第13話:設計ミスは頭上にある(現場調査の完了)
――起動――CADモード!!
私の叫びと共に、視界の端々でバチバチと青い電子の火花が爆ぜた。
次の瞬間、私の瞳の中に鮮やかなブルーのグリッド線――方眼紙のような細かな網の目が走り、世界が一変する。
目の前にそびえ立つ、天を衝くほどの漆黒の巨大山脈。そのゴツゴツとした岩肌が、まるで魔法のようにスルスルと透明に透き通っていった。
外皮データが完全に透過され、私の視界に現れたのは、青く輝く無数の直線と曲線、そして複雑な幾何学模様だけで構成された『構造三次元ワイヤーフレーム』の姿だった。
プロの解体屋、あるいはゼネコンOLとして、私はその剥き出しになった山の内部骨格データを冷徹にスキャンしていく。
立体図面として視覚化されたデータの数値を網羅していくにつれ、私の顔はみるみるうちに引き攣っていった。
「……うわぁ。これは酷い。酷すぎますよミネルヴァさん! なんですかこの突貫工事は!」
『アナウンス。不具合の具体的な内容の言語化を要求します』
「見てわからないですか!? 基礎データの密度が、山全体の質量に対して圧倒的にスカスカなんです! 杭打ちにあたる固定座標の設定も甘いですし、何よりこの斜面の勾配、土留めもなしに垂直に近くしちゃうなんて、どんな素人が図面を引いたんですか!」
『仕様です。本エリアはファンタジー物理演算によって座標が半固定されているため、土木工学的な基礎工事のプロセスはすべて省略されています』
「ファンタジー物理に甘えて手抜き工事をしていい理由にはなりません! 現場を舐めないでほしいです! ほら、特にここ、中腹の接合部データを見てください。ポリゴンの結合データが完全に浮いてますよ。現実の現場で言ったら、鉄骨ボルトの締め忘れです! 前工程のモデラーさん、絶対に徹夜明けか何かで寝ぼけたままアサイン作業をしてましたね……。こんなの、ちょっと強い衝撃があったら一発でガラガラ崩れちゃいますよ!」
私はため息をつきながら、空間に表示されたワイヤーフレームの不具合箇所を指差した。
ゲームのシステム的にはただのエラーやバグなのだろうが、私から見れば、それはいつ大事故を起こしてもおかしくない「施工不良」そのものだった。
一方その頃、遥か上空で優雅に旋回していた神鳥ガルーダの全身には、今までに味わったことのないような激しい悪寒が走り抜けていた。
怪しく両目を青く光らせ、ぶつぶつと不穏な呪文(文句)を呟きながら、ジッと魔山の中腹の一点を凝視している、あのネオンギラギラの不気味な電脳の小娘。
その視線が、正確に何を捉えているかを察した瞬間、ガルーダの鋭い眼球が恐怖で大きく見開かれた。
『(冷や汗)……ば、バカな!? あの小娘、我が魔山の神聖なる魔力供給源――すなわち、世界の調停者たる我にのみ視認を許された龍脈の結節点を直接見切ったというのか!?』
ガルーダの背筋を、見たこともない規模の冷たい汗が伝い落ちる。
世界の隠された理を、ただの視線一つで暴き、冷笑を浮かべている謎の生命体。その姿は、ガルーダの目には世界を滅ぼしにきた古代の魔王か、さもなくば神話の創造主そのものに映っていた。
『おのれ……これ以上、好き勝手に我が城の弱点を見透かされてなるものか! 世界の危機だ! ここで我が全存在を賭してでも、あの混沌の化身を滅ぼさねばならぬ――!!!』
恐怖に狂ったガルーダが、その巨大な翼を激しく羽ばたかせた。
彼の全身から、これまでに蓄えてきた数百年の魔力が爆発的に噴き出す。上空には一瞬にして太陽をも覆い隠すほどの禍々しい黒雲が立ち込め、その中心に、まるで新たな星が誕生したかのような、超巨大な黄金の雷球が生成され始めた。
ガルーダの全生命力を燃料とした、最大最強の最終奥義が、今まさに放たれようとしていた。
「……あ、これ、根本的にダメなやつですね」
頭上で天変地異のような恐ろしいエネルギーが渦巻いているというのに、私は相変わらず画面の数値に集中しており、一ミリも上を見ていなかった。
「ミネルヴァさん、これ、風の流れと山の内部骨格のバランスが完全に崩壊してます。風荷重による『転倒モーメント』の計算が最初から狂ってるんですよ。周囲の風の逃げ道がまったく考慮されてないから、このままだと強いビル風が吹いた瞬間、山ごと横転する欠陥建築(山)です!」
あまりにもめちゃくちゃな設計に、これは一筋縄ではいかないぞと私が頭を抱えた瞬間だった。
『消え失せろ、混沌の化身よ! これが我が全存在を賭した神罰だ! 終焉の劫雷――!!!』
ガルーダの魂の絶叫と共に、天から世界を焼き尽くすほどの極大の落雷が、私の真上から垂直に振り下ろされた。
――ドガァァァァン!!!
凄まじい衝撃波が走り、周囲の岩石が一瞬で蒸発して消し飛ぶ。視界のすべてが真っ白な光で埋め尽くされ、激しい爆煙が現場を包み込んだ。
直撃だ。これほどの破壊の力を受けて、跡形もなく消え去らない生命など、この世界には存在しないはずだった。
だが。
私が着ている、システムエラーの代替アサインで強制着用させられたこのネオンドレス『ミライネオン』には、バグじみた頑丈さ(非破壊・防汚属性)が備わっている。
ドレスの表面がピカピカピカーッ!と五色に大炎上するように激しく発光したかと思うと、ガルーダが命を削って放った雷のエネルギーを、まるでスポンジが水を吸うように、すべて綺麗に吸収・霧散させてしまった。
モクモクと立ち込める黒煙の中から、相変わらず煤ひとつついていないドレスを点滅させた私が、何事もなかったかのようにポテポテと歩き出てくる。
「うーん、未来のセクターは、攻撃のエフェクト(フラッシュの演出)が派手すぎて図面が見づらいですねぇ。まぶしくて目がチカチカしちゃいます。ミネルヴァさん、これ画面の輝度とか明るさって落とせませんか?」
『仕様です。……システム報告。対象ボス【ガルーダ】のバイタルデータに異常を検知。精神的ダメージが演算許容量を超過し、現在、AIの自律思考プロセスが完全にハング(精神崩壊)しています』
「あら? 動かなくなっちゃいましたね。熱中症でしょうか。やっぱり現場の温度管理は大事ですね」
のんきにグローブで目をこすりながら、完全に硬直したガルーダを見上げる私。
一方、上空でプカプカと浮いているガルーダの精神は、文字通り消し飛んでいた。自身の全存在を賭けた一撃が、「作業着の汚れ落としテスト」の延長線上、なんならすこし画面が見づらくなる程度のノイズにすらなっていなかったのだ。
絶対の強者としてのプライドを粉々に粉砕された神鳥は、絶望のあまり白目を剥いて完全にフリーズしていた。
――お腹が、グゥゥゥ、と情けない音を立てて鳴った。
「あ、ミネルヴァさん。ダイブを開始してから、もう一時間くらい経ちました?」
『肯定。現実時間で約一時間が経過しています』
「やっぱり! なんか急にすごくお腹が空いてきたと思いましたよ。よし、キリもいいですし、本日の現場調査はここまでにしましょう!」
私はディスプレイをパチンと閉じると、その場に満足そうに頷いた。
「この山の設計が想像以上にめちゃくちゃだってデータも取れましたしね。残業代が出るわけでもないバイトシステムですし、これ以上夜遅くにワンオペで残業するなんて健全な労働環境じゃありません。とっとと引き揚げて、お家で美味しいご飯を食べつつ対策を練りましょう。お疲れ様でしたー!」
『了解。ログアウトプロセスを開始します』
私の身体が、足元からシュワシュワとした光の粒子へと変わり始める。
まだ私の右手には、持ち上げることすらできずに地面をずるずると引きずることしかできない、初期装備の邪魔な大剣が握られたままだが、それもまとめて光の中に溶けていく。
「バイバイ、大きな鳥さん! 巣の土台の補強リフォーム計画、明日までに考えておきますからねー!」
フリーズしているガルーダに向かって、私は爽やかに手を振った。
直後、私の身体は完全に光の粒子となって消失し、その場から綺麗さっぱりと「定時退社」したのだった。
あとに残されたのは、魂が抜け殻のようになってハングした神鳥と、強い風が吹けばいつ横転してもおかしくない、致命的な設計ミスを抱えたままの欠陥山脈だけだった。
現実世界の自室に戻り、ヘッドセットを外した私は、ベッドの上にゴロンと寝転がった。
手元の端末に転送されてきた山脈の構造データを睨みつけながら、私は小さく息を吐く。
「あんな突貫工事、このまま放置したら絶対に大事故になりますよ……。明日ログインしたら、すぐに本格的な補強対策を打たないと!」
環境維持のバイト代に響く前に、あのうっかりモデラーさんの尻拭いを完璧に終わらせてみせる。
私はそう決意を新たにしつつ、空腹を満たすための夜食の準備へと向かうのだった。




