第25話:不法投棄と怒りの環境美化
——水曜日。週の真ん中、いわゆる折り返し地点。
現実時間の時計の針が十八時を回ったのを確認した私は、手早く夕食の支度とタスクを片付け、いつものようにVRデバイスを装着した。
「おはようございます、ミネルヴァ。水曜日の定期業務、開始します」
視界が淡い光に包まれ、お馴染みの転移スキップエフェクトが晴れていく。
無機質なローディング画面から一転、私の目の前に広がったのは、一昨日に自らの手で造り上げた『巨大なすり鉢状の荒野』だった。
かつて赤黒いマグマが煮えたぎっていたカルデラの底は、今や私がインベントリから流し込んだ数百万トンの土砂によって完全に埋め立てられている。
一番底の深い部分には、自らの放った超高熱によって粘土質の土砂を焼き固め、自分専用のセラミック製棺桶を作り上げてしまった異常熱源イフリートが、静かに眠っているはずだ。
「ふう、今日も現場は安全第一でいきましょう」
インベントリから取り出した冷たいスポーツドリンクのペットボトルを片手に、私は自分が管理する広大なカルデラ工区をぐるりと見渡す。
昨日の業務で、私はこのすり鉢の周囲に等間隔でポールを打ち込み、黄色と黒の警戒色であるトラロープを張り巡らせて完璧な『仮囲い』を施した。
荒涼とした岩肌の風景の中で、そこだけが異様に浮いている。
外周に設置した【立入禁止(KEEP OUT)】や【頭上・足元ヨシ!】のホログラム看板は、今日も今日とて誰もいない荒野に向けて、青々とした不気味な警告の光を放っていた。
NPCの一人もいないため、警告の対象が誰一人存在しないというシュール極まりない状況ではある。
だが、法律(自己ルール)と形式の遵守に妥協は許されない。
現場の安全とは、いついかなる時も、誰が見ていようがいまいが担保されるべきものなのだ。
「ミネルヴァ、本日の巡回パトロールを開始します。環境データに異常はありませんね?」
『はい、ユーザーC。周辺の環境データに大きな変動はありません。地盤の剛性、および斜面の安息角の維持率ともに正常値です。昨晩設置した仮囲い、およびトラロープの破損箇所もゼロと報告します』
「素晴らしい。現場が綺麗に保たれているのは、管理者として非常に気持ちがいいですね」
私は満足げに頷きながら、トラロープに沿ってカルデラのエッジ部分をトコトコと歩き始めた。
昨日まで絶え間なく鳴り響いていた、遠くの地平線からの地鳴りや、空を走るバグの明滅ノイズも、今日はなぜか幾分か静かになっている。
どうやら隣の工区の『過激な解体作業員(※あるいは世界を崩壊させようとしている他のプレイヤーたち)』も、昨日の今日で一度休憩に入っているらしい。
世界が裏側でどうなっていようと、私の工区(現場)に平穏が訪れているならそれに越したことはない。
そう思いながら、私はカルデラの一番奥——普段はあまり立ち入らない、岩陰になった『北西の隅』へと差し掛かった。
「……ん?」
私は思わず足を止め、ヘルメットのツバに手を当てて目を細めた。
視界の端、斜面と荒野の境界線上にある窪地に、見慣れない『黒ずんだ塊』のようなものがゴロゴロと散乱しているのが見えたのだ。
「あれは……何ですか?」
私は持っていたペットボトルをインベントリにしまい、警戒しながらそちらへと歩み寄った。
近づくにつれて、その異物の正体がはっきりと見えてくる。
「……って、これ……!」
そこにあったのは、およそこのファンタジー世界——あるいは、私が完璧に整地したはずの現場——に馴染むはずのない、『巨大なゴミの山』だった。
無機質にねじ曲がった、無数の鉄パイプの山。
表面のテクスチャが完全に剥がれ落ち、紫色と黒色の不気味な市松模様ポリゴンが剥き出しになった謎の直方体ブロック。
さらに、宙に浮いたまま『ERROR_CODE:0x89FC……』といった不可解な文字の羅列を明滅させながら、ピクピクと痙攣している正体不明の残骸たち。
それらは、他のプレイヤー(過激派)が物理演算を無視して暴走した結果や、システム負荷によってサーバーが処理しきれずに吐き出した『エラー生成物』——要するに、世界のバグが生み出した残骸そのものだった。
だが、私の『土木作業員の目』と『現場監督としてのプライド』は、それを単なるゲームのバグやシステムエラーとして見過ごすことを、断じて許さなかった。
「誰ですか!! 私の綺麗に整地された現場に、こんなものを不法投棄したのは!!」
私は思わず、誰もいない荒野に向けて絶叫していた。
怒りでヘルメットがブルブルと震え、握りしめた拳に力が入る。
「見てください、この有様を! 鉄パイプは曲がりくねってサビてるし、謎のブロックは素材が剥き出しだし、第一に木屑と金属の分別すらされていません! 立派な産業廃棄物の不法投棄じゃないですか!!」
『ユーザーC、落ち着いてください。センサーによる解析結果を報告します。それは物理的なゴミではなく、隣接するエリアのシステムエラーに伴うメモリのオーバーフローによって発生した、データデブリ(残留物)のようです』
「データデブリだろうがなんだろうが関係ありません! ここは私の管轄する現場です! 勝手に敷地内に産廃を持ち込むなんて、不法侵入ならびに廃棄物処理法違反の現行犯ですよ!」
冷静にシステム的な事実を告げるミネルヴァの言葉を右から左へ受け流し、私は怒りに任せて、足元に転がっていた鉄パイプを安全靴のつま先でコツンと蹴り飛ばした。
カランッ、と乾いた音が響き、鉄パイプがポリゴンのブロックにぶつかって不自然な挙動(バグ特有のガタつき)を見せる。
「第一、こんな大量の産廃を持ち込むにあたっての『産業廃棄物管理票』はどうなってるんですか!? 処理業者の名前は!? 連絡先は!? 排出事業者の責任は!?」
存在しない悪徳業者——あるいはポンコツなシステム運営——に対して、私は本気でキレ散らかしていた。
せっかく月曜日に完璧な安息角と土留めで美しく仕上げ、昨日トラロープまで張って整備したカルデラの隅が、こんな得体の知れないゴミの山で汚されている。
環境美化と『5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)』を至上命題とする私にとって、現場を汚されることはこれ以上の屈辱はなかった。
「許せませんね……。うちの現場を、都合のいいゴミ捨て場扱いするなんて」
私はフンガーと鼻息を荒くしながら、腰に手を当てて仁王立ちした。
「いくら隣の工区が納期に追われて忙しいからって、こんな夜中にコソコソと産廃を捨てていくなんて、業者として最低のモラルです。こうなったら、身元を特定して処理費用を全額請求してやりたいところですが……生憎と、防犯カメラもなければ犯人も現場にはいません」
『ではユーザーC、この不法投棄物に対して、どのような処置を下しますか? システムの自動回収プロセスを待ちますか?』
「そんな悠長なことは言っていられません! 現場の美観を損ねるものは、今すぐすべて排除(撤去)です!」
私はインベントリからタブレットを抜き放ち、カチリと戦闘——もとい、施工モードに切り替えた。
「不法投棄されたゴミをそのまま放置しておくわけにはいきません。かといって、こんな得体のしれないバグの塊を一本一本手作業で分別して、リサイクル業者に持ち込むヒマもありませんし……」
私は腕を組み、冷徹な現場監督の眼光でそのゴミの山を睨みつけた。
相手がルール無用でゴミを押し付けてくるなら、こちらも手段を選ぶ必要はない。
「やりましょう。——『見えなければ、ヨシ!』の精神です!」
> 『ユーザーC、それは施工管理の現場において最も恐れられる言葉……隠蔽工作(手抜き工事の最上位)の響きがしますが、よろしいのですか?』
「うるさいですね! 法律違反の不法投棄をした奴が悪いんです! 証拠もクソもありません! 臭いものには蓋をしろ、です!」
私は板を天高く掲げ、気合を込めて叫んだ。
「システム起動! CAD、展開!」
ピピッ、という甲高い電子音と共に、青く光るホログラムウィンドウが目の前に何枚も広がる。
私は怒りのパワーをそのまま入力作業のタイピング速度にぶつけ、地形改変データを強引に読み込んでいく。
「見苦しいエラー残骸どもめ! 私の現場を汚した罰として、今すぐまとめて地底深くへ埋め立ててやります! 覚悟しなさい!!」
静寂に包まれたカルデラの一角で、現場監督による怒りの『環境美化(という名の物理的な証拠隠滅・強制メモリ解放)』の幕が、今まさに盛大に切って落とされようとしていた。




