲を見渡す私の視線が、今いる山頂から尾根づたいに繋がっている、不自然に巨大で険しい「山脈」へと向いた。
それは、とにかく大きくて厚みがあって邪魔なだけの岩山だった。
「……あ、あの分厚い山! 麓で私が『構造的に無理がある』って見積もりを出した、あの風避け用の山塊です!」
私はポンと手を打った。
そう、さっき私は遠目からあの山脈を観察し、「支持層をスコンと抜けば、自重で内側に崩れる」という構造的欠陥を指摘していた。
「あの時はただの現況確認でしたけど、まさかこんなに早く実技の機会が来るなんて!」
『……嫌な予感がします。ユーザーC、あなたまさか……』
「はい! 岩みたいに表面を面取りして削るだけじゃ、巨大なバケツにはなりません。あの分厚い山塊の内部にあるつっかえ棒(支持層)を、今のこの『設計モード』で正確に計算してスコンッと抜いてあげるんです!」
私は早口でまくしたてながら、3DーCADの画面をガシガシとフリックし、隣の山塊の内部構造を完全に解剖していく。
「そうすれば、重力に従って何万トンもの岩盤が自重で内側に『ズボッ』と落ちます。外側から爆破するのとは違って、周りに破片も一切飛ばない、安全でクリーンな内部崩落の完成です! 完璧な超巨大バケツができますね!」
周囲に騒音も粉塵も破片も撒き散らさない、プロフェッショナルな解体工法。
理論を現実に変える圧倒的な現場力を思いつき、私は先ほどまでの怯えなどすっかり忘れ、職人パッションに満ちた満面の笑みを浮かべた。
「あそこにヘビさんごとお湯をジャーッと流し込んで、地域一体のエコな地熱プラントにしちゃいましょう!」
『……警告、警告。システムはユーザーCが「山脈の荷重支持層を一括消去し、地形を内部崩壊させる」という、神をも恐れぬ広域破壊計画を実行に移そうとしていると認識。ユーザーC、あなた正気ですか!? それはデバッグツールの使い方を完全に逸脱しています!』
「何言ってるんですかミネルヴァ。壊すんじゃないです、安全でクリーンなリフォームです。図面修正ヨシ! 施工準備ヨシ!」
私は高らかに宣言すると、立ち上がり、視界の『設計モード』に向かって再び猛烈な勢いで指先を走らせ始めた。
ターゲットのロックオン先は――目の前のボスではなく、尾根続きの巨大な山脈すべて。
サステナブルで劇的なビフォーアフター(物理)の、本当の解体工事が、今まさに幕を開けようとしていた。
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