↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/40

第36話 超・水蒸気爆発(意図的メルトダウン)

玲奈の親指が、起爆用ホログラム・コンソールの大きなボタンを「ポチッ」と押し込んだ。

それは、世界を滅ぼす神の怒りに対して、あまりにも軽やかで、あまりにも事務的な一撃だった。


『――消え去れ、異物めっ!! 世界に平穏を!!』


超巨大な【神の本体(ルート・プロセス)】が、全エネルギーを込めた破滅の光線を解き放とうと、天に掲げた巨大な腕を振り下ろした。

――その、わずかコンマ一秒前。


ピピッ、という無機質な電子音が玲奈のコンソールから鳴った瞬間、カルデラの遥か地下深くにセットされていた数十個の青い【発破マーカー(CAD爆薬)】が、一斉に起爆した。


ズォォォォォォォン……ッ!!


それは、爆発音というよりも、星そのものが腹の底から呻き声を上げたような、おぞましい重低音だった。


玲奈が綿密な計算のもとに爆破したのは、地下数百メートルに位置する『分厚い岩盤』。

すなわち、摂氏千二百度を超える灼熱のマグマ溜まり(システムのCPU)と、毎秒数百万トンという規格外の流量を誇る超巨大地下水脈(冷却水)とを隔てていた、最後の安全壁である。


壁が崩落した。

超高圧で流れていた膨大な地下水脈が、重力と水圧に従い、口を開けたマグマの海へと文字通り『滝のように』直接注ぎ込まれたのだ。


【報告者:A(結衣)】

『馬鹿馬鹿馬鹿ッ! 玲奈の馬鹿ァァァッ!!』

『物理エンジンが水蒸気膨張の計算に追いついてない! 水が瞬時に気化して体積が千七百倍に膨張する計算(パラメータ)を、一気に数百万トン分も同時処理させたらどうなるか分かってんの!?』

『サーバーが悲鳴上げてる! エラーログの勢いが滝を超えてナイアガラよ!!』


Jiraのチャット画面で、結衣が半狂乱になってタイピングを連打する。

彼女の危惧した通り、システムの根幹を揺るがす異常事態は、まず「足元の異変」として地表に現れた。


『――喰らえ、我が絶対の粛……ッ!?』


カルデラの底でカッコよく必殺技を放とうとしていた神の本体が、ピタリと動きを止めた。

神の足元――無数の天使たちがすし詰めにされているカルデラの底の大地が、まるで風船のように、内側からググググッ! と不自然なドーム状に膨張し始めたのだ。


『なっ……!? 何事だ!? 足場が……大地が隆起しているだと!?』


先程までの絶対的な威厳はどこへやら。

急激な地殻変動によって足元をすくわれた神の本体は、巨大な両腕を振り回して「おっとっと!」と無様なバランス崩しを披露した。

チャージしていた即死ビームの照準は大きくズレ、明後日の方向(誰もいない空の彼方)へと暴発して飛んでいく。


『ば、馬鹿な! 我が粛清の光がキャンセルされた!? 一体誰がルート権限の挙動に干渉を……ぬおおおおっ!? 熱い! 足元が異常に熱いぞ!?』


神の本体は、顔面(幾何学模様)に明らかな焦りの色を浮かべていた。

六枚の黄金の翼をバタバタと鶏のように羽ばたかせ、隆起し続ける地面の上で必死にタップダンスを踏んでいる。威厳もへったくれもあったものではない。

周囲に密集していた数千万の天使たちも、突然のトランポリン状態にパニックを起こし、お互いにぶつかり合って右往左往している。


そんな神の無様な狼狽えぶりを、玲奈は空中に展開した『防音・防爆用CADシールド』の後ろから、安全第一の姿勢で見下ろしていた。


「地下水とマグマの接触を確認。意図的メルトダウン、臨界点に到達します」


玲奈がヘルメットの鍔を押し上げた、次の瞬間。


カッ……!!


世界から、一切の音が消えた。

いや、あまりにも巨大な爆音の前に、システム側の音声処理(オーディオ出力)が強制的にシャットダウンされたのだ。


ズドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!


カルデラの底が、弾け飛んだ。

密閉空間で発生した超・水蒸気爆発。一瞬にして体積を千七百倍に膨張させた超高圧の蒸気が、分厚い岩盤を粉々に砕き割りながら、火山の噴火すら児戯に等しい規模の大爆発を引き起こしたのだ。


天を衝くほどの巨大な白煙の柱。

それに混じって、数万トンクラスの巨大な岩塊が、ドロドロに溶けたマグマと共に雨霰と上空へ吹き飛ばされる。


これは魔法攻撃ではない。

純粋な『物理演算のオーバーフロー(限界突破)』である。

システムが用意した「ダメージ計算式」などという生易しいものではない。数百万トンの水蒸気圧と、数千万トンの土石流の激突判定。

それらを真っ向から受けた数千万の神の軍勢(天使たち)は、悲鳴を上げる間すら与えられなかった。


物理演算の衝突判定が許容量を超え、処理しきれなくなったシステムは、エラーを起こしたオブジェクト(天使たち)を次々と強制終了(デリート)していく。

純白の軍勢が、膨大な熱量と土砂の波に飲み込まれた端から、チカチカとノイズを立てて文字通り『蒸発』していく。一切の抵抗もできず、ただシステムの負荷によって消去されていくのだ。


【報告者:B(健太)】

『うおおおおっ……!! なんだこの光景は……!』

『あれだけ苦戦した神の軍勢が……数千万の天使が、一瞬で消え去っていく……! 魔法でも剣でもなく、ただのシステム負荷のオーバーフローだけで全滅させただと……!?』


Jiraのチャットで、健太が畏怖に満ちたタイピングを漏らす。

彼が命懸けで誘導した敵の主力が、まさに一瞬の「ゴミ処理」として文字通り消滅していく光景は、圧倒的すぎて逆にシュールですらあった。


「ふう……」


爆心地から遠く離れた中腹の安全圏。

分厚いCADの防爆壁の後ろで、玲奈は黄色いヘルメットに降り注ぐ細かい砂ぼこりをパタパタと払い落とした。


「Jiraに業務報告を上げます。結衣さん、健太さん」


玲奈は作業着の胸ポケットから端末を取り出し、淡々とした声で入力(音声認識)を行う。


「――報告。冷却システムの配管を意図的にショートさせました。熱暴走(メルトダウン)による不良データの一括物理焼却処分、無事に完了です」

「やはりバッチ処理は効率がいいですね。これでようやく定時退社が見えてきました」


【報告者:A(結衣)】

『アンタのそのズレた業務報告、マジで恐怖しか感じないんだけど!』

『配管のショートって……星の大陸一つ吹き飛ぶレベルの環境破壊よ!? このカルデラ、完全にガラス化しちゃってるじゃない!』


結衣のツッコミの通り、数分後、ようやく爆煙が晴れたカルデラの底は、凄惨な有様になっていた。

数千万の天使たちは、ただの一匹も残っていない。

代わりに広がっていたのは、超高温のマグマと爆圧によって地表が完全に融解し、ツルツルに硝子化(ガラスか)してしまった、赤熱する巨大なクレーターだった。

さながら、超巨大な電子レンジで焼き尽くされた後の焦げ跡である。


「綺麗に整地されましたね。これなら明日からの基礎工事もやりやすいです」


玲奈がウンウンと頷きながら現場の出来栄えを評価していた、その時。


『ゴボッ……ガハッ……! おの、れ……ッ!』


赤熱するガラスのクレーターの中心部。

ドロドロに溶けたマグマの海の中から、黒焦げになった巨大な腕が突き出された。


「……おや?」


玲奈が目を凝らすと、マグマの底から『神の本体』が這い出してくるのが見えた。

先程までの神々しい威厳は完全に消え失せている。

黄金の六枚羽は爆風で引きちぎられて無惨な丸焦げの炭と化し、超巨大な人型の身体は、右半身がドロドロに溶け落ちて内部のワイヤーフレーム(骨格データ)が露出してしまっていた。


『我ガ、意地……! エラー如キニィィィ……!!』


神の本体の顔(幾何学模様)には、無数のブロックノイズが走っている。音声データもひどくバグり、ところどころ機械的な不協和音に変換されていた。

世界を初期化する絶対の存在が、泥とマグマにまみれ、半壊しながらもシステムとしての「処理の完遂」に執着し、ズルズルと玲奈の方へ向かって這いずってくる。


【報告者:B(健太)】

『なっ……!? アレだけの直撃を食らって、まだ生きてるのか!?』

『耐久値(HP)がバグってるぞ! さすがはシステムのルート権限……!』


「まだ動くんですか。しぶといですね」


Jiraで戦慄する健太とは対照的に、玲奈は心底面倒くさそうに大きなため息をついた。


「これだから、古いレガシーシステム(粗大ゴミ)は処理が面倒なんです。最新のOSなら一発で綺麗にシャットダウンできるのに、無駄にメモリに居座るからタチが悪い」


玲奈は作業着の腰に下げたツールベルトをガチャリと鳴らし、ヘルメットの顎紐をもう一度強く締め直した。


「しかも、爆発の熱で現場の地盤(ガラス)がガチガチに固まってしまいました。手作業で解体するのは骨が折れますね」


玲奈は空中にホログラムのアイテム欄(インベントリ)を展開した。


「……仕方ありません。地盤が固すぎるなら、直接【破砕】するまでです。少し大掛かりになりますが、重機を出しましょう」


彼女の指先が、インベントリの奥深く――これまで一度も使われることなく眠っていた『初期装備』と、道中の業務(ボス戦)で回収してきた『産業廃棄物(ボスドロップ)』のリストへと伸びていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。