第26話「環境美化(メモリ解放)と証拠隠滅」
「見苦しいエラー残骸どもめ! 私の現場を汚した罰として、今すぐまとめて地底深くへ埋め立ててやります! 覚悟しなさい!!」
私が気合と共にCADのホログラムキーボードをタイピングし始めると、空中に展開されたウィンドウが眩い青色の光を放ち始めた。
『マスター、対象は物理演算から逸脱したエラーデータの集合体です。通常の干渉プロセスでは、すり抜けてしまう可能性がありますが……』
「すり抜けるなら、すり抜けられないほどの質量をぶつけるまでです! 質量こそパワー、圧力こそ正義! インベントリより、高密度圧縮土砂を出力!」
私はタブレットを前方に突き出した。
先端から、インベントリに貯蔵していた特殊な粘土質の土砂が凄まじい勢いで噴出する。それは空中で瞬時にカチカチに固まり、私の体の数倍はあろうかという巨大な鉄板のような形状——重機の前面についている『排土板』の形へと変形した。
「ミネルヴァ、ブレードの剛性パラメーターを最大に固定! さらに、強制的な『物理衝突判定』を付与してください!」
『了解。対象の座標空間に対して、絶対的な物理干渉領域を設定します』
私の目の前に浮かぶ土砂製の巨大ブレードが、バチバチと青い火花のようなエフェクトを纏い始めた。
これで準備は完了だ。
「さあ、お掃除(強制撤去)の時間です! そこをどきなさい!!」
私は杖を構えたまま、巨大なブレードを押し出すようにして、ゴミの山(バグの残骸)へ向かって突進した。
ズゴゴゴゴゴゴッ!! と、荒野の地面を豪快に削りながら、土砂のブレードが進んでいく。
最初に接触したのは、無機質にねじ曲がり、空中に半分浮き上がっていた大量のサビた鉄パイプだった。
ガガガガッ! ギギギギギィィィッ!!
鉄パイプの山にブレードが激突した瞬間、耳障りな電子音(バグった処理音)が周囲に響き渡った。
エラーデータである彼らは、本来ならキャラクターの当たり判定をすり抜け、ただそこにあるだけの『幻影』になっているはずの存在だ。隣の工区で暴れ回っている誰か(B)の物理演算の残滓であり、サーバーが処理しきれずに放置した一時ファイルのようなものである。
しかし、私のブレードには『強制的な物理衝突判定』が付与されている。
エラーデータはすり抜けることを許されず、ブレードの圧倒的な質量と圧力に押し出され、メキメキと音を立てて物理的に一箇所へとまとめられていく。
「ふはははは! どんなにエラーを吐こうが、形がある以上は押し込めるんです! これが現場のブルドーザー戦法ですよ!」
『マスター、テンションが完全に土木作業員のそれになっています。しかし、有効打であることは確認できました。対象デブリ群の座標が、マスターの推進力によって強制的に移動させられています』
さらに私は歩みを止めず、テクスチャが剥がれた謎のポリゴンブロックや、ピクピクと痙攣してエラーコードを吐き出しているデータ群も、まとめてブレードで押し込んでいく。
ゴミどもは「ピガガガガ!」「ERROR! ERROR!」とチカチカ明滅しながら抵抗を見せるが、そんな些細な抵抗は、数百トンの圧力をかけた土塊の前では無力だった。
「ほらほら、もたもたしない! ゴミは一箇所にまとめるのが『|5S《整理・整頓・清掃・清潔・躾》』の基本です!」
私はカルデラの北西の端、斜面から少し離れた荒野のど真ん中に向けて、すべてのゴミを強引に押し集めた。
そこには、昨日の作業で少しだけ土が凹んでできた、ちょっとしたクレーター状の窪地があったのだ。
私はブルドーザーの要領で、大量のバグ残骸をその窪地へと一気に蹴り落とした。
ガラガラガシャァァァンッ!!
窪地の底で、鉄パイプやポリゴンブロックが情けない音を立てて重なり合う。
これで、現場に散乱していた産廃は、綺麗に一箇所にまとまった。
「よし、第一段階クリア。次は『最終処分』です!」
私は窪地の縁に立ち、杖を高く掲げた。
『マスター、対象のデータ群は依然としてエラーを吐き続けています。このまま放置すれば、再び周辺のテクスチャを侵食する恐れがありますが……』
「放置なんてしませんよ。見苦しいものは、見えなくしてしまえばいいんです!」
私はニヤリと笑い、杖を窪地に向けて振り下ろした。
「インベントリ全開! 残存している土砂オブジェクトを、この窪地に向けて全量投下!!」
上空に開いたゲートから、まるで土石流のような勢いで、凄まじい量の土砂が雪崩れ落ちていく。
ドドドドォォォンッ!!
数千トン、いや数万トンクラスの土砂が、窪地の底で蠢くバグの残骸たちを容赦なく押し潰し、飲み込んでいく。
「ERROR!? ERRO……ガガガッ……!!」
バグ残骸たちの断末魔のようなノイズは、上から被せられた膨大な土砂の質量によって完全に封殺された。
「どうですか! 『臭いものには蓋をする』! 現場における究極の環境美化(隠蔽工作)です!」
『……報告します。対象のエラーデータ群が、上部からの莫大な土砂オブジェクトによって完全に覆い隠されました』
ミネルヴァの声が、どこか呆れたような、しかし驚愕を含んだようなトーンに変わる。
『システム側の挙動に変化がありました。大量のオブジェクトによって視界からの描画が完全に遮断された結果、システムの『|オクルージョン・カリング《隠面消去》』機能が強制的に作動しました』
「おくるーじょん?」
『はい。プレイヤーから絶対に見えない位置にあるオブジェクトの描画処理をスキップし、メモリを節約する機能です。マスターが数万トンの土を被せたことで、システムは「これらのエラーデータはもう描画する必要がない(見えないから)」と判断しました。結果として……』
ミネルヴァが言葉を区切った瞬間、遠くの空で赤黒く明滅していたバグのノイズが、スッと薄まったような気がした。
『対象のデータ・デブリ群は、システムの『ガベージコレクション』によってメモリ上から完全に解放(消去)されました。……マスターの物理的な埋め立て作業により、サーバーの負荷が一部軽減された模様です』
「なんだ、やっぱりただのゴミじゃないですか。やっと自治体が粗大ゴミの回収に来てくれたんですね」
私は満足げに頷き、安全靴の踵で、こんもりと盛られた真新しい土の山をドスドスと踏み固めた。
これでよし。完璧な平坦化だ。
見渡す限りの荒野には、もはや不気味な鉄パイプも、剥き出しのポリゴンも存在しない。
あるのは、美しく整地されたカルデラのすり鉢と、私が等間隔に張り巡らせたトラロープ。そして、煌々と輝く【立入禁止(KEEP OUT)】のホログラム看板だけだ。
「ふう……素晴らしい。なんて綺麗な現場でしょう。やはり、環境美化が行き届いた現場は気持ちがいいですね」
私はヘルメットを脱ぎ、額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。
誰に褒められるわけでもない。NPCすらいない孤独な作業。
だが、この『整理整頓された空間』を自らの手で創り上げたという達成感は、何物にも代えがたい。
「最高の仕事ができましたね。ミネルヴァ、本日の業務はここまでです。ログアウトの準備を」
『了解しました。現在時刻、水曜日の十九時十五分。今日も一日、安全作業お疲れ様でした、マスター』
「はい、お疲れ様でした!」
私は清々しい笑顔を浮かべながら、光の粒子となって現実世界へと帰還していった。
***
——その頃。
玲奈の管轄するエリアから遠く離れた、別の『工区(崩壊領域)』にて。
「おい、どうなってる!? さっきまで重くてカクカクだったのに、急に動作が軽くなったぞ!?」
「サーバーが持ち直したのか!? 誰だか知らないが、運営が緊急メンテナンス(メモリ解放)でも入れたに違いない!」
世界のバグを意図的に引き起こし、システムに多大な負荷をかけていたユーザーBは、突然の動作の安定化に首を傾げていた。
彼らは知る由もない。
世界の片隅で、一人の狂気的な現場監督が、「見えなければヨシ!」という極めて雑な実務的判断のもと、彼らが撒き散らしたバグの痕跡を『数万トンの土砂で物理的に埋め立てて隠蔽した(結果的にメモリを解放した)』ことなど。
そして、その狂気の現場監督が、今はもう夕飯のカレーを温め直しながら、のんきにテレビを見ているということも。




