第33話:隔離環境(カルデラ)の地質調査と水回りの修繕
空中に展開した青いCADの足場を軽やかに蹴り継ぎながら、玲奈は北の空へと一直線に飛翔していた。
背後からは、都市を揺るがす地鳴りと大爆発の不快な重低音が追ってくる。
健太の指揮する数万のNPC軍勢が、自らを『DDoS攻撃(過剰負荷攻撃)』の弾丸として神の軍勢へと突撃させている音だ。
玲奈の耳には、それが「非常に効率的で連携の取れた交通整理(誘導工事)」として聞こえていた。
「素晴らしい連携ですね。彼らが体を張ってトラフィックを誘導してくれているおかげで、現場までの搬入ルートが完全にクリアになっています」
黄色い安全ヘルメットの顎紐をキュッと締め直すと、玲奈は最後の足場を蹴って、高台の断崖絶壁の上へと着地した。
――ヒュゥゥゥゥ……。
冷たい突風が吹き抜け、作業着の裾を激しくなびかせる。
玲奈が断崖の上から眼下を見下ろすと、そこには想像を遥かに超えた規格外の光景が広がっていた。
「……うわぁ。これはまた、見事な穴ですね」
視界の全てを埋め尽くす、超巨大な漆黒の陥没帯――カルデラ。
直径数十キロメートルにも及ぶその巨大なすり鉢状のクレーターは、周囲の山々が根こそぎ削り取られたかのようにぽっかりと大地に開いていた。底は見えず、立ち込める黒い蒸気と歪んだ熱気が、深淵の不気味さを引き立てている。
視界の右下で、タスク管理ツール『Jira』のチャットウィンドウが勢いよく点滅した。
【チケットID:SYS-9999】
【優先度:Severity 1(致命的障害)】
【報告者:A(結衣)】
『玲奈! 無事に北のエリアに着いた!?』
『凄いでしょ、そのカルデラ! 私が地球規模の演算処理をぶん回して、マントル(物理エンジン)の数値を直接書き換えて作った【巨大な器】よ!』
『本来なら世界地図の地形データを書き換えるレベルの禁忌魔法なんだから!』
「なるほど、結衣さんの施工でしたか」
玲奈はヘルメットの鍔を押し上げ、感心したように何度もうなずいた。
「周囲に民家も構造物も一切ありません。周囲への延焼被害や騒音公害を気にせず作業できる、完璧な『隔離用サンドボックス環境』ですね。結衣さん、実に素晴らしい現場選定です」
【報告者:A(結衣)】
『いや、現場選定っていうか! ただの巨大なデカい穴よ!?』
『自慢しておいてなんだけど、この穴一つでどうやってあのクソデカポンコツAIと何千万の神の軍勢をデリートする気なのよ!?』
『まさか、穴に落ちたところを上から見下ろして「落ちましたね」って言うだけじゃないでしょうね!?』
「まさか。そんな雑な施工をするわけがないじゃないですか」
玲奈は呆れたように首を振ると、ダボダボの作業着のポケットに両手を突っ込んだ。
「いくら立派なゴミ箱(器)を用意しても、ただゴミを入れるだけでは溢れて終わりです。大事なのは、入ってきたゴミを物理的にどう処理(焼却・破砕)するかというインフラの設計ですよ」
【報告者:A(結衣)】
『インフラって……神の軍勢はゴミじゃないのよ!?』
「同じようなものです。仕様書にない不要なデータ(神の軍勢)が一箇所に集まるんですから、産業廃棄物として一括処分するのが筋というものです」
玲奈は断崖の際まで歩み出ると、右手を空へと掲げた。
「では、施工に入る前に、まずは現場の事前面取り――【地質調査】を行います」
パチンッ!
玲奈が作業着の手袋をはめた指を軽く鳴らした、その瞬間だった。
――キィィィィィィン……ッ!!
大気を切り裂くような高周波の電子音が、カルデラ全体に響き渡った。
玲奈の掲げた右手から、眩いばかりの『青い光』が爆発的に放射される。
それは魔法などという幻想的なものではなかった。
空を覆い尽くすほどの広大な空間に、幾何学的な光の網目――|超巨大ホログラム・ワイヤーフレーム《CAD設計図》が瞬時に展開されたのだ。
真っ赤に染まった不気味な空を遮るように、上空数千メートルに張り巡らされる幾重もの青い光のグリッド線。
そして次の瞬間、その青い光の網が、滝のような速度で地上へと照射された。
ズササササササササササ……ッ!
「なっ……何事!? 空が青い網目模様で埋め尽くされたんだけど!?」
Jiraのチャットで結衣が悲鳴を上げるのも無理はない。
玲奈が展開したCADのワイヤーフレームは、直径数十キロのカルデラ全体を完全に覆い尽くし、さらには大地そのものを透過して、地下深くまで青い光のラインを刺し通していたのだ。
土煙や岩盤、黒い蒸気をすべて透過し、大地の内部構造がホログラムとして視覚化されていく。
SF映画のホログラムモニターすら超える、オーバーテクノロジーの異物感。
異世界の物理法則を完全に無視し、世界を「図面データ」として強制レンダリングする玲奈の権限(CAD魔法)が、その全貌を現していた。
「ふむふむ……ほう、これは予想以上ですね」
青く発光するホログラムの図面を見つめながら、玲奈の瞳がキラリと光った。
彼女の視界には、カルデラの地下数百メートルに横たわる『膨大なエネルギーの塊』が、詳細な数値データと共に透過表示されていた。
「結衣さん、この土地の地下データ、ご覧になりましたか?」
【報告者:A(結衣)】
『え? 見になったって……画面に何か凄まじい密度の数値が流れてるけど……これ何?』
「地下構造の断面図です」
玲奈は光の測量尺を取り出し、ホログラムの特定の位置を指し示した。
「このカルデラの真下、地下約八百メートルの位置に、極めて巨大なマグマ溜まりが存在しています。温度は摂氏千二百度以上。結衣さんがマントルを弄った際の歪みが、ここに集中して留まっているんですね」
【報告者:A(結衣)】
『あ、やっぱり? 地形作るときにマグマの圧力が偏ったのよね。でも、だから何よ?』
『まさか、神の軍勢をマグマに落として溶かす気? 無駄よ! 神の本体のサイズと耐久値(HP)を考えたら、千二百度のマグマなんてぬるま湯レベルで火傷もしないわよ!』
「溶かす? いいえ、違いますよ」
玲奈は小さく首を横に振り、心底不思議そうな顔をした。
「そんな直接的な火力で焼くような効率の悪いやり方をするわけがないじゃないですか。マグマの熱エネルギーなんて、ただの『発熱源』に過ぎません」
【報告者:A(結衣)】
『は? 発熱源……?』
「ええ。物理学とシステム工学の観点から言い換えましょう」
玲奈はホログラムの図面をスクロールさせ、マグマ溜まりのすぐ『上層』を走る青い光のラインを強調表示させた。
「見てください。この巨大なマグマ溜まりのすぐ上を、網の目のように貫く太いラインがあります。これ、何だと思いますか?」
【報告者:A(結衣)】
『なにって……水? 地下水脈かしら?』
「正解です。しかも、雪解け水と山脈からの水流が合流する、毎秒数万トンクラスの超巨大な【被圧地下水脈】です」
玲奈の作業着の手袋が、キュッと音を立てた。
彼女の顔に、建築現場で完璧な最適解を見つけ出した時特有の、冷徹でサイコパスな笑みが浮かぶ。
「マグマ溜まりは、冷却ファンが壊れて熱暴走を起こしている『超高負荷のCPU』です」
「そしてそのすぐ上を走る地下水脈は、サーバーを冷やすための『高圧冷却水パイプ』です」
【報告:A(結衣)】
『……え? たとえが不穏なんだけど……??』
「現在、この二つは分厚い岩盤(配管の壁)によってギリギリ隔離されています。だからこそ、マグマはただの熱源として鎮座し、水脈は冷たいまま流れている」
玲奈はホログラムの岩盤部分を指でコンコンと叩いた。
「もしも……この隔離壁(岩盤)を爆破して取り払い、熱暴走しているCPUの上に、高圧の冷却水(数百万トンの水)を一気に直接ぶち込んだら、どうなると思いますか?」
【報告者:A(結衣)】
『…………あ』
結衣のチャットが、ピタリと止まった。
ゲーマーであり、システム構造に詳しい結衣だからこそ、玲奈が何を言おうとしているのか、その恐ろしい意味を瞬時に理解してしまったのだ。
【報告者:A(結衣)】
『それって……密閉された狭いクレーターの底で……水が瞬時に蒸気になって……膨張率千七百倍以上の……』
『水蒸気爆発……(意図的なメルトダウン)……!?』
「ご名答です」
玲奈は満足そうにパチパチと手を叩いた。
「密閉空間における水蒸気爆発は、単なる火炎攻撃ではありません。水が瞬時に気化することで発生する超高圧の蒸気波と、それに伴う土石流の激突判定――すなわち、物理演算のオーバーフロー(限界突破)です」
玲奈は青く光る設計図を見上げながら、淡々とその凄惨な工程を説明する。
「神の本体がいくら高い耐久値(HP)や魔法耐性を持っていようと関係ありません。数百万トンの水蒸気圧と物理的な土砂圧力を叩きつければ、システム側の衝突判定処理が破綻します。熱暴走によるサーバーの強制焼却処理……つまり【意図的なメルトダウン】による一括デリートです」
【報告者:A(結衣)】
『悪魔……! アンタ悪魔よ玲奈!!』
『神を倒すために、星の物理エンジンごとメルトダウンさせる気!? 正気じゃないわ!!』
「正気ですよ? 私はただ、効率的な配管工事(水回りの修繕)の計画を立案しただけです」
玲奈が作業着の襟元を整えたその時、チャットウィンドウに割り込むように、緊急の音声通信が入った。
『――ガガッ! 玲奈! 結衣! 聞こえるか!?』
健太の焦燥に満ちた声だった。背後からは激しい金属音と、NPCたちの悲鳴が響いている。
『神の軍勢の先頭集団を、完全に北のカルデラ方面へ誘導した!』
『俺のNPC軍勢はもう限界だ! ヘイトの限界値を超えて、神の本体もこっちへ向かって移動を始めたぞ!』
『あと【3分】で、数千万の神の軍勢と神の本体がそっちのカルデラに雪崩れ込む! 準備はいいか!?』
「健太さん、最高のトラフィック誘導です」
玲奈は通信に向かって、落ち着いた声で返答した。
「準備はこれからですが、3分もあれば十分です。インフラのコード化(IaC)による爆破マーカーの設置を即座に開始します」
『ば、爆破マーカー!? おい、お前一体何をする気だ!?』
「水回りの修繕工事ですよ。定時までにまだ時間がありますからね」
玲奈は指先をすっと動かし、カルデラ周囲の岩盤に向かって、青い光のマーカー(CADの爆破設計点)を無数に投射し始めた。
「安全確認、ヨシ! これより、最終決戦のピタゴラスイッチ……突貫配管工事を開始します!」
禍々しい赤空をバックに、だぼだぼの作業着を着た少女が、世界を終わらせるための青い設計図を夜空に描き出していった。




