第34話:インフラのコード化(IaC)と突貫工事
『――ガガッ! 玲奈! 結衣! 聞こえるか!?』
『あと【3分】で、数千万の神の軍勢と神の本体がそっちのカルデラに雪崩れ込む! 準備はいいか!?』
健太(ユーザーB)からの悲痛な叫びが、タスク管理ツール『Jira』の音声チャットを通じて玲奈の鼓膜を叩いた。
視界の彼方、赤紫色に染まった不気味な空の向こうから、地鳴りのような轟音が急速に接近してきている。
世界を初期化するための神の軍勢と、それを率いる神の本体。彼らが、健太の指揮するNPC軍勢の決死の誘導によって、この超巨大カルデラへと殺到しつつあるのだ。
タイムリミットは、わずか3分。
この間に、カルデラの地下に眠る巨大な活火山(熱暴走寸前のCPU)と、豊富な地下水脈(冷却水)を隔てる岩盤に爆薬を仕掛け、意図的な水蒸気爆発の準備を整えなければならない。
普通のプレイヤーであれば、プレッシャーで指が動かなくなるような極限状態。
だが、黄色い安全ヘルメットを被った最強の土木作業員は、ダボダボの作業着の襟元を正し、極めて冷静にうなずいた。
「突貫工事になりますが、工程表通りに進めます。納期には十分に間に合いますよ」
玲奈は作業着のポケットから、使い慣れた光の測量尺を取り出した。
そして、何もない空中に向かってそれを振るう。
ピピッ、ピピピピピピピピッ!
空中に、半透明の青いホログラムコンソールが出現した。
それはファンタジー世界にはおよそ似つかわしくない、システムエンジニアが使うような無骨なコマンド入力画面だった。
「これだけ広大な現場に対し、手作業で一つずつ発破マーカーを設置していくのは非効率的です。手戻りのリスクも高い」
玲奈の手袋をはめた指先が、空中の仮想キーボードを凄まじい速度で叩き始める。
カタタタタタタッ! という軽快なタイピング音が、吹きすさぶ熱風の中に響いた。
「ですので、今回は【インフラのコード化(IaC)】を実行します」
「事前に定義したスクリプト(設定ファイル)を読み込ませることで、発破ポイントの一括展開を自動化します。これなら3分もかかりません」
インフラのコード化(Infrastructure as Code)。
本来は、サーバーやネットワークなどのITインフラの構築を、手作業ではなくプログラムのコードを記述して自動化・管理する手法のことである。
玲奈はそれを、自身の権限である『CAD魔法』と結びつけ、物理的な爆破トラップの敷設作業に応用しようとしていた。
【報告者:A(結衣)】
『ちょっと待って玲奈! IaCって、アンタまさかこの直径数十キロのカルデラ全域に、一気にCADを展開する気!?』
Jiraのチャット画面で、結衣(ユーザーA)が血相を変えてタイピングしてくる。
「ええ。地下のマグマ溜まりと水脈の形状データは先程の地質調査で取得済みです。あとは、岩盤の脆弱性を計算し、そこに合わせた発破マーカーを自動生成するだけですから」
ターンッ!
玲奈がエンターキー(に相当する空間)を力強く叩き、スクリプトを実行した。
「――展開」
次の瞬間。
玲奈の足元から放たれた青い光が、凄まじい速度でカルデラ全体へと広がっていった。
キィィィィィィィィィン……ッ!!
大気が悲鳴を上げた。
直径数十キロにも及ぶ超巨大なすり鉢状のクレーターの、その地表から地下数百メートルに至るまで。
あらゆる地形を透過し、超高密度の『青いホログラムの網目(CAD設計図)』が、格子状に一瞬にしてレンダリングされたのだ。
禍々しい赤紫色の空の下、幾何学的で無機質な青い光のラインが、大地そのものをサイバー空間のように上書きしていく。
それはもはや魔法などではない。異世界の物理法則を根底から書き換える、システム側への巨大なハッキング行為そのものだった。
【報告者:A(結衣)】
『バカバカバカッ! そんな規模の3Dワイヤーフレームを一気にレンダリングしたら、サーバーの描画限界が吹き飛ぶわよ!?』
『ただでさえ神の軍勢が大量に湧いててクソ重いのに、これ以上サーバーに負荷かけたら私たちまで強制ログアウトさせられる!!』
結衣の悲鳴の通り、玲奈の展開したCAD魔法の描画負荷は異常だった。
周囲の空間の光が明滅し、処理落ちを示すノイズが空中に走る。
しかし、当の玲奈は全く動じなかった。
「メモリの心配より、現場の安全確保が先です。手抜き工事は重大な労災に繋がりますからね」
「――作業前点検、ヨシ!」
ビシッと右手を斜め上に掲げ、指差し呼称で結衣の警告を完全にスルーする。
その時だった。
『――小賢しい羽虫め。我が粛清の光に焼かれよ』
カルデラの上空に、巨大な影が差した。
健太のNPC軍勢によるトラフィック誘導を強引に振り切り、先行してカルデラの上空へと到達した『神の本体』だった。
黄金の六枚羽を広げた超巨大な天使が、カルデラの縁に立つ小さな作業着姿の玲奈を目ざとく発見したのだ。
神の本体の顔(単眼レンズ)が、不気味に赤く発光する。
同時に、神の周囲の空間に、数十本もの巨大な『光の柱』が出現した。
ズドドドドドドドドォォォォンッ!!
神の本体から放たれた【粛清の光柱(広範囲殲滅攻撃)】が、雨霰のごとく玲奈のいる断崖絶壁へと撃ち下ろされた。
一本一本が、高層ビルを容易く蒸発させるほどの高密度な物理判定の塊である。それが、玲奈の周囲数十メートルを絨毯爆撃のように薙ぎ払った。
大地がドロドロに融解し、鼓膜を破るような爆風と超高熱の熱線が周囲を包み込む。
【報告者:B(健太)】
『玲奈ぁぁぁっ!!』
Jira上で健太が絶望の叫びを上げた。
だが。
「あーもう、危ないですね!」
爆煙と熱線の真っ只中から、黄色いヘルメットがひょっこりと飛び出してきた。
玲奈は、爆撃によって崩落していく断崖絶壁の空中に、青いCADの足場を次々と展開。重力を完全に無視した超高速のステップで、トントン、タタターンッ! と軽快に宙を蹴りながら移動していた。
背後で岩盤が消滅しようが、熱線が頬を掠めようが、彼女の顔にあるのは恐怖ではなく「現場の安全管理への強烈な不満」だけだった。
「立ち入り禁止区域への無許可侵入ですね! しかもノーヘルじゃないですか! 労働安全衛生法を舐めてるんですか!」
玲奈は空中の青い足場を滑るように走り抜けながら、上空の神の本体に向かって説教を放つ。
「そんな乱暴な真似をしたら、足場が極めて不安定になって危険です! もし私が墜落して労災が起きたら、元請け(システム)の責任問題になりますよ!」
神の即死級の攻撃を、「足場を悪くする迷惑行為」かつ「ノーヘルの不審者による現場荒らし」としてのみ認識し、クレーマー扱いして完全に無視する。
その異常なメンタルに、Jiraの向こうの結衣と健太は揃って絶句していた。
【報告者:A(結衣)】
『……この子、本当に頭のネジが何本か飛んでるわ……。神の猛攻をただの労災案件として処理してる……』
【報告者:B(健太)】
『……ああ。だが、そのおかげで助かってる。見ろ、玲奈の作業は全く遅れてない!』
健太の言う通りだった。
玲奈は神の攻撃を軽業師のように回避しながらも、その手元では正確無比な『施工』を継続していた。
「発破ポイント割り出し完了。座標データ、スクリプトと同期」
「――起爆マーカー、一斉敷設開始」
玲奈が空中で指を鳴らす。
すると、カルデラ全域を覆っていた青いホログラムの網目が一斉に明滅し、地下の岩盤――地下水脈とマグマ溜まりを隔てている分厚い層の要所数十箇所に、青く発光する【発破マーカー(CAD爆薬)】が次々とセットされていった。
岩の最も脆い部分。水圧が最も強くかかる部分。そして、マグマの熱対流が激しい部分。
システム側の物理演算の限界を見極め、最も効率よく「壁」を破壊するための完璧なマーキングだった。
ピコーンッ。
玲奈の視界に、スクリプトの実行完了を知らせる青いポップアップが表示される。
「よし。地下水脈破砕用、およびマントル解放用の発破準備、すべて完了しました」
玲奈はカルデラの中腹に構築した空中の足場に降り立ち、満足げに手をパンッと叩いた。
その直後。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
ついに、カルデラの縁(すり鉢の上部)から、黒い波が雪崩を打って押し寄せてきた。
健太のNPC軍勢に誘導され、完全にヘイトをカルデラの底へと向けられた『数千万の神の軍勢』である。
無数の天使たちが、アリの群れのようにカルデラの斜面を埋め尽くし、底に向かって滑り落ちていく。そして上空には、すべてを消し去るために降臨した『神の本体』が悠然と浮かんでいた。
舞台は整った。
これ以上のない、完璧な『キルゾーン』への誘導完了である。
「完璧です、健太さん。素晴らしい交通整理でした」
玲奈は黄色いヘルメットの鍔に手を当て、カルデラの底へと密集していく神の軍勢を見下ろした。
彼女の口元に、建築現場で最大の難工事をクリアした時特有の、深く、そして冷徹な笑みが浮かぶ。
「最高の【配管破裂トラップ】の完成です。さあ……不良品の一括処分を始めましょうか」
玲奈は作業着のポケットから、起爆用のスイッチ(光のコンソール)を取り出し、静かにその親指を添えた。




