第37話 【新】廃材利用と超高振動削岩機のクラフト
ズズズ……という、不快な電子ノイズ音が、赤熱するクレーターの底から響いていた。
数千万の神の軍勢を一瞬にして蒸発させた、超・水蒸気爆発による意図的メルトダウン。
膨大な熱量と水蒸気圧、そして数万トンの岩盤の雨によって、すり鉢状の超巨大カルデラはその底面をツルツルに硝子化させ、巨大な焦げ跡と化している。
その、地獄の釜の底のようなすり鉢の中心で。
ドロドロに溶けたマグマの海の中から、黒焦げになった巨大な腕が突き出されていた。
『ガハッ……! オ,ノレ……! エラ……如キ,ニィィィ……!!』
もはや完全なバグ音声と化した不協和音を撒き散らしながら這い上がってきたのは、世界の初期化を目論んだラスボス――【神の本体】であった。
かつての神々しい威厳は見る影もない。
黄金の六枚羽は爆風で引きちぎられて無惨な丸焦げの炭と化し、超巨大な人型の身体は、右半身がドロドロに溶け落ちて内部の骨格データが完全に露出してしまっている。顔面の幾何学模様には無数のブロックノイズが走り、空間そのものにエラーを撒き散らしながら、ズルズルと、執念だけで玲奈の方へ向かって這いずってくる。
【チケットID:SYS-9999】
【報告者:B(健太)】
『なっ……!? アレだけの、星の大陸一つ吹き飛ばすような直撃を食らって、まだ生きてるのか!?』
『耐久値(HP)がバグってるぞ! さすがはシステムのルート権限……しぶとすぎる!』
【報告者:A(結衣)】
『ちょっと玲奈! どうすんのよアレ! あの状態でも、まだ広範囲の初期化プロセス(即死攻撃)を走らせようとしているわよ!』
『システムが壊れかけてるせいで、逆に攻撃の予兆が読めない!』
タスク管理ツール『Jira』の画面越しに、健太(ユーザーB)と結衣(ユーザーA)が絶望的な声を上げる。
だが。
カルデラの中腹――空中に構築した青いCADの足場の上からそれを見下ろしている玲奈は、神の執念に恐怖するどころか、心底面倒くさそうに大きなため息をついた。
「まだ動くんですか。本当にしぶといですね」
玲奈は黄色いヘルメットの鍔を押し上げ、ジト目で眼下の這いずるバグの塊を観察した。
「これだから、古いレガシーシステムは処理が面倒なんです。最新のOSなら一発で綺麗にシャットダウンできるのに、タスクキルを受け付けずに無駄にメモリに居座るからタチが悪い。システムの根幹にこびりついた汚れのようなものです」
さらに玲奈は、神の足元――先ほどの爆発の高熱で溶け、その後の冷却でガチガチに固まってしまった硝子化の大地を見て、眉をひそめた。
「しかも、爆発の熱のせいで現場の地盤が完全に締まってしまいましたね。これでは手作業で解体するのは骨が折れます」
「……仕方ありません。地盤が固すぎるなら、直接【破砕】するまでです。少し大掛かりになりますが、重機を出しましょう」
玲奈は作業着の腰に下げたツールベルトをガチャリと鳴らし、空中にホログラムのアイテム欄を展開した。
そして、そのインベントリの最も奥深く――ゲーム開始直後である『第1話』から、これまで一度も使われることなく、ストレージの肥やしとして眠っていたアイテムを取り出した。
それは、何の変哲もない鉄の剣。【初期装備の片手剣】であった。
【報告者:B(健太)】
『はぁ!? ちょっと待て玲奈! お前、なんで今更そんな【初期装備の剣】なんか取り出してんだ!?』
『ていうかお前、この世界に来てから一度も剣なんて振ったことないだろ! なんでまだインベントリに入れてたんだよ!』
健太のツッコミももっともである。
玲奈はこのファンタジー風VRMMO世界において、ひたすらCADで足場を組み、罠を仕掛け、トラフィックを誘導し、土木建築の技術だけでモンスターを「処理」してきた。己の腕で剣を振るったことなど、ただの一度もない。
「備品は大切に保管しておくのが基本です。いつか『芯材』として使えるかもしれないと思って取っておいたんですよ。ようやく出番が来ましたね」
玲奈は初期剣を青いCAD空間(ホログラムの作業台)の上にポンと置いた。
さらに彼女は、インベントリからこれまでの業務で回収してきた『固有ドロップ』などの戦利品を次々と取り出し、CAD空間に放り込み始めた。
一つ目は、ボスの巨体が圧縮された結果として生まれた、怪しく青く光る金属製の頑丈なシリンダー――固有ドロップ【水神の心臓】。
二つ目は、該当エリアに設定された巨大敵対性プログラムが正規の討伐プロセスを経て撃破された際に数パーセントの極低確率でドロップする希少素材――【神風の嘴(高密度Etherコア)】。
そして三つ目は、これまでの過酷な現場で回収した『イフリートの超高熱セラミック核』である。
【報告者:A(結衣)】
『ちょっと! それ全部、めちゃくちゃドロップ率の低い激レア素材じゃない!』
『なんでそんな貴重なボスドロップを、ゴミ処理場に放り込むみたいに無造作に扱ってんのよ!』
「結衣さん、資源は有効活用してこそ意味があるんです。これより、現場に転がっていた廃材を利用した【超高振動削岩機】のクラフトを開始します」
玲奈が作業着のポケットから取り出したタッチペンでCAD空間を操作すると、空中に複雑な青写真が展開された。
「まず、初期装備の剣の刀身をベースフレーム(芯材)とします。そこに、イフリートの熱変換コアを『エンジンの点火プラグ(動力源)』として強引に組み込み、熱エネルギーを激烈な振動へと変換」
「さらに、高密度Etherコアである【神風の嘴】で出力を極限まで収束させ、強固な金属シリンダーである【水神の心臓】を外殻としてマージする。これにより、圧倒的な打撃エネルギーをロスなく生み出す心臓部が完成します」
キィィィィィィィン……ッ!!
玲奈の指先がエンターキーを叩いた瞬間、CAD空間の中で強烈な光が瞬いた。
初期装備の剣が、炎と風と冷気の魔力を纏いながら、あり得ない形へと変形・巨大化していく。
それは、勇者が掲げるような伝説の聖剣などでは断じてなかった。
組み上がったのは、巨大なモーターとシリンダーが剥き出しになった、極めて無骨で暴力的なフォルムの【超高振動の削岩機】であった。
初期装備の剣の柄は、両手でしっかりと握るための二つの重機用グリップへと変形。
刀身は内部機構へと収納され、イフリートのコアと水神の心臓が赤熱・青発光しながら爆発的なピストン運動を開始する。
そして、何よりも目を引くのが、その先端部だ。
ズゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
神風の嘴の圧倒的な高密度出力をすべて注ぎ込んで生成されたのは、本体から前方に長く伸びる、長さ三十メートル、直径数メートルにも及ぶ【漆黒の巨大な杭】であった。
そう、玲奈がクラフトしたのは、ただの削岩機ではない。
神という名のレガシーシステムに直接物理的な楔を打ち込み、その存在を根本から破砕するための『超・即席型杭打ち機』としての全貌を現したのだ。
『ガ、ァァ……? ナ、ンダ……ソレ、ハ……!?』
這いずっていた神の本体が、上空に出現した異常な質量の塊を見上げ、単眼のレンズを激しく明滅させた。
システムのバグすら凌駕する、圧倒的な暴力の結晶。
重機が駆動するたびに、三十メートルの漆黒の杭がブルン、ブルンと唸りを上げ、周囲の空間そのものを振動で歪ませている。
「ふむ。重量バランスも悪くありませんね」
玲奈は中腹の足場に立ち、その巨大な即席パイルバンカーのグリップを両手でしっかりと握りしめた。
眼下には、すり鉢状のクレーターの底で蠢く神の姿がある。
ここから杭を打ち込むには、足場の端ギリギリまで身を乗り出し、急角度で下方を狙わなければならない。
「……それにしても、ここは結構な高さですね」
玲奈はふと、自身のいる足場の高度を確認した。
眼下のクレーターの底までは、数百メートルの高低差がある。VR空間とはいえ、落ちれば無事では済まない完全な『高所作業』である。
「安全第一。労基法は仮想現実(VR)にも適用されるべきです」
玲奈はパイルバンカーのグリップから片手を離すと、作業着の腰についていた『安全帯』のフック(カラビナ)をガチャガチャと弄り始めた。
そして、空中に浮かぶ強固なCADのアンカーポイント(足場の支柱)を見つけると、そこにカチャリと安全帯のフックを掛けた。
【報告者:B(健太)】
『いや、なんでこの最終決戦のクライマックスで高所作業の安全確認してんだよ!?』
『相手は世界を滅ぼす神だぞ!? 労基署もクソもないだろ!!』
健太の渾身のツッコミを華麗にスルーし、玲奈は命綱の強度をグッと引っ張って確かめる。
「ヨシ。安全帯のフックよし、足元の安定よし」
玲奈は再びパイルバンカーのグリップを握り直し、眼下のクレーターの底――哀れな姿で這いずる神の本体を見下ろした。
硝子化した大地は、赤黒いマグマの光を反射して不気味に輝いている。
「眺めはいいんですけどね……」
玲奈は、観光地で絶景を前にしたような、どこか場違いな感慨を込めてつぶやいた。
「まあ、しょうがないですね。定時までにあの粗大ゴミ(バグ)を破砕して、現場を片付けなければなりませんから」
三十メートルの漆黒の杭が、キュイィィィィン! と鼓膜を破るような超高振動のチャージ音を上げ始める。
神の本体が、かつてない『物理的な死の恐怖』を演算し、逃げようとジタバタと悶え始めた。しかし、固まった硝子の大地と自らの重すぎる巨体が邪魔をして、まったく動くことができない。
玲奈はヘルメットの奥の瞳を細め、完璧な狙いを定めた。
「作業前点検、すべてヨシ!」
「――安全帯ヨシ! 足元ヨシ! 徹底的な破砕作業で、現場の潜伏危険をゼロに!」
「それでは――ゼロ災で行こう、ヨシッ!!」
世界を救う勇者の掛け声ではなく。
安全標語を捩った、極めて実務的な現場監督の号令と共に。
玲奈は、神の本体の頭上めがけて、超高振動削岩機のトリガーを、躊躇なく、全力で引き絞った。




