第3話:剣を捨てよ、重機を持て
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます!
先輩デバッガーからの熱い引き継ぎを受け取り、デバッグ用の『設計モード』を起動した玲奈。
現場の基本である「指差し確認」が、異世界でとんでもない光景を描き出す瞬間をぜひお楽しみください!
視界いっぱいに広がる青白い光のグリッド線と、等高線のように大地を包むワイヤーフレーム。
実家の事務所で毎日見慣れていた3DーCADの画面をそのまま空間に投影したような設計モードの快適さに、私はすっかり感動していた。
これなら、アクションゲームなんて野蛮なプレイスタイルに付き合わなくとも、サクサクとクエストをクリアできる。
私はさっそく、理不尽な吹っ飛ばしを行ってきた山頂のヘビさんに安全指導を行うべく、すり鉢状の斜面を登り始めた。
――が、開始してすぐに致命的な問題に直面する。
「じゃ、邪魔くさい……っ。何ですかこの鉄くずは……! 工期が遅れちゃいます!」
私の右手には、山頂で支給された初期装備の巨大な大剣が握られている。
一応、振り回して戦えるだけの筋力はあるのだが、普通に持ち歩くとなるととにかく嵩張って仕方がない。そのため、さっきから地面をずるずると引きずって移動していたのだが、斜面の傾斜がきつくなるにつれて、いよいよもってハンドリングの悪さが無視できなくなってきた。
ただでさえ斜面を登るだけでも一苦労なのに、こんな不安全極まりない突起物を気にしながらでは、足元をすくわれて転落する二次災害の危険性すらある。
どうにかしてこの邪魔な鉄塊を撤去できないかと、視界の隅に展開されているシステムUIの作業画面を凝視する。
すると、画面の右下に、パソコン画面で見慣れた「バケツ型のアイコン」がひっそりと配置されているのを発見した。
「あ、やっぱりゴミ箱ありますよね。不要なファイルはポチッとな!です」
私は画面上で大剣のオブジェクトデータを指先で選択すると、そのままゴミ箱のアイコンへと迷いなくドラッグ&ドロップした。
――ピュンッ。
そんな軽い電子音と共に、ファンタジーの象徴であるはずの重厚な大剣が、ただの不要データとしてあっけなくポリゴン消滅する。
「ふぅ、すっきりしました! 手ぶらになって身軽です! やっぱりこれからの時代、現場もスマートオフィス化してデスクワークに限りますね!」
『警告。ユーザーC。唯一の攻撃手段であり、数々の神話を彩ってきた伝説の聖剣のレプリカを「ゴミ箱」に直接ドラッグ&ドロップして完全消去したテスターは、本ゲーム史上あなただけです。現在、あなたの物理攻撃力は完全にゼロになりました』
耳の奥で、ミネルヴァが頭を抱えているかのようなトーンで警告を発してくる。
「何を言ってるんですかミネルヴァ。あんな凶器を手持ちで急斜面を登るなんて、墜落・転落災害の引き金になりかねません。現場の安全と工期の遵守こそが最優先ですよ」
私は完全に身軽になった両手を軽くグーパーさせ、前進を再開した。
大剣を捨てたことで移動速度は劇的に向上し、快適に山道を登っていく。
しかし、山の中腹に差し掛かったところで、ルートを完全に塞いでいる巨大な落石に遭遇した。
大人が五人は隠れられそうな、文字通りの巨岩だ。左右は切り立った崖になっており、普通のアクションゲームなら迂回ルートを探すか、脳筋で破壊するギミックなのだろう。
だが、今の私の視界は『設計モード』である。
「ちょうどいいですね。クラフト機能の試運転として、素晴らしいサンプルです」
私はワクワクしながら巨岩の前に立ち、画面上のオブジェクトを選択した。
視界のグリッド線が巨岩の表面を正確に捉え、形状データとして認識する。
私は実家の設計ソフトを操作する感覚のまま、人差し指をスッと突き出した。
「この邪魔な角を画面上で『ピピッ』と選択して、こっちに『シュッ』と引っ張れば……はい、面取り完了です!」
――サクッ。
私の指先の動きに合わせて、本来なら油圧ブレーカーやダイナマイトを投入しなければビクともしないはずの強固な岩盤が、まるでバターか何かのように滑らかに切り取られたのだ。
そのまま指先を階段状に『トントン』とリズミカルにスライドさせていくと、岩石の形状データが瞬時に再構成され、歩きやすい完璧なバリアフリーの階段へと変形していく。
「……すごい。ものすごく気持ちいいです、これ……!」
私は自分の指先を見つめ、ゴクリと息を呑んだ。
「現実の岩盤やコンクリートを削る時みたいに、ダイヤモンドカッターの刃こぼれを心配する必要もなければ、あの酷い粉塵や騒音を気にする必要が全くありません! 近隣住民への騒音苦情も完全にゼロです! まるで固い岩がお豆腐みたいに、画面上でスパスパ切れちゃいます!」
『……ユーザーC? あなたの呼吸数が異常に上昇しています。精神的興奮状態を検知。落ち着いてください』
「落ち着いていられませんよ! これなら、どれだけ巨大な構造物や山脈であっても、環境負荷ゼロで一瞬にして解体できちゃいます! ああ……現実の現場の職人さんたちがこのツールを知ったら、全員嬉し泣きしながら重機をオフィスの窓から投げ捨てますね!」
これぞ究極の環境配慮。
私は、この制限の一切ない広大なVR空間が、理想の巨大な更地に見えて仕方がなかった。
しかし、ここでただ階段を作っただけで満足してはプロの設計職としては二流だ。
私は出来上がった階段を見下ろし、職人の厳しい目で周囲の地質データをチェックする。
「うーん、ただ階段を作るだけじゃ素人ですね。この山、てっぺんに不自然なほど巨大な湖があるせいで、水がじわじわと染み込んで地盤全体が緩んでるんですよ。このまま放置したら、遠からず大規模な土砂崩れが発生して、階段が埋まってしまいます」
重大な不安全要素を発見した私は、すぐに人差し指を構えた。
「だから、水がちゃんと下に抜けるように、階段の脇に暗渠排水用の溝も『シュッ』と切っておきますね!」
私の指先が空を切ると、階段の側面に沿って、完璧な水勾配が計算された美しい排水溝が瞬時に削り出された。
これで上からの浸流水は安全に麓へと誘導される。
『……驚愕。あなたは今、地形の強度計算だけでなく、流体モデルの広域排水シミュレーションまで直感で処理したというのですか。デバッグ用簡易ツールにそこまでの演算を要求したテスターは存在しません』
「何事も水回りの基礎工事が一番大事って、うちのお父さんも毎日言ってましたから。基本ですよ、基本」
私はドヤ顔で胸を張ると、自分で作った排水溝付きの綺麗な階段を軽快に登り始めた。
登坂の最中も、私の指先は止まらない。
視界のグリッド画面をガシガシとフリックし、山脈全体の透過データを弄り回しながら、脳内で環境整備計画書を組み立ててしていく。
私の認識としては、これはあくまで「土砂崩れを防止し、山頂の不安全な水だまりをすっきり片付けるための、環境に優しいバリアフリー美化計画」だった。
しかし、もしこの計画書を他のプログラマーが見れば、あまりの恐ろしさに悲鳴を上げたことだろう。
玲奈がオノマトペで組み立てているそれは、山の支持構造を意図的に連鎖崩壊させ、山頂の湖の水を位置エネルギーごと一気に直下に流下させる、地形そのものを利用した「超広域・質量兵器」の設計図に他ならなかったからだ。
そうとは露知らず、達成感に満ち溢れた私は、ついに山頂の湖へと再到着した。
――ザパーーーンッ!!
周囲の空気を震わせる大音響と共に、湖の中央から巨大な水飛沫が舞い上がる。
現れたのは、先ほど私をゴミのように吹っ飛ばした、あの巨大な水棲の神獣だ。
ぎろりとした獰猛な眼光が、再び現れた不遜な侵入者――大剣すら持たない、完全な手ぶらの私を捉え、威嚇の咆哮を上げる。
だが、今の私には焦りも恐怖も一切ない。
私はドレスの裾を上品に整えると、不敵な笑みを浮かべた。
私は右手を顔の高さまで上げ、人差し指を真っ直ぐに突き出す。
実家の朝礼で毎日やっている、お馴染みのポーズだ。
「図面修正ヨシ! 段取りヨシ! 安全対策ヨシ!」
突き出した指先の延長線上で、空間に展開された巨大な青白いワイヤーフレームが、私の声に呼応してバチバチと火花のようなエフェクトを放ち始める。
遠目から見れば、それはまさに『神話級の魔法陣を展開し、詠唱を完了した大魔導士』の姿そのものだっただろう。
私はワクワクとした笑顔のまま、空間に浮かぶ山脈解体の『実行キー』へと、突き出した人差し指をそっと下ろした。
「さあヘビさん、サステナブルな劇的ビフォーアフターを始めちゃいましょう!」
お読みいただきありがとうございました!
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